私は前田日明を自分の兄のように想いながら過ごして来た時期が有る。
自分の感受性のセンサーがあり、感情の琴線が有る。
それが前田日明と同じような事に惹かれ、同じような事で怒り悲しむ時、
自分に流れる前田と同じ血を強く感じてしまう。
日本にもソース顔、醤油顔があるように韓国にも垂れ目と切れ長の目の二つの顔のタイプが有る。
私の父を筆頭に、前田、長州と垂れ目の顔をした親戚が多い自分は前田が他人とは思えなかった。
属性というものがある。
多くの同胞が自分は在日だ、韓国人だと、強く連帯し、強く意識する中で、
前田は元々、同じ血の多い長屋で過ごさなかったせいか、帰化した為か、
在日と言うコミニュティに属さない、かといって純日本人でもない、韓国人でもない、普段の在日の1.5倍の属性の悩みを抱えて来た人間である。
私は前田のこの気持ちがもの凄くわかる。
私自身、子供の頃、同胞の集まりの長屋を離れ、
一般の日本人の中で過ごすようになり、帰化し、
以後、自分の属性が、韓国か、日本か、民団に代表される在日社会か、
三つのどちらでもなくなった経験を持つからだ。
長州力が著書の中で、この属性の悩みについて記した事が有る。
日本で生まれ育ち、韓国の五輪代表になったとき、自分が日本人でもなく、韓国人でもない事を悟った。
しかし、大学の先輩の日本人選手が金メダルを取り、その姿に長州が涙した時、長州力の属性は韓国人でも、日本人でも、在日でもなく、レスリング選手である事が第一となったのであろう。
私事ながら、私の属性も第一にレスリング競技に没頭し大人になったレスラーである事であり、プロレスを観て育ったプロレスファンである事であり、韓国人、日本人である事など二の次である。
五輪となれば誰よりも日本のレスリング代表を応援し、総合格闘技戦では誰よりもプロレスラーを応援し、レスリング出身のプロレスラーとなれば最高である。
しかし、父や前田、長州に対する想いや憧れは自分の血に従っているゆえだとも気付いてはいる。
属性とはそういうものではないかと思う。
HERO`Sで同じ在日で同じ帰化した人間である秋山と出会った。
その秋山が四面楚歌となっている。
ならば自分が同胞として助けたい。それが心情なのは分かる。
私は秋山が好きではないが、それでも、相手の愚に身を落とす如く、秋山の愚かさに身を落とし、秋山と関係の無い民族批判を繰り返す人間たちが腹立たしい。
そういう中、秋山を守ろうとする前田の義憤の念、男気、心情は本当に良く分かる。
けれど、今、前田はそれらの感情の前に自らを見失ってしまっている。
秋山がファンに嫌われているのは、秋山の国籍うんぬんではなく、秋山がファンの為でなく、自分の為に闘って来た事、
自分の名誉欲の為だけに闘って来た事を皆知っているからだ。
それらが醸し出す嫌みな雰囲気は、ヒールとして価値あるものだとしても、
もうファンは秋山にリングに上がって欲しくない痛切な気持ちをどうして、
前田は分からないのか?
私は同胞として前田が残念でならない。
私たちが教え込まれた儒教的価値観、道徳感を全く持たないK1そして秋山の思惑に、私の大好きな前田日明がその純粋さ故、正義感の矛先をコントロールされていってしまっている気がしてならない。
2007/007/03掲載
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