よく誤解されることなのですが、私は昭和の新日本至上主義というわけでは有りません。
毎週、金曜夜8時にテレビの前で正座し、アントニオ猪木をハラハラと見つめ続け、そして、振り回されてきた私のようなファンからすれば、当時、全日本プロレスで観られた夢空間のように豪華外国人が揃いながらも、刺激の少なく調和の取れたプロレスの風景は、自分の命であるアントニオ猪木のプロレスとは別のすばらしい桃源郷の世界のプロレスとして私に癒しと夢を与えてくれました。
同時に私が夢を馳せたのが1970年代のアメリカマット界の風景でした。
雑誌「ゴング」の洗礼を受けた小学生なら、おそらくアメリカの地図や州都は頭に入っていたことでしょう。
今はある意味すばらしい時代です。
かつてゴングのグラビアでしか見ることのできなかった古きよきテリトリー制の時代のアメリカのプロレスが動画サイトで簡単に見れるのですから。
Florida Junior Heavyweight Title Matchヒロ・マツダ対ジェリー・ブリスコ
当時のアメリカのプロレスを観ていると本当にプロレスとはアマチュアレスリングの動きをディフォルメ(単純化)した技をつなげて試合を構成していたかが分かります。
そこで大切なことは、どのレスラーもリアルにそういう技が出せるからこそ、ディフォルメし、単純化している技に重みや説得力が出るのです。
西村修のように、あらかじめディフォルメ加工された技だけを持って古き良き時代のプロレスを演じても説得力はありません。
あのマツダでさえ、レスリング経験はないものの、誰かに習ったのか、ハイクラッチタックルのような動きを序盤に繰り出しています。
また演武のように軽く受けあいをしたかとおもえば、ややリアルに片足タックルを踏ん張ったりしています。
フェイクとリアルの攻防が繰り返されているのです。
当時のアメリカンプロレスの象徴NWA世界王座にしても、ハーリーレイスは王者にになる資格として、著書の中で、試合がシュートに転じても王座を守れる技量を持っていなければならないというようなことを記していました。
つまり当時のアメリカンプロレスでさえ強さを前提として成り立っていた世界であることを知ってもらいたいと思います。
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