2008年04月25日

男には結局アドレナリンが必要なのです。

私の記憶のうろ覚えの世界でしかありませんが、確か、赤ちゃんはお母さんのお腹から出て来るとき、アドレナリンのホルモンを出しながら、窒息を免れているというような記述をある本で読みました。

それが事実なら、人間は、この世に生まれた時から、闘っているのです。

私も子供の自分より、柔道、そしてレスリングに取り組む中で、自分の分泌する激しいアドレナリンによるストレスに、自分自身で苦しみ、そして、様々な文献に救いを求めました。

行き着く所、かつて武士たちの心の拠り所であった禅の教え、そして、禅の教えをベースとして欧米で発達したスポーツ心理学に救いを求めるしか無い時期もありました。

もちろんスポーツ心理学を通じて学んだ事は私の財産でもあります。
元々、仕事柄、必要な知識と似ていた事で、今は仕事の場でもその時学び実践した知識は役立っています。

しかし、それでも私は思います。

いたずらなプラス思想、ストレス排除主義、あるがまま思想、そのままで100点満点、巷に氾濫する癒し本、成功哲学、それらの俗にいう自然体のポジティヴ思想、あるいはカンニングペーパー本と接するうちに、どこか違和感を覚えてしまうのです。

赤ん坊だって、アドレナリンを出すのです。

限られた時間に、何かの力を発揮する時は、必ずしもアドレナリン、ノルアドレナリンは毒性ホルモンではありません。

ドーパミン、ベータエンドルフィン、それらの快楽系のホルモンも必要ですが、闘うときにまで、それらを意識しない事です。

人間は皆、闘わなければ行けない時があるのです。
しかし肝心な事は、闘った後の結果を絶対に考えない事。
何も考えず時間内のベストを尽くす事。

時間が決まっているなら、ストレス等気にせず、安心して、アドレナリンを放出すべきです。

限られた人生、迷う事無く、ストレスの中に身を置く時間は絶対に必要だと私は思います。

高校時代、溢れ出るアドレナリンを、毎夜、尾崎の曲で私は癒していました。

私が高校時代の尾崎は本当に力強かったのです。

何の受け身的な快楽ホルモン(はっきりいってドラッグでは無いという事です)にも頼らず、傷つく事を恐れず、前のめりに倒れ込むような闘う姿勢の末に、いつもどこか暖かく優しい曲を創り上げてくれていたものです。

今の世代は尾崎の事を精神病扱いしますが、それはアルバム4作目以降の尾崎でしかありません。
それまでの尾崎は、誰よりも強く、暖かく、優しく、人生に対峙していこうとする力強さを感じさせてくれました。

私はチキンな心を、いつもアントニオ猪木や尾崎豊の強く暖かいメッセージによって奮い立たせていた人間です。
試合前、何回も尾崎の「存在」(4つ目の動画です)を聞き、恐怖を克服し、そして勇気を奮い立たせ、タックルに入っていました。

今のプロレスラーで、最大公約数の若者にそのような力を与える存在は、新日派の私からすれば残念なのですが、小橋くらいしかいないのではないのでしょうか?











posted by shingol at 16:53| 私の好きな有機的な世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする