2008年03月05日

感情をいたずらに露出しない猪木的純プロレスの世界/大木金太郎戦

私的に好きなアントニオ猪木の試合は数多く在るが、その中でも一番好きなのは、やはり大木金太郎との一戦である。

この大木戦は猪木の試合の中でも、猪木的純プロレスの完成度の高い試合であったと私は思っている。

小林戦は今に通じる大技の応酬の続くラリー型プロレスの走りでもあったので、私はそれほど好きではない。

猪木の純プロレスには、技の応酬等似合わないと思っているからだ。

その点、大木戦はプロレスが下手な同士の肉体の歪みの生じるようなアナログチックなプロレスであった。

私が忘れられないのは、大木の頭突きを受けて片膝をつく猪木の姿である。

長い足の猪木が片膝をつくという行為は、観客の視線を集中させるシーンでもある。
実は猪木はよくこういう演劇的手法を使った。

気合いプロレスで胸を突き出して、相手の技を受け止める今のプロレスに熱狂しているファンには分からない猪木の魅力だと思う。

猪木は感情を露出する事を極力控えた。
鬼の形相で見栄を切り、怒りの鉄拳で、観客が満足するまで相手を叩きのめすプロレスは肉体の衰えの始まった猪木の止むを得ない手法でもあった。


しかし全盛期の猪木は、常に、感情の露出はここ一番まで控えた。
しかし、ここ一番でも、観客に満足させるまでの怒りの露出は控えていたものだ。

常に余韻を残すのである。

この大木戦でも、そうであった。
片膝をつきながら気持ちの中にフェイクとも本気ともつかぬ怒りの感情を込める。
しかし感情はいたずらに露出しない。
頭突きを耐えた猪木が、やっと怒りの反撃を行なうが、それでも観客に、やや説明不足のまま試合を終わる。

後は観客の想像力に順番が回ってくる。

気合いを込めた凄い形相でチョップ合戦を繰り広げ、感情を爆発させる事こそが、プロレスだと思っているのなら、今のプロレス等絶対に世間から相手にされないであろう。

同時に今のプロレスファンからは絶対にこの試合の評価等される事はないであろうとも思う。

それくらい今のプロレス村と世間には大きな差があるのである。

今のプロレスファンには、試合後の猪木の涙を観てもらいたい。
少なくとも利己主義の冷たい猪木が流す涙等、所詮、都合の良い涙でしか無いであろう。
それでも涙を溜めるほどのリアルな感情を持って、この試合に「アントニオ猪木」を演じていたのである。
しかも、その涙を溜めるほどの感情は試合中は極力は抑えていなから、溜めながら、プロレスをしていたのだ。
実は、この感情の「溜め」は橋本真也がよく使った手法でもあった。



三沢光晴に対して何も求めないプロレス
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posted by shingol at 16:55| 新・猪木ゲノムの正体を探れ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする