2007年11月28日

闘いのディフォルメ

ある映画監督に聞いた話である。
例えば本物のアクションシーンを作るとして、リアルなローキックを真剣勝負さながらに、本気で打ち合った所で、リアルな迫力は醸し出せないという事であった。
リアルさを大多数に知らせる為には、ある程度のディフォルメが必要である。
そういう意味ではプロレスのオーバーアクション、プロレス技のディフォルメもリアルさを醸し出す為の必要不可欠な要素である。
しかし、それはあくまで闘いのリアルさを出す為である。
しかし今のプロレスとはプロレス本来のディフォルメの意味を忘れ、リアルさとは程遠い世界に行き着いた気がする。
リアルさを表現する為ではなく、リアルで無い事を証明する為に今のプロレスは存在しているようだ。
今更、フェイクと分かっているプロレスに、リアルさを出す必要等無いと思っている限り、プロレスの復活は二度と無いであろう。

ノアのプロレスとは私的好みと大きく異なるプロレスである。
しかしノアが何故、今、現在プロレス界の中で最も支持を集めているかは分かる気がする。
ディフォルメした世界の最たるプロレス技のオンパレードであっても、くそ真面目に、闘いをディフォルメしているからである。

前田日明が唯一認めるプロレス団体なだけは有る。

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posted by shingol at 20:12| 新・レッスルする世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする