男子の皆さんなら人生の中で一度は喧嘩を体験した事は有るだろう。
まずは、その時の自分の胸と頭の中を思い出してもらいたい。
胸の高鳴りは通常時と何ら変わらず平常で、頭の中は冷静である。
そういう喧嘩など有ればその人はまさに喧嘩のプロとしか思えないが、
心拍数はピークに達し、頭の中は酸素不足で余裕を無くしている状態。
実際にはそういうケースが殆ど全てである。
人間は恐怖を感じるとき「闘うか」「逃げるか」反応のどちらかを選択する。
キレるという行為にしろ、反対の逃げる行為にしろ、
支配しているのは恐怖が引き起こすアドレナリン、ノルアドレナリンのホルモンである。
通常、興奮しキレて喧嘩し、その喧嘩がそのピークの心拍数を保ったまま、
一分半以上続く事は有り得ない。
どうしてか分かるだろうか?
そのような心拍数を支える心臓の強さ、体力、精神力は一般の人に無いからである。
しんどくなれば怒りは続かなくなる。
しんどくなればしんどさに勝てなくなる。
しんどい中に攻撃を続ける体力も精神力も無い。
それが素人の喧嘩である。
所詮、キレるとはその程度のものである。
格闘競技においてどのような激しいファイターであろうと、キレて闘う事等有り得ない。
何故ならキレて闘う事が素人の証明であるということを皆知っているからである。
格闘競技の試合に挑む上での大きなホルモンはアドレナリン系でなく
ドーバミン系、エンドルフィン系が理想だと言われる。
恐怖と筋緊張と心拍数の上昇を引き起こすアドレナリン系のホルモンでなく、
リラックスと筋弛緩と心拍数の安定を誘導するドーパミンやエンドルフィン系のホルモンを実は多くの格闘技者は使っている。
その上で冷静さを維持した格闘技らしいアグレッシブな攻撃性を発揮出来るのである。
(時に緊張と恐怖のあまり最後までアドレナリンしか出せず、結果何も出来ないまま敗北する選手も多いが…)
格闘技の経験者と素人の境目はその部分でも簡単に別れる。
そういう意味で近代の商業プロレスに置いて幻想を保ったキレる魅力と言うものはいかにプロレスラーたちが闘いを知らなかったという事の一つの証明でもある。
私の敬愛するアントニオ猪木、前田日明であるが、私は二人のキレる魅力というものを評価していない。
キレるという行為を相手と客に見せる時点で、逆に格闘技の素人であることを自ら証明しているからだ。
私が彼らに魅了された理由は「闘う男の色気」である。
猪木と前田、そして長州の三人が実はキレるという正反対の思考と行為で
闘った試合がそういう色気を醸し出した試合で有った。
猪木に関してはアリ戦とペールワン戦、長州に関しては最初の安生とのタッグ戦であっ
た。
キレる=アドレナリンとは正反対の落ち着き払った表情の中で静かな闘志を漲らせた。
具体的にいえばキレない事=ドーパミン、エンドルフィンを自分に維持しながら闘ったのである。
格闘競技の原則に基づきながら「闘う男」の姿を見せた二人は他のプロレスラーでは見られない色気を醸し出していた。
前田にもそういう試合が有った。
アンドレ戦であった。
突発的な「闘う」か「逃げるか」反応の選択を強いられた前田は冷静にアドレナリン
=キレるとは正反対の行為を自分に求め心を落ちつかせた。
結果、冷静なローキックの連打に思考をつなげていった。
永田裕志は心拍数180を越える格闘技の覇者であった男である。
少なくとも仕事であるプロレスでキレる事は永遠に無いだろう。
自分の心拍数と感情をコントロール出来る男。
それが格闘家たちであり、
かつ、また闘いの歴史を持つ新日本の無くなりつつ有る伝統である。
2007/07/27掲載
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2007年10月05日
永田裕志/後楽園ホールの IWGP 王者
新日本が大会場でのダイナミズムと選手層の厚さを維持していた頃、永田裕志は中西とタッグを組み、小川、村上組と闘った。
当時プロレスラーというよりも格闘家といった風情の二人を相手に永田と中西はプロレスの枠内とはいえ、弱さを見せつけず堂々と渡り合う頼もしい姿を見せてくれた。
大物の小川を相手に奮戦する二人が、まだ新日本では二番手グループである中西と永田であるということに、私は新日本の層の厚さを感じた。
しかし長州や三銃士と比較した時、大所帯の看板を張れるスター性やタレントカラーをこの先、永田や中西から感じる事が出来るのだろうかとメジャー感溢れる福岡ドームの永田を見て思った。
層が厚く、個性豊かなタレント豊富な新日本だったとはいえ、藤波、長州、三銃士以外の多くの選手たちはベテラン、若手を問わず大組織の中での駒に過ぎなかった。
有り余る人材の宝庫と言われた新日本の第三世代を中心とした
若手スターたちであったが、所詮トップを追い掛ける若手と言う役柄の中での個性と輝きであった。
一人一人が充分なスター性を持った三銃士と抜群の大物感を醸し出す長州たちが築き上げた複数スター制の90年代の新日本と比べると、第三世代が中心となれば核のスター無き小粒のスターの集合体としか成り得ないような気がして成らなかった。
三銃士や長州にはメジャー感溢れる団体が良く似合った。
逆にメジャー団体の舞台が無ければ光を失ってしまうのも彼らの特徴であるが。
良くも悪くもハードとしての90年代のメジャー団体新日本の光と、ソフトとしての彼ら自身の光が見事に一致していたからであろう。
逆に今の新日本のトップたちは、今のようにインディー化、ミニマム化した新日本においては相応しい光を放っている。
そういう意味で団体としてのバランス感をようやく創り上げて来ていると感じる。
かつて似たような団体に国際プロレスが有った。
豊富な小粒タレントの揃うリング上ではあったが、トップを張るのは重厚なラッシャー木村でしかなかった。
今の新日本にかつてのドーム興行を連発するメジャー感は無い
が、それでも小粒のスターたちの日替わり王者となれば淋しい風景である。
トップにふさわしい男はやはり永田しかいない。
メジャー団体だったころの新日本の光には及ばないが、今の永田の光は、今の新日本マットの光を越えているからである。
奥様いわく人柱にされたヒョードル戦ふくめ永田は時代と組織
の理不尽さに翻弄されてきた男である。
黙って黙々と闘い続けて来た忍ぶ男である。
アマチュアのトップを経験してきた男が、そんな紆余曲折を経て、
今、ジュースを流し、白目を剥き、地道な後楽園ホールでの防衛戦を重ねている。
丁度国際プロレスの苦労人木村が後楽園ホールでIWA王座の防衛戦を重ねていた姿を思い浮かべる。
しかし国際プロレスと違い、新日本が崩壊する事は無いであろう。
私は永田がヒョードルやミルコに負けた事も、もはや永田にとっては何のマイナスも持たなくなっていることに気付いた。
ひょっとして永田はミニマム化したプロレス界ですでに天下をとっているのではないか。
それくらいのレスラーとしての、人間としての魅力を私は永田には感じるからである。
2007/07/28掲載
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当時プロレスラーというよりも格闘家といった風情の二人を相手に永田と中西はプロレスの枠内とはいえ、弱さを見せつけず堂々と渡り合う頼もしい姿を見せてくれた。
大物の小川を相手に奮戦する二人が、まだ新日本では二番手グループである中西と永田であるということに、私は新日本の層の厚さを感じた。
しかし長州や三銃士と比較した時、大所帯の看板を張れるスター性やタレントカラーをこの先、永田や中西から感じる事が出来るのだろうかとメジャー感溢れる福岡ドームの永田を見て思った。
層が厚く、個性豊かなタレント豊富な新日本だったとはいえ、藤波、長州、三銃士以外の多くの選手たちはベテラン、若手を問わず大組織の中での駒に過ぎなかった。
有り余る人材の宝庫と言われた新日本の第三世代を中心とした
若手スターたちであったが、所詮トップを追い掛ける若手と言う役柄の中での個性と輝きであった。
一人一人が充分なスター性を持った三銃士と抜群の大物感を醸し出す長州たちが築き上げた複数スター制の90年代の新日本と比べると、第三世代が中心となれば核のスター無き小粒のスターの集合体としか成り得ないような気がして成らなかった。
三銃士や長州にはメジャー感溢れる団体が良く似合った。
逆にメジャー団体の舞台が無ければ光を失ってしまうのも彼らの特徴であるが。
良くも悪くもハードとしての90年代のメジャー団体新日本の光と、ソフトとしての彼ら自身の光が見事に一致していたからであろう。
逆に今の新日本のトップたちは、今のようにインディー化、ミニマム化した新日本においては相応しい光を放っている。
そういう意味で団体としてのバランス感をようやく創り上げて来ていると感じる。
かつて似たような団体に国際プロレスが有った。
豊富な小粒タレントの揃うリング上ではあったが、トップを張るのは重厚なラッシャー木村でしかなかった。
今の新日本にかつてのドーム興行を連発するメジャー感は無い
が、それでも小粒のスターたちの日替わり王者となれば淋しい風景である。
トップにふさわしい男はやはり永田しかいない。
メジャー団体だったころの新日本の光には及ばないが、今の永田の光は、今の新日本マットの光を越えているからである。
奥様いわく人柱にされたヒョードル戦ふくめ永田は時代と組織
の理不尽さに翻弄されてきた男である。
黙って黙々と闘い続けて来た忍ぶ男である。
アマチュアのトップを経験してきた男が、そんな紆余曲折を経て、
今、ジュースを流し、白目を剥き、地道な後楽園ホールでの防衛戦を重ねている。
丁度国際プロレスの苦労人木村が後楽園ホールでIWA王座の防衛戦を重ねていた姿を思い浮かべる。
しかし国際プロレスと違い、新日本が崩壊する事は無いであろう。
私は永田がヒョードルやミルコに負けた事も、もはや永田にとっては何のマイナスも持たなくなっていることに気付いた。
ひょっとして永田はミニマム化したプロレス界ですでに天下をとっているのではないか。
それくらいのレスラーとしての、人間としての魅力を私は永田には感じるからである。
2007/07/28掲載
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キレたら負ける2/アントニオ猪木と前田日明
私はアントニオ猪木と前田日明のキレる姿が一番嫌いである。
彼らは実はキレている振りをしているが、計算の上、怖くない状況や勝てる相手にだけプロレス界で使ってはならない刃を取り出しているからである。
前田日明がタッグ戦で長州力の顔面を蹴った事が有った。
タッグ戦という逃げ場等いくらでもある闘いの中でさえ背後からしか長州に仕掛けられなかった女々しい姿のどこが「キレ」であろうか?
猪木にしてはどう見ても動けないグレートアントニオに対して子供のヒーローとは思えない残忍な攻撃を仕掛けた。
猪木と前田の刃幻想に共通しているのはただの暴力性だけである。
人は「闘う」か「逃げるか」反応をコンピューターのように瞬時に判断出来る人間である。
窮鼠猫を噛むの言葉通り、追いつめられた人間が、恐怖を持って狂ったようにキレる場合も有るが、多くは自分が勝てるケースでしかキレる事は無い。
私は「闘う」か「逃げるか」反応を強いられたレスラーたちが、切れるでも
刃でもなく、己の格闘能力を必死に探り出し、冷静に闘う姿が好きである。
猪木と前田が控え室で震えたペールワン戦とアンドレ戦。
「キレる」という幼稚な暴力性に頼らず、男として闘う覚悟を決めて闘った猪木と前田が好きである。
長州が冷静沈着なレスリングテクニックでUWFを完封した試合が好きである。
前田が恐怖と共に玉砕したカレリン戦が好きである。
プロレスファンは未だに危険な香り、刃などへの幻想が強い。
プロレスファンが好きなはそれらと最近のキレる社会の暴走事件と何ら代わりはしないと私は思っている。
闘うとは「キレない」事である。
どうしても闘わなければいけない状況のとき、プロレスラーは「キレずに」格闘技者として男として覚悟を決めて静かに闘って来たではないか。
そういった試合と、ただの感情的な暴走をプロレスと言う安全地帯で行う試合とは全く異質である。
本当に「闘うプロレスラー」の試合を観たければ総合への出陣を応援すれば良い。
プロレスのリング場は「キレては」いけない神聖な場所である。
2007/07/28掲載
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彼らは実はキレている振りをしているが、計算の上、怖くない状況や勝てる相手にだけプロレス界で使ってはならない刃を取り出しているからである。
前田日明がタッグ戦で長州力の顔面を蹴った事が有った。
タッグ戦という逃げ場等いくらでもある闘いの中でさえ背後からしか長州に仕掛けられなかった女々しい姿のどこが「キレ」であろうか?
猪木にしてはどう見ても動けないグレートアントニオに対して子供のヒーローとは思えない残忍な攻撃を仕掛けた。
猪木と前田の刃幻想に共通しているのはただの暴力性だけである。
人は「闘う」か「逃げるか」反応をコンピューターのように瞬時に判断出来る人間である。
窮鼠猫を噛むの言葉通り、追いつめられた人間が、恐怖を持って狂ったようにキレる場合も有るが、多くは自分が勝てるケースでしかキレる事は無い。
私は「闘う」か「逃げるか」反応を強いられたレスラーたちが、切れるでも
刃でもなく、己の格闘能力を必死に探り出し、冷静に闘う姿が好きである。
猪木と前田が控え室で震えたペールワン戦とアンドレ戦。
「キレる」という幼稚な暴力性に頼らず、男として闘う覚悟を決めて闘った猪木と前田が好きである。
長州が冷静沈着なレスリングテクニックでUWFを完封した試合が好きである。
前田が恐怖と共に玉砕したカレリン戦が好きである。
プロレスファンは未だに危険な香り、刃などへの幻想が強い。
プロレスファンが好きなはそれらと最近のキレる社会の暴走事件と何ら代わりはしないと私は思っている。
闘うとは「キレない」事である。
どうしても闘わなければいけない状況のとき、プロレスラーは「キレずに」格闘技者として男として覚悟を決めて静かに闘って来たではないか。
そういった試合と、ただの感情的な暴走をプロレスと言う安全地帯で行う試合とは全く異質である。
本当に「闘うプロレスラー」の試合を観たければ総合への出陣を応援すれば良い。
プロレスのリング場は「キレては」いけない神聖な場所である。
2007/07/28掲載
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訃報・カール・ゴッチ 異人伝
私がカール・ゴッチさんの訃報を知ったのは、練習後のインターネットにて「カクトウログ」さんのサイトの速報からであった。
私も落ちついてからと思ったが、今の段階で更新も一度きりで、追悼の記事を残しておきたいと思っている。
私がゴッチさんで覚えている事は、レスリングに励んでいた当時ブリッジをしていた時の事である。当時は柔らかい体故、簡単に自分の鼻がマットについていたが、足下は爪先立ちであった。ところがレスリングの恩師から「プロレスラーみたいなブリッジをする
な」と怒鳴られた。
当時、ブリッジの高さやアーチの見栄えにこだわる余り、別物のショー的なプロレスのブリッジを意識してしまったのである。
確かにブリッジは自分の爪先でなく足の踵がしっかりマットに着いてこそ強靭さを持つものである。
そういう意味で、当時のプロレスラーで理屈にかなったブリッジの強靭さとアーチの高さを持つ選手はジャンボ鶴田がサンダー杉山しかいなかった事を思い出す。
丁度ゴッチさんの代名詞ジャーマン・スープレックスとはそういうブリッジを用いた技であった。
ゴッチさんはドイツでなくベルギーのグレコのスペシャリストであると同時に、プロになってからキャッチレスリングの寝技の洗礼を受けた選手であった。
偶然にも私が先週、記事にしたキャッチレスラーの理想としてきっちりとしたレスリング技術と関節技の技術を両方持つ選手としては典型的なレスラーであった。
ただしグレコの選手であったが。
同時に特筆すべきは、商業プロレスとしてのヨーロッパのチェーンレスリングの動きも兼ね備えた、要するに、スタンド、グランド、そしてショーマンスタイルと三つの要素を全て兼ね備えた正にプロレスの神様であったという事である。
なのに日本に多くいる弟子の誰もが、ゴッチさんの三つの要素のうち、一つを持ち出して都合の良いように心の拠り所としていた気がする。
私は西村の事をゴッチさんの商業スタイルだけ真似してゴッチスタイルの継承者を気取っていると批判した事があったが、晩年、ゴッチさんのケアを続けた西村や、ゴッチさんが息子とよんだ木戸を想い彼らの優しさに対し胸が痛くなり又頭が下がる。
ゴッチさんのご冥福をお祈り致します。
2007/07/29掲載
私も落ちついてからと思ったが、今の段階で更新も一度きりで、追悼の記事を残しておきたいと思っている。
私がゴッチさんで覚えている事は、レスリングに励んでいた当時ブリッジをしていた時の事である。当時は柔らかい体故、簡単に自分の鼻がマットについていたが、足下は爪先立ちであった。ところがレスリングの恩師から「プロレスラーみたいなブリッジをする
な」と怒鳴られた。
当時、ブリッジの高さやアーチの見栄えにこだわる余り、別物のショー的なプロレスのブリッジを意識してしまったのである。
確かにブリッジは自分の爪先でなく足の踵がしっかりマットに着いてこそ強靭さを持つものである。
そういう意味で、当時のプロレスラーで理屈にかなったブリッジの強靭さとアーチの高さを持つ選手はジャンボ鶴田がサンダー杉山しかいなかった事を思い出す。
丁度ゴッチさんの代名詞ジャーマン・スープレックスとはそういうブリッジを用いた技であった。
ゴッチさんはドイツでなくベルギーのグレコのスペシャリストであると同時に、プロになってからキャッチレスリングの寝技の洗礼を受けた選手であった。
偶然にも私が先週、記事にしたキャッチレスラーの理想としてきっちりとしたレスリング技術と関節技の技術を両方持つ選手としては典型的なレスラーであった。
ただしグレコの選手であったが。
同時に特筆すべきは、商業プロレスとしてのヨーロッパのチェーンレスリングの動きも兼ね備えた、要するに、スタンド、グランド、そしてショーマンスタイルと三つの要素を全て兼ね備えた正にプロレスの神様であったという事である。
なのに日本に多くいる弟子の誰もが、ゴッチさんの三つの要素のうち、一つを持ち出して都合の良いように心の拠り所としていた気がする。
私は西村の事をゴッチさんの商業スタイルだけ真似してゴッチスタイルの継承者を気取っていると批判した事があったが、晩年、ゴッチさんのケアを続けた西村や、ゴッチさんが息子とよんだ木戸を想い彼らの優しさに対し胸が痛くなり又頭が下がる。
ゴッチさんのご冥福をお祈り致します。
2007/07/29掲載
不思議なトピックス/神様と自信をなくした私
ハッスルがカール・ゴッチさんの追悼セレモニーを行うという。
しかも「高田総統は現在、(トルコの)イスタンブールにいる。国際電話でセレモニー開催をお願いしようと思う」との高田の言葉であった。
私は、亡くなって間もない方を、お笑いギミックの言葉で口にする神経が理解できないし、
(ハッスルが一生懸命やっているうんぬんでなく、お笑いプロレスをしている以上)
自分たちの立場を考えれば、頑固にかたいプロレスにこだわったゴッチさんに対して、追悼のコメントさえ慎んだとしても不思議ではないと思っていた。
それもまた自分たちの立場をわきまえるハッスルなりの偉大な故人への配慮であったとしてもおかしくないと思ったからだ。
あのWWEでさえ亡くなられた方のコメントに対しては、ギミックを捨て去り、襟を正し、真摯にコメントを出している。
まさかと思うようなことが、堂々とスポーツナビのトピックに掲載されている。
そういうことに唖然とし、不快感を覚える私の考えこそが、逆におかしい世の中になっているのではないかと思え、自信を失くす思いである。
2007/07/31掲載
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しかも「高田総統は現在、(トルコの)イスタンブールにいる。国際電話でセレモニー開催をお願いしようと思う」との高田の言葉であった。
私は、亡くなって間もない方を、お笑いギミックの言葉で口にする神経が理解できないし、
(ハッスルが一生懸命やっているうんぬんでなく、お笑いプロレスをしている以上)
自分たちの立場を考えれば、頑固にかたいプロレスにこだわったゴッチさんに対して、追悼のコメントさえ慎んだとしても不思議ではないと思っていた。
それもまた自分たちの立場をわきまえるハッスルなりの偉大な故人への配慮であったとしてもおかしくないと思ったからだ。
あのWWEでさえ亡くなられた方のコメントに対しては、ギミックを捨て去り、襟を正し、真摯にコメントを出している。
まさかと思うようなことが、堂々とスポーツナビのトピックに掲載されている。
そういうことに唖然とし、不快感を覚える私の考えこそが、逆におかしい世の中になっているのではないかと思え、自信を失くす思いである。
2007/07/31掲載
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追悼泥棒 / ハッスルの世界
私は昭和新日本を見て育ち、真剣勝負への幻想を抱きながらも、全日本プロレスの個性豊かな外国人選手たちの異人ぶりも楽しめた。
プロレス意外の遊びも趣味も多いに楽しんで来たので、どこかプロレスを冷めて見ている部分も有る。
プロレス界の馬鹿馬鹿しさを喜劇としても見れるし、間違っても、プロレスファンの友人とプロレスを熱く語る等というような私にとって格好悪い事はしたくない。
プロレス等所詮プロレスである。
そんな私でもレスリング競技や仕事に取り組む時、勇気を与えてくれるようなプロレスラーに出会いたいと思う時も有る。
そんな時は少なくとも私のような昭和の新日本で育ったファンは、当時の匂いを求めて、闘うプロレスラーすなわち総合に出陣するプロレスラーに感情移入するものである。
猪木に誰よりも心酔しながら、猪木の馬鹿馬鹿しさを誰よりも愛情を持って笑える。
猪木をプロレスに置き換えてもそうであると思うが、私のようなプロレスファンは多かったように思える。
そういうファンに取って雑誌「紙のプロレス」はこれまでに類を見ない雑誌であった。
プロレスの馬鹿馬鹿しさを愛情込めた笑いで眺め、一方で、プロレスラーの強さを真剣に求め、闘いに挑むプロレスラーを誰よりも応援する。かといって総合一本やりでなく、総合で出せない昭和新日本の香りを醸し出した橋本と小川の名勝負を絶賛する。
どこかでプロレスを冷めて見つつ、それでも昭和の新日本のプロレスを追い求める本心が垣間みれて私は好きであった。
猪木を笑いの種にしつつ、スキャンダルの最中、四面楚歌の猪木と猪木ファンの為に、「猪木とは何か?」というムック本を出し、週刊現代の記者と対談で徹底的に闘った。
私はそんな初代編集長と初期の紙のプロレスが好きであった。
プロレスとは真剣にプロレスに取り組むからこそ馬鹿馬鹿しさや笑いが生じるのである。
なのに、その事を知る初代編集長が最初から笑いを求めた勘違いした世界がハッスルである。
その世界はジャンボ鶴田の痙攣を愛おしげに笑って来た昭和のプロレスファンには理解出来ない世界である。
その世界がエスカレートして来た。
先人をパロディにして、ついには故人までパロディの場で追悼するというのか?
自らの理念が有るなら、正反対の世界を生きた故人をどうして追悼する必要が有るのか?
故人たちが唇を噛み締める程不快に感じるであろう興行に勝手
に借り出される故人たち
の気持ち等分からないのだろうか?
パンクラスが間違っても、ザ・シークを追悼等しないだろう。
そこにはシークへの軽蔑でなく、違うジャンルを生きた故人へのリスペクトがあり、そのリスペクトを遂行する違うジャンルの団体への慎みと配慮の気持ちが
あるからである。
ハッスルがどのような形で追悼を行おうとも、そこに慎みや配慮等無いただの追悼泥棒としか思えない。
2007/07/31掲載
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プロレス意外の遊びも趣味も多いに楽しんで来たので、どこかプロレスを冷めて見ている部分も有る。
プロレス界の馬鹿馬鹿しさを喜劇としても見れるし、間違っても、プロレスファンの友人とプロレスを熱く語る等というような私にとって格好悪い事はしたくない。
プロレス等所詮プロレスである。
そんな私でもレスリング競技や仕事に取り組む時、勇気を与えてくれるようなプロレスラーに出会いたいと思う時も有る。
そんな時は少なくとも私のような昭和の新日本で育ったファンは、当時の匂いを求めて、闘うプロレスラーすなわち総合に出陣するプロレスラーに感情移入するものである。
猪木に誰よりも心酔しながら、猪木の馬鹿馬鹿しさを誰よりも愛情を持って笑える。
猪木をプロレスに置き換えてもそうであると思うが、私のようなプロレスファンは多かったように思える。
そういうファンに取って雑誌「紙のプロレス」はこれまでに類を見ない雑誌であった。
プロレスの馬鹿馬鹿しさを愛情込めた笑いで眺め、一方で、プロレスラーの強さを真剣に求め、闘いに挑むプロレスラーを誰よりも応援する。かといって総合一本やりでなく、総合で出せない昭和新日本の香りを醸し出した橋本と小川の名勝負を絶賛する。
どこかでプロレスを冷めて見つつ、それでも昭和の新日本のプロレスを追い求める本心が垣間みれて私は好きであった。
猪木を笑いの種にしつつ、スキャンダルの最中、四面楚歌の猪木と猪木ファンの為に、「猪木とは何か?」というムック本を出し、週刊現代の記者と対談で徹底的に闘った。
私はそんな初代編集長と初期の紙のプロレスが好きであった。
プロレスとは真剣にプロレスに取り組むからこそ馬鹿馬鹿しさや笑いが生じるのである。
なのに、その事を知る初代編集長が最初から笑いを求めた勘違いした世界がハッスルである。
その世界はジャンボ鶴田の痙攣を愛おしげに笑って来た昭和のプロレスファンには理解出来ない世界である。
その世界がエスカレートして来た。
先人をパロディにして、ついには故人までパロディの場で追悼するというのか?
自らの理念が有るなら、正反対の世界を生きた故人をどうして追悼する必要が有るのか?
故人たちが唇を噛み締める程不快に感じるであろう興行に勝手
に借り出される故人たち
の気持ち等分からないのだろうか?
パンクラスが間違っても、ザ・シークを追悼等しないだろう。
そこにはシークへの軽蔑でなく、違うジャンルを生きた故人へのリスペクトがあり、そのリスペクトを遂行する違うジャンルの団体への慎みと配慮の気持ちが
あるからである。
ハッスルがどのような形で追悼を行おうとも、そこに慎みや配慮等無いただの追悼泥棒としか思えない。
2007/07/31掲載
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ローラン・ボックの偽神話
ローラン・ボックは新日本が「過激なプロレス」をキャッチ・フレーズにしていた頃、登場した強さへの幻想を抱かせるギミック・レスラーであった。
ボックの幸運だった点は、弱々しさにかけては新日本で最たる木村健吾を相手に日本デビュー戦を飾れたと言う事であろう。
軽量の木村を反り投げで投げたが、あまりにも高い位置でクラッチした上に、木村も抵抗せず身を任せたので必要以上に派手に後頭部を強く打ち付けてしまった。
衝撃というよりも明らかにアクシデントであったものの、その試合においてボックの幻想が築かれてしまった。
実際、以後その試合を越えるボックの衝撃的な試合は見る事は出来なかった。
ボックの正体はただのプロレスが下手なアマチュアレスラーであった。
しかも強さに関しても、アメリカにはボックとレスリングルールで闘っても間違っても敗北する事は無いであろう選手がごろごろいた。
例えばジャック・ブリスコ、ボブ・ループなどはボックをテクニカルで葬ったであろう。
当時デビューした谷津嘉章にしてもグレコならともかくフリーであればボックを得意の横捨て身で投げたのではないか。
ボックとはその程度の実力者で有る。
しかしながらプロレスの下手さと、容貌の迫力が相まって、実力以上の評価を得ていた選手である。
その頃から新日本は偽物を本物と見せて売る作業に走り出した。
牛乳をガロン飲みし、バスを引っ張る、そういうプロレス神話よりたちの悪いギミックを考え出したのである。
その作業は結局はUWFに受け継がれていった。
2007/08/01掲載
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ボックの幸運だった点は、弱々しさにかけては新日本で最たる木村健吾を相手に日本デビュー戦を飾れたと言う事であろう。
軽量の木村を反り投げで投げたが、あまりにも高い位置でクラッチした上に、木村も抵抗せず身を任せたので必要以上に派手に後頭部を強く打ち付けてしまった。
衝撃というよりも明らかにアクシデントであったものの、その試合においてボックの幻想が築かれてしまった。
実際、以後その試合を越えるボックの衝撃的な試合は見る事は出来なかった。
ボックの正体はただのプロレスが下手なアマチュアレスラーであった。
しかも強さに関しても、アメリカにはボックとレスリングルールで闘っても間違っても敗北する事は無いであろう選手がごろごろいた。
例えばジャック・ブリスコ、ボブ・ループなどはボックをテクニカルで葬ったであろう。
当時デビューした谷津嘉章にしてもグレコならともかくフリーであればボックを得意の横捨て身で投げたのではないか。
ボックとはその程度の実力者で有る。
しかしながらプロレスの下手さと、容貌の迫力が相まって、実力以上の評価を得ていた選手である。
その頃から新日本は偽物を本物と見せて売る作業に走り出した。
牛乳をガロン飲みし、バスを引っ張る、そういうプロレス神話よりたちの悪いギミックを考え出したのである。
その作業は結局はUWFに受け継がれていった。
2007/08/01掲載
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カールゴッチさんの三原則/前田日明の七色スープレックス
カール・ゴッチさんはプロレスの投げ、寝技、見せ技と三要素全て揃えた正にプロレスの神様であった。
スタンドレスリングは五輪級、グランドレスリングは一級の関節技、それらにプラスしてヨーロッバ商業レスリング特有のアクロバットなチェーン・レスリングも兼ね備えていたのである。
今の時代なかなかそれらの要素を全て兼ね備えたプロレスラーはいない。
例えばレスリングのスタンド技術と関節技を持つ桜庭和志にしたところで、
まさかヨーロッパのチェーン・レスリングは出来ないだろう。
ゴッチさんの弟子たちにいたっては、三つの要素のうち二つも持ち合わせる選手はまずいない。
ゴッチさんなみのスタンド技術を持つ弟子ならば、笑い話だが、一泊程度の弟子入りをした中西学がトップであろう。
商業レスリングなら西村か藤波。
関節技なら鈴木みのるを始めとするU系戦士。
結局は、弟子たちが各々、ゴッチさんの三つの要素のうち一つだけを追求するだけで終わってしまっているのだ。
ゴッチさんの三つの要素の内、五輪級のスタンド技術であるが、ゴッチさんはそれらを教える事だけは弟子たちにしていなかったような気がする。
実際、レスリングのベースの無い人間たちに一からそのような技を教える事に限界を感じたのではないだろうか?
結果、ゴッチさんは自身のスタンド技術をディフォルメしたプロレスの見世技として伝える事に励んだ事が有る。
前田日明に教えた七色のスープレックスである。
差しの攻防さえ出来ないであろう前田に、グレコの投げ技を教えた所で、見世技にしかならないものの、それでもゴッチさんは自身のグレコローマンで培った反り投げ類を例えディフォルメした見世技としてでもプロレスのマットに復活させたかったのではない
かと、ふと思ってしまう。
2007/08/01掲載
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プロレス昭和巨人伝
私の身長は182センチある。
プロレスラーを間近に見たり、あるいはプロレスラーと練習したりして大きいなと思う事はさほど無い。
しかし意外に大きいなと思ったのは武藤と蝶野の二人であった。
特に武藤の骨格のでかさには驚いたし、小橋のあまりにも分厚い冷蔵庫のような肉体には驚愕すら覚えた。
私が子供の頃、二メートル以上のレスラーと言えば少なかった気がする。
巨漢レスラーのふれこみで来日したが、巨漢どころか超巨漢であると感じたのが、ビッグ・ジョン・スタッドであった。
並の巨漢レスラーをはるかに凌ぐ身長で、アンドレに迫る唯一のレスラーであった気がする。
平成になり、あちこちでアンドレ級の身長を持つレスラーが現れ出した。
巨人選手に希少価値が無くなり、プロレスの幻想がまた一つ消えてしまった。
しっかりとした韓国相撲のキャリアを持ち、かつ、巨人であるチェ・ホンマンのような選手が出てしまった以上、巨人の分野においてもプロレスの最強伝説の最後の砦の巨人プロレスラーたちへの幻想も消え去ってしまうのも当然であった。
2007/08/02掲載
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プロレスラーを間近に見たり、あるいはプロレスラーと練習したりして大きいなと思う事はさほど無い。
しかし意外に大きいなと思ったのは武藤と蝶野の二人であった。
特に武藤の骨格のでかさには驚いたし、小橋のあまりにも分厚い冷蔵庫のような肉体には驚愕すら覚えた。
私が子供の頃、二メートル以上のレスラーと言えば少なかった気がする。
巨漢レスラーのふれこみで来日したが、巨漢どころか超巨漢であると感じたのが、ビッグ・ジョン・スタッドであった。
並の巨漢レスラーをはるかに凌ぐ身長で、アンドレに迫る唯一のレスラーであった気がする。
平成になり、あちこちでアンドレ級の身長を持つレスラーが現れ出した。
巨人選手に希少価値が無くなり、プロレスの幻想がまた一つ消えてしまった。
しっかりとした韓国相撲のキャリアを持ち、かつ、巨人であるチェ・ホンマンのような選手が出てしまった以上、巨人の分野においてもプロレスの最強伝説の最後の砦の巨人プロレスラーたちへの幻想も消え去ってしまうのも当然であった。
2007/08/02掲載
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闘うプロレスラーに憧れて/プロレス異人伝
私は幼い頃より遊びに関しては父の英才教育を受けて育った。
なにしろベビーカーを必要としなくなった途端、父の肩に乗せられ阪神尼崎やミナミの綺麗なお姉さんの揃う夜の街でチョコレートをほうばって来たのである。
十五才の時父が私を神戸の新開地に連れていった。私の妻がこのブログを見れば軽蔑する
であろうが私の父とはそういう滅茶苦茶な人間であった。
二十歳になって分かった事がある。
私は幼き頃から父の遊びの英才教育を受けたおかげで女に溺れた事は一度も無かった。
バブルの時でさえ身分不相応にあぶく銭で金を出さなければ遊べない連中をどこか馬鹿にして見つめていた。あるいは女を追い掛け主体性をなくす男友達たちが嫌であった。
バブルの頃、イタリア料理や夜景の綺麗なバーの事を誰よりも知りたがったが、心の中は父がラウンジやクラブや寿司屋の後に必ずしめによった立飲み屋に早く行きたくて仕方なかった。
父は182センチの私より巨大な男であり気性の激しい男であった。
その為プロレスなど必要の無い男であった。プロレスにすがる人間など私を含め所詮、自分の弱さに勝てない人間である。
アントニオ猪木は好きだった父も、私がプロレスファンになりつつある事をしるや、「ヘタレみたいに強いもんに憧れんと自分が強なれや」と罵声を浴びせた。
私はその時から「プロレスラーより強くなったる」とレスリング競技に励んだ。
そんな日々も二十五年に及び、今も私を励ましてくれるのはアントニオ猪木、前田日明、長州力、船木誠勝、あるいは藤田に挑んだ中西、ヒョードルに玉砕した永田、そういった闘うレスラーの系譜である。
バブルや二十代の頃、立飲み屋のカウンターで未来を描く自分のそばに女性がいる事など
想像も出来なかったが、世間知らずで遊びを知らない妻はお洒落な店でなくとも
酔い心地を求める私の側にいてくれる。
次の試合で勝てたらきっと妻は格好良かったと
言ってくれるだろう。
その時返す言葉は決まっている。
「俺に格好よいと思うくらいなら、俺が憧れたプロレスラーそして親父の格好良さには驚くだろうと」
2007/08/03掲載
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なにしろベビーカーを必要としなくなった途端、父の肩に乗せられ阪神尼崎やミナミの綺麗なお姉さんの揃う夜の街でチョコレートをほうばって来たのである。
十五才の時父が私を神戸の新開地に連れていった。私の妻がこのブログを見れば軽蔑する
であろうが私の父とはそういう滅茶苦茶な人間であった。
二十歳になって分かった事がある。
私は幼き頃から父の遊びの英才教育を受けたおかげで女に溺れた事は一度も無かった。
バブルの時でさえ身分不相応にあぶく銭で金を出さなければ遊べない連中をどこか馬鹿にして見つめていた。あるいは女を追い掛け主体性をなくす男友達たちが嫌であった。
バブルの頃、イタリア料理や夜景の綺麗なバーの事を誰よりも知りたがったが、心の中は父がラウンジやクラブや寿司屋の後に必ずしめによった立飲み屋に早く行きたくて仕方なかった。
父は182センチの私より巨大な男であり気性の激しい男であった。
その為プロレスなど必要の無い男であった。プロレスにすがる人間など私を含め所詮、自分の弱さに勝てない人間である。
アントニオ猪木は好きだった父も、私がプロレスファンになりつつある事をしるや、「ヘタレみたいに強いもんに憧れんと自分が強なれや」と罵声を浴びせた。
私はその時から「プロレスラーより強くなったる」とレスリング競技に励んだ。
そんな日々も二十五年に及び、今も私を励ましてくれるのはアントニオ猪木、前田日明、長州力、船木誠勝、あるいは藤田に挑んだ中西、ヒョードルに玉砕した永田、そういった闘うレスラーの系譜である。
バブルや二十代の頃、立飲み屋のカウンターで未来を描く自分のそばに女性がいる事など
想像も出来なかったが、世間知らずで遊びを知らない妻はお洒落な店でなくとも
酔い心地を求める私の側にいてくれる。
次の試合で勝てたらきっと妻は格好良かったと
言ってくれるだろう。
その時返す言葉は決まっている。
「俺に格好よいと思うくらいなら、俺が憧れたプロレスラーそして親父の格好良さには驚くだろうと」
2007/08/03掲載
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真の最強UWF / ゴッチさんの夢
カール・ゴッチさんはガチガチのセメントファイターという訳ではなかった。
多くのファンが知るように、ヨーロッパ流のチェーン・レスリングを中心に試合を構成して来た職業レスラーでもあった。
私は高校三年生の時、東京代々木体育館まで「レスリング・スーパー・チャンピオンカップ」を観に行った。
五輪王者、世界王者、全日本王者が三つ巴で戦い真のチャンピオンを決める大会の会場でカール・ゴッチさんを見かけた。
休憩時、通路にて、当時の浦田社長を通訳に、松浪先生に熱くレスリング論を語るゴッチさんの言葉に聞き耳を立てた。
当時の私には理解出来ないくらい高度なレスリング技術の理論を語っていた。
そんなゴッチさんからすれば当時、顧問を務めたUWFなど、技術的にもゴッチさんの
レベルからして問題外の世界であっただろう。
それでも当時すでにエンターティメント化しつつあつたプロレス界において、少なくとも
自身がキャリアを重ねたヨーロッパの商業スタイルに近いUWFを応援する気持ちは
強かったのだろうと思う。
みなさんは第一期UWFの意味を知っているだろうか?
UniversalWrestlingFederation
おそらくレスリング出身の浦田社長が名付けたとは思うが、「宇宙的な、すなわち多種
多才な、技術展開のレスリング」を意味するアマチュアレスリング用語であった。
しかしながら、UWFに、その名にふさわしい高度な技術など何も無かった。
私は今こそゴッチさんの意志を継ぎ、真のキャッチレスラーが誕生する事を切に願う。
総合においてレスリング出身者は相変わらずパウンドパターン。
キャッチ流関節技を知る者は肝心のレスリング技術を全く持たない。
ゴッチさんのように普段商業的レスリングを展開するプロレスラーが、実は五輪級のレスリング技術と一級の関節技を持つ。
言ってみれば真のUWFである。
そんなレスラーがいてくれたら、総合の世界が柔術天下となる
ことなど無かったであろう。
2007/08/05掲載
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多くのファンが知るように、ヨーロッパ流のチェーン・レスリングを中心に試合を構成して来た職業レスラーでもあった。
私は高校三年生の時、東京代々木体育館まで「レスリング・スーパー・チャンピオンカップ」を観に行った。
五輪王者、世界王者、全日本王者が三つ巴で戦い真のチャンピオンを決める大会の会場でカール・ゴッチさんを見かけた。
休憩時、通路にて、当時の浦田社長を通訳に、松浪先生に熱くレスリング論を語るゴッチさんの言葉に聞き耳を立てた。
当時の私には理解出来ないくらい高度なレスリング技術の理論を語っていた。
そんなゴッチさんからすれば当時、顧問を務めたUWFなど、技術的にもゴッチさんの
レベルからして問題外の世界であっただろう。
それでも当時すでにエンターティメント化しつつあつたプロレス界において、少なくとも
自身がキャリアを重ねたヨーロッパの商業スタイルに近いUWFを応援する気持ちは
強かったのだろうと思う。
みなさんは第一期UWFの意味を知っているだろうか?
UniversalWrestlingFederation
おそらくレスリング出身の浦田社長が名付けたとは思うが、「宇宙的な、すなわち多種
多才な、技術展開のレスリング」を意味するアマチュアレスリング用語であった。
しかしながら、UWFに、その名にふさわしい高度な技術など何も無かった。
私は今こそゴッチさんの意志を継ぎ、真のキャッチレスラーが誕生する事を切に願う。
総合においてレスリング出身者は相変わらずパウンドパターン。
キャッチ流関節技を知る者は肝心のレスリング技術を全く持たない。
ゴッチさんのように普段商業的レスリングを展開するプロレスラーが、実は五輪級のレスリング技術と一級の関節技を持つ。
言ってみれば真のUWFである。
そんなレスラーがいてくれたら、総合の世界が柔術天下となる
ことなど無かったであろう。
2007/08/05掲載
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優しい大男・キラー・カーン
私はいくら大勢で賑わいの中で呑み楽しい時間を過ごしても最後は一人で
飲み直さなければ気が済まない男であった。
いくら大勢で明るく楽しく馬鹿騒ぎしたところで自分の孤独が癒されるわけではない。
孤独には太陽の灯りでなく月の灯りがふさわしいからだ。
ようやく一人になれる私がホッとするのは立飲み屋のカウンターに向かえた瞬間であった。
イタリアンだ、ダイニングだといったところで立飲み屋ほど安価なたんぱく質を提供して
くれる店は無い。
それがおでんであっても串カツであっても市販の赤いセロハンのウインナーであっても
私には嬉しいあてであった。
子供の頃から立飲み屋で静かにマナーよく飲む大人たちの姿を見て育った。
立飲み屋にチェーン店の居酒屋のように馬鹿騒ぎする連中などいない。
月の灯りを求めて普段、自分でない自分を生業とする人たちの癒しの場は静かな場所なので
ある。
私が理解できないのは立って飲めない男が多い事である。
女をくどいたり料理を味わう以外の酒など立って飲み干せば良い。
私もプロレスラーに憧れたが、その時思ったのは私のレスリングの中途半端な技術では
無く酒の強さを知れば昭和のプロレスラーも一目おいてくれるかなとの願望であった。
今の妻と飲むとき不思議と飲み直さないで良い自分に気付く。
綺麗好きな妻であるが私の生まれ育った街の立飲み屋に同席してくれる優しい妻である。
妻が知っているプロレスラーはキラーカーンであった。
妻にカーンは日本人である事を伝えたが、大した驚きは無かった。
きっと妻はゴールデンタイムでみたあの恐ろしい風貌のキラーカーンが実はもの凄く
優しい物腰の人間である事に驚くであろう。
キラーカンさんの店を訪れたいと思い、そのために東京の試合に出たいと思った。
2007/08/06掲載
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飲み直さなければ気が済まない男であった。
いくら大勢で明るく楽しく馬鹿騒ぎしたところで自分の孤独が癒されるわけではない。
孤独には太陽の灯りでなく月の灯りがふさわしいからだ。
ようやく一人になれる私がホッとするのは立飲み屋のカウンターに向かえた瞬間であった。
イタリアンだ、ダイニングだといったところで立飲み屋ほど安価なたんぱく質を提供して
くれる店は無い。
それがおでんであっても串カツであっても市販の赤いセロハンのウインナーであっても
私には嬉しいあてであった。
子供の頃から立飲み屋で静かにマナーよく飲む大人たちの姿を見て育った。
立飲み屋にチェーン店の居酒屋のように馬鹿騒ぎする連中などいない。
月の灯りを求めて普段、自分でない自分を生業とする人たちの癒しの場は静かな場所なので
ある。
私が理解できないのは立って飲めない男が多い事である。
女をくどいたり料理を味わう以外の酒など立って飲み干せば良い。
私もプロレスラーに憧れたが、その時思ったのは私のレスリングの中途半端な技術では
無く酒の強さを知れば昭和のプロレスラーも一目おいてくれるかなとの願望であった。
今の妻と飲むとき不思議と飲み直さないで良い自分に気付く。
綺麗好きな妻であるが私の生まれ育った街の立飲み屋に同席してくれる優しい妻である。
妻が知っているプロレスラーはキラーカーンであった。
妻にカーンは日本人である事を伝えたが、大した驚きは無かった。
きっと妻はゴールデンタイムでみたあの恐ろしい風貌のキラーカーンが実はもの凄く
優しい物腰の人間である事に驚くであろう。
キラーカンさんの店を訪れたいと思い、そのために東京の試合に出たいと思った。
2007/08/06掲載
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サミー・リーのエレガントな世界
私が中学生の時に衝撃的なデビューを飾った初代タイガーマスクであったが、正体の
佐山サトルのメキシコ修行時代の様子については当時のゴング誌などでも幾度も記事に
されていた記憶が有る。
私が気になったのは当時からフィッニッシュに用いていたオースイ・スープレックスと
いう技であった。
ゴングのグラビアではブリッジして固める写真しか載っていなかったので、当時の私は
佐山のオースイ・スープレックスがローリングしてブリッジする技でなく、投げて固める
技であることは知らなかった。
しばらく佐山の消息が消えた。
日本のマスコミの目に触れない当時のイギリス・マット界にいたのである。
その後、タイガーマスクとして帰国したため、佐山サトルがイギリスでサミー・リーを
名乗り人気を博していた時期の姿を見る事は無かった。
ところが、世の中に便利になり、インターネット等で、そのサミー・リーの動画が観れる
時代になった。
私は驚く程の衝撃を受けた。
フットワーク一つがこれほどの色気を醸し出す選手はいない。
リストを取られてヘッド・スプリングで返すヨーロッパ流のチェーンレスリングも
軽業師のような淡々としたそれでなく、まさにスプリングのごとく弾けるような躍動感を
醸し出す。
軽やかに動きながらも、攻めのインパクトに軽さは無い。
軽量の佐山の試合だがあるのは重厚感である。
飛んだり跳ねたりではない。
動き回っているわけでも無い。
ただ動きの軽やかさ、綺麗さ、重厚さで観客の目をクギつげにしているだけである。
エレガントな空気と間の中で、だれよりも軽やかに重厚に作り出すサミー・リーの
試合に歓声を送っているのはイギリスの大人のファンたちであった。
タイガー・マスクとなって商業プロレス、テレビブロレスの中、佐山はエレガントさを
捨て、売れ線ねらいのクライマックスシーン、ハイライトシーンだらけのいたずらな
空中プロレスを展開せざるを得なかった。
その姿に憧れて育ったレスラーたちにより日本のジュニアヘビーの世界が確立した。
飛んだり跳ねたり動き回ったりのアクロバットショーである。
しかしサミー・リーの試合には飽きられたり、エスカレートしていかざるを得ないような
消費性や刺激は無かった。
ただ半永久的に誰もがその姿に見とれるだけである。
アクロバットショーではなく名画のようなエレガントな世界なのである。
プロレスラー佐山聡の本質とは、商業プロレスのタイガーマスクでも、格闘技路線に
走りつつ有ったスーパータイガー時代でなく、サミー・リーの時代に有ったのではないか
と私は思った。
2007/08/11掲載
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佐山サトルのメキシコ修行時代の様子については当時のゴング誌などでも幾度も記事に
されていた記憶が有る。
私が気になったのは当時からフィッニッシュに用いていたオースイ・スープレックスと
いう技であった。
ゴングのグラビアではブリッジして固める写真しか載っていなかったので、当時の私は
佐山のオースイ・スープレックスがローリングしてブリッジする技でなく、投げて固める
技であることは知らなかった。
しばらく佐山の消息が消えた。
日本のマスコミの目に触れない当時のイギリス・マット界にいたのである。
その後、タイガーマスクとして帰国したため、佐山サトルがイギリスでサミー・リーを
名乗り人気を博していた時期の姿を見る事は無かった。
ところが、世の中に便利になり、インターネット等で、そのサミー・リーの動画が観れる
時代になった。
私は驚く程の衝撃を受けた。
フットワーク一つがこれほどの色気を醸し出す選手はいない。
リストを取られてヘッド・スプリングで返すヨーロッパ流のチェーンレスリングも
軽業師のような淡々としたそれでなく、まさにスプリングのごとく弾けるような躍動感を
醸し出す。
軽やかに動きながらも、攻めのインパクトに軽さは無い。
軽量の佐山の試合だがあるのは重厚感である。
飛んだり跳ねたりではない。
動き回っているわけでも無い。
ただ動きの軽やかさ、綺麗さ、重厚さで観客の目をクギつげにしているだけである。
エレガントな空気と間の中で、だれよりも軽やかに重厚に作り出すサミー・リーの
試合に歓声を送っているのはイギリスの大人のファンたちであった。
タイガー・マスクとなって商業プロレス、テレビブロレスの中、佐山はエレガントさを
捨て、売れ線ねらいのクライマックスシーン、ハイライトシーンだらけのいたずらな
空中プロレスを展開せざるを得なかった。
その姿に憧れて育ったレスラーたちにより日本のジュニアヘビーの世界が確立した。
飛んだり跳ねたり動き回ったりのアクロバットショーである。
しかしサミー・リーの試合には飽きられたり、エスカレートしていかざるを得ないような
消費性や刺激は無かった。
ただ半永久的に誰もがその姿に見とれるだけである。
アクロバットショーではなく名画のようなエレガントな世界なのである。
プロレスラー佐山聡の本質とは、商業プロレスのタイガーマスクでも、格闘技路線に
走りつつ有ったスーパータイガー時代でなく、サミー・リーの時代に有ったのではないか
と私は思った。
2007/08/11掲載
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闘う気持ちを作る為に/スパーリングの勧め
最近だったと思うが、馳浩が新日本のコーチ時代を振り返りインタビューに答えている
記事を何かで読んだ事が有る。
その中で印象深い発言が有った。
「スパーリングしなければ闘う気持ちが生まれない」という発言であった。
シュートの強さ、刃を磨く為にうんぬんといった為でなく、はっきりと「闘う気持ち」
のためにスパーリングが必要だと言ったのは馳浩が初めてではないかと思っている。
限られた数分の時間の中で、心拍数、筋力とも、追いつめられる経験。
攻めなければいけない圧迫感。
心臓と体の重さを振り切って攻める事の大切さ。
プロレスが格闘技でないとしても、少なくとも闘う男を演じている以上、原始的な
闘いを知らずして闘う気持ちを知る事は出来ない、闘いを表現出来ないと言う馳浩の
考えだったのではないかと思う。
ましてレスリング出身者の馳の事である。スパーリングの事とはいえ、
カウンター狙い、動かない選手、受け身的な選手は許さなかったに違いない。
レスリング競技、というよりも、殆ど全ての競技化された格闘技において
主体性や能動性無き選手は軽蔑されるだけだからだ。
私はそういうスパーリングというのは昭和・新日本では有り得なかったと思っている。
誤解を怖れずにいえば前田、藤原でさえ闘う顔をしていなかったからだ。
闘う顔は闘ってこそしか生まれない。
唯一、昭和組の中で限られた時間に受け身的でなく、能動的なベストを尽くして闘う事と
、心臓を追い込むスパーリングを意識していたのは船木くらいではなかったかと思っている。
2007/08/11掲載
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記事を何かで読んだ事が有る。
その中で印象深い発言が有った。
「スパーリングしなければ闘う気持ちが生まれない」という発言であった。
シュートの強さ、刃を磨く為にうんぬんといった為でなく、はっきりと「闘う気持ち」
のためにスパーリングが必要だと言ったのは馳浩が初めてではないかと思っている。
限られた数分の時間の中で、心拍数、筋力とも、追いつめられる経験。
攻めなければいけない圧迫感。
心臓と体の重さを振り切って攻める事の大切さ。
プロレスが格闘技でないとしても、少なくとも闘う男を演じている以上、原始的な
闘いを知らずして闘う気持ちを知る事は出来ない、闘いを表現出来ないと言う馳浩の
考えだったのではないかと思う。
ましてレスリング出身者の馳の事である。スパーリングの事とはいえ、
カウンター狙い、動かない選手、受け身的な選手は許さなかったに違いない。
レスリング競技、というよりも、殆ど全ての競技化された格闘技において
主体性や能動性無き選手は軽蔑されるだけだからだ。
私はそういうスパーリングというのは昭和・新日本では有り得なかったと思っている。
誤解を怖れずにいえば前田、藤原でさえ闘う顔をしていなかったからだ。
闘う顔は闘ってこそしか生まれない。
唯一、昭和組の中で限られた時間に受け身的でなく、能動的なベストを尽くして闘う事と
、心臓を追い込むスパーリングを意識していたのは船木くらいではなかったかと思っている。
2007/08/11掲載
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プロレス技とは格闘技のディフォルメである
プロレスの原点は何なのかというところは諸説別れる所である。
一部では、古代ローマ時代のパンクラチオンという説も有るが、ローマ帝国が
滅亡した後、プロレスが出来るまでに多くの年数が有りすぎるし、少なくとも
大衆娯楽として多少必要な牧歌的な雰囲気、健全性において全
く異なる性質のものである。
プロレスの原点はキャッチレスリングである。
イギリスで生まれてキャッチ・レスリングが、アメリカでフォークスタイル(カレッジ
スタイル)、フリースタイルと発展し、共通の国際式五輪ルールと発展して行く狭間で、
それらのレスラーたちの試合を見せ物的に興行して行くお祭りなどがプロレスに発展して
いったのではないかと思っている。
競技としての性質から、より大衆の最大公約数に愛される為に、プロレスは単純化の道を
進み出す。
プロレスはレスリングの技を大衆に分かりやすく伝える為に見せ技としてディフォルメさ
せていく。
例えばコブラツイストはアメリカのカレッジレスラーが多用す
る固め技を典型的なディフォルメ技=プロレス技に発展させて行った技である。
あるいはバックを取り相手の腕取りを狙うが如くの動きはまでアメリカのカレッジ
スタイルであるが、リングの上の彼らはただ取った腕を絞り上げるだけである。
フォールを狙う代わりに、じっくりと相手の一部分を攻めている事を観客に伝えるよう
になる商業プロレスの古典的なディフォルメされた動きである。
私はファンク一家のレスラーなどを観るとそういう動きがよく観られるので好きである。
フリースタイルなど無かったヨーロッパでは元々、剣を相手に闘う護身術から発展した
古典的レスリングのグレコローマンスタイルが騎士道精神のもと、盛んであった。
グレコローマンの出身者が多い職業レスラーがヨーロッパに多
く出現し、プロレスのディフォルメの対象がグレコの反り技にも広がった。
カールゴッチも同様であったが、プロレスにおいて歴史的な事
が起こった。
イギリスに渡った為に、グレコローマンの選手であったゴッチ
が、フリースタイルの原型キャッチまでマスターしてしまった事である。
以後、ゴッチはグレコ、キャッチの二つの要素(関節技と、後にフリースタイルに発展した
スタンドの下半身へのレスリング技術)、さらには職業プロレスラーとして
ディフォルメされたプロレスの動きまで身に付け、まさにプロレスの百科事典と成り、
あらゆるスタイルを伝達出来る神様と成った。
私が子供の頃に成るとプロレスのディフォルメの対象は、レス
リングだけでなく、ありとあらゆるスポーツに広まった。
グレコの反り投げを最高にディフォルメしたデビュー当時の鶴
田でさえ、バスケットボールのシュートのフォームでジャンピングニーパットを打ち
出した。
猪木に関しては砲丸投げのフォームで鉄拳を放ち、空手家が怒るようなディフォルメした
蹴り技をフィニッシュに使い出した。
しかし平成になり、ディフォルメした技が減少しだした事に気付いた。
他のスポーツではなく、過去のプロレス技を比較対象に複雑で
危険度の高い技を完成し出したのである。
プロレスが実際の闘いをディフォルメしてきた事実を忘れたかのような突拍子も無い
それらの世界は私にとってアニメを見るのと変わらない気持ちだ。
2007/08/11掲載
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一部では、古代ローマ時代のパンクラチオンという説も有るが、ローマ帝国が
滅亡した後、プロレスが出来るまでに多くの年数が有りすぎるし、少なくとも
大衆娯楽として多少必要な牧歌的な雰囲気、健全性において全
く異なる性質のものである。
プロレスの原点はキャッチレスリングである。
イギリスで生まれてキャッチ・レスリングが、アメリカでフォークスタイル(カレッジ
スタイル)、フリースタイルと発展し、共通の国際式五輪ルールと発展して行く狭間で、
それらのレスラーたちの試合を見せ物的に興行して行くお祭りなどがプロレスに発展して
いったのではないかと思っている。
競技としての性質から、より大衆の最大公約数に愛される為に、プロレスは単純化の道を
進み出す。
プロレスはレスリングの技を大衆に分かりやすく伝える為に見せ技としてディフォルメさ
せていく。
例えばコブラツイストはアメリカのカレッジレスラーが多用す
る固め技を典型的なディフォルメ技=プロレス技に発展させて行った技である。
あるいはバックを取り相手の腕取りを狙うが如くの動きはまでアメリカのカレッジ
スタイルであるが、リングの上の彼らはただ取った腕を絞り上げるだけである。
フォールを狙う代わりに、じっくりと相手の一部分を攻めている事を観客に伝えるよう
になる商業プロレスの古典的なディフォルメされた動きである。
私はファンク一家のレスラーなどを観るとそういう動きがよく観られるので好きである。
フリースタイルなど無かったヨーロッパでは元々、剣を相手に闘う護身術から発展した
古典的レスリングのグレコローマンスタイルが騎士道精神のもと、盛んであった。
グレコローマンの出身者が多い職業レスラーがヨーロッパに多
く出現し、プロレスのディフォルメの対象がグレコの反り技にも広がった。
カールゴッチも同様であったが、プロレスにおいて歴史的な事
が起こった。
イギリスに渡った為に、グレコローマンの選手であったゴッチ
が、フリースタイルの原型キャッチまでマスターしてしまった事である。
以後、ゴッチはグレコ、キャッチの二つの要素(関節技と、後にフリースタイルに発展した
スタンドの下半身へのレスリング技術)、さらには職業プロレスラーとして
ディフォルメされたプロレスの動きまで身に付け、まさにプロレスの百科事典と成り、
あらゆるスタイルを伝達出来る神様と成った。
私が子供の頃に成るとプロレスのディフォルメの対象は、レス
リングだけでなく、ありとあらゆるスポーツに広まった。
グレコの反り投げを最高にディフォルメしたデビュー当時の鶴
田でさえ、バスケットボールのシュートのフォームでジャンピングニーパットを打ち
出した。
猪木に関しては砲丸投げのフォームで鉄拳を放ち、空手家が怒るようなディフォルメした
蹴り技をフィニッシュに使い出した。
しかし平成になり、ディフォルメした技が減少しだした事に気付いた。
他のスポーツではなく、過去のプロレス技を比較対象に複雑で
危険度の高い技を完成し出したのである。
プロレスが実際の闘いをディフォルメしてきた事実を忘れたかのような突拍子も無い
それらの世界は私にとってアニメを見るのと変わらない気持ちだ。
2007/08/11掲載
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前田日明という裸の王様
アントニオ猪木に対しての新間寿の世界とは、あまりにも歪な世界である。
アントニオ猪木の事が大好きであるはずなのに、アントニオ猪木の悪口三昧な男である。
アントニオ猪木の素晴らしさを誰よりも知っているはずなのに、アントニオ猪木の
負の部分を誰よりも知る男が新間寿である以上、仕方の無い世界では有る。
私も前田日明に対して似たような感情を持つ事が有る。
流れる血も、生育歴も同じである。
家系も極めて近い。
私の目は前田と同じ女真族特有の垂れ目で有る。
何に怒るのかも、何に悲しむかも、なんとなく分かる。
私は前田日明が誰よりも好きである。
けれど前田を嫌いな部分は人一倍持っている。
真剣勝負等やった事の無いくせに、格闘技評論家を気取る。
テイクダウンの技術をもたないくせに、キャッチを語る。
馬鹿かと思う。
私は前田日明の目の前でその事を言える。
前田に間違っても負けない格闘技の素養くらい持っているからである。
誰か、前田をびびらす頑固親父等いないだろうか…。
誰もが前田日明を怖れ、痛い事を伝えられず、前田が裸の王様になっていく。
前田日明とはプロレスや格闘技のレベルで終わらない人間力、スケールの大きな男なのである。
なのに、前田を恐れる人間たち、前田に盲目的な人間たちが前田日明のスケールを
小さくして行くのだ。
そんな前田を見ている事は、私にとって地獄である。
2007/08/11掲載
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アントニオ猪木の事が大好きであるはずなのに、アントニオ猪木の悪口三昧な男である。
アントニオ猪木の素晴らしさを誰よりも知っているはずなのに、アントニオ猪木の
負の部分を誰よりも知る男が新間寿である以上、仕方の無い世界では有る。
私も前田日明に対して似たような感情を持つ事が有る。
流れる血も、生育歴も同じである。
家系も極めて近い。
私の目は前田と同じ女真族特有の垂れ目で有る。
何に怒るのかも、何に悲しむかも、なんとなく分かる。
私は前田日明が誰よりも好きである。
けれど前田を嫌いな部分は人一倍持っている。
真剣勝負等やった事の無いくせに、格闘技評論家を気取る。
テイクダウンの技術をもたないくせに、キャッチを語る。
馬鹿かと思う。
私は前田日明の目の前でその事を言える。
前田に間違っても負けない格闘技の素養くらい持っているからである。
誰か、前田をびびらす頑固親父等いないだろうか…。
誰もが前田日明を怖れ、痛い事を伝えられず、前田が裸の王様になっていく。
前田日明とはプロレスや格闘技のレベルで終わらない人間力、スケールの大きな男なのである。
なのに、前田を恐れる人間たち、前田に盲目的な人間たちが前田日明のスケールを
小さくして行くのだ。
そんな前田を見ている事は、私にとって地獄である。
2007/08/11掲載
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2007年10月04日
メジャーの誇りを持て「新日本プロレス」
私が学生の頃、テレビの歌番組が急速に吸引力を無くしていった。
最大公約数のファンを求めてきたジャンルが各々ジャンルの細分化を意識しだした
分岐点であつた。
ジャンルの細分化の流れに則った団体は、その団体なりの苦労もあったろうが、
ジャンルの細分化など関係無く常にジャンルのデパートであらなければいけない
メジャー団体の混迷さと比較すると特化したイメージを戦略にしやすかったのは
事実である。
そういう中でやれインディーはすごい。
インディーに学ぼうという意識がメジャー団体を蝕んでしまった。
プロレスの総合デパートたる団体としての誇りをもっと持つべきなのではないか…
もう一つ特筆すべきは過去のメジャー団体はメーカーでもあった点で有る。
自社製品意外は入り込めない雰囲気を醸し出す敷居の高いリングでもあった。
私が子供の頃の新日本は猪木、藤波と名勝負を展開した小林、剛、そして後年は
必死に新日本というリングで自分の評価を勝ち取った越中を除いて生え抜きで占められた
リングであった。
今の新日本ジュニアはすごいと言ったところで他社製品の力を借りて、インディー団体
の感覚に迎合して創り上げたオリジナリティの無いハードだけの場所で有る。
特化した団体の成功は今の時代のどのジャンルにおいても当たり前の事である。
なのにメジャー団体の歪なまでの誇りを醸し出して来た過去の新日本のメジャー感は
今の新日本には全くない。
2007/07/13掲載
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最大公約数のファンを求めてきたジャンルが各々ジャンルの細分化を意識しだした
分岐点であつた。
ジャンルの細分化の流れに則った団体は、その団体なりの苦労もあったろうが、
ジャンルの細分化など関係無く常にジャンルのデパートであらなければいけない
メジャー団体の混迷さと比較すると特化したイメージを戦略にしやすかったのは
事実である。
そういう中でやれインディーはすごい。
インディーに学ぼうという意識がメジャー団体を蝕んでしまった。
プロレスの総合デパートたる団体としての誇りをもっと持つべきなのではないか…
もう一つ特筆すべきは過去のメジャー団体はメーカーでもあった点で有る。
自社製品意外は入り込めない雰囲気を醸し出す敷居の高いリングでもあった。
私が子供の頃の新日本は猪木、藤波と名勝負を展開した小林、剛、そして後年は
必死に新日本というリングで自分の評価を勝ち取った越中を除いて生え抜きで占められた
リングであった。
今の新日本ジュニアはすごいと言ったところで他社製品の力を借りて、インディー団体
の感覚に迎合して創り上げたオリジナリティの無いハードだけの場所で有る。
特化した団体の成功は今の時代のどのジャンルにおいても当たり前の事である。
なのにメジャー団体の歪なまでの誇りを醸し出して来た過去の新日本のメジャー感は
今の新日本には全くない。
2007/07/13掲載
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高田延彦への想い
私がプロレスを知らない友人たちに観てもらいたいプロレスラーは常に高田延彦で
あった。
私がプロレスラーに求める理想は、世間の人たちの美意識、感性を持っても、格好よいと
思われるプロレスラーたちである。
そういう意味で過去も今も世間の人の尺度を持てば高田ほどの格好よさを持つプロレス
ラーなど存在しなかった。
高田は間違いなくアントニオ猪木に次いで世間に届くプロレス界のスーパースターと
なれる人材であった。
私はプロレス・ファンとして高田を誰よりも好いた事は無かった。
それでも世間にプロレスを観てくれと言いたいとき、高田を観て欲しいと思った。
高田が言った言葉で印象に残るものがある。
「世間から八百長だなんだといわれてその責任はプロレス側」にあるのではないかと
いう言葉であった。
プロレスファンとして大仁田の馬鹿馬鹿しさに苦笑する大人のファンでなく、
大仁田をプロレスラーの代表だと胸を張って提示するファンが支配するのが
プロレス村である。
高田はもうそういうプロレス村から抜け出したかったのである。
もっとも抜け出すだけで良かったのに何を勘違いしたのか180度違うハッスルにて自らの
キャリアの殆どを汚しつつ有るのが今の高田である。
良くも悪くもお山の大将でいれたUインターの高田が、後に自らの無色透明な
イメージを捨て去って黒い人脈の中で鈍く輝いた。
私はそういう人脈の中の高田を見るのが辛かった。
あれだけリアル・ファイトのリングで弱気であった男であるが、
何故かテレビや映画といった世間の場では堂々とした男が高田である。
私は高田が嫌いになったが、それでも高田がプロレスラーであった事を
多くの世間の人たちに知ってもらいたい。
それくらい高田は格好よい男である。
2007/07/14掲載
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あった。
私がプロレスラーに求める理想は、世間の人たちの美意識、感性を持っても、格好よいと
思われるプロレスラーたちである。
そういう意味で過去も今も世間の人の尺度を持てば高田ほどの格好よさを持つプロレス
ラーなど存在しなかった。
高田は間違いなくアントニオ猪木に次いで世間に届くプロレス界のスーパースターと
なれる人材であった。
私はプロレス・ファンとして高田を誰よりも好いた事は無かった。
それでも世間にプロレスを観てくれと言いたいとき、高田を観て欲しいと思った。
高田が言った言葉で印象に残るものがある。
「世間から八百長だなんだといわれてその責任はプロレス側」にあるのではないかと
いう言葉であった。
プロレスファンとして大仁田の馬鹿馬鹿しさに苦笑する大人のファンでなく、
大仁田をプロレスラーの代表だと胸を張って提示するファンが支配するのが
プロレス村である。
高田はもうそういうプロレス村から抜け出したかったのである。
もっとも抜け出すだけで良かったのに何を勘違いしたのか180度違うハッスルにて自らの
キャリアの殆どを汚しつつ有るのが今の高田である。
良くも悪くもお山の大将でいれたUインターの高田が、後に自らの無色透明な
イメージを捨て去って黒い人脈の中で鈍く輝いた。
私はそういう人脈の中の高田を見るのが辛かった。
あれだけリアル・ファイトのリングで弱気であった男であるが、
何故かテレビや映画といった世間の場では堂々とした男が高田である。
私は高田が嫌いになったが、それでも高田がプロレスラーであった事を
多くの世間の人たちに知ってもらいたい。
それくらい高田は格好よい男である。
2007/07/14掲載
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I君の想い出
私が社会人となり練習に励んだ場所に当時、J工業高校のレスリング部員であった
I君が通うようになった。
私に握手を求めスパーリングを挑んだI君であったが、私は考え事をしながらI君を
テイクダウンし押さえまくった。
練習後、I君と喫茶店に入った。
プロレスの話で盛り上がった。
私はプロレスの夢を断念し帰阪した。
運動など何一つしないままかつての練習場に出向いた。
I君がいた。
今度は逆に私がI君にボロボロにされた。
練習を終えた後、I君は「僕はパンクラスに行きます」と当たり前の口調で語った。
今、パンクラスで最もプロレスラーの雰囲気を醸し出すI君にもグラップリングルール
なら負けないと思いながら40歳を前にして今の私はレスラーとしての
最後の汗を流しているが所詮アマチュアである。
プロ入り後の最後の勝負の方向を模索しながらI君は今も闘っている。
2007/07/14掲載
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I君が通うようになった。
私に握手を求めスパーリングを挑んだI君であったが、私は考え事をしながらI君を
テイクダウンし押さえまくった。
練習後、I君と喫茶店に入った。
プロレスの話で盛り上がった。
私はプロレスの夢を断念し帰阪した。
運動など何一つしないままかつての練習場に出向いた。
I君がいた。
今度は逆に私がI君にボロボロにされた。
練習を終えた後、I君は「僕はパンクラスに行きます」と当たり前の口調で語った。
今、パンクラスで最もプロレスラーの雰囲気を醸し出すI君にもグラップリングルール
なら負けないと思いながら40歳を前にして今の私はレスラーとしての
最後の汗を流しているが所詮アマチュアである。
プロ入り後の最後の勝負の方向を模索しながらI君は今も闘っている。
2007/07/14掲載
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HERO’S出陣/プロレスラーよ、総合の主役を奪還せよ
HERO’Sに柴田と田村が出陣する。
プロレスラーが総合格闘技に出陣しだして年月も経ち、もはやプロレスラーが
総合格闘技イベントの主役と足り得る事は無かったが、今回のHERO’Sへの
期待感と熱の中心にいるのは間違いなく柴田と田村の二人のプロレスラーである。
私は個人的な私見であるが、日本における総合格闘技のバブルは崩壊したと思って
いる。
次から次へとスターが生まれ、ヘビー級ではスターが足りず
中量級の等身大のスターたちまでもが総合格闘技の中心となった時代があった。
あったと記すのは、もうそういう時代は来ないと思っているからだ。
中量級の選手を批判云々ではなく、本来それらの選手が輝くにふさわしい場所は
良くも悪くも、もっと通でもっとミニマムな場所である。
本来、中量級のスターたちが一万人を要する会場のメーンを務め、テレビのトリを飾る。
それらはあくまで格闘技バブルの果ての一現象に過ぎなかったと私は思っている。
そのバブルの最中、プロレスラーの醸し出すオーラや色気でさえ格闘家に勝てない時代
が続いて来た。しかしバブルが弾けた今、最大公約数のファンの前で通用するスターは
プロレスラーしかいないと信じている。
明日のHERO’Sへの熱を支えるのは間違いなく柴田と田村の
プロレスラーとしてのオーラと色気である。
久々にプロレスラーが総合格闘技イベントを支配するのである。
ゴールデンタイム、一万人の会場、そういう大舞台を支配出来るスターというのは
本来プロレスラーしかいないのだ。
日本の総合格闘技バブルが終わった今、総合の黎明期に戻ったかのように、
プロレスラーたちが総合の主役たるチャンスを再び得たのである。
そして黎明期と違う事はプロレスラーが勝てる可能性を得ているという事である。
2007/07/15掲載
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プロレスラーが総合格闘技に出陣しだして年月も経ち、もはやプロレスラーが
総合格闘技イベントの主役と足り得る事は無かったが、今回のHERO’Sへの
期待感と熱の中心にいるのは間違いなく柴田と田村の二人のプロレスラーである。
私は個人的な私見であるが、日本における総合格闘技のバブルは崩壊したと思って
いる。
次から次へとスターが生まれ、ヘビー級ではスターが足りず
中量級の等身大のスターたちまでもが総合格闘技の中心となった時代があった。
あったと記すのは、もうそういう時代は来ないと思っているからだ。
中量級の選手を批判云々ではなく、本来それらの選手が輝くにふさわしい場所は
良くも悪くも、もっと通でもっとミニマムな場所である。
本来、中量級のスターたちが一万人を要する会場のメーンを務め、テレビのトリを飾る。
それらはあくまで格闘技バブルの果ての一現象に過ぎなかったと私は思っている。
そのバブルの最中、プロレスラーの醸し出すオーラや色気でさえ格闘家に勝てない時代
が続いて来た。しかしバブルが弾けた今、最大公約数のファンの前で通用するスターは
プロレスラーしかいないと信じている。
明日のHERO’Sへの熱を支えるのは間違いなく柴田と田村の
プロレスラーとしてのオーラと色気である。
久々にプロレスラーが総合格闘技イベントを支配するのである。
ゴールデンタイム、一万人の会場、そういう大舞台を支配出来るスターというのは
本来プロレスラーしかいないのだ。
日本の総合格闘技バブルが終わった今、総合の黎明期に戻ったかのように、
プロレスラーたちが総合の主役たるチャンスを再び得たのである。
そして黎明期と違う事はプロレスラーが勝てる可能性を得ているという事である。
2007/07/15掲載
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