ミュンヘン五輪の際の全種目における日本代表選手全員の体力データにおいて、ジャンボ鶴田が圧倒的な数値を誇りトップであった事は有名である。
少なくとも五輪出場クラスのトップ中のトップの運動量能力を誇るアスリートが、プロレス界に入った事は、プロレスというジャンルにとって後にも先にもジャンボ鶴田だけなのである。
私が好きなのは、凱旋帰国後ほぼ3年以内の鶴田であった。
当時の鶴田の試合を、今のプロレスラーが凌駕出来る事は無い。
当時の鶴田ほど高く、早く、そして品やかに動けるプロレスラー等誰一人いないのである。
鶴田にとって残念なのは、その跳躍力、瞬発力が、驚異的なレベルである事を明確にする過去の判断材料が無かった事である。
プロレスにおいて、最もファンが沸くのは自分の願望に近い動きをレスラーがしてくれた時である。
プロレスファンは想像力が豊富である。
ファンなら、一度は観客を驚かす技の一つ二つ、あるいは観客を沸かす試合展開を頭の中で創作したはずである。
そういう意味ではプロレスラーは常にファンの想像とも闘って行かなければならない。
しかし、鶴田のように、想像以上のもの、想像すらしないものを見せられてはどうなるか・・・
人間は頭の中に記憶や比較の材料が無い物を目の前に出されると呆気にとられる。
呆気にとられたファンが、これはすごい事なのか何なのか、比較する材料も記憶も無い中、館内を包むのは静寂だけである。
そういう意味で、鶴田の出現は時代的に早すぎた感もある。
さば折りから溜めを作って驚異的な反りで真後ろに投げつけるフロントスープレックス、驚くほど打点の高いドロップキック、それらが他者との比較材料を持って適正な驚きと歓声を浴びる事が出来ていたら、鶴田のプロレス人生は変わっていたのではないかと私は思う。
適正な評価も、同レベルの能力を持つ競合相手もいない中、鶴田の脅威の運動能力ぶりを発揮した時代は、凱旋帰国後わすが3年以内くらいであった事は残念であった。
以後の鶴田は、アスリートとしてのボテンシャルを捨て去るごとく、プロレス界に馴染み始めた。
プロレスはますます上達しても、節制を忘れ、必要以上の脂肪を蓄え始めた鶴田はもう持ち前の運動能力を発揮する事は出来なくなってしまったのである。
後の怪物時代の鶴田が評価される事が多い。
しかし技の受け合いのコンタクトスポーツであるプロレスにおいて、スタミナに優位性を持つのは大型選手の方である。
小型の選手と約束事の受け合いの世界をした所で、体の大きな選手がケロッとしていられるのは当然の事なのである。
なので私的には、鶴田の怪物時代はそれほど特筆される能力を持ってはいなかったと考えている。
練習をしなくなった鶴田は自身の真の怪物ぶりを捨て去ってしまったのだ。
凱旋帰国時の鶴田が今のマット界に出現していれば、どうであろうか?
飛び技やメカニカルな技を使う選手だらけのプロレス界に当時の鶴田が出現すれば、比較材料だらけの今のマット界において、鶴田の能力、技術は、適正な歓声と驚きを掴んでしまうだろう。
人は歓声で飛ぶ動物である。
歓声を浴びる鶴田は、横っ腹に脂肪を蓄える事も無く、シェイプされた肉体を保って、運動能力の怪物ぶりを発揮し続けていたのではないかと私は思う。
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