2008年05月15日

柴田勝頼について雑記

先日の柴田勝頼〜29歳の地図〜の記事に関しまして、OMASUKIFIGHT様に御紹介頂きました。
有難うごさいます。

私はプロレスラーが総合出陣以来、敗戦を重ねる姿に、実はある懐古的な感情を抱かざるを得ません。

それは、かつ自分の思うようにならなかった昭和のプロレスに対しての心象風景と良く似ているものです。

昔のプロレスは、思うようにならない世界そのものでした。
両者リングアウトや乱入、ベストバウトを期待しても呆気なく終わったり、今のように機械仕掛けの歯車のように相手とかみ合うような試合展開など皆無でした。

あの頃、プロレス界を思うように動かしたかった、ファンを満足させたかったファンたちの手によって今のプロレス界が存在しているような気がします。

テレビの前でファンたちの想い描く風景を現実に見れる事等、年に数回あるかないかです。

あの頃の、ジャンルへの渇望の気持ちと、今、柴田に対して、総合の場での柴田らしさの発揮を渇望する気持ちとは、どこか私自身、似ているような気がしてしまいます。

柴田が総合に出陣した際に、藤田レベルの活躍を期待したファン等皆無でしょう。
誰もが、等身大の柴田の実力を朧げに知りつつ、それでも、柴田が出場するとなると、勝利して欲しいとエールを送り続ける。

しかし、それは弱者に対しての哀れみの気持ち等ではないはずです。
自分の弱さや孤独と振り向き、闘い続ける柴田の姿勢に、多くのプロレスファンは感情を突き動かされているのではないかと私は思っています。

そういう意味で、柴田勝頼と同様のプロとしてのメッセンジャーぶりを持つ格闘家はそれほどは存在していないような気がしています。

柴田の勝利は、最短距離で強くなる為の練習を積み、総合格闘技の基礎を体に染み付かせて来た連中が勝利するのとは、ファンに対しての影響は大きく異なると私は思っています。

柴田の闘い続けた結果の先に、勝利があろうが無かろうが、私は柴田を応援し続けたいと思います。


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posted by shingol at 06:31| 新・レッスルする世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする