2008年05月04日

プロレス界の帝王中西学の「野人プロレス」と「闘うプロレス」

私が現在の新日本プロレスのレスラーで観ていて単純に面白いと思えるレスラーは中西学である。
何年前か、ドームでカシンと組んだ元WWE組との試合等は最高だ。
中西の試合は、私には昔の新日本のある部分を思い出せてくれるような試合であった。

昔の新日本にも丁寧に作り上げる純プロレスはあった。
そちらの後継者は永田だ。
そういえば前田日明の純プロレスと永田のそれとのリズムも似ているような気がする。
(当然キックを除いての部分である)

では中西の純プロレスとは昔の新日本の何を感じさせるかというと、大都市での丁寧に作り上げる純プロレスではなく、地方で行なわれていた6人タッグマッチなのである。
その6人タッグについては昭和の新日本の不思議な6人タッグ・ハレとケを無くしたプロレス界に記しているのでお読み頂きたい。

中西は昭和の新日本で行なわれていた一般層、一見さんたちに対しての分かりやすいプロレスを踏襲している男なのである。

特に元WWE組との試合では、観客もシーンとしていたので、私はテレビで見た、田舎の体育館での光景と似たものを感じてしまった。
プロレスの楽しみ方等知らない観客たちを前にして、別に、声援に乗って観客と一体化する必要等無いのだ。

観客との一体化、熱、スイングする世界。
そういうものは平成のプロレスファンたちが作り上げたプロレス村の基準でしかないのだ。

もっとも中西にしても、ドタバタした分かりやすいプロレスと、コアなファン向けのプロレスを使い分けても良いはずである。

それがレッスルランドでの黒いロングタイツ姿の中西であるはずが無い。

総合に出てくれとは思わない。
しかし、プロレスの中で、私はもっと暗い中西が見たい。

縦横無尽に野人ぶりを発揮する純プロレスでの中西も面白いが、緊張し、カチカチな中西も見たい。

中西の五輪初戦、緊張し、相手に何も出来ず敗れた。
プロ入り後も、総合であれ、K-1であれ、プロレスの枠内での長州と組んでの小川、村上戦であれ、「闘う」中西は必ず緊張する。

そして緊張した中西は、暗いオーラを漂わせる。

私は、そんな中西が好きだ。

そしてプロレスの枠内で、緊張するような相手と、リアルで能動的な主導権争いを展開し、かつ己の緊張を制する事が出来たなら、誰からもチキンだとか馬鹿だとか言われる筋合いは無いのだ。

私が許せないのは、前田日明が面識も無い中西を世間の声を盗み聞きし、「バカの中西」と語った事だ。

中西ほど、頭が良く、繊細で、かつ恐ろしく強い男はいない。

そんな中西の遂行する「野人プロレス」も面白いが、私は中西の「闘うプロレス」こそ、是非見てみたい。

私は新日本とUインターとの対抗戦の際に、中西がいなかった事は残念であった。
プロレスの枠内で、リアルで能動的な主導権争いを展開してくれる中西が見れたはずなのにである。
もし中西にそういうプロレスをする意思があるのなら、川田のタックルを切り続けプロレスの枠内ギリギリで強さのイメージを奪った時のような高山などがふさわしい。

高山は中西の小指一本触れただけのタックルで吹っ飛ばされるであろう。

本来プロレス界の帝王とは中西学なのである。

異人伝/桜庭和志の七発のタックル/ナカハラの腰は本当に強いのか?
格闘技プロレスと皆が一言で片付けるので、格闘技プロレスを分類してみました

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posted by shingol at 08:49| 新・レッスルする世界