K-1心中様の記事でも度々記されているが、格闘家にとって負けて元もとの試合ほど、楽な試合は無い。
心理学で「セルフハンディキャップ」という言葉がある。
自分の行動で失敗が予想されるときに,その行動を遂行するのに障害となりえるような状況や事柄を自分で「ハンディキャップ」として設定しておくことである。
そういう点では、かつての高田のPRIDEでの闘いも、そっくりそのまま、いくらでも言い訳の出来る闘いでもあった。
しかし高田の場合は年齢的なもの、限られた試合数の中で、高田の価値観と釣り合う相手として、(例え実力的には全く釣り合うものでないとしても)大物選手との試合が続いたのはある意味止むを得なかった部分もある。
同様の「セルフハンディキャップ」の設定を感じさせるのはミノワマンである。
「セルフハンディキャップ」を設定した相手には、勝っても、負けても、思い切りの良い動きでプロとしての魅せる試合を展開できる男でもある。
プロとしての魅せる試合を期待する関係者の思惑もこめられているのだろうが、勝負論など関係の無い試合にこだわっていけば、今以上にキワモノ扱いされていくだけであろう。
実はミノワマンは自分と同レベルの絶対に負けられない相手と闘う時は、比較的、堅実に実力を発揮する男でもある。
堅実すぎて凡戦となる試合も多かったようだが、かつて、佐々木や大道塾の選手と闘ったときのような試合前、逃げ場の無い追い詰められた状況でこそ、ミノワマンの潜在能力が発揮できるとも思っている。
不思議な男であるが、心底、負けないと覚悟した相手には、負けないのが実はミノワマンという男なのである。
潜在意識の中で「セルフハンディキャップ」を設定している限りミノワマンの真の魅力は発揮できないと私は思っている。
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2007年10月30日
ミノワマンよ/セルフハンディキャップを捨て去れ!
posted by shingol at 11:46| 新・レッスルする世界
2007年10月28日
秋山を倒す為に2/片足は必ず取れる
秋山が復帰戦を勝利で飾った。
実際に試合を観たわけではないが、あの勝負強さは衰えていないようである。
試合後、「大韓民国万歳」とマイクした秋山は、少なくともHERO’Sという日本の大衆のリングでスターであるべき存在では無い。
私も在日韓国人として記させてもらうが、日本で闘う以上、日本人に愛されるスターであるべきである。
通名を貫き、一人の時に、もうひとりの「チュ・ソンフン」という人格と振り向き合えば良い。
それが孤独を背負うスターの生き方で有る。
それをしない秋山には少なくともHERO’Sという大衆リングを引っ張って行く意識が少し足りないのではないかとも思った。
もし前田日明が「コウ・イルミョン」だったら長州力が「カク・クゥワンウン」としての人格を前面に押し出したら、あそこまでのスターになれただろうか、自らの団体を引っ張っていけただろうか?
日本人は実は意外と国籍にこだわらない人たちである。
前田や長州を見れば分かる。
しかし、あそこまで前面に自分の国籍を帰化した後でも押し出せば、日本人の感情移入は出来るわけが無い。
HERO’Sというリングを引っ張って行くエースとしての自覚にも欠けているともいえる。
しかしHERO’Sのリングで自己表現を繰り広げる一選手としての秋山に、もう私は何の文句も無いし、秋山は秋山として自分の為に闘い続ければ良い。
しかしHERO’Sのライトヘビーの場に、山本KIDのような大衆に愛され、かつ、負けないスターの存在は不可欠である。
では、どうすればあの秋山の強さを打ち砕けるか?
私は以前、秋山のタックルのからくりについて記させてもらったが、今回、気付いた事は
秋山の打撃に合わせて片足が入りやすいという事がはっきりした事である。
永田、桜庭、今回のカーンと、全て、秋山の打撃に合わせ、秋山の片足を捉える事に成功している。
ということは秋山にシングルタックルをかける事はさほど難しい事ではないと思っている。
桜庭に関して周知の通り、この話から外させてもらう。
まず、永田である。
きれいに片足に入るが、秋山の足の強さ、圧力におそらく面食らった部分があったのであろう。
脚力よりはるかに勝る腕で相手の片足を捉えても、圧力で勝てるわけは無い。
それを有効に利用した圧力の掛け方に永田が面食らっている表情が忘れられない。
片足を取れたとき、相手の圧力が強ければ、相手の軸足を蹴り込む事である。
実際に足を払ったり、蹴ったりするわけではない。
相手の軸足の辺りに自分の足を踏み込めば、相手が取られている足への圧力を一瞬、必ず、外してしまう。
その瞬間に圧力の無くなった相手の片足をコントロールすれば良いのだ。
後はカーンがやられた後ろを向いてすっぽ抜かす方法である。
こういったきびす返しの対処はもっと簡単である。
相手の片足を取った瞬間に、自分の両足を内股にして取った相手の片足を外れないようにしてハサミ状にとらえて置く事である。
いずれも基本なのだが、レスリングでのトップレベルでの経験が長い選手程、秋山のような(レスリングでは考えられない素人式の)防御に面食らってしまう部分が多々有るのであろう。
いずれも柔道家相手にさんざんスパーをこなしてきた三流レスラーの私なりの経験で有る。
穴が無いと思われがちな秋山であるが、穴は多く有る。
テイクダウンは必ず出来るはずである。
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秋山を倒す為に/脱力を粉砕せよ
実際に試合を観たわけではないが、あの勝負強さは衰えていないようである。
試合後、「大韓民国万歳」とマイクした秋山は、少なくともHERO’Sという日本の大衆のリングでスターであるべき存在では無い。
私も在日韓国人として記させてもらうが、日本で闘う以上、日本人に愛されるスターであるべきである。
通名を貫き、一人の時に、もうひとりの「チュ・ソンフン」という人格と振り向き合えば良い。
それが孤独を背負うスターの生き方で有る。
それをしない秋山には少なくともHERO’Sという大衆リングを引っ張って行く意識が少し足りないのではないかとも思った。
もし前田日明が「コウ・イルミョン」だったら長州力が「カク・クゥワンウン」としての人格を前面に押し出したら、あそこまでのスターになれただろうか、自らの団体を引っ張っていけただろうか?
日本人は実は意外と国籍にこだわらない人たちである。
前田や長州を見れば分かる。
しかし、あそこまで前面に自分の国籍を帰化した後でも押し出せば、日本人の感情移入は出来るわけが無い。
HERO’Sというリングを引っ張って行くエースとしての自覚にも欠けているともいえる。
しかしHERO’Sのリングで自己表現を繰り広げる一選手としての秋山に、もう私は何の文句も無いし、秋山は秋山として自分の為に闘い続ければ良い。
しかしHERO’Sのライトヘビーの場に、山本KIDのような大衆に愛され、かつ、負けないスターの存在は不可欠である。
では、どうすればあの秋山の強さを打ち砕けるか?
私は以前、秋山のタックルのからくりについて記させてもらったが、今回、気付いた事は
秋山の打撃に合わせて片足が入りやすいという事がはっきりした事である。
永田、桜庭、今回のカーンと、全て、秋山の打撃に合わせ、秋山の片足を捉える事に成功している。
ということは秋山にシングルタックルをかける事はさほど難しい事ではないと思っている。
桜庭に関して周知の通り、この話から外させてもらう。
まず、永田である。
きれいに片足に入るが、秋山の足の強さ、圧力におそらく面食らった部分があったのであろう。
脚力よりはるかに勝る腕で相手の片足を捉えても、圧力で勝てるわけは無い。
それを有効に利用した圧力の掛け方に永田が面食らっている表情が忘れられない。
片足を取れたとき、相手の圧力が強ければ、相手の軸足を蹴り込む事である。
実際に足を払ったり、蹴ったりするわけではない。
相手の軸足の辺りに自分の足を踏み込めば、相手が取られている足への圧力を一瞬、必ず、外してしまう。
その瞬間に圧力の無くなった相手の片足をコントロールすれば良いのだ。
後はカーンがやられた後ろを向いてすっぽ抜かす方法である。
こういったきびす返しの対処はもっと簡単である。
相手の片足を取った瞬間に、自分の両足を内股にして取った相手の片足を外れないようにしてハサミ状にとらえて置く事である。
いずれも基本なのだが、レスリングでのトップレベルでの経験が長い選手程、秋山のような(レスリングでは考えられない素人式の)防御に面食らってしまう部分が多々有るのであろう。
いずれも柔道家相手にさんざんスパーをこなしてきた三流レスラーの私なりの経験で有る。
穴が無いと思われがちな秋山であるが、穴は多く有る。
テイクダウンは必ず出来るはずである。
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秋山を倒す為に/脱力を粉砕せよ
posted by shingol at 22:58| 新・レッスルする世界
西村修への最後の言葉
私は西村修と言う男が実は好きなのである。
少なくとも流されるままに行きて行く人間が多い中で、誰も気付かなかった人生の気付きを与えてくれもする男である。
私が好きなのは西村のクオリティーの高さを求める生活姿勢である。
人生、出来る事なら、より良いものに出会って、より良い出会いを行いたい。
限られた人生、出来るだけ、衣食住、より良い選択をしたいと思うのは当然の事だ。
美食家で、身だしなみもきっちりと、葉巻を嗜み、人生を味わい深く楽しんでいる男でもある。
しかし、西村は市井の人間にも人生の愉しみがある事をもっと知れば良いのだ。
皆が皆、ホテルのラウンジでコーヒーを飲めるわけではない。
高級バーで気持ちよくなれるわけも無い。
しかし、本来、西村とは市井の人間ではなかったのか?
「今のファンは馬鹿です」といった時、私は何の強さも感じさせない西村を小馬鹿にしながらもオヤッと思う気持ちになれた。
やっているスタイルは実はアントニオ猪木とドリーファンクの薄っぺらいコピーながら、それでもいいかと思った。
今の時代にそぐわない、金にならないスタイルを貫く西村には、高級バーより、場末の赤ちょうちんが似合うのに、何故か、本人は金にならない自分の身の丈を越えた生活をしたいのであろう。
一時代を築いた伝説のスター達の余裕有る生活に感化されたようだが、西村は一時代等築いていない。
商業性の無いスタイルにこだわりながらも、自分は優雅な生活をしたい悲しき男である。
世の中には中庸という言葉が有る。
本当に出したいのはこだわりの寿司である。
しかし、生活の為に納得いかない昼定食も出そう。
それで良いではないか。
中庸という言葉を西村がもっと租借すれば、多くの人を傷つけず、かしこく生きれたかも知れない。
しかし中庸の言葉の裏には本道がある。
西村は自分の本道をどこで貫くのであろうか?
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少なくとも流されるままに行きて行く人間が多い中で、誰も気付かなかった人生の気付きを与えてくれもする男である。
私が好きなのは西村のクオリティーの高さを求める生活姿勢である。
人生、出来る事なら、より良いものに出会って、より良い出会いを行いたい。
限られた人生、出来るだけ、衣食住、より良い選択をしたいと思うのは当然の事だ。
美食家で、身だしなみもきっちりと、葉巻を嗜み、人生を味わい深く楽しんでいる男でもある。
しかし、西村は市井の人間にも人生の愉しみがある事をもっと知れば良いのだ。
皆が皆、ホテルのラウンジでコーヒーを飲めるわけではない。
高級バーで気持ちよくなれるわけも無い。
しかし、本来、西村とは市井の人間ではなかったのか?
「今のファンは馬鹿です」といった時、私は何の強さも感じさせない西村を小馬鹿にしながらもオヤッと思う気持ちになれた。
やっているスタイルは実はアントニオ猪木とドリーファンクの薄っぺらいコピーながら、それでもいいかと思った。
今の時代にそぐわない、金にならないスタイルを貫く西村には、高級バーより、場末の赤ちょうちんが似合うのに、何故か、本人は金にならない自分の身の丈を越えた生活をしたいのであろう。
一時代を築いた伝説のスター達の余裕有る生活に感化されたようだが、西村は一時代等築いていない。
商業性の無いスタイルにこだわりながらも、自分は優雅な生活をしたい悲しき男である。
世の中には中庸という言葉が有る。
本当に出したいのはこだわりの寿司である。
しかし、生活の為に納得いかない昼定食も出そう。
それで良いではないか。
中庸という言葉を西村がもっと租借すれば、多くの人を傷つけず、かしこく生きれたかも知れない。
しかし中庸の言葉の裏には本道がある。
西村は自分の本道をどこで貫くのであろうか?
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posted by shingol at 12:53| 新・レッスルする世界
2007年10月23日
古き良きアメリカンプロレス
私の敬愛するプログのK-1心中様が注目すべき記事を書いてくれています。
私も全く同じ意見です。
この試合を観て頂きたいと思います。
ドリー・ファンク・ジュニア対ジャック・プリスコのプロレスです。
この当時のプロレスの基本的ムーブはアマチュア・レスリングの演武的なムーブでした。
ディフォルメされた動きとはいえ、レスリングの基本を知らなければ出来ないプロレスの基本ムーブです。
あのドン・フライでさえ名門オクラホマ州立大学では2軍、3軍のメンバーでした。
ブリスコは主将として実に9割の勝率を誇った名選手です。
私が西村修を基本的にあまり好かない理由を書きます。
伝統的といいながら、西村は実際に相手を倒す技術をもっていません。
レスリングをディフォルメした古典的プロレスムーブを更にディフォルメした動きしか出来ないからです。
ゴッチさんの激しい稽古についていったわけではなく、ゴッチさんの酒の席に付き合い認められた、ある意味立派な男ですが、西村修の伝統とは、強さの土台はありません。
けれど、当時の新日本にいたならば、馳浩コーチのもと、最低現のスパーリングはこなしていたはずです。
馳浩は西村は練習が嫌いだったと証言しています。
そんな西村が楽して伝統的スタイルを実践していても何の説得力もありません。
本物のプロレスムーブとは、本当に相手を組み伏せる技術を持つ人間のディフォルメされた動きだと私は思っているからです。
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私も全く同じ意見です。
この試合を観て頂きたいと思います。
ドリー・ファンク・ジュニア対ジャック・プリスコのプロレスです。
この当時のプロレスの基本的ムーブはアマチュア・レスリングの演武的なムーブでした。
ディフォルメされた動きとはいえ、レスリングの基本を知らなければ出来ないプロレスの基本ムーブです。
あのドン・フライでさえ名門オクラホマ州立大学では2軍、3軍のメンバーでした。
ブリスコは主将として実に9割の勝率を誇った名選手です。
私が西村修を基本的にあまり好かない理由を書きます。
伝統的といいながら、西村は実際に相手を倒す技術をもっていません。
レスリングをディフォルメした古典的プロレスムーブを更にディフォルメした動きしか出来ないからです。
ゴッチさんの激しい稽古についていったわけではなく、ゴッチさんの酒の席に付き合い認められた、ある意味立派な男ですが、西村修の伝統とは、強さの土台はありません。
けれど、当時の新日本にいたならば、馳浩コーチのもと、最低現のスパーリングはこなしていたはずです。
馳浩は西村は練習が嫌いだったと証言しています。
そんな西村が楽して伝統的スタイルを実践していても何の説得力もありません。
本物のプロレスムーブとは、本当に相手を組み伏せる技術を持つ人間のディフォルメされた動きだと私は思っているからです。
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posted by shingol at 23:53| 新・レッスルする世界
ザ・コブラ不発の原因?
私が中学生の頃、月刊ゴングにて、メキシコ修行時代のジョージ高野のグラビアを見た。
リンピオとしてメキシコのスターと並んで記念写真に納まる高野を見て驚いた。
プロレスラーにこんなスタイルの良い人間がいるのかと思うくらい八頭身の体で、大げさでなく、隣に並ぶメキシコのスターの胸近くに、高野の足の付け根があったのだ。
私は高野が日本に帰って来たときの期待を密かに感じた。
高校に入って、思いのほか、早く、高野の試合を見る事が出来た。
ワールド・プロレスリングの特番で、カルガリーからの中継、コブラとしてテレビに登場した高野は、解説席のアントニオ猪木が「あっ!」と驚嘆の声を挙げる程、素晴らしい動きを見せてくれた。
私は間違いなく、この時、ポスト・タイガーマスクとして、猪木の脳裏にコプラの存在がインプットされたと思った。
その試合と同じ年の秋、いよいよコブラが日本マットにデビューした。
白煙を拭き上げる神輿に担がれて登場するという、その時代の精一杯の演出のもと、登場したコブラであったが、結果、マット史に残る程の外れっぶりを見せてしまう事になる。
私はあれだけカルガリーからのテレビ中継でスイングした相手のデービーボーイ・スミスを相手に、期待はずれの凡戦をコブラが演じてしまったのかは未だに謎である。
高野のプロレスの下手さ加減、緊張振りも確かにあったであろうが、私は、試合前、マスクを脱ぎ去ったスミスを見たとき、スミスが、コブラの単なる引き立て役を断る意志表示でもあると感じた。
私は、スミスが、当時の新日本御得意の焚き付けによって、コプラの引き立て役を拒否する事になったのではないかと思っている。
コプラの不運はプロレスブーム以降に登場したという事である。
売れ線の如く、スイングするプロレスを見続けて来たプロレスファンに有って、もはや、コブラのプロレスの下手さ加減は鑑賞の意味を持たなかったのだ。
しかし、プロレスブーム以前のプロレス界にコブラが登場していたら、どうであったか?
八頭身の肉体から、おどろくほど打点の高い技を放つ。
洗練されたコスチューム、斬新なコスチュームの白いジャケット。
プロレスファンが、スイングしたプロレスしか評価しなくなった以前にコブラが登場したならば、おそらくコブラは対世間に最も貴重なプロレスラーで無かったかと私は思っている。
覚えているでしょうか?
あのコブラのテーマ曲です
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リンピオとしてメキシコのスターと並んで記念写真に納まる高野を見て驚いた。
プロレスラーにこんなスタイルの良い人間がいるのかと思うくらい八頭身の体で、大げさでなく、隣に並ぶメキシコのスターの胸近くに、高野の足の付け根があったのだ。
私は高野が日本に帰って来たときの期待を密かに感じた。
高校に入って、思いのほか、早く、高野の試合を見る事が出来た。
ワールド・プロレスリングの特番で、カルガリーからの中継、コブラとしてテレビに登場した高野は、解説席のアントニオ猪木が「あっ!」と驚嘆の声を挙げる程、素晴らしい動きを見せてくれた。
私は間違いなく、この時、ポスト・タイガーマスクとして、猪木の脳裏にコプラの存在がインプットされたと思った。
その試合と同じ年の秋、いよいよコブラが日本マットにデビューした。
白煙を拭き上げる神輿に担がれて登場するという、その時代の精一杯の演出のもと、登場したコブラであったが、結果、マット史に残る程の外れっぶりを見せてしまう事になる。
私はあれだけカルガリーからのテレビ中継でスイングした相手のデービーボーイ・スミスを相手に、期待はずれの凡戦をコブラが演じてしまったのかは未だに謎である。
高野のプロレスの下手さ加減、緊張振りも確かにあったであろうが、私は、試合前、マスクを脱ぎ去ったスミスを見たとき、スミスが、コブラの単なる引き立て役を断る意志表示でもあると感じた。
私は、スミスが、当時の新日本御得意の焚き付けによって、コプラの引き立て役を拒否する事になったのではないかと思っている。
コプラの不運はプロレスブーム以降に登場したという事である。
売れ線の如く、スイングするプロレスを見続けて来たプロレスファンに有って、もはや、コブラのプロレスの下手さ加減は鑑賞の意味を持たなかったのだ。
しかし、プロレスブーム以前のプロレス界にコブラが登場していたら、どうであったか?
八頭身の肉体から、おどろくほど打点の高い技を放つ。
洗練されたコスチューム、斬新なコスチュームの白いジャケット。
プロレスファンが、スイングしたプロレスしか評価しなくなった以前にコブラが登場したならば、おそらくコブラは対世間に最も貴重なプロレスラーで無かったかと私は思っている。
覚えているでしょうか?
あのコブラのテーマ曲です
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posted by shingol at 23:32| 新・レッスルする世界
2007年10月21日
西村修に見るプロレス村の歪み
西村修の葛藤とはもの凄いものがあったらしい。
「胃や内臓が飛び出しそうな」葛藤の中を、経た上での、決断である。
私のようなファンが、一人の男の決断に対して、どうのこうの言える資格等無いのであるが、思うのは、プロレスラーとは、本当にひ弱になってしまったという事である。
自分の決断がそれほど悩んだ末のものであったならば、しっかりと、決断の末に迷惑をかける人間に言葉で伝える事が必要なのであろう。
しかし、今のプロレスラーとはそれが出来ないのだ。
言い出しにくい人に、先に話し、筋を通す事よりも、「胃や内臓が飛び出しそうな」悩みのほうが楽だったのであろう。
私が考えられないのは、無我のスタッフ(社内スタッフであれ社外スタッフであれ)が、西村を擁護する発言を自分のブログで行っている事である。
擁護云々は本人の考えであろうが、少なくとも、自分が所属スタッフであれ、外注スタッフであれ、無我に関わっているスタッフである事に変わりはないのだ。
無我の会場に来れば、ファンは誰が所属か契約か等、関係なく、レギュラーであるそのスタッフや選手を無我の人間として見ているのだ。
そんなスタッフの口から、実は無我はこうなってるなどの言葉が、こんな時に、よくブログに記されるものだと思い驚いた。
まさしくプロレス村である。
資本を出すのは藤波の家族である。
その家族が借金してお金をかき集めてでも、無我の興行を乱発しなければいけないのか?
ギリギリの採算ラインで、身の丈に合った興行を、誰の為にやっていたのか?
あの優柔不断な藤波が、それでも、人の良さで、多くの選手たちの受け皿を作った。
作った以上は、経営者なら、借金してでも、選手が満足する試合数と報酬を用意しろと言いたいのか?
なら藤波が経営に口出し出来ないくらい、経営責任全てを引っ括めて、無我を引っ張って行けば良かったではないか?
しかし、そういうリスクはいつも他人に負わせるのが、西村である。
私が子供の頃、アブドーラ・ザ・ブッチャーが新日本に引き抜かれた。
しかし、全日本への最後の参戦直後の移籍発表を避けた理由というのが、全日本プロレスに用意してもらったチケットで今はまだ日本にいるのだからという事であった。
些細な事だが、悪役のブッチャーの行動一つにでも、昔のプロレス界には社会常識というのが存在した。
しかし今のプロレス村には社会常識等必要ないのだ。
そのプロレス村の歪んだ象徴を見るかのような西村の今回の一件であった。
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〜西村修について〜
西村修の電撃移籍
西村修の果てしない自己探求
ダニー・ホッジという伝説
次回こそ、ザ・コブラは何故、スターにならなかったのか?
「胃や内臓が飛び出しそうな」葛藤の中を、経た上での、決断である。
私のようなファンが、一人の男の決断に対して、どうのこうの言える資格等無いのであるが、思うのは、プロレスラーとは、本当にひ弱になってしまったという事である。
自分の決断がそれほど悩んだ末のものであったならば、しっかりと、決断の末に迷惑をかける人間に言葉で伝える事が必要なのであろう。
しかし、今のプロレスラーとはそれが出来ないのだ。
言い出しにくい人に、先に話し、筋を通す事よりも、「胃や内臓が飛び出しそうな」悩みのほうが楽だったのであろう。
私が考えられないのは、無我のスタッフ(社内スタッフであれ社外スタッフであれ)が、西村を擁護する発言を自分のブログで行っている事である。
擁護云々は本人の考えであろうが、少なくとも、自分が所属スタッフであれ、外注スタッフであれ、無我に関わっているスタッフである事に変わりはないのだ。
無我の会場に来れば、ファンは誰が所属か契約か等、関係なく、レギュラーであるそのスタッフや選手を無我の人間として見ているのだ。
そんなスタッフの口から、実は無我はこうなってるなどの言葉が、こんな時に、よくブログに記されるものだと思い驚いた。
まさしくプロレス村である。
資本を出すのは藤波の家族である。
その家族が借金してお金をかき集めてでも、無我の興行を乱発しなければいけないのか?
ギリギリの採算ラインで、身の丈に合った興行を、誰の為にやっていたのか?
あの優柔不断な藤波が、それでも、人の良さで、多くの選手たちの受け皿を作った。
作った以上は、経営者なら、借金してでも、選手が満足する試合数と報酬を用意しろと言いたいのか?
なら藤波が経営に口出し出来ないくらい、経営責任全てを引っ括めて、無我を引っ張って行けば良かったではないか?
しかし、そういうリスクはいつも他人に負わせるのが、西村である。
私が子供の頃、アブドーラ・ザ・ブッチャーが新日本に引き抜かれた。
しかし、全日本への最後の参戦直後の移籍発表を避けた理由というのが、全日本プロレスに用意してもらったチケットで今はまだ日本にいるのだからという事であった。
些細な事だが、悪役のブッチャーの行動一つにでも、昔のプロレス界には社会常識というのが存在した。
しかし今のプロレス村には社会常識等必要ないのだ。
そのプロレス村の歪んだ象徴を見るかのような西村の今回の一件であった。
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〜西村修について〜
西村修の電撃移籍
西村修の果てしない自己探求
ダニー・ホッジという伝説
次回こそ、ザ・コブラは何故、スターにならなかったのか?
posted by shingol at 11:31| 新・レッスルする世界
2007年10月19日
西村修の電撃移籍
私は、この西村修の電撃移籍が、アングルでしかないと思っているファンである。
アングルでなければ、こんな非常識な離脱劇等有り得ないであろう。
例え、契約上なんの拘束も無くても、自分は経済的な出資など無く、藤波の家族におんぶにだっこで、無我を立ち上げさせた西村が、まさか、このような馬鹿馬鹿しい離脱劇など起こすはずは無いと思っているからだ。
これがアングルで無いとしたら、まさしく西村は馬鹿である。
自分が属していた場所のリーダーに何の説明も無く、移籍先の場所で移籍しましたと発表する人間等、少なくとも、どこにもいてはしないだろう。
まして自分がやりたい無我のプロレスとやらを、藤波に懇願し、藤波の家族を総出陣させ、やらせてきた男がである。
自分がやりたいプロレスが、どれほどの経済的な価値があるのかという事を知っていれば、少なくとも、無我を立ち上げる前に、今の無我の現状くらい予想は出来ていたであろう。
私が信じがたいのは、西村のブログに記されている、身の丈を越えた、あまりに非日常な生活振りである。
やれ今日はイタリアンレストラン、やれ今日はホテルのバー。
自分がプロレス不況の中の更に弱小団体に属しているとは思えない、身分不相応ぶりである。
なのに自分の経済的基盤を、伝統的スタイルとやらに求め、満足する報酬を得られなければ、ハッスルにも出る。
こういう男には鶴見五郎の興行を見せてあげたいものだ。
無我と言うスタイルは、西村修のジェームス・コバーンばりの生活を維持する為にあるわけは無いのだ。
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次回は、ザ・コブラは何故、スターにならなかったのか?
10/14付け西村修の果てしない自己探求
アングルでなければ、こんな非常識な離脱劇等有り得ないであろう。
例え、契約上なんの拘束も無くても、自分は経済的な出資など無く、藤波の家族におんぶにだっこで、無我を立ち上げさせた西村が、まさか、このような馬鹿馬鹿しい離脱劇など起こすはずは無いと思っているからだ。
これがアングルで無いとしたら、まさしく西村は馬鹿である。
自分が属していた場所のリーダーに何の説明も無く、移籍先の場所で移籍しましたと発表する人間等、少なくとも、どこにもいてはしないだろう。
まして自分がやりたい無我のプロレスとやらを、藤波に懇願し、藤波の家族を総出陣させ、やらせてきた男がである。
自分がやりたいプロレスが、どれほどの経済的な価値があるのかという事を知っていれば、少なくとも、無我を立ち上げる前に、今の無我の現状くらい予想は出来ていたであろう。
私が信じがたいのは、西村のブログに記されている、身の丈を越えた、あまりに非日常な生活振りである。
やれ今日はイタリアンレストラン、やれ今日はホテルのバー。
自分がプロレス不況の中の更に弱小団体に属しているとは思えない、身分不相応ぶりである。
なのに自分の経済的基盤を、伝統的スタイルとやらに求め、満足する報酬を得られなければ、ハッスルにも出る。
こういう男には鶴見五郎の興行を見せてあげたいものだ。
無我と言うスタイルは、西村修のジェームス・コバーンばりの生活を維持する為にあるわけは無いのだ。
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次回は、ザ・コブラは何故、スターにならなかったのか?
10/14付け西村修の果てしない自己探求
posted by shingol at 20:20| 新・レッスルする世界
2007年10月18日
格闘技新団体の求めるもの
格闘技の新団体ワールド・ビクトリー・ロードが発足記者会見をしたが、思いのほか、格闘技ファンの間では拒否反応が強いようである。
私は少し似た風景を思い出した。
プライドの発足記者会見時、もっと前に遡れば、SWS旗揚げ時と、どこか似たような拒否感の空気を感じてしまうのだ。
新興団体の出現に過敏になり、どこかで抵抗を感じてしまう事は、かつてのプライドやSWS同様、格闘技界が、かつてのプロレス村と同じく、ムラ社会になりつつあることを示しているのだ。
昭和のプロレスブームが去った後、残ったファンたちでプロレス村が成立した。
格闘技バブルが終わり、残ったファンたちで同じように格闘技村が出現したのである。
そんな格闘技ファンの新団体への若干の脅威とやらがあったとしても心配は無用である。
おそらく福田会長が考えている新団体構想と、イベント運営側の思惑は完全に異なっているはずである。
福田会長の考えている事は、ボクシング協会と同じ、地道で、健全な社会性を持った団体である。
しかし、イベント側はバブルの夢を追うはずであろう。
しかし、格闘技村の住人を総動員しても、あの格闘技バブルの再来は二度と来ないのだ。
そこに無理に実体のない利ざやを求めようとしてイベント側が暴走したとき、福田会長の作った協会、コミッションの役割が発揮されるだろう。
亀田によって一時のバブルと化したボクシング界であるが、福田会長側が求めるものは亀田以前のボクシング界で有る。
王者クラスとなっても、アルバイトしているボクサーたちが多くいる中で、多くの総合格闘家たちが同じ流した汗の量を持って、ボクサーたちよりも美味しい想いをして来た。
格闘技界が健全な収支のバランスに乗っ取って、身の丈に合った、息の長いジャンルとなることを私は新団体に期待している。
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私は少し似た風景を思い出した。
プライドの発足記者会見時、もっと前に遡れば、SWS旗揚げ時と、どこか似たような拒否感の空気を感じてしまうのだ。
新興団体の出現に過敏になり、どこかで抵抗を感じてしまう事は、かつてのプライドやSWS同様、格闘技界が、かつてのプロレス村と同じく、ムラ社会になりつつあることを示しているのだ。
昭和のプロレスブームが去った後、残ったファンたちでプロレス村が成立した。
格闘技バブルが終わり、残ったファンたちで同じように格闘技村が出現したのである。
そんな格闘技ファンの新団体への若干の脅威とやらがあったとしても心配は無用である。
おそらく福田会長が考えている新団体構想と、イベント運営側の思惑は完全に異なっているはずである。
福田会長の考えている事は、ボクシング協会と同じ、地道で、健全な社会性を持った団体である。
しかし、イベント側はバブルの夢を追うはずであろう。
しかし、格闘技村の住人を総動員しても、あの格闘技バブルの再来は二度と来ないのだ。
そこに無理に実体のない利ざやを求めようとしてイベント側が暴走したとき、福田会長の作った協会、コミッションの役割が発揮されるだろう。
亀田によって一時のバブルと化したボクシング界であるが、福田会長側が求めるものは亀田以前のボクシング界で有る。
王者クラスとなっても、アルバイトしているボクサーたちが多くいる中で、多くの総合格闘家たちが同じ流した汗の量を持って、ボクサーたちよりも美味しい想いをして来た。
格闘技界が健全な収支のバランスに乗っ取って、身の丈に合った、息の長いジャンルとなることを私は新団体に期待している。
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posted by shingol at 18:37| 新・レッスルする世界
2007年10月16日
藤原善明という伝説のポリスマン
先ほどのダニー・ホッジの記事にも関連するが、アメリカ人は日本人以上に先人へのリスペクトを保とうとする。
アメリカでは藤原善明が記した「藤原善明のスーパー・テクニック」は多くの格闘技者たちの標準テキストとして評価されているようである。
私は藤原善明が、その寝技と同等のスタンド技術を持っていれば、日本のプロレス界がここまで地に堕ちる事は無かったと信じている。
藤原に教わったU系戦士たちの誰か一人でも、スタンドでの闘いの重要視に気付いていれば、あれほど、ゴッチさんの核を抜き去った、空洞化したゴッチスタイルを持って総合に出陣し、敗れ去る選手も少なかったであろうと思う。
しかし、藤原は実は自身で鈴木みのるとのスパーリング、あるいは石沢とのリアルな試合を通して、その事に気付いていたような気もする。
しかし、それでもスタンド以外のキャッチ・レスリングとしてり教則を残したプロレスラーとしてもっと評価されて良い選手でもある。
朝日昇や佐藤ルミナさえ教本とした「藤原善明のスーパー・テクニック」であるが、もはやこの日本という歪に進化した格闘技オタクの国で、その書物の正当な評価が得られる事は無いと思っている。
私の更新意欲をいつも刺激させてもらえる男前のプロ格ブログ「K-心中」様です。
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アメリカでは藤原善明が記した「藤原善明のスーパー・テクニック」は多くの格闘技者たちの標準テキストとして評価されているようである。
私は藤原善明が、その寝技と同等のスタンド技術を持っていれば、日本のプロレス界がここまで地に堕ちる事は無かったと信じている。
藤原に教わったU系戦士たちの誰か一人でも、スタンドでの闘いの重要視に気付いていれば、あれほど、ゴッチさんの核を抜き去った、空洞化したゴッチスタイルを持って総合に出陣し、敗れ去る選手も少なかったであろうと思う。
しかし、藤原は実は自身で鈴木みのるとのスパーリング、あるいは石沢とのリアルな試合を通して、その事に気付いていたような気もする。
しかし、それでもスタンド以外のキャッチ・レスリングとしてり教則を残したプロレスラーとしてもっと評価されて良い選手でもある。
朝日昇や佐藤ルミナさえ教本とした「藤原善明のスーパー・テクニック」であるが、もはやこの日本という歪に進化した格闘技オタクの国で、その書物の正当な評価が得られる事は無いと思っている。
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posted by shingol at 16:14| 新・レッスルする世界
ワールド・ビクトリー・ロードというイベント
新団体での構成メンバーが一部、問題にもなっているようである。
しかし、外部だけでなく内部に対しての牽制も含めて、福田会長が元・警視総監を含めて盤石の基盤を整えたのは確かなようである。
松浪先生は確かに、過去、ダークな経歴を持つに至ったが、少なくとも、現在は文部科学副大臣の立場にある人である。
私が、格闘技団体の美味しい利権に群がる闇社会の存在は嫌いでならない。
それらの介入を徹底的に防ごうと言う福田会長の信念は評価に値すると思っている。
何故、プライドという経費過剰で実利の少ない団体に美味しいと闇社会が群がったか。
そこにどのようなシステムがあったのか?
もう、格闘技にこんな過ちは起こって欲しくないと私は思っている。
私が三流の格闘技歴を持って記したい事は一つだけである。
格闘家が闇社会の住人に、怯え、それらの駒にしか過ぎなかった悪しき格闘技イベントの再来等望まないからである。
福田会長はその点は絶対に過ちを犯さないと私は信じている。
信じているが…もはや大きな組織を求めても、ペイ出来る日本の総合格闘技の市場等存在しない事も分かっている。
福田会長は社会性を持つ、義憤の人でもある。
そこで繰り広げられる真実の闘いに、格闘技バブルに酔いしれてきた人たちが、酔いしれる事等絶対に無いと思える。
結局は格闘技ファンを非日常の空間に導く格闘技イベントはもはや存在しないのだ。
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しかし、外部だけでなく内部に対しての牽制も含めて、福田会長が元・警視総監を含めて盤石の基盤を整えたのは確かなようである。
松浪先生は確かに、過去、ダークな経歴を持つに至ったが、少なくとも、現在は文部科学副大臣の立場にある人である。
私が、格闘技団体の美味しい利権に群がる闇社会の存在は嫌いでならない。
それらの介入を徹底的に防ごうと言う福田会長の信念は評価に値すると思っている。
何故、プライドという経費過剰で実利の少ない団体に美味しいと闇社会が群がったか。
そこにどのようなシステムがあったのか?
もう、格闘技にこんな過ちは起こって欲しくないと私は思っている。
私が三流の格闘技歴を持って記したい事は一つだけである。
格闘家が闇社会の住人に、怯え、それらの駒にしか過ぎなかった悪しき格闘技イベントの再来等望まないからである。
福田会長はその点は絶対に過ちを犯さないと私は信じている。
信じているが…もはや大きな組織を求めても、ペイ出来る日本の総合格闘技の市場等存在しない事も分かっている。
福田会長は社会性を持つ、義憤の人でもある。
そこで繰り広げられる真実の闘いに、格闘技バブルに酔いしれてきた人たちが、酔いしれる事等絶対に無いと思える。
結局は格闘技ファンを非日常の空間に導く格闘技イベントはもはや存在しないのだ。
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posted by shingol at 15:59| 新・レッスルする世界
ダニー・ホッジという伝説/2
二回続けての動画です。
ダニー・ホッジが意外に好評のようです。
私の友人のアメリカのカレッジ・レスラーに聞いて驚いた事が有ります。
プロレスに興味の無いアマチュア・レスラーの友人が、「ダニー・ホッジ」の名前は知っていたのです。
それくらい、ホッジは、アメリカのアマチュア・レスリング界で伝説化されている存在といえます。
もう一つ、アメリカは日本以上に先人へのリスペクトがしっかりと保たれている国であるという事です。
アメリカでは例え、現段階でと比べて、技術レベルが低く有っても、自分たちと同じジャンルの先人を敬います。
敬語の無い国でありながら、先人へのリスペクトへの念は、当たり前の思考のように感じます。
この動画は何故かサイレントですが、ホッジがいかにアメリカの国技「レスリング」の選手たちからリスペクトされているかが、お分かりになると思います。
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ダニー・ホッジが意外に好評のようです。
私の友人のアメリカのカレッジ・レスラーに聞いて驚いた事が有ります。
プロレスに興味の無いアマチュア・レスラーの友人が、「ダニー・ホッジ」の名前は知っていたのです。
それくらい、ホッジは、アメリカのアマチュア・レスリング界で伝説化されている存在といえます。
もう一つ、アメリカは日本以上に先人へのリスペクトがしっかりと保たれている国であるという事です。
アメリカでは例え、現段階でと比べて、技術レベルが低く有っても、自分たちと同じジャンルの先人を敬います。
敬語の無い国でありながら、先人へのリスペクトへの念は、当たり前の思考のように感じます。
この動画は何故かサイレントですが、ホッジがいかにアメリカの国技「レスリング」の選手たちからリスペクトされているかが、お分かりになると思います。
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posted by shingol at 15:38| 新・レッスルする世界
2007年10月15日
ダニー・ホッジという伝説
ダニー・ホッジは私的には、ある意味、ゴッチさん以上に神格化してしまう存在です。
二つの動画です。
一つはホッジがオリンピックで勝利した時の試合です。(サイレント版です)
そしてアメリカのアマチュア・レスリングの特番で伝説として紹介されているホッジのインタビュー。
最後にNWAのジュニア防衛戦です。
相手はジェリー・ブリスコです。
以前、ブログでも記しましたが、五輪のとき、ホッジは五輪ルールを知りませんでした。
アメリカの主流のカレッジルール(フォーク・・スタイル)の強豪がルールも把握せず、初めてフリースタイル(国際式ルール)に挑んで勝利したのです。
私が忘れがたいのは、ホッジにとって、フリースタイルであれ、カレッジスタイルであれ、そしてプロレスであれ、全て、レスリングという言葉です。
やれ伝統的なレスリングや古い事は良い事だを提唱する西村修に聞きたいものです。
おまえは一体、レスリングの何を知っているのか?と。
古き良き時代のスタイルの一部分を楽な闘いに転嫁させる西村に私は何の説得力も感じません。
このジュニア王座戦を争うホッジやブリスコと同様の土台等何も無く(アマチュア経験云々では有りません)、闘う基礎も無く、砂上の楼閣で、単に商業的に古き良き伝統スタイルをこなす選手でしかないからです。
NWA世界ジュニア防衛戦
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プロレス昭和異人伝本サイト版/ダニー・ホッジとブロック・レスナー
二つの動画です。
一つはホッジがオリンピックで勝利した時の試合です。(サイレント版です)
そしてアメリカのアマチュア・レスリングの特番で伝説として紹介されているホッジのインタビュー。
最後にNWAのジュニア防衛戦です。
相手はジェリー・ブリスコです。
以前、ブログでも記しましたが、五輪のとき、ホッジは五輪ルールを知りませんでした。
アメリカの主流のカレッジルール(フォーク・・スタイル)の強豪がルールも把握せず、初めてフリースタイル(国際式ルール)に挑んで勝利したのです。
私が忘れがたいのは、ホッジにとって、フリースタイルであれ、カレッジスタイルであれ、そしてプロレスであれ、全て、レスリングという言葉です。
やれ伝統的なレスリングや古い事は良い事だを提唱する西村修に聞きたいものです。
おまえは一体、レスリングの何を知っているのか?と。
古き良き時代のスタイルの一部分を楽な闘いに転嫁させる西村に私は何の説得力も感じません。
このジュニア王座戦を争うホッジやブリスコと同様の土台等何も無く(アマチュア経験云々では有りません)、闘う基礎も無く、砂上の楼閣で、単に商業的に古き良き伝統スタイルをこなす選手でしかないからです。
NWA世界ジュニア防衛戦
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プロレス昭和異人伝本サイト版/ダニー・ホッジとブロック・レスナー
posted by shingol at 21:07| 管理人より
新・格闘技団体の出現
いよいよ大規模な新格闘技団体が立ち上がるらしい。
私は尊敬する福田会長の指揮ならば、もう、格闘技イベントにつけ込みやすい闇社会の利権の介入もカットしてくれるのではとの期待も持っている。
イベント側のフロント陣には一部でダークな疑いがある人間の名が挙がっていたが、発表のメンバーを観る限り、おそらく、格闘技団体としては稀に見る健全な団体、運営会社ではないかと思っている。
なにしろ、元警視総監がコミッショナーに就任した団体である。
私が少し理解に苦しんだ事が、PRIDEはテレビ中継が無くなった為に潰れたと言う風潮である。
テレビ中継が無くなれば潰れると言う構造自体が、もはや適正な興行団体としての経営は成されていないのである。
現にテレビ打ち切り後の会場は熱を浴びた満員の観客であった。
しかし、何故、熱を浴びた満員の観客を持ってしても、団体を維持出来なかったのか?
私は榊原社長のテレビでのゴールデン放送前の危惧した言葉の数々が印象深い。
榊原社長はテレビでは見れない希少価値のコンテンツとしてプライドを維持したかったのである。
しかし、テレビに頼らざるを得なかった時点でプライドは終わっていた。
満員の観客を持ってしても、ペイ出来ない複雑な構造。
そこには何の経済の実体もなかった。
高騰する選手のギャラ、一見ファンを満足させる為の演出料。
しかし、なぜかテレピがつくまでも、プライドは成り立っていたのである。
いい加減、格闘技ファンとやらは、そこにどのような利権が存在していたか気付けば良いのだ。
新団体には幸い、そういう闇の利権の存在は防げる体制が有ると信じている。
良心的なスポンサーが例え赤字が続いたとしてもフォローもしてくれるだろう。
しかし、もう、かつてのような熱は存在しない事は明白である。
闇の利権が無ければ大規模には成り立たない、本来の総合格闘技市場の規模を皆が気付く事になるであろう。
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私は尊敬する福田会長の指揮ならば、もう、格闘技イベントにつけ込みやすい闇社会の利権の介入もカットしてくれるのではとの期待も持っている。
イベント側のフロント陣には一部でダークな疑いがある人間の名が挙がっていたが、発表のメンバーを観る限り、おそらく、格闘技団体としては稀に見る健全な団体、運営会社ではないかと思っている。
なにしろ、元警視総監がコミッショナーに就任した団体である。
私が少し理解に苦しんだ事が、PRIDEはテレビ中継が無くなった為に潰れたと言う風潮である。
テレビ中継が無くなれば潰れると言う構造自体が、もはや適正な興行団体としての経営は成されていないのである。
現にテレビ打ち切り後の会場は熱を浴びた満員の観客であった。
しかし、何故、熱を浴びた満員の観客を持ってしても、団体を維持出来なかったのか?
私は榊原社長のテレビでのゴールデン放送前の危惧した言葉の数々が印象深い。
榊原社長はテレビでは見れない希少価値のコンテンツとしてプライドを維持したかったのである。
しかし、テレビに頼らざるを得なかった時点でプライドは終わっていた。
満員の観客を持ってしても、ペイ出来ない複雑な構造。
そこには何の経済の実体もなかった。
高騰する選手のギャラ、一見ファンを満足させる為の演出料。
しかし、なぜかテレピがつくまでも、プライドは成り立っていたのである。
いい加減、格闘技ファンとやらは、そこにどのような利権が存在していたか気付けば良いのだ。
新団体には幸い、そういう闇の利権の存在は防げる体制が有ると信じている。
良心的なスポンサーが例え赤字が続いたとしてもフォローもしてくれるだろう。
しかし、もう、かつてのような熱は存在しない事は明白である。
闇の利権が無ければ大規模には成り立たない、本来の総合格闘技市場の規模を皆が気付く事になるであろう。
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posted by shingol at 20:28| 新・レッスルする世界
2007年10月14日
言語コミニュケーションのプロレス、非言語のプロレス
私が非言語コミュニケーションのプロレスの洗礼を受けたのは、昭和のプロレスファンで
あったからだ。
今の時代の「これでもか」のファン重視の言語コミニュケーションのようなプロレスの満足感等そこには無かった。
満足感の代わりに余韻があるだけであった。
言語の代わりに非言語のプロレスを用いる世界。
何もかも説明満点でなく、説明不足の世界。
その余韻を辿り、想像力を駆使する世界は、昭和のプロレスファンなら皆、持っている事であろう。
貴方はこれでもかと自分の欲求を満たしてくれる異性に心ときめかす事等あるであろうか?
異性をときめかすのは、決して、自分を満たしてくれない、自分の思い通りになれない相手でしかない。
そういう意味で、私は良い時代にプロレスと言う最高の異性に出会えたと思っている。
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プロレス昭和異人伝☆本サイト版/ミナミの街で想った事
あったからだ。
今の時代の「これでもか」のファン重視の言語コミニュケーションのようなプロレスの満足感等そこには無かった。
満足感の代わりに余韻があるだけであった。
言語の代わりに非言語のプロレスを用いる世界。
何もかも説明満点でなく、説明不足の世界。
その余韻を辿り、想像力を駆使する世界は、昭和のプロレスファンなら皆、持っている事であろう。
貴方はこれでもかと自分の欲求を満たしてくれる異性に心ときめかす事等あるであろうか?
異性をときめかすのは、決して、自分を満たしてくれない、自分の思い通りになれない相手でしかない。
そういう意味で、私は良い時代にプロレスと言う最高の異性に出会えたと思っている。
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プロレス昭和異人伝☆本サイト版/ミナミの街で想った事
posted by shingol at 13:39| 新・レッスルする世界
西村修の果てしない自己探求
西村修は俗世間を知らない男が、哲学や宗教に気触れてしまった典型的な例である。
がんと言う人生の困難を哲学や宗教に求めてしまった事で、独特の個性を発揮し出したが、哲学や宗教の本質を語らず上っ面だけの言葉だけを租借し、自身の言動にも矛盾だらけの男でもある。
がんという病の原因を誰かのせいにする事で、もはや、哲学や宗教とも程遠いマイナス思考の男である事を示してしまった。
小橋や小林邦明が、がん患者の支えになるために、どれほどのプロとしての体調管理を貫き、マットに上がろうとしたかと比べると、西村の言動等がん患者の支えにもならない。
私が納得いかないのは、プロレスが商業化しだした初期の時代のプロレスを持って、「OLD IS GOODY'S」の考えを提唱している事である。
プロレスラーたちが日々、試合を消化出来る為の効率の良さを求める為に、プロレス界は
共通の約束事の動きを手に入れた。
その動きと、有酸素運動としてのゆったりとしたリズムを持って、西村が好きな時代のプロレスラーたちは日々の連戦を耐え抜いて来た。
日々の仕事を終えた後のご褒美は美味しいビールであったに違いない。
それも古き良き時代のプロレス界の風景である事に変わりはない。
しかし、ある意味、それはプロレスラーが他のスポーツとは程遠い世界に入りつつ有った期間でもあった。
準備運動や練習等無くして本番の試合だけで適度な汗をかいて、後はアルコールを飲みまくる。
それは哲学や宗教とは無縁の古き良き時代の男らしさ溢れる光景でもあったに違いない。
しかし、そういう男らしさ等西村のような賢人にはふさわしくはないのだ。
東洋哲学と言いながら、慎みとは無縁の、身の丈を越えた生活を繰り返し、垂直での自己探求よりも、水平の自己探求だけにこだわりを求める。
昔の商業プロレスに憧れるなら、現代のプロレスの商業性を考えれば良い。
かつての伝統的なスタイルで大金を稼いで来たプロレスラーたちの生活スタイルに憧れているのか、かつてのスタイルのまま彼らのような粋な生活スタイルが出来ると思う矛盾の男でも有る。
東洋医学というならば、船木ばりに呼吸法の基本くらい覚えれば良い。
何かを悟ろうとして瞑想を繰り返し、悟れない事を悟った仏教の指導者のように、いつか、西村も果てしない自己探求の旅から抜け出して欲しいものだ。
西村が藤波というかつてのスターを祭り上げたところで、大きな負担は藤波にしかない。
ファミリー総出で、後戻りの無い闘いに繰り出す藤波に変わって、自らが、「無我」というマットを、全社員を守る気持ち等無いのか?
その結論がハッスルに出て行く事ならば私は納得する。
しかし、おそらく違うであろう。
身の丈を越えた自分の生活スタイルを維持する為に、机上の哲学と宗教の書物を一旦、置き去り、矛盾の旅に出るのだ。
がん患者と言う西村にとっての最大の免罪符も、小橋のあまりにも真摯な練習と情熱による復帰により、その価値を落として行くであろう。
これから西村は何を語って行くのか?
変人・西村のファンとして私は楽しみにしている。
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がんと言う人生の困難を哲学や宗教に求めてしまった事で、独特の個性を発揮し出したが、哲学や宗教の本質を語らず上っ面だけの言葉だけを租借し、自身の言動にも矛盾だらけの男でもある。
がんという病の原因を誰かのせいにする事で、もはや、哲学や宗教とも程遠いマイナス思考の男である事を示してしまった。
小橋や小林邦明が、がん患者の支えになるために、どれほどのプロとしての体調管理を貫き、マットに上がろうとしたかと比べると、西村の言動等がん患者の支えにもならない。
私が納得いかないのは、プロレスが商業化しだした初期の時代のプロレスを持って、「OLD IS GOODY'S」の考えを提唱している事である。
プロレスラーたちが日々、試合を消化出来る為の効率の良さを求める為に、プロレス界は
共通の約束事の動きを手に入れた。
その動きと、有酸素運動としてのゆったりとしたリズムを持って、西村が好きな時代のプロレスラーたちは日々の連戦を耐え抜いて来た。
日々の仕事を終えた後のご褒美は美味しいビールであったに違いない。
それも古き良き時代のプロレス界の風景である事に変わりはない。
しかし、ある意味、それはプロレスラーが他のスポーツとは程遠い世界に入りつつ有った期間でもあった。
準備運動や練習等無くして本番の試合だけで適度な汗をかいて、後はアルコールを飲みまくる。
それは哲学や宗教とは無縁の古き良き時代の男らしさ溢れる光景でもあったに違いない。
しかし、そういう男らしさ等西村のような賢人にはふさわしくはないのだ。
東洋哲学と言いながら、慎みとは無縁の、身の丈を越えた生活を繰り返し、垂直での自己探求よりも、水平の自己探求だけにこだわりを求める。
昔の商業プロレスに憧れるなら、現代のプロレスの商業性を考えれば良い。
かつての伝統的なスタイルで大金を稼いで来たプロレスラーたちの生活スタイルに憧れているのか、かつてのスタイルのまま彼らのような粋な生活スタイルが出来ると思う矛盾の男でも有る。
東洋医学というならば、船木ばりに呼吸法の基本くらい覚えれば良い。
何かを悟ろうとして瞑想を繰り返し、悟れない事を悟った仏教の指導者のように、いつか、西村も果てしない自己探求の旅から抜け出して欲しいものだ。
西村が藤波というかつてのスターを祭り上げたところで、大きな負担は藤波にしかない。
ファミリー総出で、後戻りの無い闘いに繰り出す藤波に変わって、自らが、「無我」というマットを、全社員を守る気持ち等無いのか?
その結論がハッスルに出て行く事ならば私は納得する。
しかし、おそらく違うであろう。
身の丈を越えた自分の生活スタイルを維持する為に、机上の哲学と宗教の書物を一旦、置き去り、矛盾の旅に出るのだ。
がん患者と言う西村にとっての最大の免罪符も、小橋のあまりにも真摯な練習と情熱による復帰により、その価値を落として行くであろう。
これから西村は何を語って行くのか?
変人・西村のファンとして私は楽しみにしている。
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posted by shingol at 11:19| 新・レッスルする世界
マーク・ケアーのサイドからのタックル
私が柔術家、柔道家、総合格闘家とスパーリングしていて、彼らは一様にレスリングの標準タックルというべき正面タックルの切り方が上手くなったと感じます。
もっとも、自分からは攻撃せず、ただ相手の正面タックルを切る事に専念し、単調なバービーカットでタックルにきた相手を潰すのは意外と簡単なものです。
したがって素人相手に余裕を持って離れた位置からタックルを放つ横着な攻撃は難しくなりました。
組んでレスリングの基本に則って適正距離からのタックルを心がけています。
彼らの頭の中にはレスラー=正面タックルというイメージが強いのか、逆に、レスラー対策といってもタックル以外の技への耐性は全くありません。
例えば両足タックル一つでも、正面からは対応されかけたとしても、少し角度を変えて、対角線から飛び込めば簡単に決まります。
まだマーク・ケアーが元気だった頃のアブダビでの映像です。
ジョシュ・バーネット相手にサイドからのタックルを2発決めています。
サイドからのタックルは私の先輩の得意技でした。
ケアーを観ていると、先輩の試合を思い出してしまいます。
サイドからの両足で、突っ切って、テイクさせると、相手にガードを取らせるまでもなく、サイドを取れます。
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もっとも、自分からは攻撃せず、ただ相手の正面タックルを切る事に専念し、単調なバービーカットでタックルにきた相手を潰すのは意外と簡単なものです。
したがって素人相手に余裕を持って離れた位置からタックルを放つ横着な攻撃は難しくなりました。
組んでレスリングの基本に則って適正距離からのタックルを心がけています。
彼らの頭の中にはレスラー=正面タックルというイメージが強いのか、逆に、レスラー対策といってもタックル以外の技への耐性は全くありません。
例えば両足タックル一つでも、正面からは対応されかけたとしても、少し角度を変えて、対角線から飛び込めば簡単に決まります。
まだマーク・ケアーが元気だった頃のアブダビでの映像です。
ジョシュ・バーネット相手にサイドからのタックルを2発決めています。
サイドからのタックルは私の先輩の得意技でした。
ケアーを観ていると、先輩の試合を思い出してしまいます。
サイドからの両足で、突っ切って、テイクさせると、相手にガードを取らせるまでもなく、サイドを取れます。
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posted by shingol at 10:34| 管理人より
2007年10月13日
高田延彦というHERO
高田延彦のプロレスラーとしての特徴は元・野球少年だった事である。
例えプロレス入りが早くとも、プロレス入り前に憧れたプロ野球のスターたちの振る舞い、言動が、潜在的にでも脳裏に刻まれている事である。
したがって、中卒でプロレス入りした選手にしては、驚く程、世間と通じる振る舞いをこなせる人間でもある。
間違っても、プロレス村の恥ずかしくなるような蒼い世界とは無縁の人間なので有る。
元々のルックスの良さと相まって、高田は世間に届くスター性を発揮しだした。
もう十数年前になるであろうか、高田は柔軟剤か何かのCMに出た事が有る。
私はプロレスラーがこういう爽やかなイメージを持って世間に登場出来る時代になった事を喜んだ。
私がレスリングに熱中していた時期、デュアン・カズラスキー、馳浩といったレスリング出身の選手たちを「プロレス」で翻弄していた高田に対して、気持ちは複雑であったが、それでもプロレスファンとして、に世間一般に通じるスターとしての高田の存在に敬意を持って応援し続けて来た。
私が驚いたのは郷野の言葉であった。
かつて高田のポスターを部屋に張り、明日の高田を夢見て来た時代を返してくれと言った言葉であった。
どこの世界に仮面ライダーやブルース・リーに憧れた時代を返せという人間がいるのであろうか?
高田は常に、こうしてプロレスに憧れながらも、プロレスに対して近親憎悪の感情を抱く格闘家たちの標的となっていたのである。
Uインターという世界では高田の自らの振る舞いとは逆に世間知らずの側面が大いに出てしまった。
身分相応に地道に一団体の昭和の猪木のキャラをこなしていれば良かったものの、どこで自身の身の丈を間違えたのか、身分不相応のビッグイベントを通じて、高田は地に堕ちて行くのだ。
Uインターでこしらえた高田の債務は、闇の利権を求める人間たちによって、最高の美味しい価値を発揮し出した。
Uインターの崩壊後、どんどん自分を見失って行った高田は、ヒクソン戦実現の為に、かつては関わる事の無かった、闇社会の住民たちに翻弄されて行ってしまう。
安生、宮戸、所詮、プロレス少年たちの神輿に担がれていた高田は初めて世間の厳しさの中で自分の等身大の姿を、見せなければいけない状況になってしまったのである。
私は私的ながら自分がリアルな闘いの中で、何か超越的な闘いの勇気をもらいたかったからこそ、Uインター時代の高田に憧れた。
しかし、テレビ「情熱大陸」で特集された高田の姿は、私にとってはあまりにもリアルすぎて、観るに刹那いものであった。
ボブチャンチン戦を前に、新幹線で大阪に向かう際のインタビューで、高田は何とも、モチベーションのかけらも感じさせない表情で「楽しい闘い」がしたいと言ったのである。
その表情からは、闘いに向かう男の表情としては全くの冴えは無く、ただ仕方なく闘いに向かわざるを得ない一人の男の悲壮感しか感じ得なかった。
私は、それでも、会場で高田の奮闘振りを垣間見た。
ミルコ戦もそうであったが、タックルに行った際、あまりにも下手クソなフォームながら相手の足に必死にしがみつき、最後は必ずテイクダウンを奪うのである。
私はこれほど身体能力が強い選手が、自身のモチベーションを高めたならば、リアルな闘いでも決して「高速タップ」と揶揄されない実力を発揮する事は夢ではなかったと思っている。
そんな高田が自身をスターにしたUインター時代の債務をまだひきずっている。
闇の利権が手を引いた高田の働き場所は、比較的、平和なハッスルな舞台となった。
ハッスルはやむを得ずマネーを稼ぐためのプロレス界の駆け込み寺で有る。
しかし、私は、無責任ながら、私たちに夢を見せてくれたプロレスラーたちがハッスルに
登場する事は断固として反対である。
借金でどうにも縛られる状況であっても、貫く自身の姿が有る。
猪木や長州を観れば良い。
高田の先は分からないが、高田らしさとは身近な人間が思っている高田の姿等では決して無い。
人間のらしさなど身近な人間が、自分よりも、多くの人が思い求めているその人らしさに
こそあるのである。
高田延彦よ、まず、おまえこそPRIDEを取り戻すのだ。
プロレス昭和異人伝☆本サイト版/偽の闘い
高田延彦への想い
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例えプロレス入りが早くとも、プロレス入り前に憧れたプロ野球のスターたちの振る舞い、言動が、潜在的にでも脳裏に刻まれている事である。
したがって、中卒でプロレス入りした選手にしては、驚く程、世間と通じる振る舞いをこなせる人間でもある。
間違っても、プロレス村の恥ずかしくなるような蒼い世界とは無縁の人間なので有る。
元々のルックスの良さと相まって、高田は世間に届くスター性を発揮しだした。
もう十数年前になるであろうか、高田は柔軟剤か何かのCMに出た事が有る。
私はプロレスラーがこういう爽やかなイメージを持って世間に登場出来る時代になった事を喜んだ。
私がレスリングに熱中していた時期、デュアン・カズラスキー、馳浩といったレスリング出身の選手たちを「プロレス」で翻弄していた高田に対して、気持ちは複雑であったが、それでもプロレスファンとして、に世間一般に通じるスターとしての高田の存在に敬意を持って応援し続けて来た。
私が驚いたのは郷野の言葉であった。
かつて高田のポスターを部屋に張り、明日の高田を夢見て来た時代を返してくれと言った言葉であった。
どこの世界に仮面ライダーやブルース・リーに憧れた時代を返せという人間がいるのであろうか?
高田は常に、こうしてプロレスに憧れながらも、プロレスに対して近親憎悪の感情を抱く格闘家たちの標的となっていたのである。
Uインターという世界では高田の自らの振る舞いとは逆に世間知らずの側面が大いに出てしまった。
身分相応に地道に一団体の昭和の猪木のキャラをこなしていれば良かったものの、どこで自身の身の丈を間違えたのか、身分不相応のビッグイベントを通じて、高田は地に堕ちて行くのだ。
Uインターでこしらえた高田の債務は、闇の利権を求める人間たちによって、最高の美味しい価値を発揮し出した。
Uインターの崩壊後、どんどん自分を見失って行った高田は、ヒクソン戦実現の為に、かつては関わる事の無かった、闇社会の住民たちに翻弄されて行ってしまう。
安生、宮戸、所詮、プロレス少年たちの神輿に担がれていた高田は初めて世間の厳しさの中で自分の等身大の姿を、見せなければいけない状況になってしまったのである。
私は私的ながら自分がリアルな闘いの中で、何か超越的な闘いの勇気をもらいたかったからこそ、Uインター時代の高田に憧れた。
しかし、テレビ「情熱大陸」で特集された高田の姿は、私にとってはあまりにもリアルすぎて、観るに刹那いものであった。
ボブチャンチン戦を前に、新幹線で大阪に向かう際のインタビューで、高田は何とも、モチベーションのかけらも感じさせない表情で「楽しい闘い」がしたいと言ったのである。
その表情からは、闘いに向かう男の表情としては全くの冴えは無く、ただ仕方なく闘いに向かわざるを得ない一人の男の悲壮感しか感じ得なかった。
私は、それでも、会場で高田の奮闘振りを垣間見た。
ミルコ戦もそうであったが、タックルに行った際、あまりにも下手クソなフォームながら相手の足に必死にしがみつき、最後は必ずテイクダウンを奪うのである。
私はこれほど身体能力が強い選手が、自身のモチベーションを高めたならば、リアルな闘いでも決して「高速タップ」と揶揄されない実力を発揮する事は夢ではなかったと思っている。
そんな高田が自身をスターにしたUインター時代の債務をまだひきずっている。
闇の利権が手を引いた高田の働き場所は、比較的、平和なハッスルな舞台となった。
ハッスルはやむを得ずマネーを稼ぐためのプロレス界の駆け込み寺で有る。
しかし、私は、無責任ながら、私たちに夢を見せてくれたプロレスラーたちがハッスルに
登場する事は断固として反対である。
借金でどうにも縛られる状況であっても、貫く自身の姿が有る。
猪木や長州を観れば良い。
高田の先は分からないが、高田らしさとは身近な人間が思っている高田の姿等では決して無い。
人間のらしさなど身近な人間が、自分よりも、多くの人が思い求めているその人らしさに
こそあるのである。
高田延彦よ、まず、おまえこそPRIDEを取り戻すのだ。
プロレス昭和異人伝☆本サイト版/偽の闘い
高田延彦への想い
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posted by shingol at 10:14| 新・レッスルする世界
2007年10月11日
スポナビ、K-心中様、高田について
さて、スポーツナビよりこちらのseesaaブログの方に「別冊・プロレス昭和異人伝」を移しまして一週間以上が経ちました。
当初の予想通り、アクセス数は大幅に減少いたしましたが、それでも、だいたい一日2000から多い時で3000アクセスは頂いてる様子です。
これも読者の方々、当ブログを自身のブログで紹介頂く管理者様のお陰だと思っています。
本当にありがとうございます。
スポーツナビではアクセス解析機能が無いため、来訪者の経緯は分かりませんでしたが、
こちらでアクセス解析を見てみると実にアクセス数の半分1500ものブックマークがある事が分かり、何とも、感謝の気持ちで一杯です。
私がブログの記事を書くに当たって気を付けている事は、
@事実もしくは結果、団体よりのリリース
A それに対しての気付き
B 問題提起
の内、@を省いた記事を書いて行きたいなと思う事です。
私はレスリングを通じて、成人になったせいか、私の人生のモットーは「能動性」です。
決して、「事実」や「結果」に対しての「受け身」的な記事は出来るだけ避けたいと気持ちを強く持っています。
もっとも、実際には、結果や発表、形の無い部分への記事は難しく、何々に対してこう思うと言う記事が私のブログでも大多数を占めているのが現状です。
したがって、形や結果の無い部分に自分なりの気付きを得て記事を書くというのは、私なりの現段階での究極の目標でもあると思っています。
スポナビを撤退した大きな理由は、ほとんどのブログが単にカード発表、試合結果に対して一言、二言載せるだけで、大きなアクセス数を得られる世界である事が最たる理由でもありました。
ランキングの方も、つい数週間前まではプロレス・格闘技両部門とも1位を頂ける事もあったのですが、現在は等身大の順位に落ちついているといった感じです。
もっとも、今はまだスポナビ時代のおつりが多々有ると自覚していますが…。
ランキングに関しては、本心から、この順位で満足しています。
私より上の順位は、決してスポナビ等に頼らず、それぞれの位置を確立されているブログばかりだからです。
当ブログを常々御紹介頂き大変、お世話になっている
K-1心中
K−1心中@スポナビ
ですが、もともとのサイトで築いておられた読者層と、スポナビと言う最大公約数の読者層と、二つの読者層を持って、プロ格闘技ファンに多くの問題提起を記しておられます。
しかしランキングに関しては全くスポナビの流動表を得ず、元々のサイトで現在の地位を確立されておられます。
しかも、その問題提起の殆どが、私たちプロ格ファンの半歩前を歩いておられるゆえの「気付き」でもあるので、当然、批判等も多いだろうと思っています。
誰も書きませんが、例えば高田のPRIDEの消滅に対しての責任を記したのも、K-1心中様だけです。
あるいは俗にいう格オタに対しての問題提起等もそうです。
誰も書かない事を最初に書くということは、波紋を呼びます。
しかし、その波紋を受けながら、常にプロ格ファンに対して問題提起を行うK-1心中様の姿勢を私も今後も見習いたいと思っています。
さて、K-1心中様も問題提起されている高田の件ですが、御紹介いただいた記事の他に、こちらも御読み頂ければ嬉しく思います。
私が高田のファンとして、距離を置くようになった気持ちを記しています。
プロレス昭和異人伝☆本サイト版/偽の闘い
当初の予想通り、アクセス数は大幅に減少いたしましたが、それでも、だいたい一日2000から多い時で3000アクセスは頂いてる様子です。
これも読者の方々、当ブログを自身のブログで紹介頂く管理者様のお陰だと思っています。
本当にありがとうございます。
スポーツナビではアクセス解析機能が無いため、来訪者の経緯は分かりませんでしたが、
こちらでアクセス解析を見てみると実にアクセス数の半分1500ものブックマークがある事が分かり、何とも、感謝の気持ちで一杯です。
私がブログの記事を書くに当たって気を付けている事は、
@事実もしくは結果、団体よりのリリース
A それに対しての気付き
B 問題提起
の内、@を省いた記事を書いて行きたいなと思う事です。
私はレスリングを通じて、成人になったせいか、私の人生のモットーは「能動性」です。
決して、「事実」や「結果」に対しての「受け身」的な記事は出来るだけ避けたいと気持ちを強く持っています。
もっとも、実際には、結果や発表、形の無い部分への記事は難しく、何々に対してこう思うと言う記事が私のブログでも大多数を占めているのが現状です。
したがって、形や結果の無い部分に自分なりの気付きを得て記事を書くというのは、私なりの現段階での究極の目標でもあると思っています。
スポナビを撤退した大きな理由は、ほとんどのブログが単にカード発表、試合結果に対して一言、二言載せるだけで、大きなアクセス数を得られる世界である事が最たる理由でもありました。
ランキングの方も、つい数週間前まではプロレス・格闘技両部門とも1位を頂ける事もあったのですが、現在は等身大の順位に落ちついているといった感じです。
もっとも、今はまだスポナビ時代のおつりが多々有ると自覚していますが…。
ランキングに関しては、本心から、この順位で満足しています。
私より上の順位は、決してスポナビ等に頼らず、それぞれの位置を確立されているブログばかりだからです。
当ブログを常々御紹介頂き大変、お世話になっている
K-1心中
K−1心中@スポナビ
ですが、もともとのサイトで築いておられた読者層と、スポナビと言う最大公約数の読者層と、二つの読者層を持って、プロ格闘技ファンに多くの問題提起を記しておられます。
しかしランキングに関しては全くスポナビの流動表を得ず、元々のサイトで現在の地位を確立されておられます。
しかも、その問題提起の殆どが、私たちプロ格ファンの半歩前を歩いておられるゆえの「気付き」でもあるので、当然、批判等も多いだろうと思っています。
誰も書きませんが、例えば高田のPRIDEの消滅に対しての責任を記したのも、K-1心中様だけです。
あるいは俗にいう格オタに対しての問題提起等もそうです。
誰も書かない事を最初に書くということは、波紋を呼びます。
しかし、その波紋を受けながら、常にプロ格ファンに対して問題提起を行うK-1心中様の姿勢を私も今後も見習いたいと思っています。
さて、K-1心中様も問題提起されている高田の件ですが、御紹介いただいた記事の他に、こちらも御読み頂ければ嬉しく思います。
私が高田のファンとして、距離を置くようになった気持ちを記しています。
プロレス昭和異人伝☆本サイト版/偽の闘い
posted by shingol at 19:52| 管理人より
安田忠夫に送った馬鹿ポエム
多分、安田忠夫の自殺未遂を等身大の哀れみで見つめたのはアントニオ猪木では
ないかと思った。
自分を反面教師にして安全地帯での闘いを繰り広げる弟子たちの中で、安田だけ
はアントニオ猪木を反面教師にするどころか、師匠以上の体たらくぶりで猪木の
情を支配するのである。
多分大阪スポーツで発表した馬鹿馬鹿しいポエムは本音の気持ちだろう。
涙で滲んだか、掠れたのかは、忘れたがアントニオ猪木が自分より唯一、馬鹿な弟子
に向けたポエムは世界中で誰よりも馬鹿馬鹿しく優しさの溢れるポエムである。
私は恥ずかしながらアントニオ猪木のポエムで初めて安田の自殺未遂がアングル
であれ事実であれ関係ないと思えた。
アントニオ猪木は実は自分の反面鏡を見るように安田を見続けた男である。
その証拠に天下のアントニオ猪木の口からレネ・ローゼの名前が出たのである。
安田のリーチの長さを生かした攻撃が通用しなかったローゼとの試合に勝つ事は
プロレスであれ総合であれ、安田のリアルもフェイクも含めた戦歴の忘れられた
課題である。
安田よ、忘れ物を取りに行け。
ここまで来ればリアルであれ、フェイクであれ、安田はレネ・ローゼを破る事で
人生の再出発を歩めるのだ。
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安田忠夫の完全なる胴タックル/遮二無二電車道
ないかと思った。
自分を反面教師にして安全地帯での闘いを繰り広げる弟子たちの中で、安田だけ
はアントニオ猪木を反面教師にするどころか、師匠以上の体たらくぶりで猪木の
情を支配するのである。
多分大阪スポーツで発表した馬鹿馬鹿しいポエムは本音の気持ちだろう。
涙で滲んだか、掠れたのかは、忘れたがアントニオ猪木が自分より唯一、馬鹿な弟子
に向けたポエムは世界中で誰よりも馬鹿馬鹿しく優しさの溢れるポエムである。
私は恥ずかしながらアントニオ猪木のポエムで初めて安田の自殺未遂がアングル
であれ事実であれ関係ないと思えた。
アントニオ猪木は実は自分の反面鏡を見るように安田を見続けた男である。
その証拠に天下のアントニオ猪木の口からレネ・ローゼの名前が出たのである。
安田のリーチの長さを生かした攻撃が通用しなかったローゼとの試合に勝つ事は
プロレスであれ総合であれ、安田のリアルもフェイクも含めた戦歴の忘れられた
課題である。
安田よ、忘れ物を取りに行け。
ここまで来ればリアルであれ、フェイクであれ、安田はレネ・ローゼを破る事で
人生の再出発を歩めるのだ。
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安田忠夫の完全なる胴タックル/遮二無二電車道
posted by shingol at 18:51| 新・レッスルする世界
ブロック・レスナーとNCAAとホンマン戦
ブロック・レスナーのNCAA決勝戦です。
ゴールドのシングレットの選手です。
この試合では惜しくも負けてしまいましたが、翌年の決勝では勝利し見事NCAA王者となりました。
この動画を見てもお分かりのようにレスナーはアスリートとしてのポテンシャルは卓越したものを持っています。
現段階での総合格闘技界においても、肉体と技術のポテンシャルとしてはトップクラスでは無いでしょうか?
総合の次戦はまだ決まっていませんが、私は幻に終わったホンマンとの試合が見たいと思っています。
ホンマンとレスナーの試合を総合の素人同士の戦いと思うファンの方も多いと思いますが、少なくとも、韓国相撲で培った腰の強さと技術、更にあの巨体を持つホンマンをテイクダウンさせられる総合の選手を私は思いつきません。
しかし、レスナーなら、おそらくテイクダウンは可能だと信じています。
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プロレス昭和異人伝本サイト版/ダニー・ホッジとブロック・レスナー
ゴールドのシングレットの選手です。
この試合では惜しくも負けてしまいましたが、翌年の決勝では勝利し見事NCAA王者となりました。
この動画を見てもお分かりのようにレスナーはアスリートとしてのポテンシャルは卓越したものを持っています。
現段階での総合格闘技界においても、肉体と技術のポテンシャルとしてはトップクラスでは無いでしょうか?
総合の次戦はまだ決まっていませんが、私は幻に終わったホンマンとの試合が見たいと思っています。
ホンマンとレスナーの試合を総合の素人同士の戦いと思うファンの方も多いと思いますが、少なくとも、韓国相撲で培った腰の強さと技術、更にあの巨体を持つホンマンをテイクダウンさせられる総合の選手を私は思いつきません。
しかし、レスナーなら、おそらくテイクダウンは可能だと信じています。
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プロレス昭和異人伝本サイト版/ダニー・ホッジとブロック・レスナー
posted by shingol at 12:04| 管理人より