前記事で鶴田の運動能力ぶりに対して記したが、凱旋帰国当時の藤波もまた驚異の運動能力ぶりを発揮したものであった。
試しに受けた日体大の体力テストで驚異的なデータを残し、対抗出来る数値を持つ者はレスリング金メダリスト高田裕司くらいしか存在しなかったという事であった。
鶴田と違いしなやかな肉体を持つ藤波ではなかったが、その鋼のような肉体から繰り出される瞬発力溢れる飛び技は驚異的なものであった。
ブーム時ではなく、通常のプロレス人気時に、多くの新たなファンを新規開拓して来た藤波の功績は大きいと私は思っている。
鶴田と異なり、練習でウェートアップを図った藤波であったが、ヘビー級の肉体の鎧を身につけた藤波の肉体は、自身の機動性を大幅に低下させた。
水平への動きにジュニア時代の名残を保ったものの、垂直の動きを制御された藤波の重い肉体は、ほぼかつての技や動きの全てを使えなくなってしまったのだ。
結果、凡庸なプロレス技に自らのニックネームを被せ、特に個性のあるとは言えないファイトぶりを遂行せざるを得なくなってしまった。
藤波の肉体とはジュニア時代当時82キロ程度との事であった。
ヘビー級としての肉体の見栄え、そしてヘビー級相手への受け身を想定すると、ジュニア時代の肉体をどうしても増量させる必要があったのかも知れない。
しかし、ややウエートトレーニングによって無理に体を大きくしすぎた感もある。
元々、体の堅い藤波が生真面目にウェートトレーニングによって体重を増加させる事で、スポーツ選手としての肉体の機動性とコンディショニングを無くしてしまったのは残念な事であった。
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