昨日、アドレスを変更した旨、告知いたしましたが、正確にはメールアドレスの変更でした。
大変申し訳ありません。
今後ともよろしく御願いいたします。
2008年01月31日
お詫び・メールアドレス変更のお知らせ
posted by shingol at 20:54| 管理人より
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posted by shingol at 19:01| 私の好きな有機的な世界
モーレツ!しごき教室に前田日明が?
私くらいの世代の関西人ならば、関西ローカルで毎週土曜午後2時から放送されていた「モーレツしごき教室」の事はよくご存知であろう。
司会がやすし・きよしで、レギュラーのオール阪神・巨人、寛平、木村進といった連中が、各種世界のエキスパートのしごきを受けるという番組だ。
私が覚えているのは巨人師匠が空手のしごきを受けるにも関わらず、実際の空手の指導員を倒してしまった事だ。
あれには驚いてしまった。
この番組に藤波が出た事は覚えているのだが、その時一緒に出ていた若手が前田日明だったとは驚いた。
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私の自己紹介です。興味あれば見てください。
司会がやすし・きよしで、レギュラーのオール阪神・巨人、寛平、木村進といった連中が、各種世界のエキスパートのしごきを受けるという番組だ。
私が覚えているのは巨人師匠が空手のしごきを受けるにも関わらず、実際の空手の指導員を倒してしまった事だ。
あれには驚いてしまった。
この番組に藤波が出た事は覚えているのだが、その時一緒に出ていた若手が前田日明だったとは驚いた。
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posted by shingol at 18:22| 私の好きな有機的な世界
戦極/格闘技界の闇の利権と一線を引く福田会長の意思
ブーム消滅後のムラ化したジャンルの住人は、とかく、新参者を拒む傾向が強いようだ。
戦極というネーミングからしてセンスのかけらも無いと言いがかり的な批判をしている者には驚いてしまう。
総合格闘技という市場において受け皿的な救世主であるはずのスポンサーの正当な評価もされていなようである。
まさにプロレス村でのメガネスーパー排除の時と同じ匂いである。
そういうムラ社会で苦労するのは、いつの世も、善意のスポンサーたちである。
普通に考えれば分かると思うが、コミッショナーに元・警視総監が就任している意味をどれほどの人が知っているだろう。
格闘技界の闇の利権が無くなり、健全なイベントとして世に初めて出るイベントである。
福田会長が元・警視総監を苦労してコミッショナーに就けたという意図は、徹底的に闇社会との関わりを防ぐためのある種の決意である。
一部、松浪氏の過去の汚点を持ち出す人もいたが、松浪氏が関係を絶たれなかったのはあくまで地元のそれである。
以後、人一倍関係に気をつける松浪氏であっても、戦極的には名前を借りるくらいのものだ。
今の総合格闘技界に必要なのはある意味、アマチュアリズムの健全さである。
それは誰よりも福田会長が知っている。
私はこれで、黒い連中が陣取る格闘技会場を見なくても済む事が何よりも嬉しい。
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私の自己紹介です。興味あれば見てください。
孤高の男らしい復活を/田村潔司
スーツの似合うプロレスラーになれ
イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
戦極というネーミングからしてセンスのかけらも無いと言いがかり的な批判をしている者には驚いてしまう。
総合格闘技という市場において受け皿的な救世主であるはずのスポンサーの正当な評価もされていなようである。
まさにプロレス村でのメガネスーパー排除の時と同じ匂いである。
そういうムラ社会で苦労するのは、いつの世も、善意のスポンサーたちである。
普通に考えれば分かると思うが、コミッショナーに元・警視総監が就任している意味をどれほどの人が知っているだろう。
格闘技界の闇の利権が無くなり、健全なイベントとして世に初めて出るイベントである。
福田会長が元・警視総監を苦労してコミッショナーに就けたという意図は、徹底的に闇社会との関わりを防ぐためのある種の決意である。
一部、松浪氏の過去の汚点を持ち出す人もいたが、松浪氏が関係を絶たれなかったのはあくまで地元のそれである。
以後、人一倍関係に気をつける松浪氏であっても、戦極的には名前を借りるくらいのものだ。
今の総合格闘技界に必要なのはある意味、アマチュアリズムの健全さである。
それは誰よりも福田会長が知っている。
私はこれで、黒い連中が陣取る格闘技会場を見なくても済む事が何よりも嬉しい。
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孤高の男らしい復活を/田村潔司
スーツの似合うプロレスラーになれ
イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
posted by shingol at 18:08| 新・レッスルする世界
孤高の男らしい復活を/田村潔司
K-1心中様の記事を拝見して、私も田村対金の再戦が見たくなってきた。
前田日明の「もっと出稽古にいって自分を追いつめろ」という意見がある。
田村の強さとは若き頃の出稽古によってもたらされたものだ。
まだ総合格闘技の技術が確立されていなかった頃、打倒極一つ一つの分解技術を求めて、それぞれの分野の道場に出かけ続けた。
まだUWF神話の崩壊していない頃より、田村は60キロ台のアマチュアに極められていた事をカミングアウトしていた。
若かった当時、すでに書くべき恥は書いていたという事であろう。
当時の分解技術の習得によって、田村なりのUWFスタイルというものが完成しているのだから今更出稽古に頼る事も無いであろう。
完成したスタイルの穴を自分自身で何とか埋め合わせ、あくまで自己の調整法によって、閉塞感を打破してほしいものだ。
Uファイルとは田村が孤独な技術習得の旅路の果てに創り上げた田村にとっての理想郷でもある。
そのUファイルを守る為にも、あくまで孤高の男らしい復活を望んでいる。
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イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
前田日明の「もっと出稽古にいって自分を追いつめろ」という意見がある。
田村の強さとは若き頃の出稽古によってもたらされたものだ。
まだ総合格闘技の技術が確立されていなかった頃、打倒極一つ一つの分解技術を求めて、それぞれの分野の道場に出かけ続けた。
まだUWF神話の崩壊していない頃より、田村は60キロ台のアマチュアに極められていた事をカミングアウトしていた。
若かった当時、すでに書くべき恥は書いていたという事であろう。
当時の分解技術の習得によって、田村なりのUWFスタイルというものが完成しているのだから今更出稽古に頼る事も無いであろう。
完成したスタイルの穴を自分自身で何とか埋め合わせ、あくまで自己の調整法によって、閉塞感を打破してほしいものだ。
Uファイルとは田村が孤独な技術習得の旅路の果てに創り上げた田村にとっての理想郷でもある。
そのUファイルを守る為にも、あくまで孤高の男らしい復活を望んでいる。
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イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
posted by shingol at 07:03| 新・レッスルする世界
2008年01月30日
私の好きなアナログな「テクノ」
私は中学生のときYMOに直撃された世代である。
四十を越えて久しぶりにYMOを見たとき、坂本龍一は好きではないのに、少し白髪に憧れてしまった。
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プロレスラーに痛みは必要か?
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イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
posted by shingol at 22:00| 私の好きな有機的な世界
井筒をオカマにするぞ
私が目の前にいたら間違いなくオカマにさせる馬鹿は井筒である。
オカマにさせるといっても私にそういう趣味は無い。
精神的に不能にさせるくらい、かしこくさせたい馬鹿な奴という事である。
それと我々はパッチギとはいわないパチキである。
井筒にパチキしてやりたいものだ。
といっても私は父の二の舞を踏んで臭い飯は絶対に食べないと誓った人間なので、こういうブログで女々しく批判するしか出来ないという事でご容赦願いたい。
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プロレスラーに痛みは必要か?
オカマにさせるといっても私にそういう趣味は無い。
精神的に不能にさせるくらい、かしこくさせたい馬鹿な奴という事である。
それと我々はパッチギとはいわないパチキである。
井筒にパチキしてやりたいものだ。
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イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
posted by shingol at 21:09| 管理人より
スーツの似合うプロレスラーになれ
昔のプロレスラーは世間の人間とは明らかに異なる風体をしていたものであった。
私が子供御頃に憧れたのは、プロレスラーのスーツ姿であった。
スーツ等着た事の無い子供でも分かる仕立ての良いスーツの高級な生地がプロレス雑誌のグラビアに光沢を映し出していた。
その光沢は、世間の手の届かない高級仕立てのスーツを身につけるプロレスラーたちが、世間の人たちに畏怖の念を感じさせるに充分なプロレスラーの輝きでもあったのだ。
あるいは、プロレスラー独特の襟だしスーツがあった。
これまた高級感あるシャツの襟をスーツの襟に重ねラフに装うプロレスラーたちの格好は、これまた世間の人たちが真似出来ない自由人であることを象徴する格好でもあった。
つまり経済的にも、生き方にも、世間の人たちが羨む世界を、プロレスーたちは身だしなみを持って表現していたのである。
しかし大切なのはどちらにしてもスーツであったという事である。
スーツが似合うという事は世間に通じるという事でもある。
プロレスラーとは、異形の人でありながら、世間と接していた時代の事である。
今のプロレスラーにスーツの似合う者などいるであろうか?
世間のガキの二番煎じの格好で、プロレス界のファッション・リーダーを気取っても、世間からの認知を得る事は永遠に無いであろう。
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イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
私が子供御頃に憧れたのは、プロレスラーのスーツ姿であった。
スーツ等着た事の無い子供でも分かる仕立ての良いスーツの高級な生地がプロレス雑誌のグラビアに光沢を映し出していた。
その光沢は、世間の手の届かない高級仕立てのスーツを身につけるプロレスラーたちが、世間の人たちに畏怖の念を感じさせるに充分なプロレスラーの輝きでもあったのだ。
あるいは、プロレスラー独特の襟だしスーツがあった。
これまた高級感あるシャツの襟をスーツの襟に重ねラフに装うプロレスラーたちの格好は、これまた世間の人たちが真似出来ない自由人であることを象徴する格好でもあった。
つまり経済的にも、生き方にも、世間の人たちが羨む世界を、プロレスーたちは身だしなみを持って表現していたのである。
しかし大切なのはどちらにしてもスーツであったという事である。
スーツが似合うという事は世間に通じるという事でもある。
プロレスラーとは、異形の人でありながら、世間と接していた時代の事である。
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イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
プロレスラーに痛みは必要か?
posted by shingol at 20:49| 新・レッスルする世界
2008年01月29日
ネルを応援してください/2
私は国籍上は日本人になったので、ラモス、小錦が好きだ。
私は民族上は外国人なので、日本が好きで頑張っている外国人が好きだ。
けれどネルは何者であろうと魅力的なアーチストだ。
ネルに日本で成功して欲しい。
心から応援している。
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posted by shingol at 20:29| 私の好きな有機的な世界
イノキゲノムよ、プロレス村を脱出せよ
IGFは純然たるプロレスである。
しかし、プロレスのカテゴリーに入るには、プロレス村の趣とは異なる世界なのだから、私は、もう、IGFはプロレスファンに頼らず、独自の道を進んでいった方が良いのだと思っている。
例えば、プロレス雑誌等読む事も無いながら、かつてのプロレスブームの残像を楽しもうかという一見さんを固定ファンにしてもいいのではないかと思う。
少なくとも、そういうファンにはプロレス村の色も匂いもついていない。
もちろん、そのようなファンだけで団体を継続出来る困難さは知りはするが、少なくとも、今のプロレス村の住人たちに評価されるままならIGFには未来は無いであろう。
プロレスブーム以降、全てのプロレスは説明過多、過剰サービスに走りすぎてしまった。
ファンが沸けば、良い試合。
結末がしっかりとしていれば良い興行。
リアルでないなら純プロレス。
馬鹿な事だ。
小説を読めない人間。
ハリウッド映画しか楽しめない人間。
受け身的な娯楽しか楽しめない人間。
能動的に答えの無い物を想像する楽しさを知らない人間。
プロレスブームを経た後のプロレス村の住人とて、それらと同じなのである。
涌かない試合ほど面白い物は無い。
何がしたいのか分からない試合ほど興味を引かれる物は無い。
噛み合ない試合ほど凝視してしまう物は無い。
あっさりと終わってしまった試合ほど余韻の残る物は無い。
総合格闘技でないプロレスでの闘いほど殺気立つ物は無い。
なのに、それら全ての正反対を価値感を求める現在のプロレス村のファンたちにIGFは必要ないであろうし、また、IGFは彼らの価値観で勝手に評論される筋合いも無いであろう。
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私の好きな格好良すぎるアナログの世界
ネルを応援して下さい/2
しかし、プロレスのカテゴリーに入るには、プロレス村の趣とは異なる世界なのだから、私は、もう、IGFはプロレスファンに頼らず、独自の道を進んでいった方が良いのだと思っている。
例えば、プロレス雑誌等読む事も無いながら、かつてのプロレスブームの残像を楽しもうかという一見さんを固定ファンにしてもいいのではないかと思う。
少なくとも、そういうファンにはプロレス村の色も匂いもついていない。
もちろん、そのようなファンだけで団体を継続出来る困難さは知りはするが、少なくとも、今のプロレス村の住人たちに評価されるままならIGFには未来は無いであろう。
プロレスブーム以降、全てのプロレスは説明過多、過剰サービスに走りすぎてしまった。
ファンが沸けば、良い試合。
結末がしっかりとしていれば良い興行。
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小説を読めない人間。
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受け身的な娯楽しか楽しめない人間。
能動的に答えの無い物を想像する楽しさを知らない人間。
プロレスブームを経た後のプロレス村の住人とて、それらと同じなのである。
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何がしたいのか分からない試合ほど興味を引かれる物は無い。
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あっさりと終わってしまった試合ほど余韻の残る物は無い。
総合格闘技でないプロレスでの闘いほど殺気立つ物は無い。
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posted by shingol at 20:01| 新・レッスルする世界
プロレスラーに痛みは必要か?
私はプロレスに本物の痛み等必要だろうか?とも思う。
少し考えてみたら分かるかと思うが、人が痛がっているのを見て喜ぶ人間なんているのだろうか?
きつい打撃は、相手をリアルにKOするためにある技であって、受ける相手に放つものではないであろう。
きつい打撃技を身体を張って受け合う事は、いつからプロレスラーの本質になったのだろうか?
プロレスが闘いを放棄してからは益々、きつい打撃技での痛さを免罪符にしだしてきた気がする。
昔のプロレスは安易に相手のきつい技を受ける事は無かった。
ラッシャー木村のチョップがきつければ、猪木は半身で流していたものだ。
逆に、そのほうがリアリティも感じられた。
プロレスとは闘いである。
前田日明の蹴りを真正面から受け止めた藤波よりも、私は金原の蹴りを必死にさばこうとした永田の姿が好きである。
プロレスラーの痛みとは、リアルであれ、約束事であれ、プロレスという職務を全うする上でのあらゆる要素を重ねた上での「痛み」だ。
受け身を繰り返し、間接痛を生じたり、神経が麻痺したりする。
その身体で巡業を繰り返す。
プロレスラーでいる事が充分痛みを感じている事なのに、更に激しい打撃技という項目等プロレスに必要なのかと思う。
約束事に終始するプロレスならば、ゆるいストンピングで試合を組み立てれば良い。
闘いを意識するプロレスならば、蹴りはさばけば良い。
どちらにしても、プロレスラーたちは充分痛みを持ってプロレスという職業を全うしているのだ。
もう、これ以上のハードヒットはいらないだろうと私は思っている。
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少し考えてみたら分かるかと思うが、人が痛がっているのを見て喜ぶ人間なんているのだろうか?
きつい打撃は、相手をリアルにKOするためにある技であって、受ける相手に放つものではないであろう。
きつい打撃技を身体を張って受け合う事は、いつからプロレスラーの本質になったのだろうか?
