2007年10月05日

朗報・ゴング誌復活!

今日、会社帰りの地下鉄谷町線で眺めた大阪スポーツのゴング復活の記事を
読み嬉しく思った。
しかも週刊でなく月刊であるという。
本来プロレス雑誌など月刊で充分である。
当然、出版社も誌名も異なるが、週刊ゴングのスタッフと同じメンバーでの雑誌との事である。

私が子供の頃、月の中旬と末のゴングの発売日ほど楽しみにしていた日はなかった。
本誌ゴングと別冊ゴングそれぞれを一文字一文字悔いいるように眺めた。
おかげで私は興味の無かったボクシング欄のランキングと共に小学校五年にしてアメリカの地図と州都まで記憶してしまった。
情報や活字に植える事の無い今のファンならば月二回だけのゴングの発売日がいかに当時のプロレスファンの飢えを満たしてくれる貴重な時であったか想像出来るだろうか。
ゴングが週刊になり私は私は立ち読みで済ませるようになった。
一週間を追い掛ける殺那的な消費雑誌の作りがゴングの本来持っていた丁寧さを消し去ってしまったように思えた。

新しいゴングの編集長を務めるあの清水勉氏が掲げるのはスローライフ雑誌という事で
あるが、私はあの牧歌的で平和な時代だった月刊と別冊のゴングの時代への回帰が味わえるのかと楽しみにしている。


2007/07/11掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:29| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前田日明と李白の詩/2

私が小学校1年になると、夜の自宅に両親がいる事は無かった。
それでも長屋の棟には温もりが有り、自宅の開き戸の向こうから聞こえる
酔うた人たちの声々 に心が落ち着き孤独を意識する事は無かった。

そんな中で一人テレビのアントニオ猪木のプロレスを観た。
大観衆の視線を一人占めにして自己を顕示するアントニオ猪木を観ながら、
自己を顕示する場が酒の場しかない引き戸の向こうの酔うた人たちの声々 を子供心に哀れんだ。

私の父は酔うて自己を顕示する事は無かった。
しらふの時が自己顕示欲の塊であったために、酒を借りて自己を顕示する必要も無かったのだ。
豪快に大酒を煽りながらも、険しい顔の眉間の皺が取れ、肩の力の抜けた父の姿が見られる酒の席に付き添う時間は私の好きな時間であった。

私の父が酔うて無くすのは理性ではなかった。
私の父は感情を無くす為に酔うていた。
酔いで感情を消し去り、無情になる事で、人を認められる。
無情になる事で人に優しく出来る。

酒の席での一番の「あて」は「孤独」である。
孤独と共に飲み干す酒の味は格別である。
他者と酒を汲み合わすときは酔いに任せて共感の材料を探し出す。
酔いが自分の感情を消し去ってくれる。
無情になる事で他者との違いを認められる。
他者と違う絶対的な孤独を肯定出来る。


ならず者の父であったが無学だったゆえか、よく私に本をプレゼントしてくれた。
父は李白の詩を愛していた。

中学校一年の私にくれた李白の詩集等何の意味があるのかと思ったが、
大人になり血を受け継ぎ酔うた後父の孤独を少し理解できたように感じた。

前田日明が李白の世界観を語ってくれたのは父が私に李白の詩集を渡してくれてから
18年後の事であった。

2007/07/12掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:27| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アントニオ猪木と前田日明の魅力

アントニオ猪木はプロレスは上手くないと思っている。
立場、スター性なとで華やかなショーマン振りを見せつけてきたものの、何の装飾も無い試合で名勝負を創り上げられる職人的な上手さ等無かった。
前田日明も同様である。

彼らのショーマンとしての魅力とはプロレスのうまさとは対極のところにあったからだ。
強さや闘う姿勢、緊張感、リアルな人間的魅力が重なり、独特の色気を醸し出していた事は周知の事実で有る。

しかし、もう一つ忘れては成らないのが、彼らの運動能力や弱々しさではないだろうか?
猪木と前田のドタバタしたマットワークぶりを見るにつけ、彼らの不器用振りがよく垣間みれた。
同時に、受けに廻った時の弱々しい倒れ方も特徴あるものであった。

人間はただ強いだけの選手には感情移入出来ないものである。
強さや闘う気持ちを持っていたからこそファンのリスペクトを得られ、肉体的な見栄え、
スター性でファンの憧れを得て、同時に不器用さ、弱々しさでファンの情を得た。

猪木と前田の魅力に対して、ふと、そう思う時が有る。

2007/08/25掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:21| 私的・猪木ゲノムの正体を探れ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロレスという偽の闘い

私は以前、プロレスは偽の闘いであると書いた。
偽すなわち人の為に、闘うから、偽の闘いなので有る。
リアルファイトを闘える人間たちが、自分たちの承認欲、名誉欲のためでなく、ファンの為に闘うスポーツがプロレスである。
もう少しファンも業界も誇りを持ち胸を張れるものが、プロレスの本質には有るのだ。
にも関わらず、誰に、何を遠慮しているのか分からないが、プロレスはプロレスの名の下、強さの世界との区切りを明確にしだした。
結果広まったのが強さとは無関係のバラエティー色豊かな現在のプロレスの姿で有る。

私が子供の頃、「こんなに鍛えてる人間たちが真剣にやりあったら死んでしまう。だから
八百長だ」としたり顔で話す大人たちは多かった。
プロレスは八百長であると確信しながらも、しかし、体を鍛えているレスラーたちへの畏怖の念を潜在的に持つ言葉であった。

その肉体への畏怖の念は当然強さにも繋がってくる。

プロレスの本質の意外な深さが、今程無かった時代でさえ、プロレスラーの強さは八百長であろうがなかろうが、世間には認知されていたのである。

しかし、今のプロレスは世間にどう思われているだろうか?
細身の軽業師のような連中が繰り広げるアクロバットショーか、変わった格好の連中が、リングの上で面白い事をするバラエティであろうか?

