2007年10月04日

私的・猪木ゲノムの正体を探れ〜6〜/感情を露出するな、色気を醸し出せ!

試合内容については全く評価の得られないIGFで有るが、幸いな事に観客動員については
堅い営業力を持って満員の動員を続ける事に評価は高いようである。
試合前とも成れば、糖尿病のアントニオ猪木がリング外で体を張って営業を続けている。
試合に挑む選手は所詮十数分の仕事である。
もう少し自分を追い込んで行っても良いはずで有る。

満員の観客とはいっても普段プロレスとは程遠い一見さんのファンの数が殆ど有る。
プロレス会場らしい熱気や一体感があるかといえば、観客の数に対して、いかにもプロレ
スファンの空洞化現象を醸し出す会場の雰囲気で有る。

私はこれで良いと思っている。
何を持ってプロレスらしいというかは分からぬが、良い興行や良い試合の価値観が、現在
のプロレスの影響を多く受けたプロレスファンが集う会場よりは、普段プロレス等観ない
ファンが会場を支配してくれたら良い。
一般のファンならば、プロレスの小さな村社会の中の価値観をIGFに求める事も無いで
あろう。
そういったファンの中に、昭和を知るプロレスファンが少しでも重なれば良い事である。

間違いなく断言出来るが、今の上手いか下手か、良い試合かどうだったか、会場の一体感、
そんなものに価値を求める今のプロレスファン等IGFには、いらないではないか。
私はそう思う。
今のプロレス村に頼らなくてもアントニオ猪木は日々、営業努力を絶やさず、プロレス村
とは関係のないファンを動員しているではないか。

初めて見るプロレスがIGFなら素晴らしい事である。
一から十まで見ている側に頭を使わせる事無く、親切丁寧な純プロレスの世界に洗脳される
事も無く、先入観無く、プロレスを知る事に成る。

私はIGFは今のプロレス村とは遠く離れた世界に行って欲しいと思っている。


さて、前回の続きである。
アントニオ猪木は何故、小川直也と長い時間を共にしながら、プロレスの基本的ムーブを
教えなかったのか?
小川直也にさせたかったのはリアルファイトでは無かったはずである。
時代の流れの中で、小川の総合出陣を強いる事も多々、有った。
しかし基本的に猪木が小川直也にさせたかったのはリアルファイトでは無かったはずである。
ならばリアルで無いプロレスを行う上で、必要なプロレスの約束ムーブ、基本的なマット
ワークを何故教えなかったのか?
簡単な事である。
アントニオ猪木自身がプロレスの上手い小川等見たくないのだから。

アントニオ猪木の口癖に、「ファンを掌に乗せる事」「ファンに媚を売るな」の二つが有
る。
ファンを掌に乗せる事とは何か?
猪木はファンを掌に乗せて会場を熱気に包む為には何が必要なのかを常に考えている人間
である。
そんな猪木が、ファンを掌に乗せる為に絶対的にプロレスの上手さ、約束ムーブの基本が
必須であると思えば小川にそれらを教えていたはずである。
しかし、猪木は教えなかった。
そんなもの、つまり、プロレスの約束ムーブや基本等無くても、ファンを掌に乗せれると
思っているからである。
なら、猪木は何を持って観客を掌に乗せれると考えたのであろうか?

プロレスの下手なアントニオ猪木が、どうして、ショーマンとしても、観客を掌に乗せ続
け、多くの支持を得ていられたか?
アントニオ猪木の事をアメリカンスタイルという人もいるが、ショーマンとしてのアント
ニオ猪木も又、アメリカンスタイルとは程遠いスタイルである。

アントニオ猪木のオリジナルのプロレスの見せ方をいくつか記していきたい。

一つは、感情の表現法である。
プロレスラーは感情を出せ、出しまくるのがストロングスタイルだとの声も有る。
しかし、アントニオ猪木は感情を心の内にしまいこむ事で実は観客の注目を集めているのだ。
感情を消し去っているのではない。
感情を心の内では絶対的に維持している事。かつ、その感情を安易に露出しない事で、
忍ぶ色気を醸し出しているのだ。
感情の出し所を上手くわきまえているともいえる。
やられてやられて最後に怒りを爆発させてのパターンは力道山以来の日本のプロレスの
スタンダードでもある。
しかし、今のプロレスは違う。
感情を爆発される前に、もう既に感情が露出している、漏れてしまっているのである。
試合中、常に怒りや気合いの表情を醸し出す事に必死で、感情を安売りしてしまっている
のである。
忍ぶ色気や、感情を徐々に露出して行くストリップとしての色気も無い。
いたずらに気合いを入れ、感情を醸し出す事に夢中で、感情のストリッパーとしての
プロレスの色気を放棄してしまっているのである。
アントニオ猪木の燃える闘魂とは燃え盛る赤い炎ではなく、静かな青い炎の世界で有る。
燃え盛るのではなく、淡々と、内に秘めた炎を静かに燃やしながら、一気に爆発させる。
ところが、今のプロレスラーとは猪木顔負けの全編燃える闘魂ショーの世界で有る。
そんなものに色気等あるわけが無い。
内に秘めた青い炎の如くの感情を燃やし続けながらも、必要時以外は、絶対に露出させない。
露出させない事で、感情を忍ぶ色気を醸し出す。
皆さんはそういうプロレスラーを他に思い当たらないであろうか?
そう前田日明である。
感情全開の男と思われる前田であるが、新日との対抗戦であれ、何であれ、僅かの
セメント試合を覗き、内に秘めた感情を出来るだけ、表に出す事無く、出来るだけ
プロレスを行おうとしていた。
感情を出さずとも、内に秘めた感情は何かしらの雰囲気を漂わせるものだ。

後もう一人いる。
意外な男であるが、長州力である。
それこそ全編クライマックスシーンの如く、感情を全開にさせるプロレスと思われがちで
あったが、長州は自身の持つ本当の激しい気性をプロレスに用いた事等無い。
その気性を内に殺し、プロレスとしてのギミックとしての感情を演出しているだけである。
しかし、観客は無意識に長州が内にプロレス的とは別の激しい気性を隠し持っている事を
知っている。
隠していても隠しきれない気性のオーラを内から醸し出しているからである。

昔のプロレスには感情を剥き出し手にして向かい合って張り手合戦、水平打ち合戦のよう
なものは無かった。
張り手を返すくらいなら、内に怒りを秘めて耐えれば良いのだ。
ところが今のプロレスラーはすぐ反撃するか、もしくは気合いもろともの感情満点の
表情で耐える。
内に何かの感情を抱きながらも、静かにメラメラと耐えているレスラーの方に観客の
視線は向かうはずである。
それがプロレスの色気ではないか。


心内に感情を抱く事。
しかし、感情を簡単に露出させない事。
それらを意識出来るプロレスラーは絶対に色気を醸し出せるはずだ。

ではIGFでの感情の使い方とはどうか?
いたずらに感情を全開しての激しいプロレス。
あるいは、内に感情を抱く事をせず、感情のポーズだけを取り繕う格闘家。
どちらかでしかない。

本来、闘う気持ちを持った格闘家たちが、その闘う気持ちを、けして消し去る事無く、
内に抱いていれば、そして、かつ、抱いた感情をいたずらに表に出さなければ、かなりの
色気を醸し出せるはずである。
ところが、感情を内に秘める、抱くどころか、これはプロレスなんだと最初から闘う感情を
捨て去ってしまってるのである。
もったいない事である。

そういえばUWFでの前田もそうであった。
仲間内とのUWF流約束ムーブ、プロレス的激しい試合を専念する事に頭が一杯で、
心の中に秘めるべき感情等内に秘めていなかったのか何一つ色気を醸し出していなかった。
新日本との対抗戦と比べて、UWFの前田に色気が無かった原因でもあると思っている。

IGFに参加する格闘家たちは絶対に心の内に「闘う魂」を維持して行く事だ。
そして、かつ、それを絶対に簡単に露出しない事だ。
そうすれば今のプロレスラーが無くした、忍ぶ者の色気が醸し出せれるはずである。

2007/09/13掲載
posted by shingol at 12:31| 私的・猪木ゲノムの正体を探れ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする