2008年02月21日

プロレスラーよ、ファンを捨てて、村を脱出せよ

私は前の記事で、プロレスには挿絵が多くなったという私の考えを記した。
昔のプロレスはファンにとってはセルフサービスの世界であった。
プロレスラーたちは試合の中で、いちいちプロレスの説明をしてくれる事等無かった。
但し、プロレスーたちがファン無視の世界を展開していた訳でない。
私たちに説明するのではなく、私たちに感じさせてくれる何かだけを与え、後は知らんぷりであった。
プロレスラーが投げかけるものを、私たちは各々の感受性のセンサーを起動させ、受け止めていたのだ。
しかし、今のプロレスに感受性のセンサーなど不要であろう。
何故なら、受け手側にセンサーが在ろうが、無かろうが、プロレスラーたちが至れり尽くせりでファンの元まで情報を届けてくれるからだ。
その為に不可欠なのが、プロレスの挿絵である。

リアリティを届けようと思えば、本当の「リアル」な痛みを持ってしか届けられないのだ。
本当のリアルを持ってしか、プロレスの幻想に必要なリアリティを生み出せないのである。

商業的大衆スポーツとしての王座から転落した事は当然の事でもある。

プロレスが危険なスポーツである事を訴えるリアリティの示し方はもっとひどい。
本当に危険な技を出すのである。
高い位地から頭から投げ落とす、本当に、危険性の高い技でしか、プロレスのリアリティを示せないのだ。

かつて経営難に喘ぐ国際プロレスが金網デスマッチを乱発した時、新日本や全日本がこれをやったらおしまいだという考えが在った。
邪道うんぬんの話ではない。
金網というリアルな異空間を持ってしか、プロレスという非日常の空間のリアリティを示す事が出来ない事は、リアリティの追求の停止を意味する事を、馬場も猪木も知っていたのだ。
そういう中、アントニオ猪木が釘板デスマッチを行なった事があった。
それでも、猪木は、本当に釘板に刺さる事無くして、釘板のリアリティを示したのだ。

今のプロレスは本当に危険な技、痛い技を持ってしか、ファンが満足出来ない時代となってしまっている。

私は何度も記すが、このままではプロレスがますます狭いマニアの村になってしまう事は確実である。
そのマニアの中で、愛するレスラーたちが、肉体を酷使され、ファンに媚び続ける姿は、もう見たく無い。


現実離れしたプロレスの大技に、皆、リアルでない幻想を見て楽しんでも、実はそういう技には、逆説的には、リアルな怪我の危険性が潜んでいる。

あるいはリアルに痛い打撃技を持って、プロレスの免罪符を掴もうとするレスラーたちもいる。

私的には、プロレスがそうなってしまったA級戦犯は、女子プロレスラーと天龍革命であると思っている。

リアルに危険で、リアルに痛い技に、安易に走り、ファンの信頼を掴んでしまったプロレスラーは今更、もうプロレス村の中で、もう過去には戻れないであろう。
今のプロレスファンの耐性の基準を変える事も出来まい。

しかし、このままでは、プロレスラーの死人が続出するであろう。
急所を狙わない約束事の競技であっても、身体を預ける競技である。
人間の防衛能力さえ発揮出来ず、相手に黙って身体を預け、高い位地から落とされ、痛い打撃技を続けて食らえば、どれだけ脳にダメージが溜まるか皆分かるはずである。
しかしそうしなければファンに支持されない。

ならば一度、プロレスは解体すべきである。

全プロレスファンの下から脱出し、新しい土地と新しいファンを開拓するべきである。

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posted by shingol at 20:57| 新・レッスルする世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする