私の考えでは、総合のリングに立つ柴田は闘わない連中より、よっぽど勝利に近い人間である。
相手のミラーにマウントを取られ続ける中、柴田は何を感じていただろうか?
自分の体を、相手にコントロールされつづける屈辱感の中で、どれだけ、もがいても自分の意志通りに体が動かない。
その中で感じる無力感はどれほどのものであろう。
無力感に打ち勝とうと、気合いや咆哮を叫んでも、どうする事も出来ないのが格闘技の試合だ。
柴田はそういう状況の中で、天井を眺めた回数が他の格闘家よりも多いレスラーに成ってしまった。
今晩、柴田が一人の部屋で、肉体の痛さと不眠と闘いながら、感じるであろう孤独感と悔しさを考えると、ファンとして胸が痛む。
人は強くなる為に格闘技を続けるというが、負け試合が続き、一時的に性的に不能になった友人を私は何人も知っている。
人は強くなる為に、格闘技をはじめ、なのに更に自分の弱さと振り向き合わなければいけない時が多いものである。
私も情けない話、スパーリング中苦しさに失禁した事もある。
恐怖でトイレに逃げ込んだ時もある。
強くなる為に始めた格闘技で、更に自分の弱さを知るとは皮肉なものだ。
闘わずして、市井の場所で、俺は強いんだと粋っているよりは立派に男らしい世界を柴田は生きている。
勝利や技術だけが格闘家に必要な事だと思われがちであるが、格闘技オタクに何を言われようと気にしない事である。
マウントから抜け出せないなら、抜け出せる技術を持つのではなく、倒されない技術を磨けば良い。
マウントから抜け出そうが抜け出せまいが、狂犬ならばマウントされた時点で、負けだと割り切れば良い。
試合時間が決められているのなら、まずは1分、次に5分、時間を分割して相手と互角な自分を目指して欲しい。
諦めなければ、必ず、勝利の女神は微笑んでくれる。
寝技の技術等柴田に必要ないであろう。
格闘技オタクがでも覚えられる技術よりも、スクワットや雑用をこなして来た柴田にしか出来ない肉体と精神の技術が他にあるはずである。
柴田勝頼、船木誠勝、闘い続ける彼らの先には勝利だけがあると私は信じている。
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