桜庭和志は決してアマチュアスリングを基礎とした意味でのプロレスラーというわけでは無い。
プロレスファンとして育ち、レスリング競技に取り組み、プロレス団体のUインターで合宿所、下積みから経験して来た。デビュー後はUWFスタイルとしてのプロレスも経験して来た。
正にプロレスラーらしいプロレスラーでも有る。
総合格闘技黎明期、プロレスラーの看板を一人で背負って、孤軍奮闘して来た。
入場シーン、膠着せずアグレッシブに責め続ける意識、常にまずファンありきの意識の中で一人闘い続けて来た桜庭和志はプロレス界の誇りでもあった。
総合黎明期、破竹の快進撃を続ける桜庭を頼もしく思い見つめながら、やがてK-1に匹敵する事を確実視される程、人気の膨張を続けるプライドのリングがテレビのゴールデンタ
イムで放送される頃、果たして桜庭の快進撃は続いているのだろうかと言う一抹の不安がよぎった。
実際、プライドが人気のピークに上り詰めた頃には、もう桜庭の体力、勝ち運ともに下降線に入りつつ有る時であった。
桜庭和志の決して筋肉質とはいえない身体的特徴を生かす為には、柔らかいレスリングしか有り得ない。
その柔らかいレスリングを展開させるためには筋弛緩が必須である。
緊張とは程遠いリラックスした雰囲気の中でこそ、桜庭の身体的特性を生かした柔らかくのびのびとしたレスリングは発揮出来るのである。
おそらく、その事を誰よりも知っているのは桜庭自身だったのではないかと思っている。
緊張とは正反対の筋弛緩の中で、かつ、もの凄い集中力を発揮してローシングルでテイクダウンの山を築き、快進撃を続けた。
桜庭にとってローシングルは戦術の核と成る武器であった。
私が忘れられないのはエベンゼール・ブラガを数度、ローシングルで倒した試合である。
的の大きいブラガの足に絶妙のタイミングでローシングルを決めまくった。
最後、さすがに見切ったブラガは桜庭のローシングルを切る事に成功しかけた。
ところが桜庭はタックルを切っているはずのブラガの股間をくぐり、更に勢いをつけて
ブラガの状態をコントロールしたのである。
レスリングの基本で相手のサイドを簡単に奪取したのである。
桜庭のレスリング技術が一番生きていた時代であった。
逆に一番、桜庭が苦戦したのはガイ・メッツァーとの試合であった。
学生時代日本人のレスリングコーチに師事したほどの隠れたレスリングキャリアの持ち主
であるメッツァーすら桜庭へのレスリング勝負は徹底的に避けた。
結果、ローシングルのディフェンスのみにこだわったメッツァーからテイクダウンを奪う事は出来なかった。
格闘技専門誌が不思議がったメッツァーの腰の強さとやらは、単純にレスラーが防御に徹したからこそ出来た防御でもあった。
私はメッツァー以外、桜庭の本来のローシングルを防げる技術を持った格闘家はいないと今でも信じている。
体力的にキレを失った中で、ローシングルのスピードは倍近くの遅さに成りつつも有った。
プロとしてのこだわりからか大学での調整をやめた桜庭のローシングル自体のキレやスピードは退化して行くばかりであった。
そんな桜庭がローシングルに不可欠なのびのび感、筋弛緩をなくして、気負ってタックルに入ってもアローナ他の選手に切られたのは当然ではなかったか。
しかし以前の記事でも記したが、秋山戦、桜庭のローシングルは、かつてのキレとスピードを彷彿とさせる見事な復活を遂げた。
あのような残念な結果では有ったが、私はあれ以降、桜庭が再びローシングルを核とした戦術に戻りつつ有る事、ローシングルに取って何が必要かを思い出しつつある気がする。
柴田戦、リラックスした上体から抜群のタイミングでローシングルを決めた。
スタンドで殴り合う必要等無い。
倒した後に気の強さを発揮してくれたらいいのだ。
私は桜庭が宝刀ローシングルの勢いを取り戻せば、かつての快進撃も夢ではないと信じている。
2007/09/18掲載
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