何故強さにこだわらないのか?強さにこだわる事が恥ずかしくなったのであろうか?
格闘技側への配慮等する必要も無いし、卑屈になる必要も無い。

アントニオ猪木のIGFには昔のプロレスとファンがこだわった闘いへの追求が有るのは
周知の事実である。
アントニオ猪木がこだわる根底の強さをはっきりと持つ選手たちである。
しかし、格闘技から転出してきた選手の中には、自らの闘争心を下げる事がプロレスでの仕事だと思っている連中もいるだろう。
空っぽの闘争心で闘いを演じようとするのだ。
当然、格闘技並みの闘争心を発散すればプロレスではなくなる。
しかし、常に、その闘争心を発散するギリギリまで気持ちの中で維持し続けて欲しい。
その心の中の「溜め」は必ず試合に緊張感を生み出す。
格闘技には闘う気持ちを溜める余裕や時間など無い。
しかし、プロレスは闘う気持ちを放出せずとも、溜めたまますなわち内に秘めたまま闘うことが出来るのだ。
その溜めが色気と殺気になる。
そこを上手く理解できればアントニオ猪木や前田日明のような雰囲気を漂わせることが出来るはずである。

自分の為か、人の為かの違いこそあれ、格闘技同様、プロレスも闘いであると信じている。

2007/08/24掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:18| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロレスの売れ線化/長州対藤波の原罪

私は長州対藤波戦をきっかけにプロレスが変わってしまったと思っている。
大衆を巻き込んでブームを築き上げた新日本プロレスの黄金時代は長州対藤波のハイスパートレスリングなくして有り得なかった。

プロレスに対して優位性を持つ一般のファンに対して、プロレス界伝統の序盤の静かな攻防が許されるはずも無い。
タイガーマスクの空中戦、国際プロレス軍団の悪役振りとともに一般ファンに分かりやすい三本の柱が揃ったとき、視聴率20パーセントが続く空前のプロレスブームが沸き起こった。

長州対藤波の試合は禁断の果実であった。
全編ハイライトシーンだらけ、全曲サビだらけの商業性まるだしのハイスパートレスリングを見せつけた時点で、もうプロレスに先は無かったのである。
そこに飽きたファンは去り、そこで残ったファンも、もはや60分フルタイムを味わったり凡戦を納得する耐性など持ってはいないのである。

しかし、ハイスパートだけが長州対藤波の原罪だと唱える人たちが多いが、それだけであろうか?
私はハイスパートではなく、全日本プロレスの如く、手の合う選手同士の試合を新日本が行った事こそ原罪であると思っている。

新日本の魅力とは、プロレスの方程式も、打ち合わせも、簡素化したギクシャク、ドタバタした世界であったはずである。

新日本プロレスとは、アントニオ猪木の全試合の9割を占める凡戦試合、呆気ない試合に耐性を持つ堅い固定ファンの見守る場所であった。
そのファンの核が長州対藤波以後の手の合う選手同士の名勝負志向によってゆらぎ、そして、ハイスパートレスリングや空中戦によって耐性の無いファンたちを創り上げてしまったのである。

アントニオ猪木のプロレスに上手い下手も名勝負も凡戦も無い。
それは新日本時代の前田日明に対してもいえる事であったが、ファンは試合でなく、猪木の、そして前田の表情を、動作を、振る舞いを見ていたのである。

プロレスの上手い下手、あるいはセメントの強さ弱さだけに目が行き、スター性を持った人間の醸し出す色気、立ち振る舞いを求めるファンがいなくなった現在、ますますプロレス界はオタク臭溢れるプロレス的名勝負だけを求める世界になってしまったのだ。

2007/08/20掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:16| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アントニオ猪木のドタバタした世界

アントニオ猪木のドタバタした世界

私はアントニオ猪木の試合として、昭和五十一年から昭和五十四年にかけての試合ほどスリリングで余韻の残る試合はなかったと思っている。
タイガージェットシン以降これといったライバルのいない猪木のライバルの座を狙って次から次へとアントニオ猪木に対して強豪が襲い掛かって行く。
しかし、ビリー・グラハム、ボブ・ループ、レロイ・ブラウン、ケン・パテラ、ジェシー・ベンチュラ…結果として誰ひとりとして猪木のライバル足り得なかった。
皆が役不足なのではない。
猪木が下手なのだ。
なんとか猪木を引き立たせようとする外国人選手たちの気遣いをよそに、試合の要所要所でミスを繰り返すのは猪木の方である。
アントニオ猪木とは、ほうきを相手にしても試合を成立させられる名人であるが、相手が少しでも動くほうきならば、名勝負等創り上げられないレスラーでもあるのだ。

全日本プロレスのマットワークとは比較に成らない技術で、念密な打ち合わせも無く、
流れるような技術の攻防など見せられる訳は無いのだ。

結局、アントニオ猪木の試合とは、数年に何回かの名勝負を除いて、そういうドタバタ感に溢れたお世辞でも名勝負足り得ない試合が多かったものだ。

やがて手の合う日本人対決主流に成り、長州力、マサ斎藤といった気心の知れた連中と時に流れるような攻防を見せてくれる事も有った。
しかし、そこにはアナログ感も、余韻も無かった。

アントニオ猪木の試合とは計算され尽くした試合とは対極のアナログのドタバタ試合であった。
しかし、そこに多くの猪木ファンは魅せられて来たのではなかろうか?

前回、IGFの試合の多くでアントニオ猪木の試合を見るかのような懐かしいドタバタした試合を多く見る事が出来た。
どうせ次回もプロレスの下手な選手たちのドタバタした試合になるであろう。
ならば、アントニオ猪木のように、試合の中、我を、我をの、自己主張を掲げてもらいたいものだ

2007/08/19掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:14| 私的・猪木ゲノムの正体を探れ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私的・リングスという世界

UWFが解散し、前田がリングスを旗揚げした。
私はWOWOWに加入していた友人に頼み、毎月、リングス中継のビデオを見る事が出来た。
当初、ほとんどオランダ勢ばかりの試合が続いていたが、しだいに前田のスケールに追いつくように世界各国からの格闘家たちが集結しだした。
エポックメイキングとなった大会が有明コロシアムで行われた。
正道会館勢やロシア勢が参加した事で一気にリングスが世界各国の格闘展示場の場所となったのである。
その中でも、レスリングに熱中していた私が興奮したのが、木村浩一郎と対戦したロシアのレスリングの強者グロム・ザザであった。
木村の首をネルソンで強烈に絞り上げるリアルなシーンからは、リングスがUWFとは別物のリアルな場所になっていく予感を感じた。
しかし、実際にリアルな場所と成ったのはまだ数年の月日が必要であったが。

無機的で洗練されたイベントの雰囲気の中、淡々としたアマチュア臭が漂いながらも、風貌、ファイトスタイルともに個性のはっきりした選手たちが分かりやすく激しい闘いを繰り広げる。
プロレス団体には無い不思議な空間と世界に、私はリングスとはプロレス団体でも格闘技団体でもなく、リングスという一つのジャンルとして完成されていたのでは無かったかと思う。

私は以前の記事でも書いたが、プロレスや格闘技うんぬんではなく、WOWOWを観て、単純にリングスのファンになった人間は意外に多いものである。
UWFがプロレスファンを相手に格闘技の素養を施そうとした団体とするならば、リングスはプロレスを観ず直接リングスのファンとなった人間たちに格闘技の素養を植え付けた団体であったと思っている。

一つだけ気になる事が有る。
総合格闘技の著しい流れなどが無くても、前田がKOKルールに代表されるリアルな闘いをリングスで行う気があったのかという事だ。
多くのプロレスファン、リングスファンに、格闘技を観る素養を植え付けてくれた前田であったが、自身の言葉とは裏腹に、世間の流れさえ無ければ、ひょっとして、あのまま、幻想の中での格闘展示場のような世界を続けたかったのではないかという気もする。

私にとってリングスの世界を観られた平和な時代は、ブラジル勢の参戦、KOKトーナメントにより終わりを告げる。
皮肉にもリングス黎明期の有明で見たグロムザザの試合で感じたリアルな世界への予感が現実のものと成って行ったが、そこで感じた興奮はPRIDEで感じた興奮と同質の世界であったからである。

2007/08/18掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:12| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

IGFに出陣/ドン・フライ

ドン・フライは名門オクラホマ州立大学のレスリング部出身である。
しかし、学生時代に個人タイトルをつかんだ名選手ではなかった。
そんなフライがUFCに出現し、アマウリ・ビテッチを圧倒した。
フライの特徴はスタンドで組んで相手のバランスを崩しながら打撃を打ち込む、レスリン
グ選手以外しか出来ない闘い方であった。
タックル一辺倒の攻撃を凌ぐだけで、レスリングは怖くないと思う格闘家が多くなった
今、かつてのフライのようなレスラーのスタンド能力、崩し能力を生かした攻撃を思いつ
く選手が現れてくれないかと思う。
フライの弱点はレスラーである。
かつてUFCにてコールマン相手に全く気持ちのこもらないまま成す術の無い醜態をさらし
無惨に敗れ去った事が有った。
中尾相手にもそうであった。
自らの武器が通用しない相手に対して最初から勝負を投げている感は有る。
それでも、レスラー以外の相手に対してはもの凄いアグレッシブな姿勢を崩す事は無い。

フライの肉体よりも、むしろ精神的な部分がリアルの闘いの場でのモチベーションを維持す
る事を難しくさせているとも思える。
そんなフライを、かつてのビッグネームだけを利用するように担ぎ出す格闘技団体は多いが、
いよいよプロレスに戻りIGFに出陣する。

気難しく不機嫌な表情でラフな攻めを見せるフライを見ていると、かつて70年代に多かった
無表情のアメリカのヒールを思い出してしまう。

2007/08/18掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:08| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前田日明と新日本プロレスそして船木

私はひょっとして前田日明の属性とは新日本プロレスにあるのでは無いかと考える時がある。
喧嘩別れしたものの、自身が初めて属した集団「新日本プロレス」での若手時代を語る時の前田は実に嬉しく楽しそうでも有る。

私は桜庭和志が顔面をボコボコにされた姿を見て、前田なら、UWFの属性に従って遠い親戚桜庭和志を誰よりもフォローするものだと思っていた。
しかし前田にとって所詮、UWFとは挫折の場所でしかない。

前田日明が自らの経験を許せる幸福な場所とは新日本プロレスの道場でしかなかったのではないかと思う時が有る。

自分が悪口を言っても他人が猪木の悪口を言うのは許せない。
唯一のリアルファイトといわれたカレリン戦の前には心の支えをU時代の関節技でなく若手時代に培った新日本道場での受け身の技術に求めた。
大病を患った小林邦明を心配し、絶縁中であっても船木の事を優しく語った。
ひょっとしてだが前田日明の何よりの属性とは
自身が青春期を費やした新日本プロレスにあるのでは無いかと思う時が有る。

なら船木がカムバックした時、その試合を熱く見つめるプロレスラーの味方、
前田日明を今度こそは観られるのではないかとふと思った。

2007/07/23掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:05| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キャッチレスリングの使い手待望論

ブロックレスナーは心拍数、筋持久力共にトップレベルの激しさを必要とする
レスリング競技でトップに立ったレスラーである。
体力的資質だけではなく、レスナーの武器はカレッジレスリングのスペシャリストであるということである。
カレッジレスリングの動きの源はイギリスで生まれたキャッチである。
キャッチから関節技を取りのぞいたレスリングといえば分かりやすいかも知れない。
グランドの攻防においてはUWFも真っ青の回転体の激しい動きである。
キャッチからカレッジスタイル(フォークスタイルともいわれる)が生まれ、フリースタイルに発展した。
ちなみにカレッジスタイルの名手ダニーホッジはフリースタイルの経験なくして五輪でのぶっつけ本番でいきなりメダルを取った猛者でもあった。

イギリスのプロのキャッチの使い手たちは、アマチュア選手たちを簡単に倒したというが五輪にも出れないアマチュア弱国のイギリスのレスリングレベルの中でキャッチの関節技以外の部分のレベル、すなわちスタンド、グランド、スピード面のレベルは停滞化してしまった。

逆にキャッチが母国イギリスでの競技人口、競技レベルとは桁が違うアメリカというフィールドに移り、高いレベルに昇華したものがアメリカのカレッジレスリングである。


アメリカのカレッジスタイルの動きを身につけ、スタンドからグランドまで一連の完璧な動きを用いてフィニッシュとしての関節技も身に付けている選手。そんな選手は皆無となってしまった。

レスナーに関しては今のところカレッジレスリングの技術ではなくスタンドの技術と己のパワーを総合の戦い方に生かしているだけであるし、
今後もキャッチに興味を持つ事などなく、オーソドックスなレスリング出身者の総合でのパターンを踏襲していくだけだろう。

総合にかぶれず、キャッチの動きだけで相手を制し関節技で止めを指せる選手、いってみればプロのキャッチの関節技術と、アマチュアのカレッジスタイルのスタンド、グランド、エスケープ技術、スピード、体力を併せ持った選手。
元々キャッチとはそういうものであったのに、今はレスリング技術を軽視した関節技だけがキャッチと思われている感がしてならない。

2007/07/24掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:03| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キャッチレスリングの使い手待望論2/キャッチレスラーへの夢

前回好評であったキャッチレスリングの使い手待望論の記事にもう少し具体性を加えて記してみたいと思っている。

多くのプロレスファンはかつてイギリスで生まれたキャッチがプロレスだけの原点だと思っている場合が多い。
実は現在のレスリングの五輪二大スタイルのうちフリースタイルもキャッチを源とする競技である。
(ちなみにグレコローマンスタイルはその名の通りギリシャ・ローマ時代の格闘術がフランスの騎士道精神に則って競技化されたといわれる説が濃厚である)

身体中どこを攻めても良い裸体の格闘競技の原点はまさしくキャッチであった。
裸体の格闘技者を道着や帯なくして転倒させ、そして屈服させるには高度なそれでいてスピードを伴った動きでなければ不可能である。
結果キャッチはレスリングのスタンド技術、コントロール技術を高めていった。
アメリカ大陸発見後、多くの移住者の手によってアメリカでキャッチはそのレベルを高めた。ただし違う形での発展であった。
すなわち安全性と競技性の為にキャッチの決め技である関節技を取り除いたのである。

しかし関節技を取り除いたレスリング=五輪レスリングという形でなく、
キャッチの回転体と目まぐるしく動くコントロール技術とグランド技術を真空バックにして残したものが今もアメリカで残るカレッジスタイル(フォークスタイル)なのである。

イギリスはどうであったか?キャッチレスリングの伝統を守りながら
自ずとフィニッシュとしての関節技だけを残したもののイギリスはキャッチの90パーセントの土台を占めるコントロール技術、グランド技術をアメリカに持っていかれフリースタイルレスリングの母国でありながら、空洞化を余儀なくされてしまった。
結果残ったのは高校生並みのスタンド・グランド・コントロールのレスリング技術だけしか持たないが決め技だけは持っている選手たちである。

皆さんは総合格闘技におけるU系の技術をどう思われるだろうか?
あるいは日本プロレス史上初めての競技試合といわれた藤原対石沢の試合をどう思われるであろうか?

藤原対石沢はまさしくイギリスキャッチ対アメリカキャッチの闘いであった。
決め技を持つものの、キャッチの決め技に至るまでのスタンド、グランド、コントロール技術を持たない藤原と、逆にスタンド、グランド、コントロール技術はキャッチを源流とするフリースタイルとして完璧なものをもっていたものの決め技を持たない石沢と、結果は不可解な結末を迎える事に成る。

二人の闘いに見られるように、キャッチとは極論すればスタンド、グランド、コントロール技術を持たないものの決め技だけは知っているU系選手たちと、キャッチ伝統のスタンド、グランド、コントロール技術を持つものの、決め技を持たない
フリースタイルレスリング出身選手たちとの二極化されてしまっているのが現状である。

総合格闘技黎明期、レスリング選手が総合マットを席巻した。
当時の総合の方程式に基づいて相手をコントロールしたのである。
しかし、もしアメリカの多くのレスリング出身選手たちが経験して来たカレッジスタイルの技術を駆使し相手の足も、バックも、容易に取った後に、決める関節技を持っていたら
総合格闘技の歴史はどうなっていのか?
レスリング出身選手たちは相手の足等簡単に取れる。しかし取ったところで関節技を持たない。自ずと当時のパウンドの為のコントロールにしか攻撃パターンが限られてしまう。

逆に決め技を持っていても相手をコントロールするスタンドとグランドの技術を持たない
U系選手たちはどうであったか?
結論は話にならなかったということである。

キャッチとは関節技だけでなく、アメリカに渡りカレッジスタイルに発展してしまったキャッチ本来の360度のレスリング技術、そしてプロレスラーたちが秘伝としていた
関節技、その二極なくして成り立たないものである。

キャッチの伝承者ジョシュ・バーネットにしたところでレスリングは高校生レベルである。
(ジョシュが己の経験に基づいての闘い方の中にキャッチの偉大さを立証すべく加味している事は尊敬に値するが)
桜庭は総合に進出した時点ですでにレスリングの技術を退化させていた。
現役に近いレスリング出身者は流行のレスリング出身の総合パターンに固執する。

もう二度とキャッチの継承者は現れないのであろうか?

皆さんはマレンコ兄弟のスタンドレスリングからの流れるような関節技への
移行を覚えているだろうか?
あの動きで私は柔術の動きも制する事が出来ると私自身の柔術とのスパー経験で確信している。
ただ問題はマレンコ兄弟も私も大したレスリングレベルでないという事である。
(まして私は関節技が大嫌いである…)

しかし前田日明に、船木誠勝に、私程度のレスリング技術があれば、
総合格闘技は柔術家たちの天下にはさせなかったであろうと思う。

プロレスファンであり、レスリング競技者であった私の願望はプロ・アマ
共通のグレートマザー「キャッチレスリング」の継承者の出現で有る。


2007/07/25掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 11:02| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロレスラーを追い掛けて/前田日明と親父の想い出

私はこの不況のご時世に幸いにも、不況とは関係のない仕事に就けている。
努力して掴んだ専門職の地位であり、気持ちの乗らぬ日は毎度とはいかないが、半休を容易に取れリセット出来る美味しい勤務形態を維持出来てもいる。

しかし仕事柄、顔を合わす役人の人たちの死に顔を見るにつけ、安泰とした
仕事につくまでの努力の貯金等すぐに底をつき、後は、この人たちと同じように死に顔のまま年を取り、年を重ねて行くのだと思う時も有る。

私の父は立ち退き、土建、飲食を生業をしたが実態は中学を中退後、自らを長とする集合体を創り上げた、ならず者であった。
その父が、社会人となり堅い仕事についた私を、友人たちに実に誇らしげに紹介してくれた。
堅い仕事に飽き足らず、父の後を継ぎたいと申し出た時、父に殴り掛かられた。
レスリング都道府県二位の成績を持つ私は、幼い頃の恨みも含め、父に馬乗りになったが、父が屈服する事は無かった。
気を抜いて離れた後、ボコボコにされた私に父は「息子に負ける親なんか
おらんぞ」と告げた。

そんな父は若くして亡くなったが、大阪ミナミ、阪神尼崎のクラブ、ラウンジのホステスたちが気持ちでビールを差し入れし手伝いをしてくれた通夜と告別式には普段、父を怖れる一般の近所の人たちが綺麗な女給のただ酒を目当てに賑わいを見せてくれた。

プロレス等観ない父であったが、アントニオ猪木に対しては「色気が有る」と
言い、焼き肉屋のテレビで観た前田日明に対しては、前田が出自を公にする遥か前から
「こいつは女真族や、内と同じ家系や」と淡々と語っていた。
父は前田日明より数センチ低いだけの前田と同じ垂れ目の巨漢であった。

父がそう語ってくれた焼き肉屋の娘の女優が最近になって出自を公にした。
私が幼き頃よく遊んでもらったお姉ちゃんは私の大嫌いなキザな作家の男と別れた後、
私が好感を覚える俳優と一緒になり、遠い場所から私は勝手な安堵を覚えた。

人生の半ばを過ぎ、貯金を消費しているだけの自分と振り向き合う。
等身大の自分を誰よりも知る年齢になり、何かを追い掛ける事も出来ないだろう。

ただ自分と言う弱い人間が、少なくとも実生活ではプロレスラーが教えてくれた知恵と立ち振る舞い、言葉、身なりを持って何とか生きて行けている。
私を救ってくれたプロレスラーたちの姿を、実生活で生きる私の仕事、練習、指導、そして酒席の日々の中、ブログで少しでも伝えて行けたらなと思う。

2007/07/27掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:58| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キレたら負ける/キレるプロレスとキレない格闘家

男子の皆さんなら人生の中で一度は喧嘩を体験した事は有るだろう。
まずは、その時の自分の胸と頭の中を思い出してもらいたい。

胸の高鳴りは通常時と何ら変わらず平常で、頭の中は冷静である。
そういう喧嘩など有ればその人はまさに喧嘩のプロとしか思えないが、
心拍数はピークに達し、頭の中は酸素不足で余裕を無くしている状態。
実際にはそういうケースが殆ど全てである。

人間は恐怖を感じるとき「闘うか」「逃げるか」反応のどちらかを選択する。
キレるという行為にしろ、反対の逃げる行為にしろ、
支配しているのは恐怖が引き起こすアドレナリン、ノルアドレナリンのホルモンである。

通常、興奮しキレて喧嘩し、その喧嘩がそのピークの心拍数を保ったまま、
一分半以上続く事は有り得ない。
どうしてか分かるだろうか?
そのような心拍数を支える心臓の強さ、体力、精神力は一般の人に無いからである。
しんどくなれば怒りは続かなくなる。
しんどくなればしんどさに勝てなくなる。
しんどい中に攻撃を続ける体力も精神力も無い。
それが素人の喧嘩である。

所詮、キレるとはその程度のものである。
格闘競技においてどのような激しいファイターであろうと、キレて闘う事等有り得ない。
何故ならキレて闘う事が素人の証明であるということを皆知っているからである。

格闘競技の試合に挑む上での大きなホルモンはアドレナリン系でなく
ドーバミン系、エンドルフィン系が理想だと言われる。
恐怖と筋緊張と心拍数の上昇を引き起こすアドレナリン系のホルモンでなく、
リラックスと筋弛緩と心拍数の安定を誘導するドーパミンやエンドルフィン系のホルモンを実は多くの格闘技者は使っている。
その上で冷静さを維持した格闘技らしいアグレッシブな攻撃性を発揮出来るのである。
(時に緊張と恐怖のあまり最後までアドレナリンしか出せず、結果何も出来ないまま敗北する選手も多いが…)
格闘技の経験者と素人の境目はその部分でも簡単に別れる。

