中学生の頃から飼っていた犬は、ヨークシャーテリアでしたが、実に16年側にいてくれました。
しかし当時は予防接種等をかなりいい加減にしていた為か、死ぬ一年前から心臓が弱りだし、以降は、一年間、発作が続く毎日でした。
辛いのは夜間の発作です。
軽い発作なら、抱いて散歩に出かけ、治まるのを待ち、大きな発作の場合は、当時は、夜間の救急動物病院等無かったので、電話で獣医さんを起こして無理を言って診察してもらっていました。
ある晩、大きな発作で苦しむ愛犬を側で見守りながら、心の中で、このまま死んだら愛する犬も楽になるだろうと思った自分がいました。
病院に行き、先生に「安楽死」という選択肢は正しいのか?と尋ねました。
幸いな事に、その先生は、せっかくの一生を貫いてあげようとおっしゃって下さったので、私の気持ちも楽になれました。
以後、死ぬまでの一年間、犬の介護?中心の生活が続きました。
仕事に行く時は毎日、断腸の思いでした。
まさか職場に「犬が体調悪いので遅れて出勤します」とは言えません。
仕事を終えて家に帰る度、何とか犬が室内をおぼつかない足取りで歩いているのを見るとホッとしました。
一年後、食べ物を口にしなくなり、次第にやせ細っていきました。
しかし、食べ物を口にしなくなってから数日後、発作が治まりました。
先生曰く、食べない事で心臓の負担が軽減されていたとの事でしたが。
発作が治まって二日後、穏やかに、愛犬は息を引き取りました。
診療費は馬鹿になりませんでした。
今の犬は、しっかりと動物保険に加入しています。
しかし毎年春の狂犬病、フィラリア予防、三種ワクチンの予防三本立ての時期は、保険も利きませんので、きついものですね。
私はペットショップの犬を見るだけで、涙が出そうになるくらいの犬バカです。
最近は商業主義まるだしの雑なペットショップも多く見かけるようになりました。
一匹でも多くの犬たちが、この世に生を受けた幸せのもと、一生を過ごしてほしいものです。
もっとも、何が犬にとって大切なのかなど、人間が決められる事ではありません。
しかし幸いな事に、犬は笑います。
同時に、人間を困らせないように苦しい顔を見せない事もあるのです。
所詮、犬の飼い方等飼い主の勝手な世界でしょうが、犬の言葉に成らない言葉を少しでも聞き取れるような姿勢で今の犬も愛し続けていければと思っています。
愛犬です(後ろは姪です)


