2008年05月07日

プロレスブーム後と格闘技バブル後のファンは良く似ている。

昭和のプロレスブーム、及び平成の格闘技バブル、しいて付け加えれば、新星UWFのミニバブル。
それらに共通しているのはブーム真っ只中において内部分裂や移籍などの自滅によってブームを終わらせた事だ。
自然と飽きられたというよりも内部崩壊を果たした事でこそ、逆に、ブームとは自然の摂理によって必ず終焉する世界である事を物語っているのだ。

私が昭和のプロレスブーム前後にてプロレスの基準がガラリと変わったと感じたのは、とにかくプロレスファンの耐性が無くなってしまった事に対してである。
プロレスブームという熱狂の最中の光景を原体験としているだけに、プロレスを測る基準とは会場の一体化、熱気、スイングする試合、それらでしかプロレスを測れなくなってしまっているのだ。
測る定規が少ないのである。
前田日明の言葉を借りれば、等身大のメートル原器を持たず、ブーム時の基準に基づいた物差ししか持っていないのである。
ブームとは、あくまで、世間の最大公約数に対しての分かりやすさを提示したものであって、決してジャンルの本質ではない。
なのに、ブーム時の基準を、ブーム後のジャンルにまで求めてしまうのである。

今の格闘技ファンたちと、プロレスブーム後にああだこうだと騒いでいたファンは、私は同じで無いかと、ふと思う時がある。

煽りVがどうだ、会場の熱気がどうだ、会場の熱がどうだ、ひたすらブームの幻影を追い求めている姿は、プロレスブーム後のプロレスファンの心理と全く同じである。

自分の好きなジャンルとは、実は、自分の思うようにならないジャンルなのである。
その事を知れば、好きなジャンルに対して片思いであっても追いかけ続ける気概も出て来るのではないかと私は思う。

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posted by shingol at 16:29| 新・レッスルする世界