2008年03月15日

昭和のプロレスと平成の格闘技ブームの原因と教訓・2/テレビを通じてではない世間への伝播

昭和のプロレスと平成の格闘技ブームの原因と教訓・1より続く

私が高校生くらいまでは、一般的な歌謡歌手以外は、極力テレビの出演を避ける傾向が強かった。
今以上に、国民の娯楽の選択肢も少なく、テレビの影響が大きかった時代において、テレビに出ない歌手たちは、それでもコンサートでの動員や、レコードの売り上げで、テレビに出る歌手たちを圧倒し続けた。
私が理解出来なかったのは何故テレビに出なかったかという事だ。
単純に露出を控える意味合いがあったのかも知れないが、それでもラジオ等には積極的に出演していた歌手が多かったような気がする。

テレビという媒体は、特に以前は、基本的に最大公約数の人が観る媒体である。

逆にテレビに映し出される以上、最大公約数である一般層の人たちも取り込む必要もある為、元々のパフォーマンスレベルを分かりやすく低めに設定する必要が出てくる。

その媒体で、最大公約数の一般層に合わせる事無く、やや高レベルでマニアックな自分のペースを貫こうと思えば、自分の立ち位地のみでの活動に専念する方が良かった時代なのである。
(実はプロレスの誕生はその事と大きく関係してるのだが、それは違う機会に記していく。)

現在では、テレビという媒体そのものが、かつてほどの最大公約数向けでない事。要するに多種多様に細分化された娯楽の選択肢の一つと成ってきつつある事。
そして、テレビを通じて音楽番組を観る視聴者の目も越えてきた事で、以前ほどテレビを敬遠する歌手は減ってきているようだ。

それでも私が印象に残っているのは、かつてPRIDEの人気上昇時、榊原社長がテレビ放送に対して、かなり慎重になっていた事である。
当時の榊原社長のインタビューからは、PRIDEがテレビ中継される事での過度の露出や最大公約数向けジャンルに成る事での質の低下を警戒する事を匂わす発言が私也には読み取れた。

しかし残念な事に、イベント運営だけでは成り立たない経営は、テレビの放映料に頼らざるを得なくなり、かつ、頼った時点で、打ち切りにされるという皮肉な結果に成ってしまった。

逆に、最大公約数向けの一般層への分かりやすさを追求する為に、徹底して、視聴者に提示するパフォーマンスレベルを引き下げたのが、亀田であろう。
マニア層を核にする事無く、いきなり、より外側の世界に対してのみアピールする、ジャンルの核なき空洞化によって、多くのファンの目を振り向かせた所で、中身の無い、品質の低いものへの視聴者の飽きはブーム以上に短い一過性のものである。

アントニオ猪木の環状線理論も同じである。
奇をてらった一過性の話題を世間に対して発信する時の猪木は、迷走している時期だと、まず長年ファンである私はよく分かる。

猪木自身は、自分が何故、世間に届くスターに成れたのかを勘違いしている感がしてならない。

昭和の猪木や新日本プロレス、PRIDE、K-1、全てのブームを起こしたジャンルは、実はアントニオ猪木の環状線理論や亀田的なものとは全く正反対の方法によって、逆に、世間も巻き込んだブームを引き起こした。
次回からそれはどういう事かを記していく。

(続く)

格闘技プロレスと皆が一言で片付けるので、格闘技プロレスを分類してみました
プロレスから無くなった非言語の世界
難波から新世界まで
私の憧れる最高に格好よい男と私の神様

人気ブログランキングへ


posted by shingol at 09:44| 新・レッスルする世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする