棚橋弘至がIWGP王者に返り咲いたとの事である。
私は何故、新日本のフロントが棚橋にこだわり、プッシュするのかが理解できない人間である。
まさかフロントが勘違いして棚橋こそ世間に届く魅力を持つスターだと考えているなら、もはや新日本プロレスのフロント自体がオタク化しているのである。
誤解を怖れずに記せば、棚橋を格好良いと思えるプロレスファンと世間にはズレがありすぎるのである。
しかし逆に、そういう世間とは感覚の異なるプロレス村の王者として、棚橋のルックス、プロレスセンス、プロレスの上手さ、全てがトップにふさわしい存在でもある。
もはや世間に響くジャンルとしての立場を放棄し、狭いプロレス村で固定ファンに支持される一ジャンルであろうとするなら、それこそ棚橋が最も王者にふさわしいのであろう。
しかし、幸か不幸か新日本の大所帯は、固定ファンの支持だけでは採算が取れないシステムとなっている団体である。
棚橋弘至は公表した自分の家族以外に、新日本の全ての選手、フロント、その家族たちを守れるのだろうか?
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2007年10月10日
2007年10月09日
カート・アングルの諦めない魂
アメプロのトップスター、カートアングルのオリンピック・ファイナル前編
オリンピック・ファイナル後編です。
私が思うに、リアルに強く、かつ、プロレスも上手い選手はジャンボ鶴田かカート・アングルが筆頭だと思っています。
以前のブログにも書きましたがIGF旗揚げ戦のメーンをアメリカンプロレスの完成品として締めたアングルとレスナーには、猪木の真意は分からなかったと思っています。
さてアングルの五輪決勝戦です。
試合の方はアングルがイラン選手相手に、アメリカの典型的なハイ・クラッチを中心に攻めますが決まらず、また、フェイントの巻き投げも見破られています。
最後、根性で桜庭和志、ジョンスミスばりのローシングルが決まりました。
アメリカのレスリング選手の特徴は、意外ですが、根性です。
とにかく粘りがあります。
私の友人のアメリカの大学レスラーから聞いた話ですが、アメリカの選手はタックルに
行く前に頭の中で「I CAN DO!」とつぶやきながら、タックルに踏み込むとの事です。
私は出来る!と念じ、タックルに行く気力、体力を振り絞っているのです。
かつてUFCで無敵を誇ったレスリング出身選手たちの活躍は、なにもスタンド技術の素晴らしさだけでは無いと私は思っています。
心拍数180の戦いの中で、全力を尽くせる気持ち、前に出る精神がレスリング出身選手が原始的な初期UFCで勝ち得た原因だと私は思っています。
アングルの決して諦めない気持ちの強さをこの動画で確認して欲しいと思います。
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オリンピック・ファイナル後編です。
私が思うに、リアルに強く、かつ、プロレスも上手い選手はジャンボ鶴田かカート・アングルが筆頭だと思っています。
以前のブログにも書きましたがIGF旗揚げ戦のメーンをアメリカンプロレスの完成品として締めたアングルとレスナーには、猪木の真意は分からなかったと思っています。
さてアングルの五輪決勝戦です。
試合の方はアングルがイラン選手相手に、アメリカの典型的なハイ・クラッチを中心に攻めますが決まらず、また、フェイントの巻き投げも見破られています。
最後、根性で桜庭和志、ジョンスミスばりのローシングルが決まりました。
アメリカのレスリング選手の特徴は、意外ですが、根性です。
とにかく粘りがあります。
私の友人のアメリカの大学レスラーから聞いた話ですが、アメリカの選手はタックルに
行く前に頭の中で「I CAN DO!」とつぶやきながら、タックルに踏み込むとの事です。
私は出来る!と念じ、タックルに行く気力、体力を振り絞っているのです。
かつてUFCで無敵を誇ったレスリング出身選手たちの活躍は、なにもスタンド技術の素晴らしさだけでは無いと私は思っています。
心拍数180の戦いの中で、全力を尽くせる気持ち、前に出る精神がレスリング出身選手が原始的な初期UFCで勝ち得た原因だと私は思っています。
アングルの決して諦めない気持ちの強さをこの動画で確認して欲しいと思います。
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2007年10月08日
安田忠夫の完全なる胴タックル/遮二無二電車道
私が安田忠夫の試合で忘れられない試合は、PRIDE初戦の佐竹雅昭との試合であった。
セコンド陣の藤田和之、ブライアン・ジョンストン、橋本真也といった早々たるメンバーと共にPRIDEのリングに登場した安田は、まだ最強の幻想をギリギリ維持していた頃の新日本プロレスの強さの一角を成す選手であった。
その試合で私は驚くべき安田の奮闘振りを目にした。
突っ張りのフォームを繰り返し、ひたすら前に出て、佐竹を何度もサバ折りにとらえる。
相手の打撃にひるまず突っ張りで相手との距離を詰めるものの、ロープを背にした相手をテイクダウンさせることに戸惑った。
結果、試合が動かない展開に館内の観客はブーイングの嵐であったが、私的には安田の前へ前への電車道に心が動かされた。
イノキ・ボンバイヱはまだプロレスラーというソフトが、総合格闘技というハードを借りても、スターたりえることを示してくれたイベントでもあった。
その中で、共に総合格闘技においては素人に近い安田とバンナが熱戦を展開した。
佐竹戦同様、電車道の如く、ひたすら前に出て、相手をサバ折にとらえた。
しかし佐竹戦の教訓からか、サバにとらえてからのテイクダウンは抜群のものであった。
やれスウィープやらスパイダーガードやら、専門用語を駆使して、総合格闘技を見つめるファン、あるいはそういった技術の習得に夢中になる選手は多いであろうが、少なくとも、安田と同レベルのテイクダウンの技術を持たないなら、安田を素人扱いしないことである。
私は今でも総合のリングで、あそこまで抜群の胴タックルを決められる選手は見たことは無い。
大相撲で砂を噛みながら苦しい修行に耐えてきた安田、賭け事で相撲をクビになり新日本で出直しを図った安田、はたまた今度は総合のリングで出直しを図るとき、自身を守る術を原点の相撲時代に求め、佐竹やバンナ相手にドタバタと遮二無二電車道を突っ走る安田の姿に、私は感動した。
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セコンド陣の藤田和之、ブライアン・ジョンストン、橋本真也といった早々たるメンバーと共にPRIDEのリングに登場した安田は、まだ最強の幻想をギリギリ維持していた頃の新日本プロレスの強さの一角を成す選手であった。
その試合で私は驚くべき安田の奮闘振りを目にした。
突っ張りのフォームを繰り返し、ひたすら前に出て、佐竹を何度もサバ折りにとらえる。
相手の打撃にひるまず突っ張りで相手との距離を詰めるものの、ロープを背にした相手をテイクダウンさせることに戸惑った。
結果、試合が動かない展開に館内の観客はブーイングの嵐であったが、私的には安田の前へ前への電車道に心が動かされた。
イノキ・ボンバイヱはまだプロレスラーというソフトが、総合格闘技というハードを借りても、スターたりえることを示してくれたイベントでもあった。
その中で、共に総合格闘技においては素人に近い安田とバンナが熱戦を展開した。
佐竹戦同様、電車道の如く、ひたすら前に出て、相手をサバ折にとらえた。
しかし佐竹戦の教訓からか、サバにとらえてからのテイクダウンは抜群のものであった。
やれスウィープやらスパイダーガードやら、専門用語を駆使して、総合格闘技を見つめるファン、あるいはそういった技術の習得に夢中になる選手は多いであろうが、少なくとも、安田と同レベルのテイクダウンの技術を持たないなら、安田を素人扱いしないことである。
私は今でも総合のリングで、あそこまで抜群の胴タックルを決められる選手は見たことは無い。
大相撲で砂を噛みながら苦しい修行に耐えてきた安田、賭け事で相撲をクビになり新日本で出直しを図った安田、はたまた今度は総合のリングで出直しを図るとき、自身を守る術を原点の相撲時代に求め、佐竹やバンナ相手にドタバタと遮二無二電車道を突っ走る安田の姿に、私は感動した。
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2007年10月06日
長州力の逆一本背負いと引き落とし
当ブログは動画サイトになるつもりもありませんし、ややこしい著作権の存在も知っています。
動画のリンクは最後のつもりで載せておきます。
長州力がマダガスカル人とシュートで闘った時の動画です。
組もうとしない相手にツーオンワンを仕掛け、逆一本背負いをしかけました。
また二戦目では、相手を抜群の方向に退き落としました。
引き落としの角度はコツがあります。
二つとも体格の違う相手に全く力を使って強引な技を仕掛けていない事に注目してもらいたいと思います。
たたが草レスリング(?)の相手に強さを見せつけても大した事はありませんが、特筆すべきは素人に近い相手であっても技術を見せつけている事です。
私も青春時代(恥ずかしい言い方ですが)恩師に教えてもらった長州のレスリングを頭の中で勝手にイメージし、反復練習しました。
本サイトのほうにその記事は載せています。
恩師に教えてもらった中に、長州のこの逆一本背負い、引き落としはありました。
後は小川戦で見せた足掛け片足タックル、そして安生戦で見せたがぶり、小内刈りでした。
動画のリンクは最後のつもりで載せておきます。
長州力がマダガスカル人とシュートで闘った時の動画です。
組もうとしない相手にツーオンワンを仕掛け、逆一本背負いをしかけました。
また二戦目では、相手を抜群の方向に退き落としました。
引き落としの角度はコツがあります。
二つとも体格の違う相手に全く力を使って強引な技を仕掛けていない事に注目してもらいたいと思います。
たたが草レスリング(?)の相手に強さを見せつけても大した事はありませんが、特筆すべきは素人に近い相手であっても技術を見せつけている事です。
私も青春時代(恥ずかしい言い方ですが)恩師に教えてもらった長州のレスリングを頭の中で勝手にイメージし、反復練習しました。
本サイトのほうにその記事は載せています。
恩師に教えてもらった中に、長州のこの逆一本背負い、引き落としはありました。
後は小川戦で見せた足掛け片足タックル、そして安生戦で見せたがぶり、小内刈りでした。
中西学と云う私的・最強幻想
90年代の新日本プロレスに有って、まだ中堅に位置していた中西学の存在は、団体の層の厚みと帝国ぶりを示す為には最高に適した存在であった。
トップでない選手に、おそらくガチンコになれば恐ろしい強さを持つだろうと思わせる選手がいるという事は、その団体にとって有り難いものである。
カレリン戦を前にした前田が「カレリンに負けない肉体を持つ日本人は中西君くらいだ」と素直な気持ちをコメントした。
それくらい中西は類い稀なる肉体とレスリングセンスを備えた男で有った。
レスリングの重量級に多い例であるが、昔なら82キロ級、90キロ級で活躍していた選手がプロ転向すると、それまで減量に備えて、意識していた体重維持の壁が一気に取り払われる。したがって恐ろしい程の膨張率で肉体が大きくなって行く選手が多いものである。
中西も同様であった。
100キロ級の肉体の維持を止めると同時に肉体は恐ろしい程の膨張を果たしてしまった。
橋本真也がシュートで小川直也にやられ、最強神話がぐらつきかけた新日本であったが、幸いだったのは、その試合後の混乱のリング上で小川に退治する中西、永田の姿があった事である。
京都弁で小川を罵る恐ろしい表情の中西を見たとき、多分、小川は中西に退いている事が分かった。
ロサンゼルス五輪以降、柔道とレスリングの全日本チームが合同の練習を行う事が確かバルセロナ五輪まで続いていたのではないだろうか?
であるならば小川は充分すぎる程に中西の強さを知っているはずである。
藤田戦、K-1戦と敗戦を重ね、中西の幻想は地に堕ちた。
同時に新日本の最強神話も砕け散ってしまったのだ。
しかし、中西は金網なら藤田をテイクダウンさせていたはずである。
最後のフィニッシュ、中西のタックルがロープの反動で切られてしまった。
奇しくも中西を守って来たプロレスのリングの構造が中西を潰したのである。
中西のタックルを切れる日本人はいない。
今でも私が信じる想いである。
そういえばバルセロナ五輪で、中西は全く体が動かず自身のポテンシャルの10パーセントも発揮出来なかった。
闘いに向かう時、もの凄い悲壮感を醸し出したとき、中西は自身の重圧に負けてしまう男である。
例えば総合でタッグマッチが行われたとする。
何の心理的重圧も背負わない中西ならば、総合格闘家の心が折れるくらいの殺人タックルの洗礼を浴びせられるだろう。
人差し指、中指が一本相手の足に触れれば、相手は吹っ飛ばされる。
そういう強さを持った中西学が何の因果か、お笑いキャラで現役生活を全うするつもりであろうか?
日本のトップクラスのスポーツ心理学者が中西のチキンハートを半年間、徹底してケアすれば、間違いなく、今のままで技術で中西は少なくとも日本人相手なら総合でも負ける事は無いであろう。
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トップでない選手に、おそらくガチンコになれば恐ろしい強さを持つだろうと思わせる選手がいるという事は、その団体にとって有り難いものである。
カレリン戦を前にした前田が「カレリンに負けない肉体を持つ日本人は中西君くらいだ」と素直な気持ちをコメントした。
それくらい中西は類い稀なる肉体とレスリングセンスを備えた男で有った。
レスリングの重量級に多い例であるが、昔なら82キロ級、90キロ級で活躍していた選手がプロ転向すると、それまで減量に備えて、意識していた体重維持の壁が一気に取り払われる。したがって恐ろしい程の膨張率で肉体が大きくなって行く選手が多いものである。
中西も同様であった。
100キロ級の肉体の維持を止めると同時に肉体は恐ろしい程の膨張を果たしてしまった。
橋本真也がシュートで小川直也にやられ、最強神話がぐらつきかけた新日本であったが、幸いだったのは、その試合後の混乱のリング上で小川に退治する中西、永田の姿があった事である。
京都弁で小川を罵る恐ろしい表情の中西を見たとき、多分、小川は中西に退いている事が分かった。
ロサンゼルス五輪以降、柔道とレスリングの全日本チームが合同の練習を行う事が確かバルセロナ五輪まで続いていたのではないだろうか?
であるならば小川は充分すぎる程に中西の強さを知っているはずである。
藤田戦、K-1戦と敗戦を重ね、中西の幻想は地に堕ちた。
同時に新日本の最強神話も砕け散ってしまったのだ。
しかし、中西は金網なら藤田をテイクダウンさせていたはずである。
最後のフィニッシュ、中西のタックルがロープの反動で切られてしまった。
奇しくも中西を守って来たプロレスのリングの構造が中西を潰したのである。
中西のタックルを切れる日本人はいない。
今でも私が信じる想いである。
そういえばバルセロナ五輪で、中西は全く体が動かず自身のポテンシャルの10パーセントも発揮出来なかった。
闘いに向かう時、もの凄い悲壮感を醸し出したとき、中西は自身の重圧に負けてしまう男である。
例えば総合でタッグマッチが行われたとする。
何の心理的重圧も背負わない中西ならば、総合格闘家の心が折れるくらいの殺人タックルの洗礼を浴びせられるだろう。
人差し指、中指が一本相手の足に触れれば、相手は吹っ飛ばされる。
そういう強さを持った中西学が何の因果か、お笑いキャラで現役生活を全うするつもりであろうか?
日本のトップクラスのスポーツ心理学者が中西のチキンハートを半年間、徹底してケアすれば、間違いなく、今のままで技術で中西は少なくとも日本人相手なら総合でも負ける事は無いであろう。
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ざまあみろPRIDE〜前田日明らしさ〜
前田日明がPRIDE撤退に関して痛烈なコメントを発表した。
早速、DSE側から謝罪のコメントが出された様子であるが、私は実に久しぶりに、私が憧れ好きになった前田の姿を見れた気がする。
私は改めて問いたい。
未だにPRIDEの世界観が忘れられない云々と言うファンたちにである。
貴方の大好きな恋人、あるいは貴方と仲の良い親友がいたとする。
そんな恋人や親友が、身の丈を越えた、もてなし方で、貴方を接待してくれるとする。
貴方に過剰なサービスを施す恋人や親友たちは、実は、借金だらけで、貴方たちに尽くし、そして、貴方の為に、精一杯の非日常感、幸福感のプレゼントを与えていたとする。
貴方は、恋人や親友の気持ちに感謝こそすれ、恋人や親友のしてくれた事が忘れられない。
夢よ、もう一度と思うだろうか?
もし、思っている人がいるとすれば馬鹿である。
貴方の為にPRIDEのスタッフたちは、身の丈を越えたレベルで、精一杯のファン優位の
世界を貫いて来た。
会場が満員になってもペイ出来ない経営。
テレビに頼らざるを得ない状態で、PRIDEは末期であった事を貴方たちは知っているであろうか?
榊原社長は、決して、地上波に頼らずPRIDEを10人中1人に支持されるコンテンツとして維持しようとしていたのである。
なのに地上波に頼らざるを得なかった。
それくらい、その時点で破綻していたのである。
貴方たちファンが会場を満員にしても、選手のギャラ、貴方たちファンを満足させる為の日常の演出、それらに過剰な奉仕をしたために潰れてしまったのである。
PRIDEの世界観が忘れられないという選手やファンたちに言いたい。
PRIDEを潰したのは、身の丈を忘れた、選手と貴方たちファンではないかと。
しかも経済の実態の無い所にほど、闇の利権は集中する。
前田日明が痛切にいった言葉を、どれほどの格闘技選手は言えるだろう?
「ヤ○ザはヤ○ザの世界に帰れ」と言った言葉である。
ヤ○ザでありながら、誰よりもヤ○ザ組織を嫌った父を持つ人間として、今回の前田の
言葉程、当たり前の勇気と倫理観を感じさせてくれた言葉は無かった。
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プロレス昭和異人伝☆本サイト版/ユナイテッド・アローズに憧れて
プロレス昭和異人伝☆本サイト版/月がつなぐ愛/前田日明と月下独酌より
早速、DSE側から謝罪のコメントが出された様子であるが、私は実に久しぶりに、私が憧れ好きになった前田の姿を見れた気がする。
私は改めて問いたい。
未だにPRIDEの世界観が忘れられない云々と言うファンたちにである。
貴方の大好きな恋人、あるいは貴方と仲の良い親友がいたとする。
そんな恋人や親友が、身の丈を越えた、もてなし方で、貴方を接待してくれるとする。
貴方に過剰なサービスを施す恋人や親友たちは、実は、借金だらけで、貴方たちに尽くし、そして、貴方の為に、精一杯の非日常感、幸福感のプレゼントを与えていたとする。
貴方は、恋人や親友の気持ちに感謝こそすれ、恋人や親友のしてくれた事が忘れられない。
夢よ、もう一度と思うだろうか?
もし、思っている人がいるとすれば馬鹿である。
貴方の為にPRIDEのスタッフたちは、身の丈を越えたレベルで、精一杯のファン優位の
世界を貫いて来た。
会場が満員になってもペイ出来ない経営。
テレビに頼らざるを得ない状態で、PRIDEは末期であった事を貴方たちは知っているであろうか?
榊原社長は、決して、地上波に頼らずPRIDEを10人中1人に支持されるコンテンツとして維持しようとしていたのである。
なのに地上波に頼らざるを得なかった。
それくらい、その時点で破綻していたのである。
貴方たちファンが会場を満員にしても、選手のギャラ、貴方たちファンを満足させる為の日常の演出、それらに過剰な奉仕をしたために潰れてしまったのである。
PRIDEの世界観が忘れられないという選手やファンたちに言いたい。
PRIDEを潰したのは、身の丈を忘れた、選手と貴方たちファンではないかと。
しかも経済の実態の無い所にほど、闇の利権は集中する。
前田日明が痛切にいった言葉を、どれほどの格闘技選手は言えるだろう?
「ヤ○ザはヤ○ザの世界に帰れ」と言った言葉である。
ヤ○ザでありながら、誰よりもヤ○ザ組織を嫌った父を持つ人間として、今回の前田の
言葉程、当たり前の勇気と倫理観を感じさせてくれた言葉は無かった。
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2007年10月05日
イノキ・ボンバイエ INOKI-Bombaye
管理人から、当ブログをご訪問頂いた方への感謝の気持ちです。
韓国のラップ・グループside-bの「Bombaye」です。
この曲はアントニオ猪木の引退記念CDを音源として作られました。
韓国のラップ・グループside-bの「Bombaye」です。
この曲はアントニオ猪木の引退記念CDを音源として作られました。
棚橋弘至のプロレス頭
棚橋弘至は現在のプロレス村を象徴するプロレスラーである。
プロ入り前からプロレス頭の秀でた上手いプロレスをこなす専門職のレスラーでもある。
そこそこにルックスも良い。
プロレスも上手い。
しかし、それ以上の評価は絶対に得られないプロレスラーでもある。
私が驚いたのが月刊「Gスピリット」の小林邦明のインタビューである。
棚橋の姿がゴールデンタイムで流れれば、大スターになるのに、もったいないという意味の言葉であった。
当のプロレスブームの当事者の一人ですら、そう思っているのであるから、多くのプロレスファンも同様にそう思ってしまうのであろう。
しかし、例え、ゴールデンで放送されても、棚橋が世間に届くスターになれる訳は無いのだ。
格好良いプロレスラー。ルックスの良いプロレスラー。
格好良い、ルックスの良さといった定規等、世間にいくらでもある。
その定規で計れば、世間にはもっと格好良い人間はいくらでもいる。
世間に負ける定規=価値観でプロレスラーを名乗っても、世間に届く訳は無いのだ。
プロレスブームの主役、長州力であれ、小林邦明であれ、異形の人であった。
ルックスの良さで売り出した訳ではない。
世間的には異形で、かつ、格好良い。
プロレス村のださいルックスでもなく、かといって世間の二番煎じの今風のルックス
ても無い。
プロレスラーオリジナルの格好良さがあったのだ。
その格好良さに気付く人間等、世間の10人中1人いれば良いのだ。
それでも視聴率20パーセントの世界で有る。
今風プロレスラーとやらは、世間に迎合するあまり、世間に勝てないまま、100人中
1人の狭きジャンルでしか通用しないのである。
棚橋の頭の良さならば、その事に気付いてもいいはずである。
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プロ入り前からプロレス頭の秀でた上手いプロレスをこなす専門職のレスラーでもある。
そこそこにルックスも良い。
プロレスも上手い。
しかし、それ以上の評価は絶対に得られないプロレスラーでもある。
私が驚いたのが月刊「Gスピリット」の小林邦明のインタビューである。
棚橋の姿がゴールデンタイムで流れれば、大スターになるのに、もったいないという意味の言葉であった。
当のプロレスブームの当事者の一人ですら、そう思っているのであるから、多くのプロレスファンも同様にそう思ってしまうのであろう。
しかし、例え、ゴールデンで放送されても、棚橋が世間に届くスターになれる訳は無いのだ。
格好良いプロレスラー。ルックスの良いプロレスラー。
格好良い、ルックスの良さといった定規等、世間にいくらでもある。
その定規で計れば、世間にはもっと格好良い人間はいくらでもいる。
世間に負ける定規=価値観でプロレスラーを名乗っても、世間に届く訳は無いのだ。
プロレスブームの主役、長州力であれ、小林邦明であれ、異形の人であった。
ルックスの良さで売り出した訳ではない。
世間的には異形で、かつ、格好良い。
プロレス村のださいルックスでもなく、かといって世間の二番煎じの今風のルックス
ても無い。
プロレスラーオリジナルの格好良さがあったのだ。
その格好良さに気付く人間等、世間の10人中1人いれば良いのだ。
それでも視聴率20パーセントの世界で有る。
今風プロレスラーとやらは、世間に迎合するあまり、世間に勝てないまま、100人中
1人の狭きジャンルでしか通用しないのである。
棚橋の頭の良さならば、その事に気付いてもいいはずである。
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ありがとうございます。
いつも当ブログをご訪問いただきまして、ありかどうございます。
ようやくブログの引越し作業も落ち着きまして、新しい記事を更新出来る
状態になりました。
移転初日から多くの方にアクセスしていただき、本当にありがとうございます。
また、作家の深町秋生様、「アルジャーノンに逆エビを」のpencroft様には暖かい言葉、感謝しております。本当にありがとうごさいます。
K-1心中様引越し早々ご紹介いただき、本当にありがとうございます。
(余談ですがweb新様が書いておられる長州対小川の試合は、私も夢中になって、長州を応援しました。
実は、あの試合、気持ちが乗らない長州でしたが、一度、ものすごい抜群のタイミングで小川をテイクダウンさせました。
小川の腕を取って引っ張り、小川が嫌がって引っ張られた自分の腕をひき返した際に、絶妙のタイミングで長州独特の足掛けタックルに行ったのです。
しかも、そのタックルは相手の片足に自分の足を外掛けしながら、真っ直ぐ伸ばした自分の腕で残りの足を払うという、かなり高度な技でした)
スポーツナビのほうのブログはしばらくアドレスだけ残しておきます。
今後とも、当ブログよろしくお願いいたします。
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移転初日から多くの方にアクセスしていただき、本当にありがとうございます。
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K-1心中様引越し早々ご紹介いただき、本当にありがとうございます。
(余談ですがweb新様が書いておられる長州対小川の試合は、私も夢中になって、長州を応援しました。
実は、あの試合、気持ちが乗らない長州でしたが、一度、ものすごい抜群のタイミングで小川をテイクダウンさせました。
小川の腕を取って引っ張り、小川が嫌がって引っ張られた自分の腕をひき返した際に、絶妙のタイミングで長州独特の足掛けタックルに行ったのです。
しかも、そのタックルは相手の片足に自分の足を外掛けしながら、真っ直ぐ伸ばした自分の腕で残りの足を払うという、かなり高度な技でした)
スポーツナビのほうのブログはしばらくアドレスだけ残しておきます。
今後とも、当ブログよろしくお願いいたします。
管理人shingolです。
1967年生まれの会社員です。
生まれた頃よりのプロレスファンで、レスリング競技にも熱中していたので
プロ・アマ問わずのレスラーのファンです。
2005年よりプロレス昭和異人伝本サイト版のブログを開始し、
2007年6月よりスポーツナビのファン・ブログにおいて、「別冊・プロレス昭和異人伝」を開始いたしましたが、現在、こちらのアドレスに引越ししています。
よろしくお願いいたします。
生まれた頃よりのプロレスファンで、レスリング競技にも熱中していたので
プロ・アマ問わずのレスラーのファンです。
2005年よりプロレス昭和異人伝本サイト版のブログを開始し、
2007年6月よりスポーツナビのファン・ブログにおいて、「別冊・プロレス昭和異人伝」を開始いたしましたが、現在、こちらのアドレスに引越ししています。
よろしくお願いいたします。
前田日明と星野勘太郎 / 伝説のセメントマッチ
前記事で「キレたら負ける」と二度に渡って記した。
私は前田が卑怯な手でリスクを伴わない安全地帯でのキレ方をした試合は嫌いである。
猪木に対しても同様である。
そういうキレるとは暴力性と幼稚性しか含まないからだ。
とかくプロレス界では陰湿で凄惨な行為と思われかねない「キレる試合」だが、私は一度だけ「キレたセメントマッチ」らしからぬ爽やかさを醸し出す試合を観た事が有る。
前田と星野の試合がそうであった。
私は幸運にも前田と星野が兵庫の一地方都市の体育館で壮絶な殴り合いを繰り広げた試合を垣間みる事が出来た。
プロレスに詳しくないだろうと思われる酔っぱらいのおっさんからも「プロレスをしろ」と野次が飛ぶ程の明らかに異質の試合であった。
覚えている印象を記しておく。
試合は星野が終始、ボクシングスタイルからのパンチをヒットさせた。
前田は蹴りで対抗するが、星野がパンチを合わせるので、何度も前田の首が思い切り
のけぞった。
有効打は圧倒的に星野であった。
判定なら明らかに星野の勝利とでもいえるような攻防であった。
素人目にも顔面パンチを知らない前田が星野のボクシングに翻弄されているような感が有った。
前田がパンチをあてられて悔し紛れに自分の頬に指をあて、「こいこい」と挑発するが、誰の目にも前田の劣勢が明らかなので会場から失笑が溢れた。
丁度テレビの「ガチンコファイトクラブ」で竹原にボコラレながらも負けを認めず向かって行くガキといった感じだったろうか。
そんな攻防が延々と続く。しかし前田は攻防を諦めてプロレスには逃げる事はしない。
星野は「プロレスをしろ、しないならこうだぞ」というような脅しと威圧感で前田をたしなめている。
そんな印象の試合であった。
翌週のファイト紙によると試合後、星野が前田の控え室に殴り込んだという事であった。
数年後、その時の試合を何故か誇らしげに嬉しそうに想い出として語る前田の口から意外
な言葉が出た。
『その後、木村健吾さんから「お兄さんになんて事をするんだ」と怒られた』との言葉であった。
出自を公にする少し前の前田が我々が同胞の先輩にいう「お兄さん」という言葉を使ったのだ。
同じ頃、長州との対談でも何故か唐突に長州から「星野さんとは会っているのか?」という言葉も出た。
私は在日三世のプロレスファンとして、そのような会話を聞く事は嬉しいものである。
あの時、己の血に殉じて、激しい身内喧嘩をする前田を私は好きであった。
あの頃の前田なら、秋山を許す事無く、暴走するキレっぷりを見せてくれた事だろう。
2007/07/29掲載
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私は前田が卑怯な手でリスクを伴わない安全地帯でのキレ方をした試合は嫌いである。
猪木に対しても同様である。
そういうキレるとは暴力性と幼稚性しか含まないからだ。
とかくプロレス界では陰湿で凄惨な行為と思われかねない「キレる試合」だが、私は一度だけ「キレたセメントマッチ」らしからぬ爽やかさを醸し出す試合を観た事が有る。
前田と星野の試合がそうであった。
私は幸運にも前田と星野が兵庫の一地方都市の体育館で壮絶な殴り合いを繰り広げた試合を垣間みる事が出来た。
プロレスに詳しくないだろうと思われる酔っぱらいのおっさんからも「プロレスをしろ」と野次が飛ぶ程の明らかに異質の試合であった。
覚えている印象を記しておく。
試合は星野が終始、ボクシングスタイルからのパンチをヒットさせた。
前田は蹴りで対抗するが、星野がパンチを合わせるので、何度も前田の首が思い切り
のけぞった。
有効打は圧倒的に星野であった。
判定なら明らかに星野の勝利とでもいえるような攻防であった。
素人目にも顔面パンチを知らない前田が星野のボクシングに翻弄されているような感が有った。
前田がパンチをあてられて悔し紛れに自分の頬に指をあて、「こいこい」と挑発するが、誰の目にも前田の劣勢が明らかなので会場から失笑が溢れた。
丁度テレビの「ガチンコファイトクラブ」で竹原にボコラレながらも負けを認めず向かって行くガキといった感じだったろうか。
そんな攻防が延々と続く。しかし前田は攻防を諦めてプロレスには逃げる事はしない。
星野は「プロレスをしろ、しないならこうだぞ」というような脅しと威圧感で前田をたしなめている。
そんな印象の試合であった。
翌週のファイト紙によると試合後、星野が前田の控え室に殴り込んだという事であった。
数年後、その時の試合を何故か誇らしげに嬉しそうに想い出として語る前田の口から意外
な言葉が出た。
『その後、木村健吾さんから「お兄さんになんて事をするんだ」と怒られた』との言葉であった。
出自を公にする少し前の前田が我々が同胞の先輩にいう「お兄さん」という言葉を使ったのだ。
同じ頃、長州との対談でも何故か唐突に長州から「星野さんとは会っているのか?」という言葉も出た。
私は在日三世のプロレスファンとして、そのような会話を聞く事は嬉しいものである。
あの時、己の血に殉じて、激しい身内喧嘩をする前田を私は好きであった。
あの頃の前田なら、秋山を許す事無く、暴走するキレっぷりを見せてくれた事だろう。
2007/07/29掲載
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70年代全日本プロレスという桃源郷
私が子供の頃は、大衆の各ジャンルというのはまだ細分化されていなかった。
マニアの為でなく、最大公約数の為にプロレス団体は試合を提供してくれた。
しかし根っこにある核はジャンルのマニア性である。
最大公約数という対象も又、マニア無くして有り得ないからである。
かつてのアントニオ猪木の環状線理論というのはマニアの核抜きで、一般のファンを取り込む事に夢中となり、時として、ジャンルの空洞化を招きざるを得なかった。
2.3年前のK-1にも似た兆候は有った。
曙対サップといったマニアの核無き、環状線理論である。
私が子供の頃は大人のジャンルを子供が覗き観るのが普通であった。
私は母親が観た「ひまわり」や「男と女」などのイタリア名画を母の側で何も分からず覗き観ていた。
私が小学校5年生のとき観た全日本プロレスのオープン・タッグ選手権はまさに「月刊プロレス」や「ゴング」や「ファイト」を読むプロレスファンたちのマニアックな祭典であった。
ところが、そのマニアの核の熱気と華やかさに、一般、子供のファンまでが取り込まれる一つのジャンルの完成された姿であった。
完成されたジャンルは一般層にこびずとも、最大公約数相手に勝負出来た全日本プロレスの1970年代の姿であった。
2007/08/14掲載
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マニアの為でなく、最大公約数の為にプロレス団体は試合を提供してくれた。
しかし根っこにある核はジャンルのマニア性である。
最大公約数という対象も又、マニア無くして有り得ないからである。
かつてのアントニオ猪木の環状線理論というのはマニアの核抜きで、一般のファンを取り込む事に夢中となり、時として、ジャンルの空洞化を招きざるを得なかった。
2.3年前のK-1にも似た兆候は有った。
曙対サップといったマニアの核無き、環状線理論である。
私が子供の頃は大人のジャンルを子供が覗き観るのが普通であった。
私は母親が観た「ひまわり」や「男と女」などのイタリア名画を母の側で何も分からず覗き観ていた。
私が小学校5年生のとき観た全日本プロレスのオープン・タッグ選手権はまさに「月刊プロレス」や「ゴング」や「ファイト」を読むプロレスファンたちのマニアックな祭典であった。
ところが、そのマニアの核の熱気と華やかさに、一般、子供のファンまでが取り込まれる一つのジャンルの完成された姿であった。
完成されたジャンルは一般層にこびずとも、最大公約数相手に勝負出来た全日本プロレスの1970年代の姿であった。
2007/08/14掲載
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異人たちの夏/国際プロレスの想い出
私が小学校6年のとき、突如として神戸のサンテレビが「国際プロレスアワー」を放送し始めた。
金曜日は入浴も用事も全て済ませ、猪木の前で正座してブラウン管を見つめていた。
土曜日は豪華外国人溢れる全日本の華やかな世界を楽しめた。
そこに月曜の国際プロレスが加わった。
私はブラウン管を凝視するでもなく、ただ、気楽に肩の力を抜いて、それでも好きなプロレスを、週にもう一回見られる贅沢さを喜んだ。
私は真剣に見たり、胸ときめかせるだけでなく、気楽に見られるプロレスの楽しみを「国際プロレス・アワー」で知った。
丁度、夏であったか、国際プロレスに久しぶりにアンドレが登場した。
サンテレビで観る大巨人は不思議な感覚であった。
アンドレのパートナーは、ヘイスタック・カルホーンであった。
アンドレが、カルホーンが、順次、ボディープレスを日本人選手に浴びせた。
田舎の会場の観客たちは狂喜乱舞であった。
当時、気楽に眺めていたはずの、異人たちの非日常のシーンであったが、猛暑の今、何故か鮮烈な想い出として蘇って来る。
2007/08/17掲載
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金曜日は入浴も用事も全て済ませ、猪木の前で正座してブラウン管を見つめていた。
土曜日は豪華外国人溢れる全日本の華やかな世界を楽しめた。
そこに月曜の国際プロレスが加わった。
私はブラウン管を凝視するでもなく、ただ、気楽に肩の力を抜いて、それでも好きなプロレスを、週にもう一回見られる贅沢さを喜んだ。
私は真剣に見たり、胸ときめかせるだけでなく、気楽に見られるプロレスの楽しみを「国際プロレス・アワー」で知った。
丁度、夏であったか、国際プロレスに久しぶりにアンドレが登場した。
サンテレビで観る大巨人は不思議な感覚であった。
アンドレのパートナーは、ヘイスタック・カルホーンであった。
アンドレが、カルホーンが、順次、ボディープレスを日本人選手に浴びせた。
田舎の会場の観客たちは狂喜乱舞であった。
当時、気楽に眺めていたはずの、異人たちの非日常のシーンであったが、猛暑の今、何故か鮮烈な想い出として蘇って来る。
2007/08/17掲載
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武藤敬司/スパーリングの強さとスキンヘッド
昔から柔道出身のレスリング選手は多かった。かくいう私も柔道出身であったが。
実は高校生のレスリングにおいては柔道部所属の選手が国体などを制する事も多い。
特に重量級に多い傾向である。
高校生程度のレベルならば普段、層の厚い柔道でもまれている選手がルールを良く知らないまま地方大会から国体まで勝利を続ける事も有る。
当然、大学生ともなれば柔道だけの技術しか持たない人間は、裸体ではレスリング選手の相手にならないのが通常であるが…。
柔道出身の選手とは今もグラップリングで出会う時が有る。
不思議な話だが、レスラーにとっては柔道出身の選手と闘う時、怖いか怖くないか単純に体型で判断できるものだ。
丁度軽重量級あたりに多い骨太でやや長身の選手にはレスリングには無い内股などを駆使して裸体のグラップリングでもかなりのスタンド能力を持つ者が多い。
私が驚くのは彼らの腕力で有る。
そういう選手と当たる時は、かなり心身ともにプレッシャーを感じるものだ。
実際、高校レベルならばレスリングでも勝ち抜く柔道選手と言えばそのようなタイプが多かった気がする。
逆にそれ意外の体型の選手に怖さを感じる事は不思議と全くない。
裸体であるならば簡単に私程度のレスリングテクニックで翻弄出来るからだ。
実際の総合でも裸体のグラップリングの強さを醸し出す柔道家は吉田秀彦などの骨太で内股を得意とする選手であった。
私の経験から、この男は裸のグラップリングでも、スパーリングでも強いだろうなと思う男が一人いる。
武藤敬司である。
高校のレスリングキャリアから自身満々の鈴木みのるを寝技でなく、スタンドで圧倒した選手は当時の新日本では武藤だけであった。
若手の頃の鼻高々の鈴木みのるのインタビューでもその事がしっかりと記されている。
武藤自身、柔道でスペシャルな実績を残していたわけでは無い。
しかし、武藤の長身で骨太の体とその体型に合わせた柔道技はグラップリングでは恐ろしく強いものであったに違いない。
全ての柔道家が裸体で強いと言う訳では無いが、武藤のような体型と技を持つ柔道家の裸体での強さはプロレスファンの想像以上であると私は思う。
初めての凱旋帰国時、スペースローンウルフとなって帰って来た武藤を前田や高田が嫌らしく攻撃し続けた。
鮮烈な蹴りを連発したところでプロレスの試合内で人の良い武藤がキレる訳は無い。
少しムッとした武藤が前田を内股ですくった。
前田がよろめいた。
しかし、それ以上、武藤が前田を転倒させる事は無かった。
実際、武藤とスパーリングすれば前田と高田程度の技術では太刀打ち出来ないだろう。
私程度のアマチュアでも橋本相手にスパーリングすれば全く負ける自信は無い。
けれど武藤にはやられるだろうと思う。
プロレス的な幻想神話の中で橋本やUWFが強いと思われて来た。
しかし、今、もっともプロレスらしいプロレスを展開する武藤が、実は鈴木みのるや
石沢常光も認めるグラップリングの強者である事を知るファンは少ない。
髪の長い頃、いかにもプロレス的センスの青いロングタイツからショートタイツに
変えた武藤は、プロレスオタク出身たちのアクロバットショーとは格の違う、運動能力と
肉体の見栄えの中で重い空中技を放ち、端正な顔立ちでスターの雰囲気を醸し出していた。
私は新日本プロレスはひょっとして武藤を複数スターの中のスペシャルなエースにした
かったのではないかと思う。
しかし橋本始め、我の強い他の選手たちが黙っているはずも無い。
まして人の良い武藤の事だ。
スパーの強さを鼻にかけていたわけでも無いだろう。
しかし、小川とリアルに闘ってもいいという発言には、実は武藤は自分の強さを知って
いたのではないかと思う時も有る。
今は満身創痍に成りながら、一国一城の主と成って、武藤には似合わない悲壮感と
責任感を持って、武藤の放つ明るいオーラが地味な色に変わりつつ有る。
開き直ってツルツルにした武藤だが、スキンヘッドは武藤の光を消してしまう。
丸刈り、五分刈り程度なら、はげも目立つまい。少しでも髪の毛があったほうが良い。
膝にどのようなニーブレスが入っているかも知らないが、なんとかショートタイツに出来ないか。
あのプロレス界きっての色男武藤が、開き直っておっさんビジュアルにする必要等無いのだ。
武藤敬司が少しでもかつての明るいビジュアルを取り戻したとき、プロレス界の勢力図が少し変わってしまうだろう。
2007/08/04掲載
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実は高校生のレスリングにおいては柔道部所属の選手が国体などを制する事も多い。
特に重量級に多い傾向である。
高校生程度のレベルならば普段、層の厚い柔道でもまれている選手がルールを良く知らないまま地方大会から国体まで勝利を続ける事も有る。
当然、大学生ともなれば柔道だけの技術しか持たない人間は、裸体ではレスリング選手の相手にならないのが通常であるが…。
柔道出身の選手とは今もグラップリングで出会う時が有る。
不思議な話だが、レスラーにとっては柔道出身の選手と闘う時、怖いか怖くないか単純に体型で判断できるものだ。
丁度軽重量級あたりに多い骨太でやや長身の選手にはレスリングには無い内股などを駆使して裸体のグラップリングでもかなりのスタンド能力を持つ者が多い。
私が驚くのは彼らの腕力で有る。
そういう選手と当たる時は、かなり心身ともにプレッシャーを感じるものだ。
実際、高校レベルならばレスリングでも勝ち抜く柔道選手と言えばそのようなタイプが多かった気がする。
逆にそれ意外の体型の選手に怖さを感じる事は不思議と全くない。
裸体であるならば簡単に私程度のレスリングテクニックで翻弄出来るからだ。
実際の総合でも裸体のグラップリングの強さを醸し出す柔道家は吉田秀彦などの骨太で内股を得意とする選手であった。
私の経験から、この男は裸のグラップリングでも、スパーリングでも強いだろうなと思う男が一人いる。
武藤敬司である。
高校のレスリングキャリアから自身満々の鈴木みのるを寝技でなく、スタンドで圧倒した選手は当時の新日本では武藤だけであった。
若手の頃の鼻高々の鈴木みのるのインタビューでもその事がしっかりと記されている。
武藤自身、柔道でスペシャルな実績を残していたわけでは無い。
しかし、武藤の長身で骨太の体とその体型に合わせた柔道技はグラップリングでは恐ろしく強いものであったに違いない。
全ての柔道家が裸体で強いと言う訳では無いが、武藤のような体型と技を持つ柔道家の裸体での強さはプロレスファンの想像以上であると私は思う。
初めての凱旋帰国時、スペースローンウルフとなって帰って来た武藤を前田や高田が嫌らしく攻撃し続けた。
鮮烈な蹴りを連発したところでプロレスの試合内で人の良い武藤がキレる訳は無い。
少しムッとした武藤が前田を内股ですくった。
前田がよろめいた。
しかし、それ以上、武藤が前田を転倒させる事は無かった。
実際、武藤とスパーリングすれば前田と高田程度の技術では太刀打ち出来ないだろう。
私程度のアマチュアでも橋本相手にスパーリングすれば全く負ける自信は無い。
けれど武藤にはやられるだろうと思う。
プロレス的な幻想神話の中で橋本やUWFが強いと思われて来た。
しかし、今、もっともプロレスらしいプロレスを展開する武藤が、実は鈴木みのるや
石沢常光も認めるグラップリングの強者である事を知るファンは少ない。
髪の長い頃、いかにもプロレス的センスの青いロングタイツからショートタイツに
変えた武藤は、プロレスオタク出身たちのアクロバットショーとは格の違う、運動能力と
肉体の見栄えの中で重い空中技を放ち、端正な顔立ちでスターの雰囲気を醸し出していた。
私は新日本プロレスはひょっとして武藤を複数スターの中のスペシャルなエースにした
かったのではないかと思う。
しかし橋本始め、我の強い他の選手たちが黙っているはずも無い。
まして人の良い武藤の事だ。
スパーの強さを鼻にかけていたわけでも無いだろう。
しかし、小川とリアルに闘ってもいいという発言には、実は武藤は自分の強さを知って
いたのではないかと思う時も有る。
今は満身創痍に成りながら、一国一城の主と成って、武藤には似合わない悲壮感と
責任感を持って、武藤の放つ明るいオーラが地味な色に変わりつつ有る。
開き直ってツルツルにした武藤だが、スキンヘッドは武藤の光を消してしまう。
丸刈り、五分刈り程度なら、はげも目立つまい。少しでも髪の毛があったほうが良い。
膝にどのようなニーブレスが入っているかも知らないが、なんとかショートタイツに出来ないか。
あのプロレス界きっての色男武藤が、開き直っておっさんビジュアルにする必要等無いのだ。
武藤敬司が少しでもかつての明るいビジュアルを取り戻したとき、プロレス界の勢力図が少し変わってしまうだろう。
2007/08/04掲載
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復活する二つのゴング誌
来月、いよいよ廃刊となったゴングが二誌も同時に復活する。
ゴングの名前はないものの、Gリング誌のゴングを思い出させるロゴデザインと、Gスピリット誌の文字通りのゴングの魂を期待させるタイトルと、いずれもが、どのようなものか楽しみである。
私が嬉しいのは週刊ゴングの復活ではなく、月刊のゴングが復活すると言う事である。
スピードの速い情報過多の時代に週刊ゴングは、本来のゴングの持ち味を消し、雑な作りのレイアウト、誤植だらけの、私にとっては読み捨ての消費雑誌にせざるを得なかった。
しかしながら一方で、記者の方たちの読み物はゴング特有の保守的ながらも時代の流れに対しての反骨的なプロレスへの信念の強さを感じさせてくれるものであったが。
Gという文字をタイトルに掲げ、そして月刊として復活する以上、かつてのような、レイアウト、グラビアといったハードとしての丁寧な誌面つくりを期待してしまう。
その期待を持ってしまうのが、スローライフ誌を目指すと宣言した清水氏のGスピリットのほうかも知れない。
そういう意味ではGスピリット誌のほうは週刊ゴング復活というよりも、かつての月刊ゴング、別冊ゴングの復活を感じさせてくれる。
Gリング誌に関しては、おそらく週刊ゴング時代の良くも悪くも消費的な雑誌作りの中に、前述した保守的かつ反骨的な記者の方たちの姿勢が明確に出された誌面作りを期待したい。
いずれにしても大の大人が、プロレス雑誌の創刊日を楽しみにしている。
ひょっとして復活する二つのゴング誌が大人の趣味としてのプロレスのありかたを改めて提示してくれるかも知れない。
2007/08/18掲載
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ゴングの名前はないものの、Gリング誌のゴングを思い出させるロゴデザインと、Gスピリット誌の文字通りのゴングの魂を期待させるタイトルと、いずれもが、どのようなものか楽しみである。
私が嬉しいのは週刊ゴングの復活ではなく、月刊のゴングが復活すると言う事である。
スピードの速い情報過多の時代に週刊ゴングは、本来のゴングの持ち味を消し、雑な作りのレイアウト、誤植だらけの、私にとっては読み捨ての消費雑誌にせざるを得なかった。
しかしながら一方で、記者の方たちの読み物はゴング特有の保守的ながらも時代の流れに対しての反骨的なプロレスへの信念の強さを感じさせてくれるものであったが。
Gという文字をタイトルに掲げ、そして月刊として復活する以上、かつてのような、レイアウト、グラビアといったハードとしての丁寧な誌面つくりを期待してしまう。
その期待を持ってしまうのが、スローライフ誌を目指すと宣言した清水氏のGスピリットのほうかも知れない。
そういう意味ではGスピリット誌のほうは週刊ゴング復活というよりも、かつての月刊ゴング、別冊ゴングの復活を感じさせてくれる。
Gリング誌に関しては、おそらく週刊ゴング時代の良くも悪くも消費的な雑誌作りの中に、前述した保守的かつ反骨的な記者の方たちの姿勢が明確に出された誌面作りを期待したい。
いずれにしても大の大人が、プロレス雑誌の創刊日を楽しみにしている。
ひょっとして復活する二つのゴング誌が大人の趣味としてのプロレスのありかたを改めて提示してくれるかも知れない。
2007/08/18掲載
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永田裕志の優位性
昔、国際プロレスが金網デスマッチを行ったとき、批判的であったマスコミも多かったと聞く。
刺激の強いデスマッチの類を一度開催してしまえば、ファンの要求は更にエスカレートしてしまう。
しかし、最後の手段であるはずの金網デスマッチを開催せざるを得なかった国際プロレスの事情も止むを得なかったものであると思う。
あの時の国際プロレスの事情と今、デスマッチにしろ、空中戦にしろ、大技の連発にしろ、プロレスの中の各ジャンルの中でお得意の分野での激しさを売りにする各団体の事情は同じである。
皆、余裕など無いのだ。
必死に戦い続けているのだ。
生きていく為に、自分が光る為に、ファンを喜ばす為に、会社の為に、いずれもが理由であろう。
あのとき国際プロレスがなんとか存属していれば、また金網デスマッチに続く新たなるデスマッチが誕生したかも知れない。
もっとも、その時は、ラッシャー木村の額だけでなく全身が生傷だらけになっていたかも知れない。
吉原社長ももっと早く体調を崩されていたかも知れない。
誤解を恐れずにいえば、無理な闘いを続けなければいけないくらいなら、淘汰されるべきなのだ。
ところが、プロレスというジャンルがここまで細分化してしまえば、どれだけ小さな需要であってもその市場規模に合わせた団体として存属していくことは可能である。
淘汰されることも許されない恐ろしい世界である。
かつてはプロレス界も売り手市場であった。
他ジャンルも少なく、自らのジャンルも細分化していない中、プロレス団体は観客に対して、しっかりと優位性を保っていられた。
観客を60分フルタイムに付き合わせることも、両者リングアウトといった消化不良の試合につき合わせることも可能であった。
優位性を持った団体はファンを育てることが可能である。
今は完全に買い手市場であるので優位性を持つのは団体でなくファンである。
優位性を客にとられた団体は、ファンを育てるのではなく、ファンを満足させること、喜ばせることを選択せざるを得ない。
その中で、メジャー団体までもが、やってはいけない激しい技の攻防を繰り広げる。
その攻防の先に何があるのか分からない。あまりにも刹那的な消費の世界である。
しかも彼らは、機械の進化と違い、人間の運動能力には進化への限界があるということを知っているのだろうか?
私の考えであるが、激しい試合をせざるを得ないということは、その時点でプロレスは淘汰されるべき段階まで来ているのである。
ただ少しばかりの需要にしがみついて悪戯に大技を連発し、激しい試合自慢をしているようだが、もう、そろそろ体ではなく頭を使い出す時期である。
そういう中で永田裕志がプロレス頭と経験を生かした見ごたえのある王座防衛戦を続出している。
しかも、それぞれ色の違う佳作である。
永田裕志の防衛戦は最近のプロレス界では珍しく、少しだけ売り手市場になりつつある。
ということはファンとの関係において、永田は珍しく優位性を保っている男なのである。
この優位性を生かし、永田には激しいだけのベストバウトではなく、どんどん佳作を創り上げていって欲しい、ファンを育てていって欲しいと私は思っている。
2007/08/15掲載
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刺激の強いデスマッチの類を一度開催してしまえば、ファンの要求は更にエスカレートしてしまう。
しかし、最後の手段であるはずの金網デスマッチを開催せざるを得なかった国際プロレスの事情も止むを得なかったものであると思う。
あの時の国際プロレスの事情と今、デスマッチにしろ、空中戦にしろ、大技の連発にしろ、プロレスの中の各ジャンルの中でお得意の分野での激しさを売りにする各団体の事情は同じである。
皆、余裕など無いのだ。
必死に戦い続けているのだ。
生きていく為に、自分が光る為に、ファンを喜ばす為に、会社の為に、いずれもが理由であろう。
あのとき国際プロレスがなんとか存属していれば、また金網デスマッチに続く新たなるデスマッチが誕生したかも知れない。
もっとも、その時は、ラッシャー木村の額だけでなく全身が生傷だらけになっていたかも知れない。
吉原社長ももっと早く体調を崩されていたかも知れない。
誤解を恐れずにいえば、無理な闘いを続けなければいけないくらいなら、淘汰されるべきなのだ。
ところが、プロレスというジャンルがここまで細分化してしまえば、どれだけ小さな需要であってもその市場規模に合わせた団体として存属していくことは可能である。
淘汰されることも許されない恐ろしい世界である。
かつてはプロレス界も売り手市場であった。
他ジャンルも少なく、自らのジャンルも細分化していない中、プロレス団体は観客に対して、しっかりと優位性を保っていられた。
観客を60分フルタイムに付き合わせることも、両者リングアウトといった消化不良の試合につき合わせることも可能であった。
優位性を持った団体はファンを育てることが可能である。
今は完全に買い手市場であるので優位性を持つのは団体でなくファンである。
優位性を客にとられた団体は、ファンを育てるのではなく、ファンを満足させること、喜ばせることを選択せざるを得ない。
その中で、メジャー団体までもが、やってはいけない激しい技の攻防を繰り広げる。
その攻防の先に何があるのか分からない。あまりにも刹那的な消費の世界である。
しかも彼らは、機械の進化と違い、人間の運動能力には進化への限界があるということを知っているのだろうか?
私の考えであるが、激しい試合をせざるを得ないということは、その時点でプロレスは淘汰されるべき段階まで来ているのである。
ただ少しばかりの需要にしがみついて悪戯に大技を連発し、激しい試合自慢をしているようだが、もう、そろそろ体ではなく頭を使い出す時期である。
そういう中で永田裕志がプロレス頭と経験を生かした見ごたえのある王座防衛戦を続出している。
しかも、それぞれ色の違う佳作である。
永田裕志の防衛戦は最近のプロレス界では珍しく、少しだけ売り手市場になりつつある。
ということはファンとの関係において、永田は珍しく優位性を保っている男なのである。
この優位性を生かし、永田には激しいだけのベストバウトではなく、どんどん佳作を創り上げていって欲しい、ファンを育てていって欲しいと私は思っている。
2007/08/15掲載
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前田日明の「真剣勝負」
プロレスのセメント試合とは喧嘩である。
しかし観客という衆人監視のもとリングという安全地帯で行われる喧嘩でもある。
あの小川対橋本、アンドレ対前田にしても、いざとなれば第三者の乱入や、レフリー暴行等によって、どちらかが試合をストップさせる事は容易である。
まして観客の前で殺し合いを行う事は有り得ない。
ということは、誰もいない場所で中高生のやんちゃな男たちが繰り広げる決闘よりもよっぽど安全で中途半端なものではないかというのが私の考えで有る。
私も若い頃は人並みに喧嘩に対峙した事は幾度か有る。
しかし、自分が競技スポーツの格闘技をやってみて、所詮、喧嘩程度のものとは比べ物にならない恐怖感、圧迫感、疲労感を競技の場で感じる事に成る。
競技化された格闘技程、攻めない人間へのペナルティは強い。
警告ルールのもと、常に動く事を要求される。
相手への恐怖の他に、自分の心臓、筋力がこれ以上、動けない段階においても、まだ攻めなければいけないのである。
前田がカレリンと闘った。
まず私が前田に感謝したいのは、カレリンにプロレスをさせなかった事である。
それでも試合の様相が競技であったかというと私は?である。
カレリンにはルールも手探りでアトラクション的に試合を行っている余裕がさんざん感じられたからである。
対照的に、体調を整え、カレリンに向かって行った前田の必死さは事実であり、その事を批判している訳ではない。
ただし、プロレスファン、前田ファンには声を大にして伝えたい事は有る。
もしカレリン戦で闘ったような前田の闘い方を、たとえば少年レスリングの選手たちが行ったとすればコーチに大目玉を喰らうであろう。
相手が強いのは仕方ない。
しかし明らかにカレリンの圧力に腰が引け、自分からは攻めず、スパーリンクでばてた素人を翻弄するような試合をカレリンにされた前田は、心身ともに競技者としての格闘家のレベルになっていないのだ。
あの試合、等身大の姿でカレリンに立ち向かう前田は不思議な魅力を醸し出してもいた。
しかし立ち向かうのと、競技者としての最低限の意識、粘りを持って闘うのとは大きく違うのである。
かつて高田が総合格闘技に出ていた時も同じである。
スクワットを殆どの格闘家が嫌気がさす回数こなしてきた高田が、主体性を無くし、びくついた顔で、高速タップを繰り返し、あれだけ粘りの無い負け方を続けた。
根性云々ではない。競技をしてこなかったために競技を行う心構えも粘りも知らないのである。
競技とは最低限の意識や経験無くして、競技中の精神的・肉体的負荷に耐えられるものでは無いのだ。
(そういう意味でほとんと経験を持たずドン・フライ相手にあれだけの粘りの有る闘う姿勢を見せてくれた高山は驚いてしまうが…)
それでも高田にしろ、金子賢にしろ、試合前の圧迫感、孤独と振り向き合い、リングに立った競技者である。
前田に金子賢を批判する資格等あるのか?
私は前田日明の歩んで来た世界に憧れて来た人間である。
今の日本の格闘技マーケットの開拓者、功労者として、前田は尊敬されるべき人物である。
しかし、かといって自身が闘って来たセメント試合、あるいはカレリン戦を持ち出し、競技としての総合格闘技に対してご意見番を気取るならば、私は断じて違うと言いたい。
前田日明とは競技としての真剣勝負等一度もしていないと私は思っている。
それでも前田がこれほど多くの人間に支持されるのは、前田の人生そのものが真剣勝負であり、たかが競技の中だけで闘って来たものたちが及ばない人間力とスケールを持つ男である事を皆、知っているからである。
そんな男に「言うだけ番長」は似合わないのだ。
2007/08/14掲載
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しかし観客という衆人監視のもとリングという安全地帯で行われる喧嘩でもある。
あの小川対橋本、アンドレ対前田にしても、いざとなれば第三者の乱入や、レフリー暴行等によって、どちらかが試合をストップさせる事は容易である。
まして観客の前で殺し合いを行う事は有り得ない。
ということは、誰もいない場所で中高生のやんちゃな男たちが繰り広げる決闘よりもよっぽど安全で中途半端なものではないかというのが私の考えで有る。
私も若い頃は人並みに喧嘩に対峙した事は幾度か有る。
しかし、自分が競技スポーツの格闘技をやってみて、所詮、喧嘩程度のものとは比べ物にならない恐怖感、圧迫感、疲労感を競技の場で感じる事に成る。
競技化された格闘技程、攻めない人間へのペナルティは強い。
警告ルールのもと、常に動く事を要求される。
相手への恐怖の他に、自分の心臓、筋力がこれ以上、動けない段階においても、まだ攻めなければいけないのである。
前田がカレリンと闘った。
まず私が前田に感謝したいのは、カレリンにプロレスをさせなかった事である。
それでも試合の様相が競技であったかというと私は?である。
カレリンにはルールも手探りでアトラクション的に試合を行っている余裕がさんざん感じられたからである。
対照的に、体調を整え、カレリンに向かって行った前田の必死さは事実であり、その事を批判している訳ではない。
ただし、プロレスファン、前田ファンには声を大にして伝えたい事は有る。
もしカレリン戦で闘ったような前田の闘い方を、たとえば少年レスリングの選手たちが行ったとすればコーチに大目玉を喰らうであろう。
相手が強いのは仕方ない。
しかし明らかにカレリンの圧力に腰が引け、自分からは攻めず、スパーリンクでばてた素人を翻弄するような試合をカレリンにされた前田は、心身ともに競技者としての格闘家のレベルになっていないのだ。
あの試合、等身大の姿でカレリンに立ち向かう前田は不思議な魅力を醸し出してもいた。
しかし立ち向かうのと、競技者としての最低限の意識、粘りを持って闘うのとは大きく違うのである。
かつて高田が総合格闘技に出ていた時も同じである。
スクワットを殆どの格闘家が嫌気がさす回数こなしてきた高田が、主体性を無くし、びくついた顔で、高速タップを繰り返し、あれだけ粘りの無い負け方を続けた。
根性云々ではない。競技をしてこなかったために競技を行う心構えも粘りも知らないのである。
競技とは最低限の意識や経験無くして、競技中の精神的・肉体的負荷に耐えられるものでは無いのだ。
(そういう意味でほとんと経験を持たずドン・フライ相手にあれだけの粘りの有る闘う姿勢を見せてくれた高山は驚いてしまうが…)
それでも高田にしろ、金子賢にしろ、試合前の圧迫感、孤独と振り向き合い、リングに立った競技者である。
前田に金子賢を批判する資格等あるのか?
私は前田日明の歩んで来た世界に憧れて来た人間である。
今の日本の格闘技マーケットの開拓者、功労者として、前田は尊敬されるべき人物である。
しかし、かといって自身が闘って来たセメント試合、あるいはカレリン戦を持ち出し、競技としての総合格闘技に対してご意見番を気取るならば、私は断じて違うと言いたい。
前田日明とは競技としての真剣勝負等一度もしていないと私は思っている。
それでも前田がこれほど多くの人間に支持されるのは、前田の人生そのものが真剣勝負であり、たかが競技の中だけで闘って来たものたちが及ばない人間力とスケールを持つ男である事を皆、知っているからである。
そんな男に「言うだけ番長」は似合わないのだ。
2007/08/14掲載
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brother“YASSHI”の挑戦
brother“YASSHI”が総合格闘技に進出し砕け散ったという事だ。
私は実はbrother“YASSHI”といってもほとんど知らない。
普段の“YASSHI”が私の興味のプロレスジャンルとは別のジャンルで活躍しているので、立ち読みする雑誌のグラビアで見かける風貌を何となく覚えている程度である。
幼少時からキャリアを積む選手も多い中、高校三年間程度のレスリングキャリアだけを
武器に無謀ともいえる挑戦を果たした“YASSHI”であったが、プロレスラーとして
築き上げて来たイメージに傷がついたとも言える。
しかし、月日が経てば、その傷は必ず“YASSHI”のプロレスキャリアに重みと光を持たらしてくれるはずである。
私的な考えだが、闘いに行かないレスラーはその時点で不戦敗である。
闘いのマットに上がった以上、出ない選手よりは勝利に近い男だ。
もう一度闘う事も、闘わない事も、悔しさを経て、ゆっくり考えれば良い。
私の知らない若いプロレスラーの中にも闘いにこだわる選手がいてくれる事は嬉しいものである。
2007/08/12掲載
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私は実はbrother“YASSHI”といってもほとんど知らない。
普段の“YASSHI”が私の興味のプロレスジャンルとは別のジャンルで活躍しているので、立ち読みする雑誌のグラビアで見かける風貌を何となく覚えている程度である。
幼少時からキャリアを積む選手も多い中、高校三年間程度のレスリングキャリアだけを
武器に無謀ともいえる挑戦を果たした“YASSHI”であったが、プロレスラーとして
築き上げて来たイメージに傷がついたとも言える。
しかし、月日が経てば、その傷は必ず“YASSHI”のプロレスキャリアに重みと光を持たらしてくれるはずである。
私的な考えだが、闘いに行かないレスラーはその時点で不戦敗である。
闘いのマットに上がった以上、出ない選手よりは勝利に近い男だ。
もう一度闘う事も、闘わない事も、悔しさを経て、ゆっくり考えれば良い。
私の知らない若いプロレスラーの中にも闘いにこだわる選手がいてくれる事は嬉しいものである。
2007/08/12掲載
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秋山と沈むHERO`S 補足/前田に対する怒り
私は前田日明を自分の兄のように想いながら過ごして来た時期が有る。
自分の感受性のセンサーがあり、感情の琴線が有る。
それが前田日明と同じような事に惹かれ、同じような事で怒り悲しむ時、
自分に流れる前田と同じ血を強く感じてしまう。
日本にもソース顔、醤油顔があるように韓国にも垂れ目と切れ長の目の二つの顔のタイプが有る。
私の父を筆頭に、前田、長州と垂れ目の顔をした親戚が多い自分は前田が他人とは思えなかった。
属性というものがある。
多くの同胞が自分は在日だ、韓国人だと、強く連帯し、強く意識する中で、
前田は元々、同じ血の多い長屋で過ごさなかったせいか、帰化した為か、
在日と言うコミニュティに属さない、かといって純日本人でもない、韓国人でもない、普段の在日の1.5倍の属性の悩みを抱えて来た人間である。
私は前田のこの気持ちがもの凄くわかる。
私自身、子供の頃、同胞の集まりの長屋を離れ、
一般の日本人の中で過ごすようになり、帰化し、
以後、自分の属性が、韓国か、日本か、民団に代表される在日社会か、
三つのどちらでもなくなった経験を持つからだ。
長州力が著書の中で、この属性の悩みについて記した事が有る。
日本で生まれ育ち、韓国の五輪代表になったとき、自分が日本人でもなく、韓国人でもない事を悟った。
しかし、大学の先輩の日本人選手が金メダルを取り、その姿に長州が涙した時、長州力の属性は韓国人でも、日本人でも、在日でもなく、レスリング選手である事が第一となったのであろう。
私事ながら、私の属性も第一にレスリング競技に没頭し大人になったレスラーである事であり、プロレスを観て育ったプロレスファンである事であり、韓国人、日本人である事など二の次である。
五輪となれば誰よりも日本のレスリング代表を応援し、総合格闘技戦では誰よりもプロレスラーを応援し、レスリング出身のプロレスラーとなれば最高である。
しかし、父や前田、長州に対する想いや憧れは自分の血に従っているゆえだとも気付いてはいる。
属性とはそういうものではないかと思う。
HERO`Sで同じ在日で同じ帰化した人間である秋山と出会った。
その秋山が四面楚歌となっている。
ならば自分が同胞として助けたい。それが心情なのは分かる。
私は秋山が好きではないが、それでも、相手の愚に身を落とす如く、秋山の愚かさに身を落とし、秋山と関係の無い民族批判を繰り返す人間たちが腹立たしい。
そういう中、秋山を守ろうとする前田の義憤の念、男気、心情は本当に良く分かる。
けれど、今、前田はそれらの感情の前に自らを見失ってしまっている。
秋山がファンに嫌われているのは、秋山の国籍うんぬんではなく、秋山がファンの為でなく、自分の為に闘って来た事、
自分の名誉欲の為だけに闘って来た事を皆知っているからだ。
それらが醸し出す嫌みな雰囲気は、ヒールとして価値あるものだとしても、
もうファンは秋山にリングに上がって欲しくない痛切な気持ちをどうして、
前田は分からないのか?
私は同胞として前田が残念でならない。
私たちが教え込まれた儒教的価値観、道徳感を全く持たないK1そして秋山の思惑に、私の大好きな前田日明がその純粋さ故、正義感の矛先をコントロールされていってしまっている気がしてならない。
2007/007/03掲載
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自分の感受性のセンサーがあり、感情の琴線が有る。
それが前田日明と同じような事に惹かれ、同じような事で怒り悲しむ時、
自分に流れる前田と同じ血を強く感じてしまう。
日本にもソース顔、醤油顔があるように韓国にも垂れ目と切れ長の目の二つの顔のタイプが有る。
私の父を筆頭に、前田、長州と垂れ目の顔をした親戚が多い自分は前田が他人とは思えなかった。
属性というものがある。
多くの同胞が自分は在日だ、韓国人だと、強く連帯し、強く意識する中で、
前田は元々、同じ血の多い長屋で過ごさなかったせいか、帰化した為か、
在日と言うコミニュティに属さない、かといって純日本人でもない、韓国人でもない、普段の在日の1.5倍の属性の悩みを抱えて来た人間である。
私は前田のこの気持ちがもの凄くわかる。
私自身、子供の頃、同胞の集まりの長屋を離れ、
一般の日本人の中で過ごすようになり、帰化し、
以後、自分の属性が、韓国か、日本か、民団に代表される在日社会か、
三つのどちらでもなくなった経験を持つからだ。
長州力が著書の中で、この属性の悩みについて記した事が有る。
日本で生まれ育ち、韓国の五輪代表になったとき、自分が日本人でもなく、韓国人でもない事を悟った。
しかし、大学の先輩の日本人選手が金メダルを取り、その姿に長州が涙した時、長州力の属性は韓国人でも、日本人でも、在日でもなく、レスリング選手である事が第一となったのであろう。
私事ながら、私の属性も第一にレスリング競技に没頭し大人になったレスラーである事であり、プロレスを観て育ったプロレスファンである事であり、韓国人、日本人である事など二の次である。
五輪となれば誰よりも日本のレスリング代表を応援し、総合格闘技戦では誰よりもプロレスラーを応援し、レスリング出身のプロレスラーとなれば最高である。
しかし、父や前田、長州に対する想いや憧れは自分の血に従っているゆえだとも気付いてはいる。
属性とはそういうものではないかと思う。
HERO`Sで同じ在日で同じ帰化した人間である秋山と出会った。
その秋山が四面楚歌となっている。
ならば自分が同胞として助けたい。それが心情なのは分かる。
私は秋山が好きではないが、それでも、相手の愚に身を落とす如く、秋山の愚かさに身を落とし、秋山と関係の無い民族批判を繰り返す人間たちが腹立たしい。
そういう中、秋山を守ろうとする前田の義憤の念、男気、心情は本当に良く分かる。
けれど、今、前田はそれらの感情の前に自らを見失ってしまっている。
秋山がファンに嫌われているのは、秋山の国籍うんぬんではなく、秋山がファンの為でなく、自分の為に闘って来た事、
自分の名誉欲の為だけに闘って来た事を皆知っているからだ。
それらが醸し出す嫌みな雰囲気は、ヒールとして価値あるものだとしても、
もうファンは秋山にリングに上がって欲しくない痛切な気持ちをどうして、
前田は分からないのか?
私は同胞として前田が残念でならない。
私たちが教え込まれた儒教的価値観、道徳感を全く持たないK1そして秋山の思惑に、私の大好きな前田日明がその純粋さ故、正義感の矛先をコントロールされていってしまっている気がしてならない。
2007/007/03掲載
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田村潔司HERO'S参戦/極私的雑文「絶対に勝て」
田村潔司の「HERO'S」参戦が決定した。
しかも相手は金泰泳である。
谷川プロデューサーが又も白熱するライトヘビー戦線にかこつけて秋山の参戦をほのめかすのはいただけないが、唯一つ、谷川プロデューサーに共感すべきは昭和のプロレス心を知っている事である。
もっともモンスター対決や、ビッグネーム対決といった意味でなく、
決闘ムードを醸し出す昭和の緊張感溢れるプロレス頭を潜在的にでも分かっているであろうという点で有る。
柴田勝頼の参戦と共に今回のHERO'Sへのかつての昭和プロレスファンの注目は大きいのではなかろうか。
金泰泳の実家の焼き肉屋は私が生まれ育った街と車で数分の距離であり、
私はかつてK1の中量級で鳴らした金を同郷、そして同胞として親近感を持って見つめていた。
K1への興味も知識も無かった私であったが、金がK1黎明期活躍する格闘技雑誌を読み刺激と感動を頂いた事をよく覚えている。
私が昨年まで4年近く働いていた会社は天満に有った。
環状線の駅からほど近い正道会館総本部の付近では、グッドリッジ、トム・エリクソン、武蔵と多くの有名選手を見かけたが、同胞の「キム・テヨン」を見かけた時は私はやはり同じ血を持つヒーローへの憧憬を感じてしまった。
その金が復帰し、総合格闘技に参戦した。
秋山との対戦こそ不透明な決着であったが、石沢との闘いで、涼しい顔をして完勝した金を観たとき、私はこれまでとは違う感情を抱いた。
所詮、民族の血等「受け身的なアイデンティティ」でしかない。
私は受け身的な属性でなく、思春期に能動的に汗を流し築き上げた自分の「アマレスラー」としての属性を強く感じ、レスリング出身の英雄・石沢の敗戦を悔しく思った。
今回、田村が金と闘う。こちらでも又、民族の血よりも「ブロレスファン」としての属性が上回ってしまう。
やれ韓国人、朝鮮人はどうのと日本人は同胞意識が強いように騒ぎ立てるが、
我々が「自分が何者であるか」幼き頃から考えざるを得なかった人間たちの属性とは
単純なものではないのだ。
前田日明はかつてケンドーナガサキ、高田が総合格闘技初戦で敗れたとき、四面楚歌の彼らを庇った経験が有る。
誰も口にしない小林邦明への情を佐山との対談で述べた事も有る。
私は、それらの前田の心情と今回の秋山への擁護の基本的な部分は変わっていないと思っている。
僭越ながら、困っていたり、四面楚歌だったりの人間を守りたくなる韓国人の血の性質そのものだと思うからだ。
しかし、今回の秋山の件に関しては、それにプラス、やはり同胞意識が強く重なっていると思っているからこそ私は残念だと思っている。
私は同胞として前田の心情か理解出来る反面、今の所、前田に対して
民族の属性よりも、何故、自らが闘い創り上げて来たプロレスラーとしての属性、UWFとしての属性が勝らなかったのかが悔しい。
それは多くのファンが感じた事ではないだろうか。
前田の話は余談であったが、私は何としても田村に勝ってもらいたい。
金は秋山と違い私にとって誇るべき同胞である。
それでも私はプロレスラーに憧れレスリングに熱中した事を自分のアイデンティティ、
属性としている以上、田村を応援せざるを得ない。
極私的な願望であるが、田村潔司よ、絶対に勝って欲しい。
2007/07/10掲載
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しかも相手は金泰泳である。
谷川プロデューサーが又も白熱するライトヘビー戦線にかこつけて秋山の参戦をほのめかすのはいただけないが、唯一つ、谷川プロデューサーに共感すべきは昭和のプロレス心を知っている事である。
もっともモンスター対決や、ビッグネーム対決といった意味でなく、
決闘ムードを醸し出す昭和の緊張感溢れるプロレス頭を潜在的にでも分かっているであろうという点で有る。
柴田勝頼の参戦と共に今回のHERO'Sへのかつての昭和プロレスファンの注目は大きいのではなかろうか。
金泰泳の実家の焼き肉屋は私が生まれ育った街と車で数分の距離であり、
私はかつてK1の中量級で鳴らした金を同郷、そして同胞として親近感を持って見つめていた。
K1への興味も知識も無かった私であったが、金がK1黎明期活躍する格闘技雑誌を読み刺激と感動を頂いた事をよく覚えている。
私が昨年まで4年近く働いていた会社は天満に有った。
環状線の駅からほど近い正道会館総本部の付近では、グッドリッジ、トム・エリクソン、武蔵と多くの有名選手を見かけたが、同胞の「キム・テヨン」を見かけた時は私はやはり同じ血を持つヒーローへの憧憬を感じてしまった。
その金が復帰し、総合格闘技に参戦した。
秋山との対戦こそ不透明な決着であったが、石沢との闘いで、涼しい顔をして完勝した金を観たとき、私はこれまでとは違う感情を抱いた。
所詮、民族の血等「受け身的なアイデンティティ」でしかない。
私は受け身的な属性でなく、思春期に能動的に汗を流し築き上げた自分の「アマレスラー」としての属性を強く感じ、レスリング出身の英雄・石沢の敗戦を悔しく思った。
今回、田村が金と闘う。こちらでも又、民族の血よりも「ブロレスファン」としての属性が上回ってしまう。
やれ韓国人、朝鮮人はどうのと日本人は同胞意識が強いように騒ぎ立てるが、
我々が「自分が何者であるか」幼き頃から考えざるを得なかった人間たちの属性とは
単純なものではないのだ。
前田日明はかつてケンドーナガサキ、高田が総合格闘技初戦で敗れたとき、四面楚歌の彼らを庇った経験が有る。
誰も口にしない小林邦明への情を佐山との対談で述べた事も有る。
私は、それらの前田の心情と今回の秋山への擁護の基本的な部分は変わっていないと思っている。
僭越ながら、困っていたり、四面楚歌だったりの人間を守りたくなる韓国人の血の性質そのものだと思うからだ。
しかし、今回の秋山の件に関しては、それにプラス、やはり同胞意識が強く重なっていると思っているからこそ私は残念だと思っている。
私は同胞として前田の心情か理解出来る反面、今の所、前田に対して
民族の属性よりも、何故、自らが闘い創り上げて来たプロレスラーとしての属性、UWFとしての属性が勝らなかったのかが悔しい。
それは多くのファンが感じた事ではないだろうか。
前田の話は余談であったが、私は何としても田村に勝ってもらいたい。
金は秋山と違い私にとって誇るべき同胞である。
それでも私はプロレスラーに憧れレスリングに熱中した事を自分のアイデンティティ、
属性としている以上、田村を応援せざるを得ない。
極私的な願望であるが、田村潔司よ、絶対に勝って欲しい。
2007/07/10掲載
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