アントニオ猪木新団体「I・G・F」が旗揚げを前にして少しずつ胎動感を放ってきた。
前田日明の新生UWF、船木のパンクラス、三沢のノアと、若いファンの後押しを支えに旗揚げ戦を成功させてきた団体は多い。
しかし、かつてのヒーローが、大人のファンの心の片隅の小さな願望を受け止め旗揚げするのが「I・G・F」である。
「I・G・F」旗揚げ戦で、おそらく「興奮」「満足」「調和」といった類のものを感じることは無いはずである。
中途半端な格闘技プロレスを淡々と繰り広げ、客とリングとがもう一つ噛み合うことも無く、会場の盛り上がりに欠け、あっけなくメーンを終える。
帰路の電車の中で「余韻」だけを感じ、しかし、その「余韻」は月日を経ても
消えることが無いはずである。
本来、アントニオ猪木の世界とはそういうものだったのである。
一般的な興行の満足指数などで計れない世界を、若いファンにも一度体験して欲しいと思う。
2007/06/21掲載
2007年10月04日
天龍チョップと激しいプロレス
私が小学生か中学生の始めだったか、国際プロレスと新日本プロレスの中堅同士の対抗戦が行われた。
木村健吾や永源遙に対して、腰の入ったチョップを物凄い回転数で連発するマイティ井上の姿が印象に残っている。
国際崩壊後、ラッシャー木村の頑丈な身体から放たれるチョップのラッシュに、猪木は全身に力を込めながらも、真正面からではなく半身になりチョップを受け流す事が多かった。
私が小学生の時、プールの授業前に海水パンツ姿になると同級生とお決まりのふざけてのプロレスごっこが始まった。
水平チョップの打ち合いの真似事をしただけで胸板からパチーンという音が響き、お互いの胸が赤く腫れ手の痕が胸に残るのが常であった。
誤解をおそれずに言えば、チョップとは実際の痛み以上に音響的にも視覚的にも激しさを印象付けやすい効率の良い見せ技なのだ。
だからこそ私は猪木が真正面から受けられなかった木村のチョップにリアルな痛みと衝撃を感じ、井上のチョップの連発にリアルな意地を感じたのだ。
ところが、どういうわけかプロレス村において、チョップこそがプロレスの肉体と受けの凄みの象徴と祀り上げられてしまった。
肉体の安全地帯である胸を突き出し、激しい音と迸る汗の中チョップ合戦を繰り広げ、紫色に腫れあがった胸板を誇示し、これがプロレスラーの肉体の凄み、受けの凄みだと大見得を切るプロレスに、私は色気も毒も殺気も、木村や井上のチョップに感じたリアルな痛みや意地も感じ得ないファンである。
大技の目まぐるしい応酬が展開されるプロレス以上に、無骨なプロレス、原始的なプロレスの名の下、繰り広げられる、思考を停止したプロレスが「激しいプロレス」である。
そういう安易な「激しいプロレス」の先駆者である天龍は元々は、木村に匹敵する痛みを感じさせるチョップの名手であった。
無骨な顔面攻撃の際、少し力の入れ加減を間違えハンセンを狂乱させた
ハプニングがあったが、日頃はハプニングの起きない顔面攻撃や胸板への音の出るチョップを「激しいプロレス」と称して評価を得てきたレスラーである。
その天龍が先日、芸人レスラーと闘った。
芸人レスラーは学生プロレスの経験もあるらしく、そこそこウェート・トレーニングをこなしている体つきである。
その程度のプロレス経験と体で、「胸板に内出血痕が残るほどの激しい天龍のチョップを受けることが出来て」、「激しいプロレス」を展開出来たのである。
ハッスルに上がるプロレスラーたちは、自らが行ってきた過去の試合とハッスルとは別物のアトラクションであるとファンの暖かい理解を得ていると思っているようだが、芸人レスラーの胸の内出血痕を見るにつけ、天龍は天龍革命以後多くの相手に打ち込んできた天龍チョップ及び「激しいプロレス」の歴史を自らの手で汚してしまったのだと思った。
2007/06/20掲載
木村健吾や永源遙に対して、腰の入ったチョップを物凄い回転数で連発するマイティ井上の姿が印象に残っている。
国際崩壊後、ラッシャー木村の頑丈な身体から放たれるチョップのラッシュに、猪木は全身に力を込めながらも、真正面からではなく半身になりチョップを受け流す事が多かった。
私が小学生の時、プールの授業前に海水パンツ姿になると同級生とお決まりのふざけてのプロレスごっこが始まった。
水平チョップの打ち合いの真似事をしただけで胸板からパチーンという音が響き、お互いの胸が赤く腫れ手の痕が胸に残るのが常であった。
誤解をおそれずに言えば、チョップとは実際の痛み以上に音響的にも視覚的にも激しさを印象付けやすい効率の良い見せ技なのだ。
だからこそ私は猪木が真正面から受けられなかった木村のチョップにリアルな痛みと衝撃を感じ、井上のチョップの連発にリアルな意地を感じたのだ。
ところが、どういうわけかプロレス村において、チョップこそがプロレスの肉体と受けの凄みの象徴と祀り上げられてしまった。
肉体の安全地帯である胸を突き出し、激しい音と迸る汗の中チョップ合戦を繰り広げ、紫色に腫れあがった胸板を誇示し、これがプロレスラーの肉体の凄み、受けの凄みだと大見得を切るプロレスに、私は色気も毒も殺気も、木村や井上のチョップに感じたリアルな痛みや意地も感じ得ないファンである。
大技の目まぐるしい応酬が展開されるプロレス以上に、無骨なプロレス、原始的なプロレスの名の下、繰り広げられる、思考を停止したプロレスが「激しいプロレス」である。
そういう安易な「激しいプロレス」の先駆者である天龍は元々は、木村に匹敵する痛みを感じさせるチョップの名手であった。
無骨な顔面攻撃の際、少し力の入れ加減を間違えハンセンを狂乱させた
ハプニングがあったが、日頃はハプニングの起きない顔面攻撃や胸板への音の出るチョップを「激しいプロレス」と称して評価を得てきたレスラーである。
その天龍が先日、芸人レスラーと闘った。
芸人レスラーは学生プロレスの経験もあるらしく、そこそこウェート・トレーニングをこなしている体つきである。
その程度のプロレス経験と体で、「胸板に内出血痕が残るほどの激しい天龍のチョップを受けることが出来て」、「激しいプロレス」を展開出来たのである。
ハッスルに上がるプロレスラーたちは、自らが行ってきた過去の試合とハッスルとは別物のアトラクションであるとファンの暖かい理解を得ていると思っているようだが、芸人レスラーの胸の内出血痕を見るにつけ、天龍は天龍革命以後多くの相手に打ち込んできた天龍チョップ及び「激しいプロレス」の歴史を自らの手で汚してしまったのだと思った。
2007/06/20掲載
桜庭和志とロー・シングル
桜庭和志は総合格闘技黎明期テイク・ダウンの強さで勝利の山を築き上げたレスラーであった。
足の長い選手は一般的な両足タックルに入る際、その長さ故、足の折りたたみに時間がかかるものである。また歩幅も自ずと広くなるため、適当な歩数をキープしながら相手に当たり押し込む両足タックルが苦手な選手が実は多い。
一般的にレスリング選手の必須技術と思われているタックルであるが、実は手足の長短、体型などによって100人100通りの入り方があるのである。
桜庭和志はオーソドックスな両足タックルしか見る事の無かった総合格闘技のマットで初めてロー・シングルを繰り出しテイク・ダウンの山を築き上げた。
桜庭和志の大学時代、アメリカにジョン・スミスというレスリング界の生きる伝説が登場した。
脅威のロー・シングルを得意技に世界を何連覇もしたスミスの影響があったのかどうか、桜庭もロー・シングルを持って総合格闘技界を席巻し、スミスと同じく「生きる伝説」となった。
高いテイク・ダウンの成功率を誇った桜庭の宝刀ロー・シングルは更なる工夫と磨きをかける必要の無いまま、桜庭の身体はダメージと年齢を重ねた。
パターンを見破られスピードの低下こそあれ、キレが向上することのないロー・シングルを武器に
未だ闘い続ける桜庭であったが、私は秋山戦の時、非常にキレの戻った桜庭のロー・シングルを見た気がする。
あれだけのキレを取り戻すほどの意気込みを持って挑んだ試合において、それだけに残念な結果であったものの、結果的には、生きる伝説に対してかませ犬的扱いを強いようとしたK1サイドの思惑が失敗し、桜庭がまた主役に戻って来たのは嬉しくも有る。
まずファンありきの闘いを続けて来た桜庭でなくして、あの一戦の騒動は無かったとも言える。
ファンを愛し続けてくれた桜庭を、ファンが救ったのである。
桜庭に対する私の最後の願いは、雌雄を決するプレッシャーとは無関係な、誤解を怖れず言えば、桜庭の心身に負担の少ない闘いを通じて、愛されてきた男の花道を見たいという気持ちであるが、ファンのそういう願いすら無視して、桜庭はまた私たちをハラハラさせてしまうのだろう。
そんな桜庭を私は最後まで見届けたいと思っている。
2007/06/19掲載
足の長い選手は一般的な両足タックルに入る際、その長さ故、足の折りたたみに時間がかかるものである。また歩幅も自ずと広くなるため、適当な歩数をキープしながら相手に当たり押し込む両足タックルが苦手な選手が実は多い。
一般的にレスリング選手の必須技術と思われているタックルであるが、実は手足の長短、体型などによって100人100通りの入り方があるのである。
桜庭和志はオーソドックスな両足タックルしか見る事の無かった総合格闘技のマットで初めてロー・シングルを繰り出しテイク・ダウンの山を築き上げた。
桜庭和志の大学時代、アメリカにジョン・スミスというレスリング界の生きる伝説が登場した。
脅威のロー・シングルを得意技に世界を何連覇もしたスミスの影響があったのかどうか、桜庭もロー・シングルを持って総合格闘技界を席巻し、スミスと同じく「生きる伝説」となった。
高いテイク・ダウンの成功率を誇った桜庭の宝刀ロー・シングルは更なる工夫と磨きをかける必要の無いまま、桜庭の身体はダメージと年齢を重ねた。
パターンを見破られスピードの低下こそあれ、キレが向上することのないロー・シングルを武器に
未だ闘い続ける桜庭であったが、私は秋山戦の時、非常にキレの戻った桜庭のロー・シングルを見た気がする。
あれだけのキレを取り戻すほどの意気込みを持って挑んだ試合において、それだけに残念な結果であったものの、結果的には、生きる伝説に対してかませ犬的扱いを強いようとしたK1サイドの思惑が失敗し、桜庭がまた主役に戻って来たのは嬉しくも有る。
まずファンありきの闘いを続けて来た桜庭でなくして、あの一戦の騒動は無かったとも言える。
ファンを愛し続けてくれた桜庭を、ファンが救ったのである。
桜庭に対する私の最後の願いは、雌雄を決するプレッシャーとは無関係な、誤解を怖れず言えば、桜庭の心身に負担の少ない闘いを通じて、愛されてきた男の花道を見たいという気持ちであるが、ファンのそういう願いすら無視して、桜庭はまた私たちをハラハラさせてしまうのだろう。
そんな桜庭を私は最後まで見届けたいと思っている。
2007/06/19掲載
スティーヴ・ウィリアムスとハイ・クラッチ・タックル
私にとってスティーヴ・ウィリアムスは来日当初から最も艶を感じさせる外国人レスラーであった。
昭和の末期、新日本に来日したウィリアムスは猪木の好敵手として期待されたが、若くパワー満点であるもののプロレスの固いウィリアムスでは、当然、力の落ちた猪木の前にパワー全開とはならず自身のジレンマをドタバタしたムーヴで誤摩化しているかのようであった。
ロシア軍団が来た。ウィリアムスのまだ見ぬ一面が観られるとも思ったが、何故か、その時も終始ドタバタしたプロレスでお茶を濁した。
ウィリアムス念願のテリー・ゴディとのタッグで全日本に移籍した時、私は初めてウィリアムスの
「全力」を観た。
体格で上回る鶴田と田上相手に、新日本で見せたようなお茶を濁す動きを見せる余裕も無く何度も首をひねった。
ウィリアムスの目の色が変わった瞬間を私は覚えている。
自信満々に田上と四つに組んだ時、小手投げで投げられた。
明らかにプロレスの受け身でなくリアルにマットに両膝をついたウィリアムスが悔しさ一杯の表情を浮かべた。
以後、全日本プロレスでの試合を通してアスリートとしての充実感を持ってプロレスに取り組めているかのようなウィリアムスの姿を私は遠くから喜び眺めていた。
インディーに身を落とした後、突如、K1のリングで総合格闘技に出陣した。
新日本時代のテーマ曲「ボーンインザUSA」か全日本時代のテーマ曲であつたか、どちらのテーマで入場したかはよく覚えていないが、いつもウィリアムスの羽織っていたスポーツ選手らしいフード付きのガウンを見た時、私は全米のカレッジスポーツとプロレスの両方でアスリートとしてのトップを努めて来たウィリアムスのこれまでのキャリアを想い胸に来るものがあった。
リングイン後、NCAAで上位選手だったウィリアムスはアメリカ・レスリングのお家芸ハイ・クラッチ・タックルのシャドーを繰り返した。
自身の身体と家族を咽頭ガンから守るべくK1マットに登場したウィリアムスは、己の武器を大学時代まで遡り求めたのである。
ゴング後、ウィリアムスが自ら寝たのか、仕事をしたのかは私は分からない。
しかし、その試合後、私は何故、新日本来日時よりウィリアムスに艶を感じていたのかを改めて理解出来た。
2007/06/18掲載
昭和の末期、新日本に来日したウィリアムスは猪木の好敵手として期待されたが、若くパワー満点であるもののプロレスの固いウィリアムスでは、当然、力の落ちた猪木の前にパワー全開とはならず自身のジレンマをドタバタしたムーヴで誤摩化しているかのようであった。
ロシア軍団が来た。ウィリアムスのまだ見ぬ一面が観られるとも思ったが、何故か、その時も終始ドタバタしたプロレスでお茶を濁した。
ウィリアムス念願のテリー・ゴディとのタッグで全日本に移籍した時、私は初めてウィリアムスの
「全力」を観た。
体格で上回る鶴田と田上相手に、新日本で見せたようなお茶を濁す動きを見せる余裕も無く何度も首をひねった。
ウィリアムスの目の色が変わった瞬間を私は覚えている。
自信満々に田上と四つに組んだ時、小手投げで投げられた。
明らかにプロレスの受け身でなくリアルにマットに両膝をついたウィリアムスが悔しさ一杯の表情を浮かべた。
以後、全日本プロレスでの試合を通してアスリートとしての充実感を持ってプロレスに取り組めているかのようなウィリアムスの姿を私は遠くから喜び眺めていた。
インディーに身を落とした後、突如、K1のリングで総合格闘技に出陣した。
新日本時代のテーマ曲「ボーンインザUSA」か全日本時代のテーマ曲であつたか、どちらのテーマで入場したかはよく覚えていないが、いつもウィリアムスの羽織っていたスポーツ選手らしいフード付きのガウンを見た時、私は全米のカレッジスポーツとプロレスの両方でアスリートとしてのトップを努めて来たウィリアムスのこれまでのキャリアを想い胸に来るものがあった。
リングイン後、NCAAで上位選手だったウィリアムスはアメリカ・レスリングのお家芸ハイ・クラッチ・タックルのシャドーを繰り返した。
自身の身体と家族を咽頭ガンから守るべくK1マットに登場したウィリアムスは、己の武器を大学時代まで遡り求めたのである。
ゴング後、ウィリアムスが自ら寝たのか、仕事をしたのかは私は分からない。
しかし、その試合後、私は何故、新日本来日時よりウィリアムスに艶を感じていたのかを改めて理解出来た。
2007/06/18掲載
格闘技ネットワーク・リングス
普段プロレスや格闘技に詳しい素振りなどないが、よく話をしてみると「リングス」は観ていたという人たちは意外と多いものだ。
格闘技好き、プロレス好きうんぬんでなく、当時各家庭に導入されつつあつた衛星放送を通じて
リングスの存在を知り、気に入ったコンテンツとして観て来た人たちであろう。
ジャンルうんぬんではなく、その団体なりコンテンツなりを楽しむファンとしては、プライドやK1を支えた一般ファンと似たところもあるのだろう。
当時建設ラッシュであったアリーナ型のお洒落な体育館に垢抜けた格闘技の入場テーマらしからぬリングスのテーマが鳴り響く中、オランダ、ロシアとアマチュア臭漂う、それでいて個性のはっきりした選手たちがリングに上がる。
団体としてのソフトもハードもお洒落で無機的な、それでいてダイナミズム溢れる異色の「プロレス団体」であった。
格闘技ネットワークをギミックに旗揚げしたプロレス団体のマットで闘う前田は、そのギミックとは裏腹に皮肉にも旗揚げ当初から、もはや運動選手としての肉体、技量、説得力を失いつつあったが、それでもプロレスラーとしての存在感と魅力でコンテンツのタレントとしては他の選手たちを圧倒した。
格闘技評論家たちから、そのリアル・フェイクの試合の混同さぶりから批判の対象となりやすいリングスであったが、前田が常々言うアントニオ猪木の教えに従っただけという言葉通りのリアルもフェイクも関係ない闘いの場を構築した前田の世界観が凝縮された懐かしい団体であった。
世の世相に押されリングスが全ての試合をリアルにした時リングスの衰退が始まったのだと今は思う。
2007/06/17掲載
格闘技好き、プロレス好きうんぬんでなく、当時各家庭に導入されつつあつた衛星放送を通じて
リングスの存在を知り、気に入ったコンテンツとして観て来た人たちであろう。
ジャンルうんぬんではなく、その団体なりコンテンツなりを楽しむファンとしては、プライドやK1を支えた一般ファンと似たところもあるのだろう。
当時建設ラッシュであったアリーナ型のお洒落な体育館に垢抜けた格闘技の入場テーマらしからぬリングスのテーマが鳴り響く中、オランダ、ロシアとアマチュア臭漂う、それでいて個性のはっきりした選手たちがリングに上がる。
団体としてのソフトもハードもお洒落で無機的な、それでいてダイナミズム溢れる異色の「プロレス団体」であった。
格闘技ネットワークをギミックに旗揚げしたプロレス団体のマットで闘う前田は、そのギミックとは裏腹に皮肉にも旗揚げ当初から、もはや運動選手としての肉体、技量、説得力を失いつつあったが、それでもプロレスラーとしての存在感と魅力でコンテンツのタレントとしては他の選手たちを圧倒した。
格闘技評論家たちから、そのリアル・フェイクの試合の混同さぶりから批判の対象となりやすいリングスであったが、前田が常々言うアントニオ猪木の教えに従っただけという言葉通りのリアルもフェイクも関係ない闘いの場を構築した前田の世界観が凝縮された懐かしい団体であった。
世の世相に押されリングスが全ての試合をリアルにした時リングスの衰退が始まったのだと今は思う。
2007/06/17掲載
中西学の悲壮感
中西学が笑われキャラから開き直り自ら笑いを取り出すファイトを繰り広げだし新境地を開いている。
それはそれで人の個性、仕方の無い事であるが、かつて中西は橋本真也以上の新日本の強さの象徴でもあった。
ヒクソンの対戦相手に抜擢されかけ、格闘技マスコミからも、その潜在能力を期待されてもいた。
いざとなれば中西がいるということが総合格闘技黎明期の新日本の強さを信じる支えでもあった。
プロ入り後、レスリングの100キロ級の体重の上限から解放された中西の身体は膨張し、驚異的なプロの肉体を創り上げた。
くすぶった時期を経て、中西は総合格闘技に進出した。
もはや何らかの格闘技のバックボーンがあるだけでは勝てなくなっていた総合格闘技のリングであったとはいえ、肉体と技術の潜在能力はブロック・レスナーにも劣らない男である。
またその潜在能力を磨く短期間の特訓もこなした中西であったが玉砕した。
勝負を諦めたり逃げたりするチキンハートなのではなく、自分の肉体と技術に自信を持てず、自分の勝利を確信出来ない男が中西なのである。
その問題は次のK1デビューでも顕著であった。
明らかに勝てる相手に対して、自分の勝利を確信出来なかった男は自身の潜在意識のイメージに従いマットに沈んだ。
似たような風景を見た事が有る。
全日本連覇の無敵の男中西も五輪では金縛りにあったように自分を出せないまま終わった。
昔から潜在能力を発揮出来ない男なのである。
中西が一度多くのファンや仲間から、笑いでなく、尊敬と期待の念を持って応援されていた事が有る。
僅か数週間であったが、K1デビュー戦を前に練習に励む中西の姿は雑誌や新聞の紙面からでしか伺い知れなかったが、その時の中西の発する悲壮感と真摯さが我々ファンに強烈なメッセージとなって届いた。
僅かな日々、中西が日本マット界で一番輝いていた時であった。
中西学の魅力とはその肉体と技術でも天然キャラでもなく、自己の不安と振り向き合い努力を重ねるその真摯な姿なのである。
天才ではなく、レスリングも大学に入ってから開花した遅咲きであった。
我々の想像を絶する努力の男であるからこそ、中西が何かに向かう時、誰よりも悲壮感を醸し出す。
その悲壮感の影を持つ中西は色気を醸し出すのに、中西自身は自身を包む悲壮感から抜け出したいのか、ファンも求めているとも思っているのだろうか笑われ野人キャラを貫いている。
しかし中西を遠くから見つめるファンの中には、あの時の不安と振り向き悲壮感持ち闘う中西に勇気をもらって来たファンが多い事を忘れないで欲しいものだ。
2007/06/17掲載
それはそれで人の個性、仕方の無い事であるが、かつて中西は橋本真也以上の新日本の強さの象徴でもあった。
ヒクソンの対戦相手に抜擢されかけ、格闘技マスコミからも、その潜在能力を期待されてもいた。
いざとなれば中西がいるということが総合格闘技黎明期の新日本の強さを信じる支えでもあった。
プロ入り後、レスリングの100キロ級の体重の上限から解放された中西の身体は膨張し、驚異的なプロの肉体を創り上げた。
くすぶった時期を経て、中西は総合格闘技に進出した。
もはや何らかの格闘技のバックボーンがあるだけでは勝てなくなっていた総合格闘技のリングであったとはいえ、肉体と技術の潜在能力はブロック・レスナーにも劣らない男である。
またその潜在能力を磨く短期間の特訓もこなした中西であったが玉砕した。
勝負を諦めたり逃げたりするチキンハートなのではなく、自分の肉体と技術に自信を持てず、自分の勝利を確信出来ない男が中西なのである。
その問題は次のK1デビューでも顕著であった。
明らかに勝てる相手に対して、自分の勝利を確信出来なかった男は自身の潜在意識のイメージに従いマットに沈んだ。
似たような風景を見た事が有る。
全日本連覇の無敵の男中西も五輪では金縛りにあったように自分を出せないまま終わった。
昔から潜在能力を発揮出来ない男なのである。
中西が一度多くのファンや仲間から、笑いでなく、尊敬と期待の念を持って応援されていた事が有る。
僅か数週間であったが、K1デビュー戦を前に練習に励む中西の姿は雑誌や新聞の紙面からでしか伺い知れなかったが、その時の中西の発する悲壮感と真摯さが我々ファンに強烈なメッセージとなって届いた。
僅かな日々、中西が日本マット界で一番輝いていた時であった。
中西学の魅力とはその肉体と技術でも天然キャラでもなく、自己の不安と振り向き合い努力を重ねるその真摯な姿なのである。
天才ではなく、レスリングも大学に入ってから開花した遅咲きであった。
我々の想像を絶する努力の男であるからこそ、中西が何かに向かう時、誰よりも悲壮感を醸し出す。
その悲壮感の影を持つ中西は色気を醸し出すのに、中西自身は自身を包む悲壮感から抜け出したいのか、ファンも求めているとも思っているのだろうか笑われ野人キャラを貫いている。
しかし中西を遠くから見つめるファンの中には、あの時の不安と振り向き悲壮感持ち闘う中西に勇気をもらって来たファンが多い事を忘れないで欲しいものだ。
2007/06/17掲載
生き残った新日本プロレスとの別れ
三沢たちの大量離脱後の全日本プロレスは一気にインディー化し、ソフト面、ハード面ともに、かつての全日本プロレスとは同じ名前の別団体になってしまった。
かつて全日本プロレスを愛したファンたちはある意味故郷喪失者のような淋しさを味わっているのだろうかと他人事ながらふと思った事が有る。
かつての新日本を求めて黎明期のプライドに走って以降も、そのような思いはしたくないと、どこか遠くで新日本の復活を願っていたかつての新日本ファンの存在は多いのではないかと思う。
迷走とファンの空洞化の中で、生き残りを模索し続けて来た新日本だが、ようやくミニマムな世界の中での熱を取り戻しつつ有る。
単にかつてのスターたちや創業者、経営陣の離脱うんぬんではなく、新日本はソフト、ファン、会場の雰囲気含め全て別の新日本プロレスである。
団体の象徴でもあった猪木との縁も切れ、更にその度合いは増して来ている。
プロレスはプロレス、格闘技は格闘技の大義名分のもと、ストロングスタイルや殺気といったギミックさえ捨て去り、行き着いた先はファンを裏切らない仲良しこよしの激しい学芸会プロレスである。
迷走の末にファンまで淘汰し、ゲーム臭、アニメ臭漂うルックスの選手たち(覆面選手の事ではない)がそのルックスと同じ臭いのマイクと試合と表情を繰り広げる。
少なくとも大人のファンの見る世界ではない。
オーナーの交代がここまで新日本の全てを変えたかとも思った。
団体として生き残っても、全日本同様新日本も名前だけ残し姿・形を変えてしまったのだ。
それでも過去とは全く違う趣のファンたちが今の新日本を楽しみ愛しているのなら、もう私には関係ない新日本を嘆く事をやめようと思った。
かつての全日本ファンと同じく、故郷喪失者となったかつての新日本ファンならば、まだ見ぬ団体IGFに心の拠り所を求めているファンも多いのではないだろうか。
2007/06/16掲載
かつて全日本プロレスを愛したファンたちはある意味故郷喪失者のような淋しさを味わっているのだろうかと他人事ながらふと思った事が有る。
かつての新日本を求めて黎明期のプライドに走って以降も、そのような思いはしたくないと、どこか遠くで新日本の復活を願っていたかつての新日本ファンの存在は多いのではないかと思う。
迷走とファンの空洞化の中で、生き残りを模索し続けて来た新日本だが、ようやくミニマムな世界の中での熱を取り戻しつつ有る。
単にかつてのスターたちや創業者、経営陣の離脱うんぬんではなく、新日本はソフト、ファン、会場の雰囲気含め全て別の新日本プロレスである。
団体の象徴でもあった猪木との縁も切れ、更にその度合いは増して来ている。
プロレスはプロレス、格闘技は格闘技の大義名分のもと、ストロングスタイルや殺気といったギミックさえ捨て去り、行き着いた先はファンを裏切らない仲良しこよしの激しい学芸会プロレスである。
迷走の末にファンまで淘汰し、ゲーム臭、アニメ臭漂うルックスの選手たち(覆面選手の事ではない)がそのルックスと同じ臭いのマイクと試合と表情を繰り広げる。
少なくとも大人のファンの見る世界ではない。
オーナーの交代がここまで新日本の全てを変えたかとも思った。
団体として生き残っても、全日本同様新日本も名前だけ残し姿・形を変えてしまったのだ。
それでも過去とは全く違う趣のファンたちが今の新日本を楽しみ愛しているのなら、もう私には関係ない新日本を嘆く事をやめようと思った。
かつての全日本ファンと同じく、故郷喪失者となったかつての新日本ファンならば、まだ見ぬ団体IGFに心の拠り所を求めているファンも多いのではないだろうか。
2007/06/16掲載
私的・1976年のアントニオ猪木
私が小学校に上がる前おはよう子供ショーか何かで象と綱引きをする怪力男が出演していた。
怪力男はニコニコした笑顔で見事象との綱引きに勝利し、子供たちの喝采と憧れを一身に身にまとっていた。
その怪力男が当時日本プロレス在籍中のアント二オ猪木との出会いであった。
その時の象が子象であったのか象自体に綱引きに興じる気持ちなどなかったのか、そんな事はどうでもいい事であるが、少なくともその時の猪木の笑顔と力強さが幼い子供心に曇りの無い英雄への憧れの気持ちを抱かせてくれた事は事実である。
以降、私はその時の象との綱引きの如くフィクションかノンフィクションか分からないアント二オ猪木に憧れながら育った。
多くの子供たちの憧れと愛情を受けとめながら猪木はヒーローアント二オ猪木を演じ続けてくれた。
その姿に感謝し私も猪木を愛した。
今のプロレスラーと比較にならぬ程多くのファンに愛された男にファンへの愛が無いとは想えない。愛され育った人間は愛を持って人と接するものだ。
猪木が世間で言われているような利己主義で目立ちたがり屋だけの男であるわけが無いのだ。
小学校三年の時、衝撃を受けた。
モハメドアリを相手に卍固めもバックドロップも無い闘いを見せてくれた猪木は小学生にはまだ早いノンフィクションのアント二オ猪木であった。
私は私なりの1976年のアント二オ猪木と出会って以降、英雄を信じる心が英雄をつくるが如くアント二オ猪木を信じた。猪木が子供の頃に見た象と闘う曇りの無い笑顔とは正反対の悪人顔だった時代、長州力が安生相手に異質の試合を見せた時、自らの政権を奪った憎き長州に対して解説席で「長州だけは分かってくれている」と絶賛した。
自分のエゴや保心の為に意味無く現役選手を貶すと言われる猪木であるが、猪木自身は純粋に1976年のアント二オ猪木像を追い求めているのでは無いかと思った。
プロレスも格闘技も関係ないと言い続けてきた猪木の真意は、フィクションもノンフィクションも関係無くヒーローを演じ闘った1976年以降の猪木の一貫した信念そのものでないかと思った。
2007/06/16掲載
怪力男はニコニコした笑顔で見事象との綱引きに勝利し、子供たちの喝采と憧れを一身に身にまとっていた。
その怪力男が当時日本プロレス在籍中のアント二オ猪木との出会いであった。
その時の象が子象であったのか象自体に綱引きに興じる気持ちなどなかったのか、そんな事はどうでもいい事であるが、少なくともその時の猪木の笑顔と力強さが幼い子供心に曇りの無い英雄への憧れの気持ちを抱かせてくれた事は事実である。
以降、私はその時の象との綱引きの如くフィクションかノンフィクションか分からないアント二オ猪木に憧れながら育った。
多くの子供たちの憧れと愛情を受けとめながら猪木はヒーローアント二オ猪木を演じ続けてくれた。
その姿に感謝し私も猪木を愛した。
今のプロレスラーと比較にならぬ程多くのファンに愛された男にファンへの愛が無いとは想えない。愛され育った人間は愛を持って人と接するものだ。
猪木が世間で言われているような利己主義で目立ちたがり屋だけの男であるわけが無いのだ。
小学校三年の時、衝撃を受けた。
モハメドアリを相手に卍固めもバックドロップも無い闘いを見せてくれた猪木は小学生にはまだ早いノンフィクションのアント二オ猪木であった。
私は私なりの1976年のアント二オ猪木と出会って以降、英雄を信じる心が英雄をつくるが如くアント二オ猪木を信じた。猪木が子供の頃に見た象と闘う曇りの無い笑顔とは正反対の悪人顔だった時代、長州力が安生相手に異質の試合を見せた時、自らの政権を奪った憎き長州に対して解説席で「長州だけは分かってくれている」と絶賛した。
自分のエゴや保心の為に意味無く現役選手を貶すと言われる猪木であるが、猪木自身は純粋に1976年のアント二オ猪木像を追い求めているのでは無いかと思った。
プロレスも格闘技も関係ないと言い続けてきた猪木の真意は、フィクションもノンフィクションも関係無くヒーローを演じ闘った1976年以降の猪木の一貫した信念そのものでないかと思った。
2007/06/16掲載
小川直也と猪木ゲノム
昭和42年生まれの私の高校時代、同級生の男子の多くは、小川直也、平成の三四郎古賀、桑田、清原といった同学年の新星たちの存在に刺激と多少の嫉妬を感じていたものだ。
その小川が10数年後プロレス入りしたときは驚いた。
当初は新日本マットの中で自らのスタイルを模索し立ち止まっていた感もあったが、
猪木信者にとって夢のような刺激的団体UFOが出来てからは、プロの色気と危ない雰囲気を一気に身につけ個性を確立させた。
プライドのマットに上がり勝利後、「UFOをよろしく」とマイクする小川と、同じくプライドのリングでハッスルポーズを行う小川は同じである。
自らのマット界での帰属先を求め大切にする孤高の男である。
UFOでの猪木との楽しそうな二人行脚を見ながらも、あぁ所詮、小川もいつか猪木と離れていくのだろうと思った。
それが猪木と関わった者の失望と別れの歴史であるからだ。
猪木ファンとしてもそういう別れはまた淋しいものである。
ところが小川は絶妙の距離のとり方で、少なくともファンの前では猪木との適度な距離を保ちつづけてきた。その距離のとり方が小川自身の為にもなり、ファンの為にもなるのだ。
実質的には絶縁状態のときでさえ、小川は猪木の事を「師匠」と呼び続けた。
新日本マットでデビューしながらも、団体に属さず、猪木との二人行脚を過ごした原体験が小川直也のプロレスラーとしての自我同一性になっているのだとすれば、この猪木との距離のとり方や師弟関係も納得行く気はする。
私の同学年には猪木と同じ年齢の親が多く、小川直也もそうであるらしいが、猪木とプロレスラー小川直也の師弟関係はどこか親子の縁に似てなくも無く、プロレス界には意外と存在しない確かな絆でもあると思った。
07/06/15掲載
その小川が10数年後プロレス入りしたときは驚いた。
当初は新日本マットの中で自らのスタイルを模索し立ち止まっていた感もあったが、
猪木信者にとって夢のような刺激的団体UFOが出来てからは、プロの色気と危ない雰囲気を一気に身につけ個性を確立させた。
プライドのマットに上がり勝利後、「UFOをよろしく」とマイクする小川と、同じくプライドのリングでハッスルポーズを行う小川は同じである。
自らのマット界での帰属先を求め大切にする孤高の男である。
UFOでの猪木との楽しそうな二人行脚を見ながらも、あぁ所詮、小川もいつか猪木と離れていくのだろうと思った。
それが猪木と関わった者の失望と別れの歴史であるからだ。
猪木ファンとしてもそういう別れはまた淋しいものである。
ところが小川は絶妙の距離のとり方で、少なくともファンの前では猪木との適度な距離を保ちつづけてきた。その距離のとり方が小川自身の為にもなり、ファンの為にもなるのだ。
実質的には絶縁状態のときでさえ、小川は猪木の事を「師匠」と呼び続けた。
新日本マットでデビューしながらも、団体に属さず、猪木との二人行脚を過ごした原体験が小川直也のプロレスラーとしての自我同一性になっているのだとすれば、この猪木との距離のとり方や師弟関係も納得行く気はする。
私の同学年には猪木と同じ年齢の親が多く、小川直也もそうであるらしいが、猪木とプロレスラー小川直也の師弟関係はどこか親子の縁に似てなくも無く、プロレス界には意外と存在しない確かな絆でもあると思った。
07/06/15掲載
石沢常光とケンドーカシン
もう20年ほど前になるであろうか、アマチュアレスリング専門の「月刊レスリング」という雑誌があった。
そこで編集者が普段レスリングなど観たこともないという女子大生たちに、どのレスリング選手が魅力的かと尋ねたところ、当時、早稲田大学で学生選手権を連覇していた石沢常光という答えが圧倒的だったという記事が載っていた。
女子大生たちが石沢を見たシチュエーションは誌面からか、試合会場でなのか、そこまでは忘れてしまったが、理由の殆どは「爽やかだから」ということであった。
その後、プロ入門時、ワールドプロレスリングでテレビインタビューに「スタイナー兄弟みたいな動きをしてみたいです」と笑顔で答えていた石沢の姿はあまりにも瑞瑞しく、プロ野球のルーキーのような垢抜けた爽やかさと夢に向かう大志に包まれているでようであった。
そんな爽やかだった石沢が今はギミックなのか、真の姿かは分からないが、「偏屈」「粘着質」「気難しい」といった印象をファンに与え、ケンドーカシンとして斜に構えた職業プロレスラーとして停滞期を迎えてしまっている。
石沢はアマチュアレスリング出身であるし、プロレスファン出身でも有る。
夢であるプロ入りを果たした後に感じた矛盾や失望感は他のレスラー以上であっただろう。
アマ復帰や藤原組参戦、Uインターとの抗争、パンクラス移籍の葛藤などを経ても解決できなかったプロ入り後の様々な矛盾や失望感をケンドーカシン
という「化身」として処理しているかのようだ。
ケンドーカシンの個性も魅力的といえば魅力的、面白いものであるが、私は石沢のプロレスへの失望感と割り切りの化身としての覆面姿では無く、
プロレスファン出身で、レスリング出身である現在の等身大の姿としてのキャラクター「石沢常光」の魅力をもう一度観てみたい気がする。
自らの経験と失望の影を茶化したマスクで隠す石沢より、それらの影を身にまといながらオーラと色気を放つ魅力溢れる石沢のそういう姿が総合格闘技のリングでしか観られないことは淋しいことだ。
2007/06/14掲載
そこで編集者が普段レスリングなど観たこともないという女子大生たちに、どのレスリング選手が魅力的かと尋ねたところ、当時、早稲田大学で学生選手権を連覇していた石沢常光という答えが圧倒的だったという記事が載っていた。
女子大生たちが石沢を見たシチュエーションは誌面からか、試合会場でなのか、そこまでは忘れてしまったが、理由の殆どは「爽やかだから」ということであった。
その後、プロ入門時、ワールドプロレスリングでテレビインタビューに「スタイナー兄弟みたいな動きをしてみたいです」と笑顔で答えていた石沢の姿はあまりにも瑞瑞しく、プロ野球のルーキーのような垢抜けた爽やかさと夢に向かう大志に包まれているでようであった。
そんな爽やかだった石沢が今はギミックなのか、真の姿かは分からないが、「偏屈」「粘着質」「気難しい」といった印象をファンに与え、ケンドーカシンとして斜に構えた職業プロレスラーとして停滞期を迎えてしまっている。
石沢はアマチュアレスリング出身であるし、プロレスファン出身でも有る。
夢であるプロ入りを果たした後に感じた矛盾や失望感は他のレスラー以上であっただろう。
アマ復帰や藤原組参戦、Uインターとの抗争、パンクラス移籍の葛藤などを経ても解決できなかったプロ入り後の様々な矛盾や失望感をケンドーカシン
という「化身」として処理しているかのようだ。
ケンドーカシンの個性も魅力的といえば魅力的、面白いものであるが、私は石沢のプロレスへの失望感と割り切りの化身としての覆面姿では無く、
プロレスファン出身で、レスリング出身である現在の等身大の姿としてのキャラクター「石沢常光」の魅力をもう一度観てみたい気がする。
自らの経験と失望の影を茶化したマスクで隠す石沢より、それらの影を身にまといながらオーラと色気を放つ魅力溢れる石沢のそういう姿が総合格闘技のリングでしか観られないことは淋しいことだ。
2007/06/14掲載
昭和のプロレス者・プライドに散った谷津嘉章/改稿板
私が中学1年か2年かの6月、新日の特番がワールド・プロレスリングとは別に、水曜スペシャルか何かの枠で放送された。
新日初登場のブッチャーと、この年を最後に新日を去ったハンセンが夢のタッグを結成して、猪木とレスリング出身の大型新人谷津のタッグと闘った。
この試合前、半年ほどアメリカ東部マットで、プロの試合運び、ゼスチャー、マットワークを習った谷津に対して、ブッチャーとハンセンの新人いじめとも思える暴れっぷりは壮絶を極めた。
谷津に本物の流血の洗礼を浴びせながら、その流血した傷口にブッチャーは爪をえぐりこませた。
ハンセンの肉体的猛攻とブッチャーのラフ・ファイトに失神寸前の谷津は、ついに本物の血と共に、本物の涙を流しながら、断末魔の叫びを上げてしまった。
最後、ハンセンのラリアットが決まったが、受身を知らぬ谷津の体はマットと水平の状態を保ちながら壮絶な吹っ飛び方をした。
私は以後、これほどまでに鮮烈で凄惨な試合は見たことが無い。
この試合を観戦していたレスリング全日本監督で金メダリストの富山英明は後に著書の中
で「プロレスはショーとはいえ凄まじいものがあった」と記した。
この試合でプロの洗礼を浴びたかに思えた谷津であったが、以降も、この試合がトラウマの如く、天龍のにらみつけにマット上でリアルに固まり、ブロディの額に置いた自からの左拳に対して力の無い右のナックルを連発してぶつけていった。
それらの姿は、よほど国内デビュー戦で懲りたのか、プロレスの予定調和を必死に守ろう
としているかに思えた。
国内デビュー戦を最初で最後に、ハードな試合を自身の試合から省いた谷津は、以後、当たり障りの無い「型」としてのプロレスを生業としていたかに思えた。
ところが、突然プライドに登場した谷津は、国内デビュー戦に等しいハードな試合を余儀なくされる。
グッドリッジの猛攻に試合を投げ出さず、職務を最後まで遂行した。
フラフラになりながらの、その姿に、国内デビュー戦において、瀕死の状態からハンセンのラリアットを受けて職務を遂行した若き日の谷津の姿を見た。
(2005年09月13日本サイト投稿記事を加筆修正)
2007/09/30掲載
人気blogランキングへ
新日初登場のブッチャーと、この年を最後に新日を去ったハンセンが夢のタッグを結成して、猪木とレスリング出身の大型新人谷津のタッグと闘った。
この試合前、半年ほどアメリカ東部マットで、プロの試合運び、ゼスチャー、マットワークを習った谷津に対して、ブッチャーとハンセンの新人いじめとも思える暴れっぷりは壮絶を極めた。
谷津に本物の流血の洗礼を浴びせながら、その流血した傷口にブッチャーは爪をえぐりこませた。
ハンセンの肉体的猛攻とブッチャーのラフ・ファイトに失神寸前の谷津は、ついに本物の血と共に、本物の涙を流しながら、断末魔の叫びを上げてしまった。
最後、ハンセンのラリアットが決まったが、受身を知らぬ谷津の体はマットと水平の状態を保ちながら壮絶な吹っ飛び方をした。
私は以後、これほどまでに鮮烈で凄惨な試合は見たことが無い。
この試合を観戦していたレスリング全日本監督で金メダリストの富山英明は後に著書の中
で「プロレスはショーとはいえ凄まじいものがあった」と記した。
この試合でプロの洗礼を浴びたかに思えた谷津であったが、以降も、この試合がトラウマの如く、天龍のにらみつけにマット上でリアルに固まり、ブロディの額に置いた自からの左拳に対して力の無い右のナックルを連発してぶつけていった。
それらの姿は、よほど国内デビュー戦で懲りたのか、プロレスの予定調和を必死に守ろう
としているかに思えた。
国内デビュー戦を最初で最後に、ハードな試合を自身の試合から省いた谷津は、以後、当たり障りの無い「型」としてのプロレスを生業としていたかに思えた。
ところが、突然プライドに登場した谷津は、国内デビュー戦に等しいハードな試合を余儀なくされる。
グッドリッジの猛攻に試合を投げ出さず、職務を最後まで遂行した。
フラフラになりながらの、その姿に、国内デビュー戦において、瀕死の状態からハンセンのラリアットを受けて職務を遂行した若き日の谷津の姿を見た。
(2005年09月13日本サイト投稿記事を加筆修正)
2007/09/30掲載
人気blogランキングへ
2007年10月03日
よろしくお願いいたします。
今回より、スポーツナビよりこちらのアドレスに「別冊プロレス昭和異人伝」のアドレスを移しました。
スポナビは懲り懲りです。
多い時で20000、週に一回は10000、更新していない時ですら最低2000ものアクセスを
頂いていましたが、おそらく、スポナビブログは衰退するでしょう。
アクセス数の身の丈を知らないブログ主たちが、有名ブロガー気取りで、有名人でもなかろうに数行程度のブログを公開するおぞましさは私には理解出来ません。
格闘技ファンに取って意外ですが、標準的なポータルサイトはスポナビだけです。
従って、殆どの格闘技ファンが、とりあえずスポナビを覗きます。
そのスポナビにエントリーされて誘導されたアクセス数等意味等あるのかと思います。
したがって私のブログのスポナビ掲載時のアクセス数もバブルと思って頂いて結構です。
もちろん、中にはK-1心中様のように他の雨後のタケノコのように乱立するK-1プログと
明らかに一線を画すブログもおられます。
さて、私はこのブログで、これまでのようにスポナビの他の住人、訪問者に気を使う事無く、自分らしさを持って、アクセス数にこだわらず記事を書いて行くつもりです。
スポナビで書いていた記事は、スポナビアーカイブズという項目に随時、取り込んでいく
つもりです。
手動での取り込みですので、時間がかかりますが、ぼちぼち、していきます。
また、記事の方は早ければ明日からでも新着記事を掲載して行くつもりです。
プロレス昭和異人伝本サイトのほうでは極私的な雑記を、こちらのブログではプロレスや
格闘技に対しての私的な考えを記していくつもりです。
読者の方々とは、近いうち、大阪限定ですが、オフ会のような形で、交流出来れば嬉しいと思っております。
場末の安酒場でプロレスや格闘技を語り合えたら嬉しいと思っています。
その時は告知致しますので、よろしくお願いいたします。
スポナビは懲り懲りです。
多い時で20000、週に一回は10000、更新していない時ですら最低2000ものアクセスを
頂いていましたが、おそらく、スポナビブログは衰退するでしょう。
アクセス数の身の丈を知らないブログ主たちが、有名ブロガー気取りで、有名人でもなかろうに数行程度のブログを公開するおぞましさは私には理解出来ません。
格闘技ファンに取って意外ですが、標準的なポータルサイトはスポナビだけです。
従って、殆どの格闘技ファンが、とりあえずスポナビを覗きます。
そのスポナビにエントリーされて誘導されたアクセス数等意味等あるのかと思います。
したがって私のブログのスポナビ掲載時のアクセス数もバブルと思って頂いて結構です。
もちろん、中にはK-1心中様のように他の雨後のタケノコのように乱立するK-1プログと
明らかに一線を画すブログもおられます。
さて、私はこのブログで、これまでのようにスポナビの他の住人、訪問者に気を使う事無く、自分らしさを持って、アクセス数にこだわらず記事を書いて行くつもりです。
スポナビで書いていた記事は、スポナビアーカイブズという項目に随時、取り込んでいく
つもりです。
手動での取り込みですので、時間がかかりますが、ぼちぼち、していきます。
また、記事の方は早ければ明日からでも新着記事を掲載して行くつもりです。
プロレス昭和異人伝本サイトのほうでは極私的な雑記を、こちらのブログではプロレスや
格闘技に対しての私的な考えを記していくつもりです。
読者の方々とは、近いうち、大阪限定ですが、オフ会のような形で、交流出来れば嬉しいと思っております。
場末の安酒場でプロレスや格闘技を語り合えたら嬉しいと思っています。
その時は告知致しますので、よろしくお願いいたします。
私的雑感/格闘技イベント存続と大衆性
プロと名のつく以上、格闘技であれ、プロレスであれ、観客を置き去りにした勝手な
闘いを繰り広げる事は出来ない。
単純に強さや技術だけでない付加価値を観客に提供出来てこそプロである。
私が嫌なのは最近の格闘技選手に多い事だが、勝利後、セコンドたちと狂喜乱舞している
選手の姿を見る事である。
辛い練習を共に乗り越えて来た仲間たちと勝利を分かち合いたい気持ちは痛い程分かる。
私も格闘技経験者のはしくれだからだ。
しかし、残念なのは、そういった風景が私が闘って来たアマチュアの世界と何ら変わらな
い風景だからである。
セコンドと抱き合う姿が悪いのではない。
抱き合う光景の先にどれだけの選手がファンに対しての自分を考えているのだろうか?
観客を置き去りにして勝利の余韻に浸るのでなく、セコンドや仲間たちへの気持ちと同じ
くらいの熱さでファンに愛情を持てている選手等いるだろうか?
プロレス団体としてスタートしたパンクラスであるが、今は完全にアマチュア臭漂う団体
になりつつ有る。
しかしながら幸いにも、近藤有己、伊藤崇文といった選手を包むオーラや波動はプロレス
ラーそのものである。
自分の技術、強さ以外に、何を観客に与えられるかを、どんな付加価値をつけた自分を
観客に見せられるかを常に考える男たちである。
プロレスラーが格闘技にからめば、商業格闘家、視聴率至上主義、話題優先など、
ネガティヴな話題が出る事が多いが、私が思うに、観客に見せる以上、全て商業イベント
ではないか?
商業か否かよりも、そこに商道徳があるかどうかなのだ。
そういう意味で、リアルファイトと言うステージでお金を出す観客に対して、自分の価値
を提供しようとする意識を持つプロレスラーたちが、単に強い、弱い、技術うんぬん
では無く、伝えようとするメッセージは、大衆に対して非常に商道徳の強いものであると
思っている。
観客よりも、身内に受ける、入場シーンやパフォーマンスを立派にこなし、単なる宴会の
隠し芸ノリを持って、ショーマンシップだと錯覚している格闘家も多い。
リアルファイトの技術レベルが上がっている今こそ、自分たちのショーマンシップ、
つまり観客に強さや技以外の何を提供出来るかについて考えてみても良いのではないか?
日本チャンプですら副業を持たざるを得ないボクシングと比較して、総合格闘家の選手は
頑張れば注目を浴びれる可能性は高い。
私にも大いに頑張る総合格闘技の仲間たちがいる。
仕事と共に練習をこなし、みな誠実に格闘技に自分を賭けているのだ。
ショーマンシップや観客意識等、今は二の次である。
膠着しないアグレッシブな技術と精神を高めれば良い。
しかし、柔道に賭けても、レスリングに賭けても、仕事に賭けても、頑張った結果プロ
の脚光を浴びれるジャンルは早々ないのだ。
比べて総合格闘技は、ブームの余熱で、自己顕示欲、自己確認といった気持ちだけで
あっても、頑張りさえすれば、名前を売れるジャンルであることに違いない。
しかし余熱は間もなく消え去るはずである。
副業なんかせずに格闘技一本で生活したい。スターに成りたい。
そう思うならばプロレスラーを見る事である。
道徳観を伴った商業性を学ぶ事である。
仲間たちより観客への愛を優先する事である。
自己顕示欲より、他者へ提供出来る分配欲求を優先する事である。
アマチュアの意識のまま上がるのなら、やがて格闘技ブームは消え去り、パンクラスのよ
うな適正な市場規模に戻って行くだろう。
そうなると、いくら頑張ろうが、強くなろうが、大晦日の夢舞台等も無く、小さなマニア
だけの世界という事に成ってしまう。
私は格闘技というのは本来、そういう規模だと思っているし、だからこそ単に強さだけを
純粋に追求出来るとも思っている。
しかし不幸にも選手、ファンともに大型格闘技イベントの刺激の洗礼を受けてきてしまっ
ているのだ。
つまりファンも選手も総合格闘技のピュアな部分だけを求めながらも、大いなる商業主義
の格闘技イベントを観てきた矛盾と錯覚をはらんでいるのだ。
ならば大型格闘技イベントという舞台を失いたくなければ、そこにプロレスラーが出て欲しくなければ、自分たちの大衆性、プロ意識、ショーマンシップを今一度考えるべきである。
自分たちの報酬が、どういうファンのどういう金で成り立っているのか、考えれば良い。
どれだけ大衆に愛され、金を出して大きな会場に来てもらえる意味を、自分たちの試合で
どれだけの観客にチケット以上のものを見せられるかを、どれだけの関係者を潤わせられ
るかをだ。
選手たちが満足する対価、イベント規模、注目度。
ファンたちが満足するイベント性、高揚感、演出感。
それらが大衆性や経済的実態が無くても可能だった格闘技バブルへの未練からか、未だに
総合格闘技界はファン、選手ともに大型イベント願望、メジャー指向だけは強いようである。
2007/09/06掲載
闘いを繰り広げる事は出来ない。
単純に強さや技術だけでない付加価値を観客に提供出来てこそプロである。
私が嫌なのは最近の格闘技選手に多い事だが、勝利後、セコンドたちと狂喜乱舞している
選手の姿を見る事である。
辛い練習を共に乗り越えて来た仲間たちと勝利を分かち合いたい気持ちは痛い程分かる。
私も格闘技経験者のはしくれだからだ。
しかし、残念なのは、そういった風景が私が闘って来たアマチュアの世界と何ら変わらな
い風景だからである。
セコンドと抱き合う姿が悪いのではない。
抱き合う光景の先にどれだけの選手がファンに対しての自分を考えているのだろうか?
観客を置き去りにして勝利の余韻に浸るのでなく、セコンドや仲間たちへの気持ちと同じ
くらいの熱さでファンに愛情を持てている選手等いるだろうか?
プロレス団体としてスタートしたパンクラスであるが、今は完全にアマチュア臭漂う団体
になりつつ有る。
しかしながら幸いにも、近藤有己、伊藤崇文といった選手を包むオーラや波動はプロレス
ラーそのものである。
自分の技術、強さ以外に、何を観客に与えられるかを、どんな付加価値をつけた自分を
観客に見せられるかを常に考える男たちである。
プロレスラーが格闘技にからめば、商業格闘家、視聴率至上主義、話題優先など、
ネガティヴな話題が出る事が多いが、私が思うに、観客に見せる以上、全て商業イベント
ではないか?
商業か否かよりも、そこに商道徳があるかどうかなのだ。
そういう意味で、リアルファイトと言うステージでお金を出す観客に対して、自分の価値
を提供しようとする意識を持つプロレスラーたちが、単に強い、弱い、技術うんぬん
では無く、伝えようとするメッセージは、大衆に対して非常に商道徳の強いものであると
思っている。
観客よりも、身内に受ける、入場シーンやパフォーマンスを立派にこなし、単なる宴会の
隠し芸ノリを持って、ショーマンシップだと錯覚している格闘家も多い。
リアルファイトの技術レベルが上がっている今こそ、自分たちのショーマンシップ、
つまり観客に強さや技以外の何を提供出来るかについて考えてみても良いのではないか?
日本チャンプですら副業を持たざるを得ないボクシングと比較して、総合格闘家の選手は
頑張れば注目を浴びれる可能性は高い。
私にも大いに頑張る総合格闘技の仲間たちがいる。
仕事と共に練習をこなし、みな誠実に格闘技に自分を賭けているのだ。
ショーマンシップや観客意識等、今は二の次である。
膠着しないアグレッシブな技術と精神を高めれば良い。
しかし、柔道に賭けても、レスリングに賭けても、仕事に賭けても、頑張った結果プロ
の脚光を浴びれるジャンルは早々ないのだ。
比べて総合格闘技は、ブームの余熱で、自己顕示欲、自己確認といった気持ちだけで
あっても、頑張りさえすれば、名前を売れるジャンルであることに違いない。
しかし余熱は間もなく消え去るはずである。
副業なんかせずに格闘技一本で生活したい。スターに成りたい。
そう思うならばプロレスラーを見る事である。
道徳観を伴った商業性を学ぶ事である。
仲間たちより観客への愛を優先する事である。
自己顕示欲より、他者へ提供出来る分配欲求を優先する事である。
アマチュアの意識のまま上がるのなら、やがて格闘技ブームは消え去り、パンクラスのよ
うな適正な市場規模に戻って行くだろう。
そうなると、いくら頑張ろうが、強くなろうが、大晦日の夢舞台等も無く、小さなマニア
だけの世界という事に成ってしまう。
私は格闘技というのは本来、そういう規模だと思っているし、だからこそ単に強さだけを
純粋に追求出来るとも思っている。
しかし不幸にも選手、ファンともに大型格闘技イベントの刺激の洗礼を受けてきてしまっ
ているのだ。
つまりファンも選手も総合格闘技のピュアな部分だけを求めながらも、大いなる商業主義
の格闘技イベントを観てきた矛盾と錯覚をはらんでいるのだ。
ならば大型格闘技イベントという舞台を失いたくなければ、そこにプロレスラーが出て欲しくなければ、自分たちの大衆性、プロ意識、ショーマンシップを今一度考えるべきである。
自分たちの報酬が、どういうファンのどういう金で成り立っているのか、考えれば良い。
どれだけ大衆に愛され、金を出して大きな会場に来てもらえる意味を、自分たちの試合で
どれだけの観客にチケット以上のものを見せられるかを、どれだけの関係者を潤わせられ
るかをだ。
選手たちが満足する対価、イベント規模、注目度。
ファンたちが満足するイベント性、高揚感、演出感。
それらが大衆性や経済的実態が無くても可能だった格闘技バブルへの未練からか、未だに
総合格闘技界はファン、選手ともに大型イベント願望、メジャー指向だけは強いようである。
2007/09/06掲載

