2008年04月26日

格闘技をやる上でストレスは必要か?

K-1心中様の記事を読んで市原の事を思い出しました。
K-1心中様でも記述されている通り、総合格闘技の基礎技術さえ伝播されていなかった当時、相手に髪の毛を掴まれてはいけないと頭を丸めてまで初期UFCに出場した市原の後だとジャンケンとは無縁の覚悟は、今では女子でも参加する総合格闘技の良い意味でのスポーツ感覚さとは異なります。

私が低いレベルながらも、長く格闘技に携わっていた中で、気づいた事があります。
皆、格闘技が好きなオーラが発散されている事です。
私たちの世代は、というよりも、私の場合は、自分で選択して始めながら、やっていて、嫌で嫌で仕方ありませんでした。

技術の反復練習等、私にとっては試験前の勉強と同じくらいストレスでありましたが、最近の若者は、意気揚々とTVで憧れのスター選手の技術を真似、反復し、身につけているケースが多いようです。

リングス世代というのがあるようで、プロレスや格闘技に関係なく、WOWWOWでのいちソフトとしての「リングス」に夢中になり、オタク根性で、選手たちの技術を真似し反復し身につけていた人たちは多いものです。

リングスのあの空間は「格闘展示会」とも言うべき、各格闘技の個性のぶつかり合いの場として、意外と一見さんにも入ってきやすい要素が一杯あったと思います。

地味な練習については、仕方なく嫌々反復しようが、意気揚々と練習しようが、技の反復の部分については結局は同じ熱量です。

なら私も、あまり気負わず、軽い気持ちで、例え淡々とでも、新しい技を覚えようと思った事もあります。
実はその方が効率的に身につけられるのです。

しかし一つだけ記したいのは、ストレスなき明るさで、技術を身につけ、成功を手にした人たちと、市原の顔は明らかに異なります。

私が最近の後輩たちを見て心配なのは、「楽しさ信仰」の下、ストレスと振り向き合う事を忘れている事です。

例えば桜庭和志は明るい表情をしていますが、どれだけ桜庭がストレスと振り向き合い、その結果、明るさを大切だと感じた気づきの部分には誰も気づかず、最短距離のカンニングペーパーとも言うべき成功哲学に夢中なようです。

流行の若手実業家たちと同じ表情で成功したかったら、それも可でしょう。

しかし、市原、桜庭、タイプは違えど、そういう味わい深い男の表情を目指すなら、思い切って、あらゆる反ストレス信仰を断ち切って、時間内の覚悟を決める事です。

大切なのは努力すべき時は、あらゆるストレスと振り向き合う覚悟で、かつ、その後で、自分の努力を癒す場を見つける事です。

努力すべき場所に、楽しさの工夫を見つける必要はありません。
それは桜庭のように、さんざんストレスを背負って自分の土台を気づいた選手たちのやる事です。

男には結局アドレナリンが必要なのです。
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posted by shingol at 04:41| 私の好きな有機的な世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする