2008年02月27日

私の愛する永田裕志

私の好きなプロレスラーはアントニオ猪木、前田日明、長州力、船木、桜庭である。
しかし皆、実際には現在のプロレス界で、プロレスをやっていない男たちである。
別の位地で奮闘する長州は除かせてもらう。

そういう意味では、プロレス界にてプロレスを遂行するプロレスラーで、私が一番愛する男は永田かも知れないと、ふと思う。

永田はアマチュア時代から天才型だった訳では無い。
おそらく教育者だった御両親の影響で、目標遂行に対しての方法を試行錯誤し、地道な反復練習にて努力を繰り返し、全日本の覇者となったはずである。

何故かアマチュア時代、ジャンボ鶴田二世と云われた男であるが、確かに、そのリーチの長さは重量級のレスリングでは鶴田以来であったような気がする。

猪木の入り込む余地のなかった一時の新日本の黄金期を支えたのは永田である。
黄金期の新日本を支えたものは「強さのイメージ」である。
「強さのイメージ」を持って、安心して、UWF勢に影響される事の無い90年代の新日本的純プロレスを展開出来ていたのである。

しかしUWFインターが参戦したとき、UWFを相手に純プロレス的な試合を展開すれば、団体としての強さのイメージは吹っ飛んでいたはずであろう。
しかし、第一次UWFと新日本の闘いを遠くから眺め呆れていたかのように長州力は頑に、UWFの攻撃からの純プロレス的な受けを拒絶する方向に出た。

長州力は、ここぞと云う時の強さのイメージにつながる受けは絶対に拒絶する男である。
リアルな攻撃を受けたら最後、純プロレスを展開する上で必要な「強さのイメージ」を保てない事を知っていたのだ。

結果、永田は抗争初戦で、プロレスの枠内で、徹底的に、Uインターの選手の技の受けを拒絶した。
拒絶する者同士のプロレスはリアルな主導権争いでしかない。

おそらく、強さからいえば、強さを追求し続けた学生時代から、それほど年月を経ない最も強かった時期の永田が、Uインター勢を相手に縦横無尽に活躍した。
私が忘れられないのは中野に決めた「後方がぶり返し」である。

リアルにフロント・ネック・チャンスリーが90年代のプロレスの試合で見られたのである。

ドームでの金原相手の激闘は、私にとって「奇跡の試合」であった。
勝ち負け以外のプロレスの約束事に従おうとしない金原の攻撃を、永田は純プロレスではなく、リアルな主導権争いによって、封じ込めた。

あの時代、前座の永田が死守した新日本プロレスの「強さのイメージ」によって、新日本は安心して以後の純プロレスも展開出来たのである。

その永田が、あの時の試合とは程遠い、純プロレス的激しさで、脳に傷を受けた。

Uインターとの抗争で、相手の技を捌き、強さのイメージを保った永田がである。

平成のプロレスファンは、どこまで、危険なプロレスを、プロレスラーに展開させたいのであろう。

強くないから、リアルファイトでないから、激しいプロレスを展開しなければいけないのが今のプロレスならば、永田の若き日の激闘も報われないであろう。

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posted by shingol at 17:52| 新・レッスルする世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする