昨今のプロレス界において、ちびっ子ファン向けのキャラクターをプロデュースしようと云う動きは、正直、ことごとく失敗している。
例えば初代タイガーマスクなどの栄光の幻を追い求める団体側発信者自体が、実は初代タイガーマスクとは、大人の鑑賞としての最高峰の動きを放った上での、ちびっ子のヒーローであった事に気づいていないのである。
似た例で云えば、ミル・マスカラスである。
しかし、当時の『全日本プロレス中継』をまともに観ていた「ちびっ子」など、変わり者の子供でしか無い。
普通に考えたら、土曜八時の時間帯に、馬場の拘るNWA的ゆっくりズムのフルタイム時間切れ的プロレスに、普通の子供は耐えられないはずである。
それでも耐えられない大人の世界のプロレス中継を我慢して観て来たちびっ子にとっても、ブッチャーやマスカラスは突然、現れたプレゼント的個性でもあった。
全日本プロレスは、出来るだけ、ちびっ子ファンを動員しようとして、夏休みに、ミル・マスカラスを招聘していたのは有名な話である。それこそは、普段、大人の世界を、背伸びして観て来た子供達へのプレゼントでもあった。
しかし、そんなブッチャーやマスカラスでさえ、例えば、小学校の話題で云えば、クラスの話題で云えば、「マス」であるドリフを観ている友達に対して、「コア」を知る自分を自慢出来る「大人のキャラクター」であったのである。
「マス」だらけの子供達の世界で、やや背伸びして熱狂出来るキャラクターとして、ミル・マスカラスは存在していた。
また、マスカラスのテーマ曲を通じて、洋楽に目覚めた小学生も多々いた。
要するに、昔の団体は、子供騙しではない、子供のヒーローを作って来たのである。
2012年01月29日
2012年01月28日
ユーミン
今週の文春を読んでいたら、ユーミンの冒涜記事。
私は、特別、ユーミンが好きなわけでもないし、CD一枚買った事もありません。
ただし、私も世代的にかもしれませんが、ユーミンを様々なBGMで聞いて来た人間です。
親近感もあるので、少しイラッと来ました。
記事を読んで、その時の動画が見たく成って、検索してみたら、更に、ひどい書き込みだらけでした。
一体どれだけひどかったのかなと想像しながら、今先ほど、動画を見つけたら、えっという感じ。
ふと、ユーミンとイチローがだぶって見えました。
二人とも、比類無き才能を、どちらかといえば、メジャーシーンではなく、インディーズとしての立ち位地で発揮して来たアーチストであり、アスリートです。
イチローは、日本、アメリカ含め、巨人の打者でない事で、のびのびと、努力と才能を開花させる事が出来たように思います。
そんなイチローにとって、立場上、逃げ場の無いメジャーとしての立ち位地は、WBCでした。
そこで緊張し、本来の、自然体を発揮出来ず苦しんだイチローの姿と、紅白のユーミンの姿がだぶって見えました。
これまで日本の音楽シーンを牽引しながら、実質的には、今の音楽の中枢のテレビ歌謡曲の世界とは別に、自身のインディーズ的な世界で生きて来たユーミンがも、初めて、歌謡曲の大舞台に降りたら、それは勝手も違い緊張もするでしょう。
ただし、ユーミンの緊張とは、イチローと同じ、責任感ゆえの緊張です。
これまで非日常感、透明感溢れる世界で生きて来たアーチストが、大晦日に、何がしかのメッセージを伝える事を求められた上で歌謡の世界に降り立って来た上での、責任故の緊張なのではないでしょうか?
イチローは、その結果、自身初の立ち位地としてのメジャー舞台であるWBC(自分より他者に対しての責任優先の世界)で最後劇的なヒットを飛ばしましたが、ユーミンも同様だったような気がします。
本当、このユーミンは後光が射しているような気がします。
テレビに等出る事の無く、何の資本にも、何のマスの人たちにも縛られず、のびのびと自分の世界を優雅に生きて来たユーミンが、初めて歌謡曲の大舞台に降り立って、本来の自分とは一線を画す唄を、選択し、感情込めて熱唱する。
自分的には、物凄く、改めて、ユーミンが大好きに成りました。
性別は異なりますが、格好よいとさえ思ってしまいます。
五十路になって、逃げ場の違う世界に飛び来んだインディーズの女王の気概と覚悟が、緊張と感情を込めていたように思います。
そこに音程とか云々等関係ないでしょう。
私は、特別、ユーミンが好きなわけでもないし、CD一枚買った事もありません。
ただし、私も世代的にかもしれませんが、ユーミンを様々なBGMで聞いて来た人間です。
親近感もあるので、少しイラッと来ました。
記事を読んで、その時の動画が見たく成って、検索してみたら、更に、ひどい書き込みだらけでした。
一体どれだけひどかったのかなと想像しながら、今先ほど、動画を見つけたら、えっという感じ。
ふと、ユーミンとイチローがだぶって見えました。
二人とも、比類無き才能を、どちらかといえば、メジャーシーンではなく、インディーズとしての立ち位地で発揮して来たアーチストであり、アスリートです。
イチローは、日本、アメリカ含め、巨人の打者でない事で、のびのびと、努力と才能を開花させる事が出来たように思います。
そんなイチローにとって、立場上、逃げ場の無いメジャーとしての立ち位地は、WBCでした。
そこで緊張し、本来の、自然体を発揮出来ず苦しんだイチローの姿と、紅白のユーミンの姿がだぶって見えました。
これまで日本の音楽シーンを牽引しながら、実質的には、今の音楽の中枢のテレビ歌謡曲の世界とは別に、自身のインディーズ的な世界で生きて来たユーミンがも、初めて、歌謡曲の大舞台に降りたら、それは勝手も違い緊張もするでしょう。
ただし、ユーミンの緊張とは、イチローと同じ、責任感ゆえの緊張です。
これまで非日常感、透明感溢れる世界で生きて来たアーチストが、大晦日に、何がしかのメッセージを伝える事を求められた上で歌謡の世界に降り立って来た上での、責任故の緊張なのではないでしょうか?
イチローは、その結果、自身初の立ち位地としてのメジャー舞台であるWBC(自分より他者に対しての責任優先の世界)で最後劇的なヒットを飛ばしましたが、ユーミンも同様だったような気がします。
本当、このユーミンは後光が射しているような気がします。
テレビに等出る事の無く、何の資本にも、何のマスの人たちにも縛られず、のびのびと自分の世界を優雅に生きて来たユーミンが、初めて歌謡曲の大舞台に降り立って、本来の自分とは一線を画す唄を、選択し、感情込めて熱唱する。
自分的には、物凄く、改めて、ユーミンが大好きに成りました。
性別は異なりますが、格好よいとさえ思ってしまいます。
五十路になって、逃げ場の違う世界に飛び来んだインディーズの女王の気概と覚悟が、緊張と感情を込めていたように思います。
そこに音程とか云々等関係ないでしょう。
2012年01月22日
倒されたら地獄が待っている
昨日は、既に午前中に、他府県まで出向いて某大レスリング部の練習に参加して来たミスターA、Sと、共に、大阪の別の某大レスリング部まで。
ミスターAは復帰してから長い月日を経て本当に脂がのって来た。
両方の大学を合わせたら、スパー数はどれくらいあるのだろう。
客観的に思うに、グラップリングにおいては、全国区レベルの実力なのでは無いかと思う。
ミスターSも、物凄く技術、体力、精神力共に向上して来ている。
いつか大きく化けるだろう。
自分の才能に気づけば、大丈夫だ。
学生達も含め、伝えたい事は、レスリングというのは、倒されたら、死ぬ、もしくは生き地獄が待っている事を認識して欲しい事。
何度も記すが、昔は、倒されたら、あるいはフォールされたら、すぐスタンドではなく、そのまま地力で返さなければ、先輩達は許してくれなかった。
あげく、失禁しても、落ちるまで、離してくれなかったのだ。
なので、どれだけ、しんどくても、倒されるのだけは御免とばかり、こらえる腰の強さを身につけた。
それが粘り腰。
また攻めるとき、切られないような、覚悟を持った上でのタックルを放った。
自殺タックルといわれるタックル等、許される事は無かった。
ポカで倒される事も無かった。
倒されたら、先輩達に許してもらえなかったからだ。
なので、本当に、倒されたら、即死くらいの気持ちを持って、レッスルして欲しい。
その中で、アグレッシヴに、攻める事は、本当に覚悟を持って、さらに、倒されたら、すぐに立つ。
しんどくても立ち上がり、必死に、かつ丁寧に、クラッチを切りまくる。
そうして、攻めている相手の、心と内蔵と筋肉のスタミナを削っていくのだ。
技等無くても、勝てる。
気持ちがあれば勝てる。
逆に記せば、気持ちしかないやんけ。
ミスターAは復帰してから長い月日を経て本当に脂がのって来た。
両方の大学を合わせたら、スパー数はどれくらいあるのだろう。
客観的に思うに、グラップリングにおいては、全国区レベルの実力なのでは無いかと思う。
ミスターSも、物凄く技術、体力、精神力共に向上して来ている。
いつか大きく化けるだろう。
自分の才能に気づけば、大丈夫だ。
学生達も含め、伝えたい事は、レスリングというのは、倒されたら、死ぬ、もしくは生き地獄が待っている事を認識して欲しい事。
何度も記すが、昔は、倒されたら、あるいはフォールされたら、すぐスタンドではなく、そのまま地力で返さなければ、先輩達は許してくれなかった。
あげく、失禁しても、落ちるまで、離してくれなかったのだ。
なので、どれだけ、しんどくても、倒されるのだけは御免とばかり、こらえる腰の強さを身につけた。
それが粘り腰。
また攻めるとき、切られないような、覚悟を持った上でのタックルを放った。
自殺タックルといわれるタックル等、許される事は無かった。
ポカで倒される事も無かった。
倒されたら、先輩達に許してもらえなかったからだ。
なので、本当に、倒されたら、即死くらいの気持ちを持って、レッスルして欲しい。
その中で、アグレッシヴに、攻める事は、本当に覚悟を持って、さらに、倒されたら、すぐに立つ。
しんどくても立ち上がり、必死に、かつ丁寧に、クラッチを切りまくる。
そうして、攻めている相手の、心と内蔵と筋肉のスタミナを削っていくのだ。
技等無くても、勝てる。
気持ちがあれば勝てる。
逆に記せば、気持ちしかないやんけ。
ナイトスクープ/クリスタルキング
今回のナイトスクープは、滅茶苦茶泣き笑いさせていただき、顔が痛く成りました。
笑って、泣いて、忙しく頬が動き、本当に感動しました。
是非、多くの人に見て頂きたいです。
http://v.youku.com/v_show/id_XMzQ0OTc4NTE2.html
私も小学校5年か6年の時、当時、夕方に放送されていた『コッキーポップ』でクリスタルキングを初めて見て、衝撃を受けたうちのひとりです。
田中さんと、ムッシュの間接的な競演も非常に嬉しく思いました。
笑って、泣いて、忙しく頬が動き、本当に感動しました。
是非、多くの人に見て頂きたいです。
http://v.youku.com/v_show/id_XMzQ0OTc4NTE2.html
私も小学校5年か6年の時、当時、夕方に放送されていた『コッキーポップ』でクリスタルキングを初めて見て、衝撃を受けたうちのひとりです。
田中さんと、ムッシュの間接的な競演も非常に嬉しく思いました。
2012年01月15日
大阪24区訪訪/東淀川区
東淀川区の都心とは、淡路なのだろうか。
私は自分の準・地元の淡路に対しての期待を込めて、そう願いたいが、実のところ、よく分からない。
東淀川区と隣接区の境目が良くわからないので、ひょっとして、少々、西よりながら、『新大阪』かな?とか、あるいは『南方』かな?とまで思ってしまう。
第一、淀川区にあるのに、東淀川高校とか、東淀川病院とかを名乗っている学校やら病院やらの存在が紛らわしい。
しかし、冷静に東に位置する、学生の集う街『上新庄』を思い浮かべてしまう。
まあ、どうでも良いが、やはり、東淀川区の中心は『淡路』にあるのではないかと思う。
昔、淡路駅前の三和銀行(現・三菱東京UFJ)淡路支店に、俳優の竹内力が勤務していた。
有名な「飛鳥会事件」に巻き込まれた行員は、近隣の柴島高校の女子生徒達が学校帰りに、ハンサムな竹内力を一目見たさに、いつも銀行を覗いていたと、著書で記していた。
前田日明は、北陽高校に通う為に、三年間、毎日、淡路を通過していた。
おそらく、阪急「梅田」から乗っていたであろうが、直通が無い時は、時に、淡路で乗り換えもしていたのではないかと思う。
かつては渡辺二郎、今は崔嶺二。
地元の英雄は変わったが、商店街の風情は何一つ変わらず、有機的な風景そのままでもある。
本日、いつものように、ぶらりと淡路まで出ると、西側の商店街の露天商の店主が、犬に変わっていたので驚いた。
他に誰も店員がおらなかった上、何より、犬の店主の表情が、とても不安げであったので、通りがかりの私も、いささか心配したが、本物の店主が、トイレか何処かから帰ってくると、頭を撫でてもらいながら幸せそうに尻尾を振って頬ずりしていた。
幸せかどうかは二人(一人と一匹)しか分からない主従関係なのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
淡路と云えば、やはり『たまい』ですね。



私は自分の準・地元の淡路に対しての期待を込めて、そう願いたいが、実のところ、よく分からない。
東淀川区と隣接区の境目が良くわからないので、ひょっとして、少々、西よりながら、『新大阪』かな?とか、あるいは『南方』かな?とまで思ってしまう。
第一、淀川区にあるのに、東淀川高校とか、東淀川病院とかを名乗っている学校やら病院やらの存在が紛らわしい。
しかし、冷静に東に位置する、学生の集う街『上新庄』を思い浮かべてしまう。
まあ、どうでも良いが、やはり、東淀川区の中心は『淡路』にあるのではないかと思う。
昔、淡路駅前の三和銀行(現・三菱東京UFJ)淡路支店に、俳優の竹内力が勤務していた。
有名な「飛鳥会事件」に巻き込まれた行員は、近隣の柴島高校の女子生徒達が学校帰りに、ハンサムな竹内力を一目見たさに、いつも銀行を覗いていたと、著書で記していた。
前田日明は、北陽高校に通う為に、三年間、毎日、淡路を通過していた。
おそらく、阪急「梅田」から乗っていたであろうが、直通が無い時は、時に、淡路で乗り換えもしていたのではないかと思う。
かつては渡辺二郎、今は崔嶺二。
地元の英雄は変わったが、商店街の風情は何一つ変わらず、有機的な風景そのままでもある。
本日、いつものように、ぶらりと淡路まで出ると、西側の商店街の露天商の店主が、犬に変わっていたので驚いた。
他に誰も店員がおらなかった上、何より、犬の店主の表情が、とても不安げであったので、通りがかりの私も、いささか心配したが、本物の店主が、トイレか何処かから帰ってくると、頭を撫でてもらいながら幸せそうに尻尾を振って頬ずりしていた。
幸せかどうかは二人(一人と一匹)しか分からない主従関係なのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
淡路と云えば、やはり『たまい』ですね。
2012年01月14日
大阪24区探訪/1・西成区
西成のイメージはネガティヴな意味で全国区ですが、実際には、普通イメージする怖さとは西成区北部のあいりん地区に集中しているように思います。
西成の南部は、元々の地の人たちの民家が多く、どことなく有機的な下町の雰囲気を醸し出しています。
しかし西成の北部にある、あいりん地区は、意外に思うかもしれませんが、例えば大阪弁の比率はかなり低い事に気づく人も多いのでないのでしょうか?
よく大阪の下町と一括りにされますが、民家を成して、大阪弁バリバリの南部と、良くも悪くも全国から、わけありで辿り着いた人たちの集う『あいりん地区』とは分けて考えるべきだと私は思っています。
今のように生活保護者の町と化したあいりん地区ですが、昔は労働者の町でした。
私が学生の頃、立ち寄った『あいりん地区』は、実にコストパフォーマンスに溢れ、安くて、美味しくて、量も多い、良心的な飲食店が多かったものです。
汗水たらして働いて、ドヤに戻って来た労働者達は、限られた財布の中で、よりリーズナブル、チープシックなもの、ひいてはクオリティの高いもの、明日の心身の栄養に成るものを求める傾向があったように思います。
それくらい求める基準の高い客を相手にしていた西成の飲食店は、当時は、西成で飲食店を成功させたら、全国どこでも通用するとよく云われたものです。
しかし、今は労働者よりも生活保護受給者が多く成った西成では、そういうコストパフォーマスの高い店、チープシックな店の存在理由が少なく成って来たように思います。
生活保護受給者は、平気で、炭酸の効いていない生ビールに500円出しますし、小さなウィンナー一本を斜めに切っただけのあてに500円出します。
しかも毎日呑んでも、西成独特のツケ制度が存在します。
自分の金でない金で飲食する。
そこに西成らしさは存在しません。
しかし、今でも、西成らしさ溢れるチープシックさ満点の店も多数存在しています。
僭越ながら、私の行きつけの店を記させて頂きます。
『やまき』
『マルフク本店』
『夢路』
『よってこい』
『岩田屋酒店』
『権太』
『きらく』
『大万』
リンクはあえて載せませんが、興味かあれば、一度訪れてみて下さい。
コストパフォーマンス、居心地の良さは私が保証します。
西成の南部は、元々の地の人たちの民家が多く、どことなく有機的な下町の雰囲気を醸し出しています。
しかし西成の北部にある、あいりん地区は、意外に思うかもしれませんが、例えば大阪弁の比率はかなり低い事に気づく人も多いのでないのでしょうか?
よく大阪の下町と一括りにされますが、民家を成して、大阪弁バリバリの南部と、良くも悪くも全国から、わけありで辿り着いた人たちの集う『あいりん地区』とは分けて考えるべきだと私は思っています。
今のように生活保護者の町と化したあいりん地区ですが、昔は労働者の町でした。
私が学生の頃、立ち寄った『あいりん地区』は、実にコストパフォーマンスに溢れ、安くて、美味しくて、量も多い、良心的な飲食店が多かったものです。
汗水たらして働いて、ドヤに戻って来た労働者達は、限られた財布の中で、よりリーズナブル、チープシックなもの、ひいてはクオリティの高いもの、明日の心身の栄養に成るものを求める傾向があったように思います。
それくらい求める基準の高い客を相手にしていた西成の飲食店は、当時は、西成で飲食店を成功させたら、全国どこでも通用するとよく云われたものです。
しかし、今は労働者よりも生活保護受給者が多く成った西成では、そういうコストパフォーマスの高い店、チープシックな店の存在理由が少なく成って来たように思います。
生活保護受給者は、平気で、炭酸の効いていない生ビールに500円出しますし、小さなウィンナー一本を斜めに切っただけのあてに500円出します。
しかも毎日呑んでも、西成独特のツケ制度が存在します。
自分の金でない金で飲食する。
そこに西成らしさは存在しません。
しかし、今でも、西成らしさ溢れるチープシックさ満点の店も多数存在しています。
僭越ながら、私の行きつけの店を記させて頂きます。
『やまき』
『マルフク本店』
『夢路』
『よってこい』
『岩田屋酒店』
『権太』
『きらく』
『大万』
リンクはあえて載せませんが、興味かあれば、一度訪れてみて下さい。
コストパフォーマンス、居心地の良さは私が保証します。
レジェンド1/田村 潔司の様式美と偉大なる功績
田村潔司は、純プロレスには身を投じる機会は無かったので、純プロレス村においては、それほど評価される事の無い選手でもある。
もっとも、田村が理想としたのは、ディフォルメされすぎた純プロレスに対しての、アンチテーゼとしての純プロレスであったと思う。
かといって格闘技界からも、所詮、プロレスラーの烙印を押されているのだろうか、真っ当な評価を得ていない選手でもある。
しかし、田村潔司のカテゴリは、プロレスにしかない。
田村潔司は、プロレス的ギミックとしての格闘技を利用した団体『UWF』において育った生粋のUWF戦士であった。
格闘技をテーマにするプロレス団体が、練習においてのスパーリングの現実と、人様で見せる試合との、相違と矛盾に、一番に苦しみながらも、実は、どこかで、それもスマートに理解していた感もある。
何故なら、田村潔司のプロレス原体験とは、藤波辰巳であったからだ。
その為、美しい試合、様式美に溢れる肉体運動としてのUWFのフェイクにも、実は、満たされていたようにも思う。
しかし、その様式美を貫く為には、ディフォルメされすぎた技術が氾濫している。
本当の技術がいる。
そのため、田村潔司は、プロレスラーでありながら、出稽古を始める事と成る。
町道場のサンボ選手に足関節を決められ、日体大レスリング部にて学生にたやすく転倒させられる。
その一方で、田村潔司は、あのモーリス・スミスを『誰よりも美しいキックボクシングをする』と云わせた選手でもあった。
それは恐らく出稽古に行かずとも、道場で教えてくれたコーチの教えをあまりにも忠実に守った為でもあろう。
そういう経験を経て、田村潔司は、UWFのギミックとしての『打・倒・極』を、リアルな経験とともに、様式美に完遂させたプロレスラーでもあった。
田村が、Uスタイルと云う、純プロレスの攻防に近い様式美に溢れる世界にこだわった願いが、ディフルメされすぎたプロレス技ではなく、本当の技術を持って、リアライズされたのだ。
完全なる想像の世界であるが、田村潔司は、おそらく本当の真剣勝負ではなく、本当の技術を使った様式美の試合にこそ、自分の属性を持ちたかったのではないのだろうか。
しかし、時に、事情により、本物の真剣勝負に出陣した、
出陣した理由。
ディフォルメされた様式美の原点と成る格闘技の技術を田村潔司はマスターしているので、なんとかなると思ったのであろうか?
しかし、勝つか負けるかの世界に、様式美等存在しない。
田村潔司は、極限まで自分を追い込み、覚悟を決めて、結果、真剣勝負で、ボクシング世界チャンピオン、喧嘩王、柔術を倒した。
その時の、田村潔司の孤独を想像するに、田村は、そこで燃え尽きてしまったのではないかと私は思っている。
田村は、プロレスラーは強いという証明を果たした上で、安心して、様式美の従来のUWF的プロレスの世界に浸りたかったのではないであろうか。
やりたくないことを、仕方なくやった。
しかし、そこで守るべきものがある。絶対に負けられない。
そういう追い込んだ試合を、田村は完勝して来たのである。
これは誰も真似出来ない偉大なる功績である。
総合格闘技時代が始まり、田村も、そこに参じたが、もはや、かつて、田村がプロレスを守る為に出陣を決意してきた試合においての、悲壮感を越えすぎた後光は田村の姿から見られなかった。
自分が命を掛けて、駆逐してきた格闘家であったが、それは自分の属性としての、様式美のプロレスを守る為であった。
しかし当時、もはや様式美としてのUスタイルは存在していない。
田村は、既に、守るべき者を失っていたように思う。
守るべき属性が、明確に存在したなら、おそらくシウバにも負けなかったと私は思う。
今は最早、後だしジャンケンとしての競技と化した総合格闘技でもある。
総合格闘技がなんであるかを冷静に把握し知った上での、自称・男達の参戦の世界でもある。
しかし、総合格闘技が何であるかを知らないまま、得体の知れない世界に挑み、そして職務のごとく、勝利を勝ち取ったプロレスラーこそ、田村潔司なのである。
田村潔司が様式美としての純・プロレスを完遂する為に、行なって来た出稽古。
その成果が格闘技戦以外にも、一つ存在した。
Uインター時代の桜庭戦でもあった。
プロレスラーが、その運動神経を用いて、本当の格闘技の技術を用いて、必死に、桜庭という本物のレスラーと対した。
それが、UWFルールであっても、ちゃんと桜庭の動きに対応し、結果、勝利を収めた。
真剣勝負の実績等、何も無いのに。
桜庭から冷酷過ぎる言葉が飛び出した。
その言葉は、実は強い先輩が、真剣勝負ではなく、UWF的純プロレスの遂行に拘って来たことを、突いた上での、強い先輩への脅威の言葉であろう。
もっとも、田村が理想としたのは、ディフォルメされすぎた純プロレスに対しての、アンチテーゼとしての純プロレスであったと思う。
かといって格闘技界からも、所詮、プロレスラーの烙印を押されているのだろうか、真っ当な評価を得ていない選手でもある。
しかし、田村潔司のカテゴリは、プロレスにしかない。
田村潔司は、プロレス的ギミックとしての格闘技を利用した団体『UWF』において育った生粋のUWF戦士であった。
格闘技をテーマにするプロレス団体が、練習においてのスパーリングの現実と、人様で見せる試合との、相違と矛盾に、一番に苦しみながらも、実は、どこかで、それもスマートに理解していた感もある。
何故なら、田村潔司のプロレス原体験とは、藤波辰巳であったからだ。
その為、美しい試合、様式美に溢れる肉体運動としてのUWFのフェイクにも、実は、満たされていたようにも思う。
しかし、その様式美を貫く為には、ディフォルメされすぎた技術が氾濫している。
本当の技術がいる。
そのため、田村潔司は、プロレスラーでありながら、出稽古を始める事と成る。
町道場のサンボ選手に足関節を決められ、日体大レスリング部にて学生にたやすく転倒させられる。
その一方で、田村潔司は、あのモーリス・スミスを『誰よりも美しいキックボクシングをする』と云わせた選手でもあった。
それは恐らく出稽古に行かずとも、道場で教えてくれたコーチの教えをあまりにも忠実に守った為でもあろう。
そういう経験を経て、田村潔司は、UWFのギミックとしての『打・倒・極』を、リアルな経験とともに、様式美に完遂させたプロレスラーでもあった。
田村が、Uスタイルと云う、純プロレスの攻防に近い様式美に溢れる世界にこだわった願いが、ディフルメされすぎたプロレス技ではなく、本当の技術を持って、リアライズされたのだ。
完全なる想像の世界であるが、田村潔司は、おそらく本当の真剣勝負ではなく、本当の技術を使った様式美の試合にこそ、自分の属性を持ちたかったのではないのだろうか。
しかし、時に、事情により、本物の真剣勝負に出陣した、
出陣した理由。
ディフォルメされた様式美の原点と成る格闘技の技術を田村潔司はマスターしているので、なんとかなると思ったのであろうか?
しかし、勝つか負けるかの世界に、様式美等存在しない。
田村潔司は、極限まで自分を追い込み、覚悟を決めて、結果、真剣勝負で、ボクシング世界チャンピオン、喧嘩王、柔術を倒した。
その時の、田村潔司の孤独を想像するに、田村は、そこで燃え尽きてしまったのではないかと私は思っている。
田村は、プロレスラーは強いという証明を果たした上で、安心して、様式美の従来のUWF的プロレスの世界に浸りたかったのではないであろうか。
やりたくないことを、仕方なくやった。
しかし、そこで守るべきものがある。絶対に負けられない。
そういう追い込んだ試合を、田村は完勝して来たのである。
これは誰も真似出来ない偉大なる功績である。
総合格闘技時代が始まり、田村も、そこに参じたが、もはや、かつて、田村がプロレスを守る為に出陣を決意してきた試合においての、悲壮感を越えすぎた後光は田村の姿から見られなかった。
自分が命を掛けて、駆逐してきた格闘家であったが、それは自分の属性としての、様式美のプロレスを守る為であった。
しかし当時、もはや様式美としてのUスタイルは存在していない。
田村は、既に、守るべき者を失っていたように思う。
守るべき属性が、明確に存在したなら、おそらくシウバにも負けなかったと私は思う。
今は最早、後だしジャンケンとしての競技と化した総合格闘技でもある。
総合格闘技がなんであるかを冷静に把握し知った上での、自称・男達の参戦の世界でもある。
しかし、総合格闘技が何であるかを知らないまま、得体の知れない世界に挑み、そして職務のごとく、勝利を勝ち取ったプロレスラーこそ、田村潔司なのである。
田村潔司が様式美としての純・プロレスを完遂する為に、行なって来た出稽古。
その成果が格闘技戦以外にも、一つ存在した。
Uインター時代の桜庭戦でもあった。
プロレスラーが、その運動神経を用いて、本当の格闘技の技術を用いて、必死に、桜庭という本物のレスラーと対した。
それが、UWFルールであっても、ちゃんと桜庭の動きに対応し、結果、勝利を収めた。
真剣勝負の実績等、何も無いのに。
桜庭から冷酷過ぎる言葉が飛び出した。
その言葉は、実は強い先輩が、真剣勝負ではなく、UWF的純プロレスの遂行に拘って来たことを、突いた上での、強い先輩への脅威の言葉であろう。
2012年01月10日
日々雑感
落ち込み症候群
今日、仕事中の会話の中で思った事です。
落ち込み症候群、無気力症候群でもがき苦しむという事は、実は、もがき苦しむという快感に浸っているのではないかということです。
人間は、種の保存の責務を、なまけず遂行する為に、ご褒美を与えられています。
それが報酬ホルモンである快感なのですが、もし、(仮説ですが)落ち込み症候群、無気力症候群にさえ快感があるという事は、時に、そういう機会が、人生に取って必要という事でもあるように思います。
ただし問題なのは、その快楽に、負のフィードバックが存在しない事です。
たとえば性欲や食欲、睡眠欲等も快感を伴いますが、飽きという、負のフィードバックの信号が存在します。
しかし落ち込み、無気力に成る事には、中毒性や、依存症をもたらしかねません。
その上で、無気力であることの罪悪感が、更なる、快感をもたらします。
しかし、そこで、自分の味わう無気力感が、実は快感なのだと知れば、更なる快感への欲求や依存は打ち止めされます。
快感だという事を知れば、異なる快感への興味の中で、アクティヴな行動に走らざるを得ないのではと、ふと考えました。
コスパ
自分の生活のセレクトや、トレードオフの基本と成るものは、コストパフォーマンスの高さが中心と成っています。
それは自分が下町育ちだからかもしれません。
なので、自分にとってはホテル阪急インターやグランヴィアの鉄板焼きを食べ、ナイト&デイの珈琲を呑む事と、マルフクや、やまきのホルモンを食べ、ドリヤードやドナールや天人で一杯300円以下の珈琲を味わう事は、実は同じライン上に存在している事なのです。
共にチープシック、コストパフォーマンスの基準を照らし合わせれば、値段が大きく異なるだけで、同じスタイルと質だからです。
逆に、居酒屋チェーンとか、ファミレスとか、あるいは雑誌ミーツに載っているような、適当に贅沢すればすぐ行けるようなスノップ感たっぷりの小洒落た店、そういう店は、自分にとってライフスタイル以外の店。
つまり中庸の店です。
人生とは、自分らしさと、中庸のバランスが大切のような気がしますので、どちらか一方だけとは行きませんし、それで良いかなとも思います。
関係ない話ですが、最近、子供達は外食の際、後者の店ばかり行っているような気がします。
後者の店=子供天国でもあるので、大人達の世界に入り、力不足や脇役感を実感し、小さな挫折とともに、大人の社交場のマナーを養う機会が本当に、無くなって来たように思います。
マサ斎藤の腕とリ
マサ斎藤さんが、試合の序盤に、自分のペースに持って行く為に、使っていたレスリング技の腕とリ。
腕とリは本当に、タックル並みに人によって入り方が千差万別だけれど、斎藤さんがフェイントをかねて、ある動作を、間に挟んでいた事に、最近、気づいた。
正直、びっくりしたし、かなり高度な技術だと思った。
心の天気図
闘いたく無い時は闘わなくて良い。
闘いたくなったときだけ闘えば良い。
無理をせず、自分の求めるものに応じた頑張りで良いのだ。
けれど、もし、栄光を掴みたいなら、勝利の女神は絶対に微笑まないから。
自分のレスリング三流だけれど、少なくとも、何かは残せたのは、闘いたく無い日が10割だけの日を、365日何年間も頑張って来たから。
それは当たり前の事。
闘いたく無いとか、闘う気持ちに成ったからとか、そんな心の天気図に関係なく、闘って来た。
好きな事だから当たり前。
レスリングなんて勝利の女神へのアピール合戦だから。
勝利の女神なんて、天網恢々疎にして洩らさずそのもの。
好きな事だから、当たり前のように、心が雨の日も、風の日も、変わらず、むらなく、毎日、ストイックではなく、好きな事に対して努力出来る事に感謝して頑張る事。
それがレスリング。
燃えているときだけ燃えて、燃えない時は燃えない。
それはファッションでしかない。
けれど、ファッションとして、適当にやるなら、それも立派なライフスタイル。
おでん
おでんといえば『のんきや』ですね。
今日、仕事中の会話の中で思った事です。
落ち込み症候群、無気力症候群でもがき苦しむという事は、実は、もがき苦しむという快感に浸っているのではないかということです。
人間は、種の保存の責務を、なまけず遂行する為に、ご褒美を与えられています。
それが報酬ホルモンである快感なのですが、もし、(仮説ですが)落ち込み症候群、無気力症候群にさえ快感があるという事は、時に、そういう機会が、人生に取って必要という事でもあるように思います。
ただし問題なのは、その快楽に、負のフィードバックが存在しない事です。
たとえば性欲や食欲、睡眠欲等も快感を伴いますが、飽きという、負のフィードバックの信号が存在します。
しかし落ち込み、無気力に成る事には、中毒性や、依存症をもたらしかねません。
その上で、無気力であることの罪悪感が、更なる、快感をもたらします。
しかし、そこで、自分の味わう無気力感が、実は快感なのだと知れば、更なる快感への欲求や依存は打ち止めされます。
快感だという事を知れば、異なる快感への興味の中で、アクティヴな行動に走らざるを得ないのではと、ふと考えました。
コスパ
自分の生活のセレクトや、トレードオフの基本と成るものは、コストパフォーマンスの高さが中心と成っています。
それは自分が下町育ちだからかもしれません。
なので、自分にとってはホテル阪急インターやグランヴィアの鉄板焼きを食べ、ナイト&デイの珈琲を呑む事と、マルフクや、やまきのホルモンを食べ、ドリヤードやドナールや天人で一杯300円以下の珈琲を味わう事は、実は同じライン上に存在している事なのです。
共にチープシック、コストパフォーマンスの基準を照らし合わせれば、値段が大きく異なるだけで、同じスタイルと質だからです。
逆に、居酒屋チェーンとか、ファミレスとか、あるいは雑誌ミーツに載っているような、適当に贅沢すればすぐ行けるようなスノップ感たっぷりの小洒落た店、そういう店は、自分にとってライフスタイル以外の店。
つまり中庸の店です。
人生とは、自分らしさと、中庸のバランスが大切のような気がしますので、どちらか一方だけとは行きませんし、それで良いかなとも思います。
関係ない話ですが、最近、子供達は外食の際、後者の店ばかり行っているような気がします。
後者の店=子供天国でもあるので、大人達の世界に入り、力不足や脇役感を実感し、小さな挫折とともに、大人の社交場のマナーを養う機会が本当に、無くなって来たように思います。
マサ斎藤の腕とリ
マサ斎藤さんが、試合の序盤に、自分のペースに持って行く為に、使っていたレスリング技の腕とリ。
腕とリは本当に、タックル並みに人によって入り方が千差万別だけれど、斎藤さんがフェイントをかねて、ある動作を、間に挟んでいた事に、最近、気づいた。
正直、びっくりしたし、かなり高度な技術だと思った。
心の天気図
闘いたく無い時は闘わなくて良い。
闘いたくなったときだけ闘えば良い。
無理をせず、自分の求めるものに応じた頑張りで良いのだ。
けれど、もし、栄光を掴みたいなら、勝利の女神は絶対に微笑まないから。
自分のレスリング三流だけれど、少なくとも、何かは残せたのは、闘いたく無い日が10割だけの日を、365日何年間も頑張って来たから。
それは当たり前の事。
闘いたく無いとか、闘う気持ちに成ったからとか、そんな心の天気図に関係なく、闘って来た。
好きな事だから当たり前。
レスリングなんて勝利の女神へのアピール合戦だから。
勝利の女神なんて、天網恢々疎にして洩らさずそのもの。
好きな事だから、当たり前のように、心が雨の日も、風の日も、変わらず、むらなく、毎日、ストイックではなく、好きな事に対して努力出来る事に感謝して頑張る事。
それがレスリング。
燃えているときだけ燃えて、燃えない時は燃えない。
それはファッションでしかない。
けれど、ファッションとして、適当にやるなら、それも立派なライフスタイル。
おでん
おでんといえば『のんきや』ですね。
2012年01月08日
しんどい時こそ、丁寧に
昨日は今年初の練習でした。
しんどい時に、ものすごく雑なフォームでタックルに行っている例が多い。
また、その雑なタックルに倒されている事も多い。
しんどい時に、自分から攻めるのは、立派でもあるが、無謀でもあり、また、しんどいという理由を免罪符に、雑なタックルに行くことが許されることでもない。
ちゃんと覚悟と確信を込めて、タックルに行く事。
しんどい時、丁寧なフォーム心がければ、肉体にその技は永遠に記憶される。
また技が記憶される機会は、そういうしんどい時しか無い。
しんどい時に、ものすごく雑なフォームでタックルに行っている例が多い。
また、その雑なタックルに倒されている事も多い。
しんどい時に、自分から攻めるのは、立派でもあるが、無謀でもあり、また、しんどいという理由を免罪符に、雑なタックルに行くことが許されることでもない。
ちゃんと覚悟と確信を込めて、タックルに行く事。
しんどい時、丁寧なフォーム心がければ、肉体にその技は永遠に記憶される。
また技が記憶される機会は、そういうしんどい時しか無い。
2012年01月03日
あけましておめでとうございます。
年末の桜庭組対IGFの試合に興奮のあまり、年始の挨拶を疎かにしていました。
申し訳ありません。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
申し訳ありません。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

