私が非言語コミュニケーションのプロレスの洗礼を受けたのは、昭和のプロレスファンで
あったからだ。
今の時代の「これでもか」のファン重視の言語コミニュケーションのようなプロレスの満足感等そこには無かった。
満足感の代わりに余韻があるだけであった。
言語の代わりに非言語のプロレスを用いる世界。
何もかも説明満点でなく、説明不足の世界。
その余韻を辿り、想像力を駆使する世界は、昭和のプロレスファンなら皆、持っている事であろう。
貴方はこれでもかと自分の欲求を満たしてくれる異性に心ときめかす事等あるであろうか?
異性をときめかすのは、決して、自分を満たしてくれない、自分の思い通りになれない相手でしかない。
そういう意味で、私は良い時代にプロレスと言う最高の異性に出会えたと思っている。
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プロレス昭和異人伝☆本サイト版/ミナミの街で想った事