プロレスが闘いを放棄してからは益々、きつい打撃技での痛さを免罪符にしだしてきた気がする。
昔のプロレスは安易に相手のきつい技を受ける事は無かった。
ラッシャー木村のチョップがきつければ、猪木は半身で流していたものだ。
逆に、そのほうがリアリティも感じられた。
プロレスとは闘いである。
前田日明の蹴りを真正面から受け止めた藤波よりも、私は金原の蹴りを必死にさばこうとした永田の姿が好きである。
プロレスラーの痛みとは、リアルであれ、約束事であれ、プロレスという職務を全うする上でのあらゆる要素を重ねた上での「痛み」だ。
受け身を繰り返し、間接痛を生じたり、神経が麻痺したりする。
その身体で巡業を繰り返す。
プロレスラーでいる事が充分痛みを感じている事なのに、更に激しい打撃技という項目等プロレスに必要なのかと思う。
約束事に終始するプロレスならば、ゆるいストンピングで試合を組み立てれば良い。
闘いを意識するプロレスならば、蹴りはさばけば良い。
どちらにしても、プロレスラーたちは充分痛みを持ってプロレスという職業を全うしているのだ。
もう、これ以上のハードヒットはいらないだろうと私は思っている。
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posted by shingol at 05:46| 新・レッスルする世界
2008年01月27日
70年代アメリカの覆面レスラーたち
私が子供の頃の覆面レスラーほど、神秘的で、得体の知れない雰囲気を醸し出す存在は無かった。
メキシコの覆面レスラーは文字通り、ペルソナ(仮面)を持って個性を演出していた。
しかしアメリカの覆面レスラーは、逆に、個性を消す為にペルソナを被る者の、不気味さを感じさせてくれた。
個性をこれでもかとばかり誇張するメキシコの覆面のデザインよりも、個性を消し去る為の顔隠しとしての意味しか感じさせないアメリカの覆面のデザインであったが、それでもシンプルな中に不変な調和のとれたデザインを感じさせてくれるものであった。
メキシコの覆面は当時から、奇麗に縫製・裁断された上に、カラフルで派手なデザインのものが多かった。
しかし私はアメリカの側頭部が膨らんでいるような未熟な縫製の覆面に、何故か丁寧な作りを感じてしまった。
それがアナログ感というものかも知れない。
私が興味を抱いたのはジャケットやスーツ姿のアメリカの覆面レスラーたちであった。
リングの上の覆面レスラーよりも、衣服を着ている時の覆面レスラーのほうが、非日常的に思えた。
奇妙で、怪しげな風体が、子供時分の私をどこかへ連れ去る不気味な使者のようにも思えた。
ミスター・レスリング2号対アサシンのテレビインタビュー
アントニオ猪木の「闘うプロレス」という動詞の愛
前田日明は何故、怒ったか?
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メキシコの覆面レスラーは文字通り、ペルソナ(仮面)を持って個性を演出していた。
しかしアメリカの覆面レスラーは、逆に、個性を消す為にペルソナを被る者の、不気味さを感じさせてくれた。
個性をこれでもかとばかり誇張するメキシコの覆面のデザインよりも、個性を消し去る為の顔隠しとしての意味しか感じさせないアメリカの覆面のデザインであったが、それでもシンプルな中に不変な調和のとれたデザインを感じさせてくれるものであった。
メキシコの覆面は当時から、奇麗に縫製・裁断された上に、カラフルで派手なデザインのものが多かった。
しかし私はアメリカの側頭部が膨らんでいるような未熟な縫製の覆面に、何故か丁寧な作りを感じてしまった。
それがアナログ感というものかも知れない。
私が興味を抱いたのはジャケットやスーツ姿のアメリカの覆面レスラーたちであった。
リングの上の覆面レスラーよりも、衣服を着ている時の覆面レスラーのほうが、非日常的に思えた。
奇妙で、怪しげな風体が、子供時分の私をどこかへ連れ去る不気味な使者のようにも思えた。
ミスター・レスリング2号対アサシンのテレビインタビュー
アントニオ猪木の「闘うプロレス」という動詞の愛
前田日明は何故、怒ったか?
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posted by shingol at 21:53| 新・レッスルする世界
アントニオ猪木の「闘うプロレス」という動詞の愛
私は子供の頃より、アントニオ猪木の「闘うプロレス」に夢中でした。
幼い頃より両親が共働きでしたし、後に離婚もしました。
実生活の不安に対して、常に、アントニオ猪木から「勇気」をもらっていたものです。
私にそういうものを与えてくれるアントニオ猪木の存在は、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、子供の私にとっても、どうでも良い事でした。
与えてくれたものが、実際の熱量を伴った「闘い」ならば、その闘いがリアルであれ、フェイクであれ、関係のない事だと子供心に思っていたからです。
駅のホームで携帯電話で話しながら頭を下げているサラリーマンをよく見かけます。
そのサラリーマンの気持ちがリアルな感謝であれ、フェイクな気持ちであれ、サラリーマンが頭を下げている行為は多少の熱を生み出します。
よく人間は本音や建前を分けたがるものですが、相手に伝わる気持ちを動作に込め、それが例えなりとも熱量(消費量)を発生すれば、極端な話、本心等関係ないものです。
考えるだけで脳内で、いくら相手の事を想っても、伝わらなければ意味は在りません。
伝える為の動作に、リアルもフェイクもありません。
また、動作は時として本心を凌駕する真心も生み出します。
そういう意味で、サラリーマンの例えに通じるかどうかは分かりませんが、実際にアントニオ猪木が、リング上で、リアルな闘いと同等の熱量を持って、フィクションとしてのアントニオ猪木を演じ続けてくれた世界は、本当の心とは別次元の、完全な動詞の世界でもあります。
元々、その動詞の世界に乗っかったのがプロレスファンであるはずでした。
また我々の父の世代のくらいの人間は粋な男が多かったものです。
付き合う女に、わざわざ、本心の愛を求めたりしなかったものです。
本心とは裏腹の部分でも、付き合う男と女が、お互いを喜ばせる為に振る舞う言葉、行動、全ての言動は、動詞の愛に他なりません。
その動詞の愛さえ、提供してくれれば、充分だったのでしょうから、本心を覗こうと相手に心内のストリップ行為を要求する事等意味も無かったのでしょう。
愛情というものが相手の本心にばかり在ると考える輩は絶対に愛に満たされません。
動作、動詞で示す愛情表現は、たとえ本心がどう在れ、実際の熱量を伴う愛に他ならないからです。
プロレスファンにも、そしてプロレスラー側にも、似た傾向が在ります。
付き合う相手に本心か建前をしっかりと求めるように、リアルかショーかの区別をつけたがるファンが増えました。
またプロレスラー側の考えはもっとひどいものです。
私は本当はあなたを好きではないので嘘の私を楽しんでほしいと堂々と宣言しているようなものです。
リアルでないから、もう闘いは辞めようと短絡的な結論を出してしまっているのです。
そう思うプロレスラーたちは、ファンに「闘い」を演じ続け提供しようとする動詞の愛等放棄してしまっていますし、また、ファンもまた、自分たちを騙し続けてくれる相手に乗っかる楽しみを放棄してしまっているのです。
どのようなファンも馬鹿ではありませんので、プロレスをリアルと信じ続ける必要も無いでしょう。
しかし「闘い」の意識を持って「闘い」を演じ続け、遂行していくプロレスの世界は、本心、つまり本当のリアル・ファイトを凌駕する色気や勇気を与えてくれるものです。
単純にリアルファイトか、エンターティメントかの二分化しか出来ない今のプロレス界に先はあるのでしょうか?
前田日明は何故、怒ったか?
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幼い頃より両親が共働きでしたし、後に離婚もしました。
実生活の不安に対して、常に、アントニオ猪木から「勇気」をもらっていたものです。
私にそういうものを与えてくれるアントニオ猪木の存在は、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、子供の私にとっても、どうでも良い事でした。
与えてくれたものが、実際の熱量を伴った「闘い」ならば、その闘いがリアルであれ、フェイクであれ、関係のない事だと子供心に思っていたからです。
駅のホームで携帯電話で話しながら頭を下げているサラリーマンをよく見かけます。
そのサラリーマンの気持ちがリアルな感謝であれ、フェイクな気持ちであれ、サラリーマンが頭を下げている行為は多少の熱を生み出します。
よく人間は本音や建前を分けたがるものですが、相手に伝わる気持ちを動作に込め、それが例えなりとも熱量(消費量)を発生すれば、極端な話、本心等関係ないものです。
考えるだけで脳内で、いくら相手の事を想っても、伝わらなければ意味は在りません。
伝える為の動作に、リアルもフェイクもありません。
また、動作は時として本心を凌駕する真心も生み出します。
そういう意味で、サラリーマンの例えに通じるかどうかは分かりませんが、実際にアントニオ猪木が、リング上で、リアルな闘いと同等の熱量を持って、フィクションとしてのアントニオ猪木を演じ続けてくれた世界は、本当の心とは別次元の、完全な動詞の世界でもあります。
元々、その動詞の世界に乗っかったのがプロレスファンであるはずでした。
また我々の父の世代のくらいの人間は粋な男が多かったものです。
付き合う女に、わざわざ、本心の愛を求めたりしなかったものです。
本心とは裏腹の部分でも、付き合う男と女が、お互いを喜ばせる為に振る舞う言葉、行動、全ての言動は、動詞の愛に他なりません。
その動詞の愛さえ、提供してくれれば、充分だったのでしょうから、本心を覗こうと相手に心内のストリップ行為を要求する事等意味も無かったのでしょう。
愛情というものが相手の本心にばかり在ると考える輩は絶対に愛に満たされません。
動作、動詞で示す愛情表現は、たとえ本心がどう在れ、実際の熱量を伴う愛に他ならないからです。
プロレスファンにも、そしてプロレスラー側にも、似た傾向が在ります。
付き合う相手に本心か建前をしっかりと求めるように、リアルかショーかの区別をつけたがるファンが増えました。
またプロレスラー側の考えはもっとひどいものです。
私は本当はあなたを好きではないので嘘の私を楽しんでほしいと堂々と宣言しているようなものです。
リアルでないから、もう闘いは辞めようと短絡的な結論を出してしまっているのです。
そう思うプロレスラーたちは、ファンに「闘い」を演じ続け提供しようとする動詞の愛等放棄してしまっていますし、また、ファンもまた、自分たちを騙し続けてくれる相手に乗っかる楽しみを放棄してしまっているのです。
どのようなファンも馬鹿ではありませんので、プロレスをリアルと信じ続ける必要も無いでしょう。
しかし「闘い」の意識を持って「闘い」を演じ続け、遂行していくプロレスの世界は、本心、つまり本当のリアル・ファイトを凌駕する色気や勇気を与えてくれるものです。
単純にリアルファイトか、エンターティメントかの二分化しか出来ない今のプロレス界に先はあるのでしょうか?
前田日明は何故、怒ったか?
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posted by shingol at 11:21| 管理人より
前田日明は何故怒ったか?
前田日明が格闘技雑誌のインタビューで、田村に対しての怒りを長々と話したようです。
私は、実際の誌面を読んでいません。
インビューを抜粋して紹介しているネットの記事を読んだだけですので、一体、田村の何が「格好付け」だったのかは分かりません。
従って、自分也に推測してみたいと思います。
誌面で具体的に何に対して怒っていたか記していた場合、見当違いも甚だしい記事になっているかも知れませんがご容赦ください。
UWFらしい回転体の攻防が観られなかったという説がありました。
要するに、田村が余りにも、堅実な闘い方を持って、所を倒した事で、試合自体が何の面白みの無いものになってしまったという事への怒りです。
しかし、考えてみるまでもなく、田村が自分より体重が軽く的の小さい所相手に、例えスピードで上回る事が出来ても、回転体の動きを田村から仕掛ける事は、まず二人の体格差を考えると科学的に不可能です。
まず所が仕掛けなければ回転体は出来ません。
例えば、所が最初に回転体の動きを試み成功した後に、田村がそれを返す事は可能でしょう。
そこでまた所がスイッチしていった場合、回転体のラリーは続くでしょうが、しかし所は回転体に代表されるUWF的な動きをしていたわけではありません。
かといって体格で上回る田村が決して体格差を前面に押し出していたわけでもないと私は思っています。
むしろ要所要所で所をスピートで凌駕していました。
堅実な闘い方は、体格差ではなく、単純に、経験の差であったように思います。
あの試合で、あれ以上なアグレッシヴなスピード感は求められないでしょう。
いくら格闘技経験の無い前田でも、その事くらいは分かっているはずです。
となるとUWF的な動きを見せなかった事に対しての怒りではないような気がします。
ふと前田が田村を相手に病院送りにした試合を思い出してしまいました。
その試合は新人の田村相手に、前田が徹底的な体格差を生かした攻撃で、眼下低骨折による長期入院に追いやった試合でした。
小さな新人相手にデーンと横綱相撲を演じる事も無く、田村が所をスピードとテクニカルで翻弄した試合とは全く反対の、体格差を徹底的に有効利用したラッシュで田村を病院送りにした時、私は前田は格好悪いなと思ったものです。
あの闘い方はあまりにも体格もキャリアも劣る相手にすべきではない闘いだと思ったからです。まして怪我をさせてまでしか勝てない自分の技量を自ら証明しているのです。
似たような試合では、キングダムで、高山が松井を沈めた試合もそんな感じだったように思います。
私は、前田のその試合を思い出して、ひょっとして、前田は、自分が田村を病院送りにしたような徹底的な体格差を生かしたラッシュで田村が所を秒殺して欲しかったのではないかと思ってしまいます。
しかし、それが理由であれ、前田が見せたあの闘い方は、普通、選手はやりたがらないでしょう。
まして田村が見せたかったのは体格差を生かした圧倒的なラッシュではなく、テクニカルとスピードの両面だと思います。
しかし結果、中途半端な堅実な試合に終わってしまっただけに、自身と闘った時の前田の闘い方を試みれば試合はかなりインパクトのある秒殺劇だったのかも知れません。
要するに、試合でテク二カルとスピードを合わせた動きを見せたい田村のプロ意識が前田には余裕と思われてしまったのでしょう。
しかし理由はどうあれ、前田は本当に誰よりも猪木に似てきました。
誰よりも猪木のようには成りたくないと意識しながらも、潜在意識は、その意識がなりたいのか、なりたくないのかは区別出来ていないようです。
後輩に理不尽な暴力をリング上で振るう前田の暴走は、猪木のそれと何ら変わりありません。
自己顕示欲と自分の格闘観の女々しい押しつけです。
私は前田と猪木のそういうところが大嫌いでもあり、大好きでもあります。
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私は、実際の誌面を読んでいません。
インビューを抜粋して紹介しているネットの記事を読んだだけですので、一体、田村の何が「格好付け」だったのかは分かりません。
従って、自分也に推測してみたいと思います。
誌面で具体的に何に対して怒っていたか記していた場合、見当違いも甚だしい記事になっているかも知れませんがご容赦ください。
UWFらしい回転体の攻防が観られなかったという説がありました。
要するに、田村が余りにも、堅実な闘い方を持って、所を倒した事で、試合自体が何の面白みの無いものになってしまったという事への怒りです。
しかし、考えてみるまでもなく、田村が自分より体重が軽く的の小さい所相手に、例えスピードで上回る事が出来ても、回転体の動きを田村から仕掛ける事は、まず二人の体格差を考えると科学的に不可能です。
まず所が仕掛けなければ回転体は出来ません。
例えば、所が最初に回転体の動きを試み成功した後に、田村がそれを返す事は可能でしょう。
そこでまた所がスイッチしていった場合、回転体のラリーは続くでしょうが、しかし所は回転体に代表されるUWF的な動きをしていたわけではありません。
かといって体格で上回る田村が決して体格差を前面に押し出していたわけでもないと私は思っています。
むしろ要所要所で所をスピートで凌駕していました。
堅実な闘い方は、体格差ではなく、単純に、経験の差であったように思います。
あの試合で、あれ以上なアグレッシヴなスピード感は求められないでしょう。
いくら格闘技経験の無い前田でも、その事くらいは分かっているはずです。
となるとUWF的な動きを見せなかった事に対しての怒りではないような気がします。
ふと前田が田村を相手に病院送りにした試合を思い出してしまいました。
その試合は新人の田村相手に、前田が徹底的な体格差を生かした攻撃で、眼下低骨折による長期入院に追いやった試合でした。
小さな新人相手にデーンと横綱相撲を演じる事も無く、田村が所をスピードとテクニカルで翻弄した試合とは全く反対の、体格差を徹底的に有効利用したラッシュで田村を病院送りにした時、私は前田は格好悪いなと思ったものです。
あの闘い方はあまりにも体格もキャリアも劣る相手にすべきではない闘いだと思ったからです。まして怪我をさせてまでしか勝てない自分の技量を自ら証明しているのです。
似たような試合では、キングダムで、高山が松井を沈めた試合もそんな感じだったように思います。
私は、前田のその試合を思い出して、ひょっとして、前田は、自分が田村を病院送りにしたような徹底的な体格差を生かしたラッシュで田村が所を秒殺して欲しかったのではないかと思ってしまいます。
しかし、それが理由であれ、前田が見せたあの闘い方は、普通、選手はやりたがらないでしょう。
まして田村が見せたかったのは体格差を生かした圧倒的なラッシュではなく、テクニカルとスピードの両面だと思います。
しかし結果、中途半端な堅実な試合に終わってしまっただけに、自身と闘った時の前田の闘い方を試みれば試合はかなりインパクトのある秒殺劇だったのかも知れません。
要するに、試合でテク二カルとスピードを合わせた動きを見せたい田村のプロ意識が前田には余裕と思われてしまったのでしょう。
しかし理由はどうあれ、前田は本当に誰よりも猪木に似てきました。
誰よりも猪木のようには成りたくないと意識しながらも、潜在意識は、その意識がなりたいのか、なりたくないのかは区別出来ていないようです。
後輩に理不尽な暴力をリング上で振るう前田の暴走は、猪木のそれと何ら変わりありません。
自己顕示欲と自分の格闘観の女々しい押しつけです。
私は前田と猪木のそういうところが大嫌いでもあり、大好きでもあります。
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posted by shingol at 09:23| 管理人より
2008年01月26日
三崎対秋山に見る過剰な差別・逆差別とは
先日、差別に対しての私の意見を記したところ、メールもいつもより多数頂き、思わぬ反響があったようです。
しかし、私の文章能力の無さ故に、上手く伝わっていない部分も有り、もう一度だけ記させてもらいたいと思います。
私は韓国人として、この国に生まれて、この国に対して不条理・孤独感・怒り等様々な感情を経験してきました。
しかし、それを持って差別等と言ったつもりはありません。
また、言うなという教育を親から受けてきました。
差別を唱えて一生を終えるような人生ほど馬鹿らしい事は有りませんので。
私が書いた不条理の部分に、「参政権の事か?」と、馬鹿な事を書く輩がいましたが、私は成人前に帰化したので、参政権も何も関係ありません。
どのような事か一々書くつもりも有りません。
日本の皆さんが異国で、他国籍、そして他民族の人間として生活すれば当たり前のように分かる事です。
それは、どこの国で暮らそうが仕方なく有る事です。
それをいちいち差別だと唱えて生活していていくほど勿体ない人生は有りません。
かといって、いちいち、日本人が、私たちに対して「民族で括って」とか、「同じ韓国人だからどうのこうの」と批判するのは何なんやと思ってしまいます。
外国で暮らせば、同じ国の人間に同胞意識を持つのは当たり前の事でしょう。
そういう意味で秋山が出たとき、私は感情移入できるかなと思っていました。
しかし、出来ませんでした。
韓国人という属性以上に、私の属性は、レスラーであり、プロレスファンという事が大きな原因でしょう。
秋山は太極旗をつけています。
国を背負っている人間と闘って、勝利し、「日本人は強いんです」と言った三崎の行為に対してどうのこうのいう人たちは、全く理解出来ません。
その事を、実は一番理解出来ないのは、私のような韓国人では無いでしょうか?
少なくとも韓国の闘いで「テーハンミングック」と絶叫した人間がいくら日本に帰化しようと、韓国人としての属性でリングに立っているのは周知の事実です。
その男と闘ってマイクした三崎の台詞を批判する理由が分からないのです。
私は、まだ帰化していない親戚たちと接していて、他国籍の人たちに優しい法律、制度が出来たらなと心底思います。
しかし、それを声高に「日本はひどい」と唱えるような事は、少なくとも、帰化していない私の親戚も、誰一人としてしないでしょう。
多数決の論理に従うのが、民主主義です。
少数派の利便等気づかない事が当たり前の事です。
だからこそ差別だと叫ぶよりも、少数派の困窮した部分に利便性を与えられるような提案をして、早く親戚たちを救いたい。
そういって帰化して議員を目指している同胞の姿を私は忘れられません。
この国は不思議な事に、自虐史観あるいは軍国主義妄想の極端さが、いささか、他の国より振り幅が大きいようです。
そういう国には、私たちのような少数派を待ち構えるワニの口がうようよしています。
右翼と左翼です。
私はかつて成人前、右翼団体に出入りしていた事が有ります。
しかし、私の好きな東洋思想を軍国主義ひいては暴力主義に転化させる考え方が嫌で、縁を切りました。
あれは儒教や武士道に間違った偏見を植え付けてしまいます。
左翼の人も近づいてきました。
あなたたちはひどい扱いを受けてきた。
私たちの先人の過ちを謝りたいと、馬鹿な事をいう輩にゾッとしました。
その人たちにとっては、民主主義の国で社会主義や共産主義を唱えるほど安全な事は無いのでしょう。
また社会主義や共産主義の国ほど、国家を形成した後は単純化した、つまり儒教を彎曲化した主従制度を上手く利用します。
武士道であれ、儒教であれ、社会主義であれ、共産主義であれ、それらの真の思想を理解した人とは別の方向で、現在の右翼・左翼は動いているのです。
右翼と左翼の嫌らしさを経験してきた私から言わせてもらえば、日本人は強いんですといった三崎をすぐに国粋主義に結びつけるほうが、どうにかしているでしょう。
私の好きな長州力は言葉もしゃべれないまま、母国の代表になりました。
しかし、代表として涙したのは、自分の大学の先輩が日の丸を掲げた瞬間だったといいます。
長州力の属性が、民族や血、国籍と言った受け身的な属性を超えて、能動的に自身の属性が「日本の大学のレスリング選手」として昇華されたのです。
いたずらに差別されたとか、嫌韓、反日を唱える双方の人たちに私は強く訴えたいです。
同じ東洋民族、もっと対すべきは、別に有るでしょうと。
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しかし、私の文章能力の無さ故に、上手く伝わっていない部分も有り、もう一度だけ記させてもらいたいと思います。
私は韓国人として、この国に生まれて、この国に対して不条理・孤独感・怒り等様々な感情を経験してきました。
しかし、それを持って差別等と言ったつもりはありません。
また、言うなという教育を親から受けてきました。
差別を唱えて一生を終えるような人生ほど馬鹿らしい事は有りませんので。
私が書いた不条理の部分に、「参政権の事か?」と、馬鹿な事を書く輩がいましたが、私は成人前に帰化したので、参政権も何も関係ありません。
どのような事か一々書くつもりも有りません。
日本の皆さんが異国で、他国籍、そして他民族の人間として生活すれば当たり前のように分かる事です。
それは、どこの国で暮らそうが仕方なく有る事です。
それをいちいち差別だと唱えて生活していていくほど勿体ない人生は有りません。
かといって、いちいち、日本人が、私たちに対して「民族で括って」とか、「同じ韓国人だからどうのこうの」と批判するのは何なんやと思ってしまいます。
外国で暮らせば、同じ国の人間に同胞意識を持つのは当たり前の事でしょう。
そういう意味で秋山が出たとき、私は感情移入できるかなと思っていました。
しかし、出来ませんでした。
韓国人という属性以上に、私の属性は、レスラーであり、プロレスファンという事が大きな原因でしょう。
秋山は太極旗をつけています。
国を背負っている人間と闘って、勝利し、「日本人は強いんです」と言った三崎の行為に対してどうのこうのいう人たちは、全く理解出来ません。
その事を、実は一番理解出来ないのは、私のような韓国人では無いでしょうか?
少なくとも韓国の闘いで「テーハンミングック」と絶叫した人間がいくら日本に帰化しようと、韓国人としての属性でリングに立っているのは周知の事実です。
その男と闘ってマイクした三崎の台詞を批判する理由が分からないのです。
私は、まだ帰化していない親戚たちと接していて、他国籍の人たちに優しい法律、制度が出来たらなと心底思います。
しかし、それを声高に「日本はひどい」と唱えるような事は、少なくとも、帰化していない私の親戚も、誰一人としてしないでしょう。
多数決の論理に従うのが、民主主義です。
少数派の利便等気づかない事が当たり前の事です。
だからこそ差別だと叫ぶよりも、少数派の困窮した部分に利便性を与えられるような提案をして、早く親戚たちを救いたい。
そういって帰化して議員を目指している同胞の姿を私は忘れられません。
この国は不思議な事に、自虐史観あるいは軍国主義妄想の極端さが、いささか、他の国より振り幅が大きいようです。
そういう国には、私たちのような少数派を待ち構えるワニの口がうようよしています。
右翼と左翼です。
私はかつて成人前、右翼団体に出入りしていた事が有ります。
しかし、私の好きな東洋思想を軍国主義ひいては暴力主義に転化させる考え方が嫌で、縁を切りました。
あれは儒教や武士道に間違った偏見を植え付けてしまいます。
左翼の人も近づいてきました。
あなたたちはひどい扱いを受けてきた。
私たちの先人の過ちを謝りたいと、馬鹿な事をいう輩にゾッとしました。
その人たちにとっては、民主主義の国で社会主義や共産主義を唱えるほど安全な事は無いのでしょう。
また社会主義や共産主義の国ほど、国家を形成した後は単純化した、つまり儒教を彎曲化した主従制度を上手く利用します。
武士道であれ、儒教であれ、社会主義であれ、共産主義であれ、それらの真の思想を理解した人とは別の方向で、現在の右翼・左翼は動いているのです。
右翼と左翼の嫌らしさを経験してきた私から言わせてもらえば、日本人は強いんですといった三崎をすぐに国粋主義に結びつけるほうが、どうにかしているでしょう。
私の好きな長州力は言葉もしゃべれないまま、母国の代表になりました。
しかし、代表として涙したのは、自分の大学の先輩が日の丸を掲げた瞬間だったといいます。
長州力の属性が、民族や血、国籍と言った受け身的な属性を超えて、能動的に自身の属性が「日本の大学のレスリング選手」として昇華されたのです。
いたずらに差別されたとか、嫌韓、反日を唱える双方の人たちに私は強く訴えたいです。
同じ東洋民族、もっと対すべきは、別に有るでしょうと。
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posted by shingol at 13:21| 管理人より
2008年01月25日
70年代アメリカン・プロレスというUWF/ゴッチさんのミッシング・リンク
以前、書いていた内容を省略して記します。
元々、レスリングの現在の国際式ルール、つまりフリースタイルの原型はイギリスで生まれました。
プロレス・ファンにも馴染みの強いキャッチです。
キャッチがアメリカ大陸に輸入され、キャッチのうち、決めの技術が省かれました。
そうしてキャッチの決めを除く、ほとんど全ての動きは、アメリカのフォークスタイルとも言われるカレッジ・レスリングに保存されました。
カレッジレスリングは現在のフリースタイルのルーツです。
そのカレッジ・レスリングを学んだ人間たちによって、アメリカの商業プロレスは発展しました。
今でこそ、ディフォルメされた約束事の動きでしかプロレスを遂行出来ないアメリカのプロレスラーたちですが、まだまだカレッジスタイルのレスラー出身者が多くいた70年代のアメリカンプロレスでは、協力ありのプロレス的動きと、協力無くしても力づく、あるいは技術力で、相手をコントロール出来るリアルな動き、その二つによってプロレスは成立していました。
カール・ゴッチさんがベルギー人であれ、ドイツ人であれ、どちらにしても、当時の両国にはキャッチの技術はありません。
欧州はイギリスを除いて、グレコローマン・レスリングだけを発展させてきたのです。
キャッチの技術の9割は今のアメリカのカレッジ・レスリングの動きです。
しかしゴッチさんはイギリスに渡り、初めて、グレコローマンスタイルでのスタンド技術とキャッチのフィニッシュの部分をつなぎ合わせました。
現在で例えて言うなら、多少(かなり?)オーバーですが、アレクサンダー・カレリンが関節技を身につけたと思っていただければ分かりやすいと思います。
ここにゴッチさんの先人、偉人としての全ての功績が有るのだと私は思っています。
UWFはゴッチさんを間接的に冒涜し続けました。
ゴッチさんの技術のうち、決めの部分だけのマスターを持って、UWFスタイル=ゴッチスタイルと思わせてしまったのです。
U系と言われる人間で唯一ケン・シャムロックだけが初期UFCでグレイシーを苦しめました。
シャムロックが、州王者レベルのカレッジレスリングの技術にプラスして、UWFでの決めの技術を持っていたからです。
UWFが格闘技としてのプロレスを唱え、ゴッチさんの決めの技術だけを持って、ゴッチスタイルを名乗るという馬鹿な事をしでかしてしまいました。
その事はUWFのレスラー達は薄々気づいていたと思ったのですが、高田だけは心底、気づいていなかったようです。
ゴッチスタイルは総合で通用しないというあまりにも馬鹿げた事を口走ってしまったのです。
UWFスタイルとはゴッチさんのスタンド技術と決めの技術の間に大きな失われた輪が有ります。
それはアメリカにおいてフリースタイル発展の途上で省かれた逆方向からの輪でもあります。
その失われた輪を、桜庭和志、そして日体大まで出向いて最低限のスタンド技術を覚えた田村などが何とかつなぎとめています。
---------------------------------------------------------------
70年代アメリカマットを代表するジャック・ブリスコは、かつてビル・ロビンソンを完全にコントロールしたという噂がありました。
しかしロビンソンはジャック・ブリスコとシュートになった事等無いと言い張りました。
しかし後で載せる別の試合の動画を見ると、当時の当たり前のリアルな主導権争いの中で完全にブリスコはロビンソンをコントロールしたのでしょう。
それくらい当時のアメリカではリアルとディフォルメを複合させた、要するに、芸術とリアル格闘技の複合体としてプロレスは存在していたのです。
シュートとかそうで無いとかでなしに「プロレス」自体がリアルとフェイクの融合物だったのでしょう。
決めの技術を持ちながら、かつキャッチ母国ながら、イギリスのスタンド・レスリングはかなりのレベルの低さです。
アメリカにキャッチが移った時点で、低下したイギリスのスタンドレスリングのレベルは今では日本の中学生レベルでしょう。
しかしながらキャッチ母国故の決め技術を持つロビンソンはアメリカの選手をいつでも極められます。
ただし自分がコントロール出来る相手にだけ。
そして、決めの技術を持たないながら、相手を転倒させ、コントロール出来る一級品の技術を持つブリスコ。
私はその試合を見たかったですが、それは手に入らないでしょう。
その試合にこそ、キャッチ・レスリングのミッシング・リンクつまり失われたレスリングの全ての戦闘術が完成するキャッチ・レスリングのヒントが詰まっているでしょう。
二つの動画を観てもらいたいと思います。
一つはジャック・ブリスコが同じくアマチュア出身の強豪ビル・ワットと繰り広げたリアルとフェイクの入り混じったプロレスです。
特に、私が驚嘆したのは、丁度一分過ぎの攻防です。
ディフォルメされたプロレス的動きの途中で、突然、ワットが、リアルにブリスコの足を狙います。
隙をつかれたブリスコはバックを許しますが、信じられないくらいのエスケープ技術を持ってワットの攻撃から脱出します。
これが実は後にアメリカのカレッジルールに移行されたキャッチの本質・回転体です。
当時のアメリカのプロレスはUWFのはるか以前に、よっぽどリアルな攻防を繰り広げていたのです。
そして、もう一つは以前に私的なプロレス大賞を授けた試合です。
ブリスコ兄弟が、おそろく格的にはかなり落ちながらも、腕には自信のあるタッグ・チームの挑戦を、リアルに、そして、フェイクに退けます。
◎アナログ昭和試合発掘動画賞 ジャックブリスコ・ジェリー・ブリスコ対?組
リアルに踏ん張る相手を転倒させ、そしてフェイクで仕留めます。
友人関係同士での技の演武的スタイルのUWFのはるか以前、アメリカでは、もっと高度なリアルな攻防が当たり前のように繰り広げられていたのです。
NWA世界王者は最強の王者である。
おそらく、それはブリスコの時代までは、本当の事だったのでしょう。
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元々、レスリングの現在の国際式ルール、つまりフリースタイルの原型はイギリスで生まれました。
プロレス・ファンにも馴染みの強いキャッチです。
キャッチがアメリカ大陸に輸入され、キャッチのうち、決めの技術が省かれました。
そうしてキャッチの決めを除く、ほとんど全ての動きは、アメリカのフォークスタイルとも言われるカレッジ・レスリングに保存されました。
カレッジレスリングは現在のフリースタイルのルーツです。
そのカレッジ・レスリングを学んだ人間たちによって、アメリカの商業プロレスは発展しました。
今でこそ、ディフォルメされた約束事の動きでしかプロレスを遂行出来ないアメリカのプロレスラーたちですが、まだまだカレッジスタイルのレスラー出身者が多くいた70年代のアメリカンプロレスでは、協力ありのプロレス的動きと、協力無くしても力づく、あるいは技術力で、相手をコントロール出来るリアルな動き、その二つによってプロレスは成立していました。
カール・ゴッチさんがベルギー人であれ、ドイツ人であれ、どちらにしても、当時の両国にはキャッチの技術はありません。
欧州はイギリスを除いて、グレコローマン・レスリングだけを発展させてきたのです。
キャッチの技術の9割は今のアメリカのカレッジ・レスリングの動きです。
しかしゴッチさんはイギリスに渡り、初めて、グレコローマンスタイルでのスタンド技術とキャッチのフィニッシュの部分をつなぎ合わせました。
現在で例えて言うなら、多少(かなり?)オーバーですが、アレクサンダー・カレリンが関節技を身につけたと思っていただければ分かりやすいと思います。
ここにゴッチさんの先人、偉人としての全ての功績が有るのだと私は思っています。
UWFはゴッチさんを間接的に冒涜し続けました。
ゴッチさんの技術のうち、決めの部分だけのマスターを持って、UWFスタイル=ゴッチスタイルと思わせてしまったのです。
U系と言われる人間で唯一ケン・シャムロックだけが初期UFCでグレイシーを苦しめました。
シャムロックが、州王者レベルのカレッジレスリングの技術にプラスして、UWFでの決めの技術を持っていたからです。
UWFが格闘技としてのプロレスを唱え、ゴッチさんの決めの技術だけを持って、ゴッチスタイルを名乗るという馬鹿な事をしでかしてしまいました。
その事はUWFのレスラー達は薄々気づいていたと思ったのですが、高田だけは心底、気づいていなかったようです。
ゴッチスタイルは総合で通用しないというあまりにも馬鹿げた事を口走ってしまったのです。
UWFスタイルとはゴッチさんのスタンド技術と決めの技術の間に大きな失われた輪が有ります。
それはアメリカにおいてフリースタイル発展の途上で省かれた逆方向からの輪でもあります。
その失われた輪を、桜庭和志、そして日体大まで出向いて最低限のスタンド技術を覚えた田村などが何とかつなぎとめています。
---------------------------------------------------------------
70年代アメリカマットを代表するジャック・ブリスコは、かつてビル・ロビンソンを完全にコントロールしたという噂がありました。
しかしロビンソンはジャック・ブリスコとシュートになった事等無いと言い張りました。
しかし後で載せる別の試合の動画を見ると、当時の当たり前のリアルな主導権争いの中で完全にブリスコはロビンソンをコントロールしたのでしょう。
それくらい当時のアメリカではリアルとディフォルメを複合させた、要するに、芸術とリアル格闘技の複合体としてプロレスは存在していたのです。
シュートとかそうで無いとかでなしに「プロレス」自体がリアルとフェイクの融合物だったのでしょう。
決めの技術を持ちながら、かつキャッチ母国ながら、イギリスのスタンド・レスリングはかなりのレベルの低さです。
アメリカにキャッチが移った時点で、低下したイギリスのスタンドレスリングのレベルは今では日本の中学生レベルでしょう。
しかしながらキャッチ母国故の決め技術を持つロビンソンはアメリカの選手をいつでも極められます。
ただし自分がコントロール出来る相手にだけ。
そして、決めの技術を持たないながら、相手を転倒させ、コントロール出来る一級品の技術を持つブリスコ。
私はその試合を見たかったですが、それは手に入らないでしょう。
その試合にこそ、キャッチ・レスリングのミッシング・リンクつまり失われたレスリングの全ての戦闘術が完成するキャッチ・レスリングのヒントが詰まっているでしょう。
二つの動画を観てもらいたいと思います。
一つはジャック・ブリスコが同じくアマチュア出身の強豪ビル・ワットと繰り広げたリアルとフェイクの入り混じったプロレスです。
特に、私が驚嘆したのは、丁度一分過ぎの攻防です。
ディフォルメされたプロレス的動きの途中で、突然、ワットが、リアルにブリスコの足を狙います。
隙をつかれたブリスコはバックを許しますが、信じられないくらいのエスケープ技術を持ってワットの攻撃から脱出します。
これが実は後にアメリカのカレッジルールに移行されたキャッチの本質・回転体です。
当時のアメリカのプロレスはUWFのはるか以前に、よっぽどリアルな攻防を繰り広げていたのです。
そして、もう一つは以前に私的なプロレス大賞を授けた試合です。
ブリスコ兄弟が、おそろく格的にはかなり落ちながらも、腕には自信のあるタッグ・チームの挑戦を、リアルに、そして、フェイクに退けます。
◎アナログ昭和試合発掘動画賞 ジャックブリスコ・ジェリー・ブリスコ対?組
リアルに踏ん張る相手を転倒させ、そしてフェイクで仕留めます。
友人関係同士での技の演武的スタイルのUWFのはるか以前、アメリカでは、もっと高度なリアルな攻防が当たり前のように繰り広げられていたのです。
NWA世界王者は最強の王者である。
おそらく、それはブリスコの時代までは、本当の事だったのでしょう。
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posted by shingol at 22:29| 新・レッスルする世界
2008年01月24日
永田 裕志の「闘うプロレス」
私が、もはや闘う事を放棄した集団である新日本プロレスに対しても、まだ未練を残しているのは、永田 裕志がいるからである。
私のごとき三流レスラーの憧れの名アマチュア・レスラーとしての永田に対しての気持ちからではない。
永田は私のような昭和の幻影を追い求めるファンに奇跡的な試合を見せてくれたからである。
私は闘うプロレスラーが好きである。
闘うプロレスが出来ないのなら、せめて、リアル・ファイトに挑んでほしいとも思う。
しかし本当に望むのは、プロレスの枠内において、闘ってほしいという事である。
そういう意味で永田が若かりし頃、石沢と組んで、金原・桜庭組と闘った試合は、まさに究極の「闘うプロレス」であった。
プロレスというジャンルが、いつ頃、相手の協力無くして成立しない競技になったかは私は知らない。
クラシックスタイルを唱える西村が、見せかけのクラシックスタイルを遂行出来るのは、相手の協力が有るからである。
プロレスラーとは相手との協力によって、芸術を生み出す職人である。
しかし、それ以前に、相手の協力無くしても、自らのスキルを発揮出来る職人で無ければならない。
永田・石沢組対金原・桜庭組の名勝負はその事を証明してくれたのである。
後だしジャンケン、つまり、総合格闘技の参考書が完成しつつ有る現在と異なる時代において、永田は金原の嫌らしい打撃の猛攻を必死にかいくぐった。
差して、差して、差しまくり、金原を横捨て身そしてジャーマンで投げ捨てた。
プロレスの枠内においても、スティッフ過ぎる攻撃を繰り広げる金原相手に、永田は自らのスキルを持って、プロレスを成立させたのである。
その試合後、しばらくして、永田は自身の技術を褒め讃えるマスコミにこう言い放った。
「プロレスとして成立させた事を評価してほしい」と。
極論すればリアルファイト等、誰でも出来る。
しかし「闘うプロレス」を遂行する事はいかに難しい事であったかは、多くの人は気づいていないであろう。
アントニオ猪木が絶賛したその試合の意味を知るレスラーIGFにいるならば、多分、今のファンに対してIGFは衝撃と薫習を与える事になるであろう。
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私のごとき三流レスラーの憧れの名アマチュア・レスラーとしての永田に対しての気持ちからではない。
永田は私のような昭和の幻影を追い求めるファンに奇跡的な試合を見せてくれたからである。
私は闘うプロレスラーが好きである。
闘うプロレスが出来ないのなら、せめて、リアル・ファイトに挑んでほしいとも思う。
しかし本当に望むのは、プロレスの枠内において、闘ってほしいという事である。
そういう意味で永田が若かりし頃、石沢と組んで、金原・桜庭組と闘った試合は、まさに究極の「闘うプロレス」であった。
プロレスというジャンルが、いつ頃、相手の協力無くして成立しない競技になったかは私は知らない。
クラシックスタイルを唱える西村が、見せかけのクラシックスタイルを遂行出来るのは、相手の協力が有るからである。
プロレスラーとは相手との協力によって、芸術を生み出す職人である。
しかし、それ以前に、相手の協力無くしても、自らのスキルを発揮出来る職人で無ければならない。
永田・石沢組対金原・桜庭組の名勝負はその事を証明してくれたのである。
後だしジャンケン、つまり、総合格闘技の参考書が完成しつつ有る現在と異なる時代において、永田は金原の嫌らしい打撃の猛攻を必死にかいくぐった。
差して、差して、差しまくり、金原を横捨て身そしてジャーマンで投げ捨てた。
プロレスの枠内においても、スティッフ過ぎる攻撃を繰り広げる金原相手に、永田は自らのスキルを持って、プロレスを成立させたのである。
その試合後、しばらくして、永田は自身の技術を褒め讃えるマスコミにこう言い放った。
「プロレスとして成立させた事を評価してほしい」と。
極論すればリアルファイト等、誰でも出来る。
しかし「闘うプロレス」を遂行する事はいかに難しい事であったかは、多くの人は気づいていないであろう。
アントニオ猪木が絶賛したその試合の意味を知るレスラーIGFにいるならば、多分、今のファンに対してIGFは衝撃と薫習を与える事になるであろう。
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posted by shingol at 20:55| 新・レッスルする世界
お薦め格闘技ブログ紹介
極私的ですが、皆様にお勧めしたいブログをご紹介したいと思います。
各ブログ主様には勝手にご紹介させていただくことをお許しください。
まず御馴染みの
K−1心中様 です。
改めて説明するまでもありませんが、硬軟自在であらゆる出来事を、時に厳しく、時にユーモアも交えて、記事にされています。
秋山の一件においても早くから問題提起を行いながら、しかし現在の秋山ブログの供給過多には安易に乗らず、冷静に事態を見守っておられます。
そういった所に、情報に対して受身であったり踊らされることなく、能動的かつ冷静なK−1心中様の姿勢を感じます。
また私が記事以外に好きなのは、コメント欄です。
それぞれ個性豊かなコメンテーターの皆さんが時に反対意見を交わしあいながらも、不思議なまとまりや調和を感じさせてくれます。
私もいつもK−1心中様のコメント欄に参加させてもらいたいなと思いながらも、なかなか自分のブログを出ると自分を出せない情けない私ですので、読ませていただくだけで楽しませてもらっています。
K-1に対して私はリアルファイトの競技として唯一メジャー規模を長年維持しているジャンルとして尊敬の念を持っています。
ただし、私はK-1に対しては深い知識も洞察力も有りません。
K−1心中様を読んで勉強させていただいています。
K-1そして他のプロレス・格闘技も含めて、K−1心中様の深い洞察力、愛情、ユーモア溢れる記事を是非多くの方々にご覧になってほしいと思います。
次はプロレス・格闘技の散歩道様 です。
大変、静かで丁寧な文章でプロレスや格闘技への御意見を記されています。
あまり更新はされておられないようですが、一つ一つの記事が読み物として大変興味深く、かつ余韻の残るブログです。
最後に、P-log「pasin.exblog.jp」様です。
こちらも大変、洞察力鋭くプロレスに対しての記事を書いておられます。
新しい気付きを与えてくれるブログです。
以上、僭越ながら私のお薦めのブログを紹介させていただきました。
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各ブログ主様には勝手にご紹介させていただくことをお許しください。
まず御馴染みの
K−1心中様 です。
改めて説明するまでもありませんが、硬軟自在であらゆる出来事を、時に厳しく、時にユーモアも交えて、記事にされています。
秋山の一件においても早くから問題提起を行いながら、しかし現在の秋山ブログの供給過多には安易に乗らず、冷静に事態を見守っておられます。
そういった所に、情報に対して受身であったり踊らされることなく、能動的かつ冷静なK−1心中様の姿勢を感じます。
また私が記事以外に好きなのは、コメント欄です。
それぞれ個性豊かなコメンテーターの皆さんが時に反対意見を交わしあいながらも、不思議なまとまりや調和を感じさせてくれます。
私もいつもK−1心中様のコメント欄に参加させてもらいたいなと思いながらも、なかなか自分のブログを出ると自分を出せない情けない私ですので、読ませていただくだけで楽しませてもらっています。
K-1に対して私はリアルファイトの競技として唯一メジャー規模を長年維持しているジャンルとして尊敬の念を持っています。
ただし、私はK-1に対しては深い知識も洞察力も有りません。
K−1心中様を読んで勉強させていただいています。
K-1そして他のプロレス・格闘技も含めて、K−1心中様の深い洞察力、愛情、ユーモア溢れる記事を是非多くの方々にご覧になってほしいと思います。
次はプロレス・格闘技の散歩道様 です。
大変、静かで丁寧な文章でプロレスや格闘技への御意見を記されています。
あまり更新はされておられないようですが、一つ一つの記事が読み物として大変興味深く、かつ余韻の残るブログです。
最後に、P-log「pasin.exblog.jp」様です。
こちらも大変、洞察力鋭くプロレスに対しての記事を書いておられます。
新しい気付きを与えてくれるブログです。
以上、僭越ながら私のお薦めのブログを紹介させていただきました。
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posted by shingol at 12:10| 私の好きな有機的な世界