そういう意味で近代の商業プロレスに置いて幻想を保ったキレる魅力と言うものはいかにプロレスラーたちが闘いを知らなかったという事の一つの証明でもある。
私の敬愛するアントニオ猪木、前田日明であるが、私は二人のキレる魅力というものを評価していない。
キレるという行為を相手と客に見せる時点で、逆に格闘技の素人であることを自ら証明しているからだ。
私が彼らに魅了された理由は「闘う男の色気」である。
猪木と前田、そして長州の三人が実はキレるという正反対の思考と行為で
闘った試合がそういう色気を醸し出した試合で有った。
猪木に関してはアリ戦とペールワン戦、長州に関しては最初の安生とのタッグ戦であっ
た。
キレる=アドレナリンとは正反対の落ち着き払った表情の中で静かな闘志を漲らせた。
具体的にいえばキレない事=ドーパミン、エンドルフィンを自分に維持しながら闘ったのである。
格闘競技の原則に基づきながら「闘う男」の姿を見せた二人は他のプロレスラーでは見られない色気を醸し出していた。
前田にもそういう試合が有った。
アンドレ戦であった。
突発的な「闘う」か「逃げるか」反応の選択を強いられた前田は冷静にアドレナリン
=キレるとは正反対の行為を自分に求め心を落ちつかせた。
結果、冷静なローキックの連打に思考をつなげていった。

永田裕志は心拍数180を越える格闘技の覇者であった男である。
少なくとも仕事であるプロレスでキレる事は永遠に無いだろう。
自分の心拍数と感情をコントロール出来る男。
それが格闘家たちであり、
かつ、また闘いの歴史を持つ新日本の無くなりつつ有る伝統である。


2007/07/27掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:55| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

永田裕志/後楽園ホールの IWGP 王者

新日本が大会場でのダイナミズムと選手層の厚さを維持していた頃、永田裕志は中西とタッグを組み、小川、村上組と闘った。
当時プロレスラーというよりも格闘家といった風情の二人を相手に永田と中西はプロレスの枠内とはいえ、弱さを見せつけず堂々と渡り合う頼もしい姿を見せてくれた。

大物の小川を相手に奮戦する二人が、まだ新日本では二番手グループである中西と永田であるということに、私は新日本の層の厚さを感じた。

しかし長州や三銃士と比較した時、大所帯の看板を張れるスター性やタレントカラーをこの先、永田や中西から感じる事が出来るのだろうかとメジャー感溢れる福岡ドームの永田を見て思った。


層が厚く、個性豊かなタレント豊富な新日本だったとはいえ、藤波、長州、三銃士以外の多くの選手たちはベテラン、若手を問わず大組織の中での駒に過ぎなかった。
有り余る人材の宝庫と言われた新日本の第三世代を中心とした
若手スターたちであったが、所詮トップを追い掛ける若手と言う役柄の中での個性と輝きであった。

一人一人が充分なスター性を持った三銃士と抜群の大物感を醸し出す長州たちが築き上げた複数スター制の90年代の新日本と比べると、第三世代が中心となれば核のスター無き小粒のスターの集合体としか成り得ないような気がして成らなかった。
三銃士や長州にはメジャー感溢れる団体が良く似合った。
逆にメジャー団体の舞台が無ければ光を失ってしまうのも彼らの特徴であるが。
良くも悪くもハードとしての90年代のメジャー団体新日本の光と、ソフトとしての彼ら自身の光が見事に一致していたからであろう。

逆に今の新日本のトップたちは、今のようにインディー化、ミニマム化した新日本においては相応しい光を放っている。
そういう意味で団体としてのバランス感をようやく創り上げて来ていると感じる。

かつて似たような団体に国際プロレスが有った。
豊富な小粒タレントの揃うリング上ではあったが、トップを張るのは重厚なラッシャー木村でしかなかった。

今の新日本にかつてのドーム興行を連発するメジャー感は無い
が、それでも小粒のスターたちの日替わり王者となれば淋しい風景である。
トップにふさわしい男はやはり永田しかいない。
メジャー団体だったころの新日本の光には及ばないが、今の永田の光は、今の新日本マットの光を越えているからである。

奥様いわく人柱にされたヒョードル戦ふくめ永田は時代と組織
の理不尽さに翻弄されてきた男である。
黙って黙々と闘い続けて来た忍ぶ男である。
アマチュアのトップを経験してきた男が、そんな紆余曲折を経て、
今、ジュースを流し、白目を剥き、地道な後楽園ホールでの防衛戦を重ねている。

丁度国際プロレスの苦労人木村が後楽園ホールでIWA王座の防衛戦を重ねていた姿を思い浮かべる。

しかし国際プロレスと違い、新日本が崩壊する事は無いであろう。

私は永田がヒョードルやミルコに負けた事も、もはや永田にとっては何のマイナスも持たなくなっていることに気付いた。
ひょっとして永田はミニマム化したプロレス界ですでに天下をとっているのではないか。
それくらいのレスラーとしての、人間としての魅力を私は永田には感じるからである。

2007/07/28掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:52| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キレたら負ける2/アントニオ猪木と前田日明

私はアントニオ猪木と前田日明のキレる姿が一番嫌いである。
彼らは実はキレている振りをしているが、計算の上、怖くない状況や勝てる相手にだけプロレス界で使ってはならない刃を取り出しているからである。
前田日明がタッグ戦で長州力の顔面を蹴った事が有った。
タッグ戦という逃げ場等いくらでもある闘いの中でさえ背後からしか長州に仕掛けられなかった女々しい姿のどこが「キレ」であろうか?
猪木にしてはどう見ても動けないグレートアントニオに対して子供のヒーローとは思えない残忍な攻撃を仕掛けた。
猪木と前田の刃幻想に共通しているのはただの暴力性だけである。
人は「闘う」か「逃げるか」反応をコンピューターのように瞬時に判断出来る人間である。
窮鼠猫を噛むの言葉通り、追いつめられた人間が、恐怖を持って狂ったようにキレる場合も有るが、多くは自分が勝てるケースでしかキレる事は無い。

私は「闘う」か「逃げるか」反応を強いられたレスラーたちが、切れるでも
刃でもなく、己の格闘能力を必死に探り出し、冷静に闘う姿が好きである。
猪木と前田が控え室で震えたペールワン戦とアンドレ戦。
「キレる」という幼稚な暴力性に頼らず、男として闘う覚悟を決めて闘った猪木と前田が好きである。
長州が冷静沈着なレスリングテクニックでUWFを完封した試合が好きである。
前田が恐怖と共に玉砕したカレリン戦が好きである。

プロレスファンは未だに危険な香り、刃などへの幻想が強い。
プロレスファンが好きなはそれらと最近のキレる社会の暴走事件と何ら代わりはしないと私は思っている。

闘うとは「キレない」事である。
どうしても闘わなければいけない状況のとき、プロレスラーは「キレずに」格闘技者として男として覚悟を決めて静かに闘って来たではないか。

そういった試合と、ただの感情的な暴走をプロレスと言う安全地帯で行う試合とは全く異質である。
本当に「闘うプロレスラー」の試合を観たければ総合への出陣を応援すれば良い。

プロレスのリング場は「キレては」いけない神聖な場所である。

2007/07/28掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:50| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

訃報・カール・ゴッチ 異人伝

私がカール・ゴッチさんの訃報を知ったのは、練習後のインターネットにて「カクトウログ」さんのサイトの速報からであった。
私も落ちついてからと思ったが、今の段階で更新も一度きりで、追悼の記事を残しておきたいと思っている。

私がゴッチさんで覚えている事は、レスリングに励んでいた当時ブリッジをしていた時の事である。当時は柔らかい体故、簡単に自分の鼻がマットについていたが、足下は爪先立ちであった。ところがレスリングの恩師から「プロレスラーみたいなブリッジをする
な」と怒鳴られた。
当時、ブリッジの高さやアーチの見栄えにこだわる余り、別物のショー的なプロレスのブリッジを意識してしまったのである。
確かにブリッジは自分の爪先でなく足の踵がしっかりマットに着いてこそ強靭さを持つものである。
そういう意味で、当時のプロレスラーで理屈にかなったブリッジの強靭さとアーチの高さを持つ選手はジャンボ鶴田がサンダー杉山しかいなかった事を思い出す。
丁度ゴッチさんの代名詞ジャーマン・スープレックスとはそういうブリッジを用いた技であった。


ゴッチさんはドイツでなくベルギーのグレコのスペシャリストであると同時に、プロになってからキャッチレスリングの寝技の洗礼を受けた選手であった。
偶然にも私が先週、記事にしたキャッチレスラーの理想としてきっちりとしたレスリング技術と関節技の技術を両方持つ選手としては典型的なレスラーであった。
ただしグレコの選手であったが。
同時に特筆すべきは、商業プロレスとしてのヨーロッパのチェーンレスリングの動きも兼ね備えた、要するに、スタンド、グランド、そしてショーマンスタイルと三つの要素を全て兼ね備えた正にプロレスの神様であったという事である。

なのに日本に多くいる弟子の誰もが、ゴッチさんの三つの要素のうち、一つを持ち出して都合の良いように心の拠り所としていた気がする。

私は西村の事をゴッチさんの商業スタイルだけ真似してゴッチスタイルの継承者を気取っていると批判した事があったが、晩年、ゴッチさんのケアを続けた西村や、ゴッチさんが息子とよんだ木戸を想い彼らの優しさに対し胸が痛くなり又頭が下がる。

ゴッチさんのご冥福をお祈り致します。

2007/07/29掲載
posted by shingol at 10:47| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不思議なトピックス/神様と自信をなくした私

ハッスルがカール・ゴッチさんの追悼セレモニーを行うという。
しかも「高田総統は現在、(トルコの)イスタンブールにいる。国際電話でセレモニー開催をお願いしようと思う」との高田の言葉であった。

私は、亡くなって間もない方を、お笑いギミックの言葉で口にする神経が理解できないし、
(ハッスルが一生懸命やっているうんぬんでなく、お笑いプロレスをしている以上)
自分たちの立場を考えれば、頑固にかたいプロレスにこだわったゴッチさんに対して、追悼のコメントさえ慎んだとしても不思議ではないと思っていた。
それもまた自分たちの立場をわきまえるハッスルなりの偉大な故人への配慮であったとしてもおかしくないと思ったからだ。

あのWWEでさえ亡くなられた方のコメントに対しては、ギミックを捨て去り、襟を正し、真摯にコメントを出している。

まさかと思うようなことが、堂々とスポーツナビのトピックに掲載されている。

そういうことに唖然とし、不快感を覚える私の考えこそが、逆におかしい世の中になっているのではないかと思え、自信を失くす思いである。

2007/07/31掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:40| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

追悼泥棒 / ハッスルの世界

私は昭和新日本を見て育ち、真剣勝負への幻想を抱きながらも、全日本プロレスの個性豊かな外国人選手たちの異人ぶりも楽しめた。

プロレス意外の遊びも趣味も多いに楽しんで来たので、どこかプロレスを冷めて見ている部分も有る。
プロレス界の馬鹿馬鹿しさを喜劇としても見れるし、間違っても、プロレスファンの友人とプロレスを熱く語る等というような私にとって格好悪い事はしたくない。

プロレス等所詮プロレスである。

そんな私でもレスリング競技や仕事に取り組む時、勇気を与えてくれるようなプロレスラーに出会いたいと思う時も有る。
そんな時は少なくとも私のような昭和の新日本で育ったファンは、当時の匂いを求めて、闘うプロレスラーすなわち総合に出陣するプロレスラーに感情移入するものである。

猪木に誰よりも心酔しながら、猪木の馬鹿馬鹿しさを誰よりも愛情を持って笑える。
猪木をプロレスに置き換えてもそうであると思うが、私のようなプロレスファンは多かったように思える。

そういうファンに取って雑誌「紙のプロレス」はこれまでに類を見ない雑誌であった。
プロレスの馬鹿馬鹿しさを愛情込めた笑いで眺め、一方で、プロレスラーの強さを真剣に求め、闘いに挑むプロレスラーを誰よりも応援する。かといって総合一本やりでなく、総合で出せない昭和新日本の香りを醸し出した橋本と小川の名勝負を絶賛する。

どこかでプロレスを冷めて見つつ、それでも昭和の新日本のプロレスを追い求める本心が垣間みれて私は好きであった。

猪木を笑いの種にしつつ、スキャンダルの最中、四面楚歌の猪木と猪木ファンの為に、「猪木とは何か?」というムック本を出し、週刊現代の記者と対談で徹底的に闘った。

私はそんな初代編集長と初期の紙のプロレスが好きであった。

プロレスとは真剣にプロレスに取り組むからこそ馬鹿馬鹿しさや笑いが生じるのである。
なのに、その事を知る初代編集長が最初から笑いを求めた勘違いした世界がハッスルである。

その世界はジャンボ鶴田の痙攣を愛おしげに笑って来た昭和のプロレスファンには理解出来ない世界である。

その世界がエスカレートして来た。

先人をパロディにして、ついには故人までパロディの場で追悼するというのか?
自らの理念が有るなら、正反対の世界を生きた故人をどうして追悼する必要が有るのか?

故人たちが唇を噛み締める程不快に感じるであろう興行に勝手
に借り出される故人たち
の気持ち等分からないのだろうか?

パンクラスが間違っても、ザ・シークを追悼等しないだろう。
そこにはシークへの軽蔑でなく、違うジャンルを生きた故人へのリスペクトがあり、そのリスペクトを遂行する違うジャンルの団体への慎みと配慮の気持ちが
あるからである。

ハッスルがどのような形で追悼を行おうとも、そこに慎みや配慮等無いただの追悼泥棒としか思えない。

2007/07/31掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:38| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローラン・ボックの偽神話

ローラン・ボックは新日本が「過激なプロレス」をキャッチ・フレーズにしていた頃、登場した強さへの幻想を抱かせるギミック・レスラーであった。

ボックの幸運だった点は、弱々しさにかけては新日本で最たる木村健吾を相手に日本デビュー戦を飾れたと言う事であろう。

軽量の木村を反り投げで投げたが、あまりにも高い位置でクラッチした上に、木村も抵抗せず身を任せたので必要以上に派手に後頭部を強く打ち付けてしまった。
衝撃というよりも明らかにアクシデントであったものの、その試合においてボックの幻想が築かれてしまった。

実際、以後その試合を越えるボックの衝撃的な試合は見る事は出来なかった。

ボックの正体はただのプロレスが下手なアマチュアレスラーであった。
しかも強さに関しても、アメリカにはボックとレスリングルールで闘っても間違っても敗北する事は無いであろう選手がごろごろいた。
例えばジャック・ブリスコ、ボブ・ループなどはボックをテクニカルで葬ったであろう。
当時デビューした谷津嘉章にしてもグレコならともかくフリーであればボックを得意の横捨て身で投げたのではないか。
ボックとはその程度の実力者で有る。
しかしながらプロレスの下手さと、容貌の迫力が相まって、実力以上の評価を得ていた選手である。

その頃から新日本は偽物を本物と見せて売る作業に走り出した。
牛乳をガロン飲みし、バスを引っ張る、そういうプロレス神話よりたちの悪いギミックを考え出したのである。
その作業は結局はUWFに受け継がれていった。

2007/08/01掲載

人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:36| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カールゴッチさんの三原則/前田日明の七色スープレックス


カール・ゴッチさんはプロレスの投げ、寝技、見せ技と三要素全て揃えた正にプロレスの神様であった。
スタンドレスリングは五輪級、グランドレスリングは一級の関節技、それらにプラスしてヨーロッバ商業レスリング特有のアクロバットなチェーン・レスリングも兼ね備えていたのである。

今の時代なかなかそれらの要素を全て兼ね備えたプロレスラーはいない。

例えばレスリングのスタンド技術と関節技を持つ桜庭和志にしたところで、
まさかヨーロッパのチェーン・レスリングは出来ないだろう。
ゴッチさんの弟子たちにいたっては、三つの要素のうち二つも持ち合わせる選手はまずいない。

ゴッチさんなみのスタンド技術を持つ弟子ならば、笑い話だが、一泊程度の弟子入りをした中西学がトップであろう。
商業レスリングなら西村か藤波。
関節技なら鈴木みのるを始めとするU系戦士。
結局は、弟子たちが各々、ゴッチさんの三つの要素のうち一つだけを追求するだけで終わってしまっているのだ。

ゴッチさんの三つの要素の内、五輪級のスタンド技術であるが、ゴッチさんはそれらを教える事だけは弟子たちにしていなかったような気がする。
実際、レスリングのベースの無い人間たちに一からそのような技を教える事に限界を感じたのではないだろうか?
結果、ゴッチさんは自身のスタンド技術をディフォルメしたプロレスの見世技として伝える事に励んだ事が有る。
前田日明に教えた七色のスープレックスである。
差しの攻防さえ出来ないであろう前田に、グレコの投げ技を教えた所で、見世技にしかならないものの、それでもゴッチさんは自身のグレコローマンで培った反り投げ類を例えディフォルメした見世技としてでもプロレスのマットに復活させたかったのではない
かと、ふと思ってしまう。

2007/08/01掲載


人気blogランキングへ
posted by shingol at 10:34| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする