2007年10月04日

私的・プロレスラー桜庭和志/伝家の宝刀・ローシングルよ蘇れ!

桜庭和志は決してアマチュアスリングを基礎とした意味でのプロレスラーというわけでは無い。
プロレスファンとして育ち、レスリング競技に取り組み、プロレス団体のUインターで合宿所、下積みから経験して来た。デビュー後はUWFスタイルとしてのプロレスも経験して来た。
正にプロレスラーらしいプロレスラーでも有る。

総合格闘技黎明期、プロレスラーの看板を一人で背負って、孤軍奮闘して来た。
入場シーン、膠着せずアグレッシブに責め続ける意識、常にまずファンありきの意識の中で一人闘い続けて来た桜庭和志はプロレス界の誇りでもあった。

総合黎明期、破竹の快進撃を続ける桜庭を頼もしく思い見つめながら、やがてK-1に匹敵する事を確実視される程、人気の膨張を続けるプライドのリングがテレビのゴールデンタ
イムで放送される頃、果たして桜庭の快進撃は続いているのだろうかと言う一抹の不安がよぎった。

実際、プライドが人気のピークに上り詰めた頃には、もう桜庭の体力、勝ち運ともに下降線に入りつつ有る時であった。

桜庭和志の決して筋肉質とはいえない身体的特徴を生かす為には、柔らかいレスリングしか有り得ない。
その柔らかいレスリングを展開させるためには筋弛緩が必須である。
緊張とは程遠いリラックスした雰囲気の中でこそ、桜庭の身体的特性を生かした柔らかくのびのびとしたレスリングは発揮出来るのである。

おそらく、その事を誰よりも知っているのは桜庭自身だったのではないかと思っている。

緊張とは正反対の筋弛緩の中で、かつ、もの凄い集中力を発揮してローシングルでテイクダウンの山を築き、快進撃を続けた。
桜庭にとってローシングルは戦術の核と成る武器であった。

私が忘れられないのはエベンゼール・ブラガを数度、ローシングルで倒した試合である。
的の大きいブラガの足に絶妙のタイミングでローシングルを決めまくった。
最後、さすがに見切ったブラガは桜庭のローシングルを切る事に成功しかけた。
ところが桜庭はタックルを切っているはずのブラガの股間をくぐり、更に勢いをつけて
ブラガの状態をコントロールしたのである。
レスリングの基本で相手のサイドを簡単に奪取したのである。

桜庭のレスリング技術が一番生きていた時代であった。

逆に一番、桜庭が苦戦したのはガイ・メッツァーとの試合であった。
学生時代日本人のレスリングコーチに師事したほどの隠れたレスリングキャリアの持ち主
であるメッツァーすら桜庭へのレスリング勝負は徹底的に避けた。
結果、ローシングルのディフェンスのみにこだわったメッツァーからテイクダウンを奪う事は出来なかった。
格闘技専門誌が不思議がったメッツァーの腰の強さとやらは、単純にレスラーが防御に徹したからこそ出来た防御でもあった。

私はメッツァー以外、桜庭の本来のローシングルを防げる技術を持った格闘家はいないと今でも信じている。
体力的にキレを失った中で、ローシングルのスピードは倍近くの遅さに成りつつも有った。

プロとしてのこだわりからか大学での調整をやめた桜庭のローシングル自体のキレやスピードは退化して行くばかりであった。

そんな桜庭がローシングルに不可欠なのびのび感、筋弛緩をなくして、気負ってタックルに入ってもアローナ他の選手に切られたのは当然ではなかったか。

しかし以前の記事でも記したが、秋山戦、桜庭のローシングルは、かつてのキレとスピードを彷彿とさせる見事な復活を遂げた。
あのような残念な結果では有ったが、私はあれ以降、桜庭が再びローシングルを核とした戦術に戻りつつ有る事、ローシングルに取って何が必要かを思い出しつつある気がする。


柴田戦、リラックスした上体から抜群のタイミングでローシングルを決めた。
スタンドで殴り合う必要等無い。
倒した後に気の強さを発揮してくれたらいいのだ。

私は桜庭が宝刀ローシングルの勢いを取り戻せば、かつての快進撃も夢ではないと信じている。

2007/09/18掲載

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私的・プロレスラー桜庭和志/陽性の闘い

私は桜庭和志のショーマンぶりの原点にはプロレス・ファンであったことが大きいと思っている。

プロレスファン出身であることでファンを楽しませる意識を、まず潜在的に身につけた。
しかし、そればかりでなく、レスリングに熱中していた期間、プロレスを観る事から離れたことで、よい意味でプロレスに対して適度な距離感と冷めた目を持つ事が出来た。
元々はプロレスファンでありながら、かつ、プロレスファン臭を醸し出さないプロレスラーなのである。
私は桜庭和志というプロレスラーが世間の一見層にまで支持されてきた要因として、この部分は大きいと思っている。
これまでも記してきたが、フロレスだけしか観て来なかったファン出身のレスラーに世間に届く魅力など無いと私は思っているからだ。

しかし、根底にある幼き頃眺めてきたプロレスへの愛情があることは確かであろう。
HERO'Sにてマスクド・スーパースターのマスクをかぶって入場した。憎いことに、マスクドスーパースターと同じジャージまで着ての徹底振りには驚いた。昨日のエル・カネックといい、桜庭の入場時の昭和の覆面レスラー路線が実は私の小さな楽しみでもある。

しかし、単なるファンサービスならば昭和のプロレスファンしか知らないようなレトロレスラーの扮装などする事は無いであろう。


私は昭和レスラーの覆面をかぶって入場する桜庭の本心に、同世代のプロレスファンへの何がしかのメッセージが隠されているような気がしている。
同時に、ボロボロの肉体と、重圧の中で、かつてのような心の中の光をなくしかけている桜庭が、幼き頃から見てきたレスラーに自身が扮する茶目っ気や馬鹿馬鹿しさを通じて、プロレスファンだった頃の楽しい時代、プロレスラーに憧れた少年時代の陽性の光を必死に心の中に取り戻そうとしているような気もするのだ。

桜庭和志は自分が闘うためには何よりも、明るさ、楽しさ、陽性の心が必要だと知っている男なのである。

時代の移り変わりの中で、若い選手が追い上げてくる。自身はボロボロの肉体の中で負けが込んできた。
総合格闘技黎明期の桜庭は、アマチュア時代のレスリング・テクニックを自身の基盤としてきた。
しかし、今の桜庭を支えているものはプロレスファンとしてプロレスラーに憧れ続けてきた時代の記憶である。

その記憶が、桜庭のボロボロの肉体と精神の影を追いやり、闘いに向かう桜庭に明るさを取り戻してくれるのである。

2007/09/18掲載

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長州力という最強のグラップラー

長州力という男は自分からは仕掛けられない男である。

前田に顔面を蹴られたとき、興奮状態でありながらも、自身はプロレスを逸脱する行為は行なわずプロレス技で試合を終わらせた。

新日本を出た後の橋本真也とのドームでの因縁対決では、因縁をアピールするだけのプロレス流の試合内容に終始した。

自分からは絶対に仕掛けない。
それがプロレスという仕事に対する長州なりの考え方なのであろう。

長州の当たり前のプロレスへの考え方はセメントは絶対に行わないことである。
それがプロレスという仕事に対する長州なりの美意識である。
私が驚いたのが、Uインター初戦の安生・中野組との闘いで、レスリングテクニックを見せ付けた後、「急に恥ずかしくなってしまった」との長州の言葉である。
そう思った故なのか、あわてて中野相手にブレーンバスターに行った長州を観たとき、私は長州にとってレスリングとプロレスの間には確実で、かつ、神聖な仕切りが存在しているのではないかと思った。

幾度かのセメント試合に発展する試合を防いだのは、長州のそういった意識だったのであろう。
自分からは仕掛けないが、相手も結局は仕掛けられない。
それほどの圧力と幻想を対戦相手にも醸し出しているのである。
前田、橋本、そして小川すら、最後まで正面から長州に仕掛けた選手はいないのだ。

私はプロレス・ファン特有の妄想の類は嫌いであるが、それでも長州がリアルファイトの場に出て行けばどうなっていたか、見たい気がする。
あの短いリーチでは打撃に対応できるのかという不安もあるが、少なくともグラップリングなら圧倒的な強さを発揮していたのではないかと思うときがある。
小内刈りタックル、腰高のタックル、がぶり、ツーオンワン、少なくともレスリングとは両足か片足のタックルしかないと思っている格闘技オタクの連中が長州の独特のテイクダウン技術を知ったところで何とも思わないであろうが、それでも、私の頭の中の最強のグラップラーは長州力をおいて他にいない。

2007/09/04掲載

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船木誠勝よ・ハイブリッドボディに頼るな

私が船木誠勝を初めて見たのは高校二年か三年の週刊ゴングでの記事で有った。
北海道かどこかの巡業ルポでまだ少年の顔をしていた船木を見たのが最初であった。
以降、私は船木と同年代のファンとしての幸せをかみしめながら自分の青春を送れた。
苦しい時、限りなくストイックな船木の姿勢に励まされ、自身の減量に挑んだ。
私の試合前の減量は平均8キロであった。
試合前、恐怖に震える時、船木がモーリス・スミス戦、ルッテン戦、鈴木戦と、
私の何倍もの恐怖の中で闘って来たかと思うと、不思議と気が楽になった。

船木が恐怖に震える量等、私の何百倍もの世界である。
なのに船木を支える心の拠り所等何処にも無い。
従って、ますます暗いハイブリッドボディの追求に磨きがかかる。
己の不安を消し去る為には自分の体を虐め抜く事がてっとり早いからである。

しかし、時代は何年も先に進んでいる。
船木が己の肉体改造に賭けたと等しいだけの研究心を持ってすれば、
現代の格闘家たちも絶句するような船木誠勝の闘い方を見つけられるだろう。

私が船木に求めるのは「〜でなければいけない」の世界ではない。
引退した須藤元気や流行の格闘家たちのように生き生きとして、闘いに幸福感を得られる
船木の姿勢で有る。

ストイックな努力が、己の肉体と精神を攻撃していく船木の姿に憧れた。
しかし、今回は勝って欲しい。
もう船木にストイックはいらない。
船木のストイックさが強い程、船木に勝利の女神は微笑まない。

あれだけの肉体追求の熱意を持ってスポーツ心理学の専門家の指示を得て欲しい。
私は船木が負ける理由は心理面しか無いと思っている。

勝って欲しい。せっかく復帰したのなら負け犬のまま引退して欲しくない。

2007/07/22掲載

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船木誠勝という希代のナルシスト/2

船木誠勝の復帰は大晦日との事である。
私的には、いきなりの復帰戦で、桜庭との大一番というのは、気持ちの置き場所の無い
刹那的な闘いとしか思えない。
船木には、もっとストレートにファンが感情移入出来るような闘いの構図が相応しいのだ。

格闘技ファンというのは後だしジャンケンの好きな人が多く、今の格闘技マーケットの
開拓者である船木へのリスペクトなど一つも持ってはいないらしい。
船木こそ、高田と同じく、総合格闘技を商業ベースに乗せる事に成功した功労者である。
商業性と格闘技性をパランス良く成立させた第一人者でもあった。

強さだけを磨き、強さだけを求めれていた格闘家が大きな舞台で闘える幸せとは、
船木たちが創り上げた闘いの歴史無くして有り得なかった。
私が感心するのは佐藤ルミナである。

佐藤も総合黎明期のコアなファンの支持を得て一時代を築いた男である。
本音としては決してプロレスを嫌いではないのであろうが、公的な発言では、プロレスと
一線を画す発言を貫いている。

プライドであれ、HEROSであれ、大規模イベントがプロレスラーたちが創り上げた事、
自分たちの闘いの身の丈を潜在的に知っている感が有る。

中途半端にプロレス批判を繰り返し、そのくせ大規模格闘技イベントに執着する選手や
ファンよりはよっぽど気持ちの良い男である。

船木誠勝の顔が、又も、はっきりとしだした。
船木という男は世間の注目を集めれば集める程、見られて恥ずかしくない自分を維持する
男である。

肉体も表情も冴え渡る。

しかし、そこに技術的な冴えなどあるのか?

あるわけは無い。

相も変わらず、ナルシストぶって、自分の世界の中で、自分のストイックな練習の中に
没頭していくことだろう。

私は、それでもいいと思っている。

少なくとも大晦日、格闘技ファンで無い人間たちが多少は船木誠勝という男を知るであろう。
そういうファンたちが何気に格闘家・船木誠勝の名前を覚えていてくれれば良いのだ。

2007/09/29掲載

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船木誠勝という希代のナルシスト

船木誠勝は日本人プロレスラー及び格闘家としては希代のナルシストであった。
激しい闘いの日々を自己陶酔を糧に踏ん張って来た男である。

私は船木がかつて唱えたハイブリッド・ボディとやらが格闘技に
どういう意味があるのかは未だに疑問に思っている。
総合格闘技黎明期以前から、強さへの追求を実践出来たはずの船木であったが、その実質ボディビルダーの肉体作りと変わらない作業に精を出し続けている間に多くの格闘家たちに技術、強さで先を越されて来た。

パンクラスが狭い世界の中での闘いだと知れ渡りつつある時、それでも闘う船木の表情に変化が起きた。
若い船木の顔に皺が刻まれてしまったのである。
あれだけの激しい練習と闘いの日々を重ねながら、船木の表情から張りが消えたのだ。
一般人よりも若さを維持すべきスポーツ選手であるはずの船木の顔には、
私を含めた船木と同世代の一般人の男たちよりも深い皺があった。

私は船木という男が本来闘いが好きではない男であると知ったのはその時から
であった。

船木誠勝の世界は「しなければいけない」「このままでいいのか?」の世界である。
勝たなければいけない、闘わなければいけない、そういう思考が一対一の競技において
限りなく勝ち運に乏しいというスポーツ心理学の常識を船木は身を以て実践している。
努力逆転の法則という言葉も同様に常識である。
明るさ無き思考に運等廻らない。
船木のストイシズムを観れば勝利の女神が近づくわけなどないのだ。

しかし、船木はその思考と行動パターンを繰り返す。

流行の格闘家たちのお洒落で生き生きとした風情と正反対の船木誠勝の
姿を観て、私は船木にとって格闘技とは好きな事でなく、自分を表現出来る唯一の方法でしかないのではと思った。
好きでない事に打ち込む船木の思考と肉体を支えたのはナルシズムである。
努力する自分、闘わなければいけない自分に酔う事で、自己のアイデンティティを必死に確認するように結果、船木は肉体を磨き続けた。

ヒクソンと対戦発表記者会見に現れた船木誠勝は何年振りかというような柔和で明るい表情を見せた。
余りにも無防備な柔和な表情であった。
その表情には、この闘いが最後であると言う安堵感と、本来のナルシストゆえの
晴れ舞台への満足感が同居しているかのようでもあった。
私はその時と似たような船木の表情を見た事が有る。
前田日明と初めて闘った武道館で、意気揚々と明るいオーラを醸し出しながらも我の強い尖っていた頃の険しい船木の顔が、その試合前に限ってニヤッと笑ったのだ。
私は船木という男が人の注目を受ける晴れ舞台を求め続けるナルシストだと改めて思った。

ヒクソン戦、船木はそれまでの自身の闘いの歴史が嘘であるかのような優しい表情で闘った。
「闘う事」からのストイックさから自らが解放されたいが如く、
ナルシストを忘れた船木がそこにいた。
リラックスしたピークパフォーマンスを意識するあまり、専門用語でいう
サイキングアップを忘れた船木がそこにいたのだ。
(余談だが船木の弟子で有る近藤の闘い方にもこの傾向はある。
スポーツ心理でのあがりや恐怖心防止の為にリラックス、自然体を意識しすぎて、攻撃性、サイキングアップを疎かにしている点である)

引退後、テレビ解説で脇に位置する船木を見ながら、あの船木が満足しているかと疑問であった。
復活は当然の事でもあった。

しかし船木は本来、闘いが嫌いな優しい男である。
そんな男が本来の柔和な表情を変えてまで「このままでいいのか」と思考し
又、闘いに戻る。
闘いを嫌いな男を支えるのはナルシズムである。
ナルシズムを支えるのは、ストイシズムである。

本来、モーリス・スミス戦、鈴木戦と、船木はそれらの闘い方に乗っ取って闘ったほうが
魅力を醸し出す男なのである。
負けた試合にしても、ルッテン戦とヒクソン戦ではかなり色合いが違う。
追いつめられた時、船木は弱さを断ち切って潜在能力を出せる男である。

勝ち運などなくてもいい。
私は時代遅れのナルシスズム、ストイシズムを身にまとった船木を観れれば満足である。
ただ船木だけにあの闘いの孤独感を味合わせたくない。

私はレスリングの現役時代、船木の闘う姿勢に勇気づけられて来た一人である。
極私的な気持ちの中で恩返ししたい。
とことん船木の悲壮感、暗さに付き合って船木が再引退するまで
私もレスリングやグラップリングに復帰し闘おうと決めた。

そして、そういう私を勇気づけてくれるのも、きっと船木誠勝のナルシズムとストイシズムが醸し出す、その悲壮感漂う色気になるであろうと思っている。

2007/07/19掲載


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中邑真輔という男

私は中邑真輔という男が実は大好きである。
幼い頃からプロレスに憧れ、高校時代からレスリングに励んだ。
大学時代はレスリングバカにならず、多くの見聞を得た。
それでもベストの成績をしっかりと大学時代に残してもいる。
マスクも良い。スマートである。
何より、闘う事を諦めた集団「新日本プロレス」の中で総合格闘技に
出陣した日々、中邑の孤独な闘いを思い、勝利に感謝した。
中邑が新日本で低迷している理由ははっきりとしている。
中邑真輔のセンスはもう新日本プロレスのファンの何歩も先を行っている
からである。
なのに、中邑は新日本プロレスのレベルに合わせ、迷走している。
私は前田や長州たちの激しい色気と対極の甘い色気を醸し出すという意味で
中邑に匹敵するレスラーは日本にはいてないと思っている。
闘う事に熱中しプロレスに出遅れた。
それでも中邑は世間に通じるセンス、ルックス、色気を備えたスター候補である。

2007/07/09掲載
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矢野通という色気有るレスラー

矢野通は新日本の中で、不思議な色気を醸し出している男である。
幼少時からのレスリング・キャリアを持ちながら、ヒールスタイルを完遂する
不思議な男である。
中邑が期待の新人としてプロレス雑誌に初めて取り上げられた記事が有った。
頭の上にスイカを載せて中邑の蹴り足に目をつぶる男が矢野であった。
私はアマチュア時代中邑にはるかに勝る実績を持ちながら、中邑の引き立て役を
演じる矢野の心中を思った。
しかし、その場面を眺める中西と永田の姿を観て納得した。
矢野は縦の社会で育った男なのである。
矢野の色気は心中を押し殺す「忍ぶ」の色気である。
忍ぶ事等関係ないアダルトチルドレンの新日本プロレスの中にあって、
黙々と悪役を演じる今も、その色気を醸し出している。


2007/07/09掲載
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長州力よ、抜け出せ

私は数年前、長州力が新日本に復帰したとき、ホッとしたファンの一人で有る。
私は長州力を愛したファンの一人として、五十路の長州がインディーシーンで闘いの終着
駅を失い彷徨っている姿を観ている事が辛かった一人であった。
その長州が少なくとも業界の大手であり、何より長州の故郷で有る新日本プロレスに
復帰すると聞いた時は、長州の「再就職」を嬉しく思ったものである。
しかし現実は甘くは無かった。
前田日明に「甘くなり過ぎ」と言われようと、長州は「今の選手も頑張っている」と
応えた。
長州を知るファンならば真意は分かるであろう。
もう諦めているのだ。
経済的な理由、気力、色々あるだろう。
それでも今の新日本は長州の世界観からして許せない世界でしかない。
そのような場所に耐える理由等どこにあるのだろうか・・・。

虎の威を借りたご意見番、「自分は誉められて育つ」と公言する40男、
プロレスが上手いだけの男、インディー出身に支配されたマット上、
ミスター高橋にまで「セールしすぎる」といわれたジュニアのマッチメーカー、
そういう集団がアニメチック、ゲームチックなプロレスを繰り広げる中で、
新日本のヘビーだけは何とか新日本らしい匂いを放ってはいる。

真壁、矢野、永田、中西、新日本らしいレスラーが少数派になりつつある新日本にあって
私はノアの箱船よろしく長州に新日本を飛びだしてもらいたい。
メジャー団体の長州力であって欲しいという願いは、今となればインディー化した
新日本にいても意味は無いからである。

2007/07/09掲載
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永田の長いリーチ

昔「月刊レスリング」という雑誌があった。
その記事の中で「ジャンボ鶴田二世」と紹介され記事にされていたのが当時学生の
永田裕志であった。
確かにソップ型でリーチが長い体型は、がっちり型の多かった当時の82キロ級のクラス
ではどことなくジャンボ鶴田の若手時代を彷彿とさせるものであった。

私が永田のベストバウトに挙げたい試合はUインター初戦の金原との攻防で有る。
プロレスの枠内であったとはいえ意地になって打撃を繰り出す金原に
差して差して差しまくり、得意のグレコの技につなげようとした姿が印象深い。

ミルコ・クロコップに対して同じく差そうとした瞬間、突っ張り棒の如く手を伸ばし差し
を防いだミルコに戸惑ったように見えた。
私も経験あるが、レスリングを知らない者とスパーリングすると若干とまどう事が多い。
お互いが攻めると言う前提のレスリング競技の中で、
あの時のミルコのような大胆な差しの逃れ方は逃げともとられないからだ。
もっとも、そのような相手に対処するのが総合格闘技であろうが、逆に逃げずに
四つの攻防に組んだヒョードルとの試合においては充分に差せるチャンスは
あったと思っている。

敬礼ポーズが絵になる長いリーチを生かして、差しを狙いまくる永田のレスリングの
魅力が垣間見えた試合等結局その三試合しか無かった。

私は永田のその差しのスタイル同様、白目を剥く永田も好きである。
大学卒業後、必死に新日本に馴染み、プロレスラーらしいプロレスラーになった
永田が好きである。

忘れ物である総合格闘技の勝利を狙いにいって欲しい願望も有るものの、
このままプロレスに専念して新日本プロレスを引っ張って欲しい気持ちも有る。

もう私にとって興味の無い新日本プロレスのリングであるが、永田が王者として
地道に防衛戦を重ねているニュースを見るとどこか安心してしまう。


2007/07/08掲載
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プロレスと時代

私が学生の頃、友人たちはニコルやコムサ・デ・モード等のDCブランドに夢中であった。
同級生の殆どがテクノカットの髪型と肩幅の広いジャケットで個性の無い格好自慢をして
いたが、TとMだけはいつもシンプルなジーンズとトレーナーで授業に出るのが常であった。
私が気になったのは二人の髪型であった。
もみあげを残さず、耳の下をすっきりと刈り込むテクノカット全盛にあって、二人のもみあげが残っていた事が私はひどく気になった。
たまに会話すると車とサーフィンの事しか話さない我が道を行く静かな二人であったが、
飲むと泉州弁で毒舌を吐くものの、人の良さを感じる二人に私は親近感を抱いた。
二人のうちTは後に有名な漫画「なにわ友あれ」に本名そのもので登場した男だった。
二人が流行に迎合しないお洒落人だったと気付いたのは就職しバブルが終わってからの
事である。


卒業後、私の服の好みもDCブランドもどきから、VANに憧れるようになり、
バブルの終わりかけにはユナイテッドアローズ、シップス、ビームスといった
セレクトショップの洗礼を受け始めた。
お洒落で品質が良く適正価格で流行に左右されない、それらセレクトショップの衣類を
手に取りながら、以降、私は一点物を除き、ブランド物にクオリティを感じなくて
済むようになれた。


その頃にはもみあげを残していない若い男は殆どいなくなっていたが、
新日本や全日本を観に出掛けた府立体育館で見かける層の大部分は
一昔前となったテクノカットの髪型とケミカル加工のジーンズを履いた
若者たちであった。

UWFが東京ドームでのイベントを開いたとき、地元の市民会館でクローズド・サーキット
が行われた。
開場前に並ぶ若者の殆どは今風の若者だった。
私はもう新日本がUWF に時代性で勝てるものはないなと思った。

UWFは自滅してしまったが、後に同じような気持ちを新日本とプライドの客層の違いに
感じた。

私の学生時代の多くの若者のように時代に迎合する必要も無い。
また私の友人、TとMのように時代より少し早いお洒落人である必要も無い。

しかし、プロレスが時代と世間に遅れ、それでいいと思うファンたちのオタク的な
場になりつつある事を、ゴールデンタイムを去った後の新日本の会場で私は感じ危惧した。

2007/07/08掲載
posted by shingol at 12:04| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

柴田勝頼への期待

主役無き現在のHERO’Sにおいて世間の静かなファン層に伝播するくらい期待を
感じさせる男は柴田勝頼である。

新日本の中邑が格闘技戦に打って出た時、私は中邑の孤軍奮闘振りを観て応援せざるを
得なかった。
闘う事を諦めた集団「新日本プロレス」の中で一人、総合格闘技に出陣する中邑の
気持ちを新日本プロレスのレスラー、ファンの誰が理解出来たであろう。
ただし私の中邑への期待感と想いは一つのインタビュー記事で消え去った。
格闘技雑誌でインタビューに答えた中村は「プロレスは仕事、格闘技はライフワーク」と
受け取られるようなコメントを発してからで有る。
なるほど中邑に新日本プロレスの匂いは無い。今の所アマチュア臭が勝ってしまっている。

同期に柴田がいる。
中村と違う所は限りなくプロレスラーらしいオーラを発している事である。
プロレスラーよりも格闘家のほうがオーラを放つようになった現在において、久々に
プロレスラーらしいオーラを持った選手が登場したと思った。

柴田は自分の肩書きにおいてプロレスラーである事にこだわっていない。
それほど今の闘いに賭けている証でもあるだろう。

私事であるが、私がレスリングに没頭していたとき、意味の無い根性練習をされ続けた経験が有る。
その何倍もの意味の無い根性練習の場所が新日本の道場である。
意味の無いという事は脂肪に等しい。
しかし、その脂肪が、最短距離で強くなっていく総合格闘家たちに決して醸し出せない色気と
オーラを感じる事を、多くのファンは柴田を観て気付くであろう。

2007/07/07掲載
posted by shingol at 12:03| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中西、永田の闘いへの期待

私の学生時代、前年のグレコの全日本学生王者とスパーリングする機会に恵まれた。
漫画「田舎っぺ大将」の如く壁に穴が開くくらいの豪快な反り投げを受け続けた日々であった。

ある時「先輩はプロレスラーを投げれますか?」と聞いた。
先輩は「おまえより簡単に投げれると思うけど何で?」とだけ言った。
それから数ヶ月後あまりのしごかれっぷりに精魂尽きた私は、
先輩が反り投げの為のクラッチをした瞬間、投げられるのはゴメンとばかり自分の体を脱力してマットに自らへたりこんだ。
先輩は寝る子は重いとばかり初めて私を投げる事が出来なかった。
私はその時初めて闘う事を放棄するしか先輩の反り投げを防げない事に気付いた。

その頃、UWF全盛であった。
格闘技を名乗ったUWFであったが、私は彼らにテイクダウンされたら、今の先輩との地獄のような練習の意味は無くなるとさえ思った。
前田か高田かが「UWFに対応出来るアメリカの選手は少ない。アイアンシークが出来ると聞いたが」とコメントした。
私は何を持って「出来る」なのか?と思った。
レスリングの全米代表のコーチにも抜擢されたアイアンシークに対して、どのような格闘能力を持ってUWFの連中が「出来る」等と評価出来るのか腹立たしかった。
テイクダウンまともに出来ないUWFがえらそうに語り、それらに熱狂して普通のプロレスを見下すUWF信者たちに嫌悪感を抱いていた時期であった。

思えばあの頃の保守的プロレスファンの気持ちと、総合格闘技に押され始めた頃のプロレスファンの気持ちは同じである。
違うのは、今のプロレスラーとプロレスファンは「ブロレスはプロレス」の名の下に闘う事を諦めたという事である。

私にとって化け物のような全日本学生王者の先輩の更に上を行く全日本王者である永田と中西が総合格闘技に出陣した。
私は今でも、あのリーチの長い永田に差されてテイクダウンされない、
少なくともレスリング出身以外の格闘家がいるとは思えない。
あるいは中西がスポーツ心理学の一端でもかじり、あがり症を克服すれば、
中西のタックルがどれだけ誰も切れない圧力を持つタックルか、多くのファンが知るであろう。

総合格闘技のレベルが上がった今、元々のベースだけを頼りに、40代になろうかというレスラーが勝てるかという意見が多いだろう。
しかし方程式通りに闘えば彼らに負ける要素は無いと信じている。
負けてもいい。
闘いにいく彼ら、そして、プロレスラーの姿を観たいと切に思う。

2007/07/05掲載
posted by shingol at 12:00| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悪ふざけプロレスの先

リック・フレアーがWCW在籍時、盟友アーン・アンダーソンを物真似し茶化すギミックをリング上で展開したNWOのメンバーたちにシュート(私はこの言葉が嫌いだが)で控え室で抗議をしたという記事を読んだ事が有る。

しかも、そのリング上での光景に対してフレアーやアンダーソンが怒り爆発してリング上に飛び込むシナリオも用意されず、
アンダーソン、そしてフレアーは控え室でその光景を見ながら、ただ唇を噛み締めるだけだったとの事だ。
そういう先人のプロレスラーへのリスペクトのかけらも無い脚本を考えたのがプロレスラーではないビショフであったが、今の日本も似た状況である。

ハッスルがいよいよ猪木対馬場のパロディーを展開するつもりだ。
芸能人が猪木と馬場を真似たりコントにするのと、少なくとも両者をリスペクトすべきプロレス団体が猪木対馬場をコントにするのとは意味が大きく違う。

プロレス界の先人へのリスペクトを断ち切って、我が道を進むハッスルであるが、私は寒気がする気持ちである。
天国の人間が、引退した人間、そして、それらを神のようにして育ったファンたちが見た時に悔しい想いをさせてまで悪意有るおふざけプロレスをハッスルはしたいのだろうか。

2007/07/05掲載
posted by shingol at 11:59| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋山と共に沈むHERO`S

秋山の復帰が濃厚になってきたが、私は結果的にHERO`Sというイベントは秋山と共に沈んでいくような気がしてならない。

ファンはただ強いだけの格闘家を見たいわけではない。
プロのリングで興業のエースとしての人間的な魅力を感じ得ない選手に、どうしてK1も前田も固執するのか私は不思議である。

同じ血である私だからこそ、はっきりと記すことが出来ると思うが、孤立した秋山と韓国籍であった秋山は別の問題である。
なのに前田日明の秋山に対する執拗な擁護を見ていると、同胞に対する情や義の意識にとらわれ過ぎている気がしてならない。

私は同じ血として前田の情や義はよく分かる。
批判の嵐を受けて孤立している人間がいる。
そういう人間を守ってあげたいという韓国特有の血の性質も私は理解できる。

まして同胞である。
自分が矢面に立って守ってあげたい。
力を差し伸べてあげたい。
自分がそうしてやらねば誰がやるの気持ちも分かる。

しかし先にも記したが、秋山の孤立の原因は元韓国籍うんぬんとは関係の無いことである。
秋山を追いやった状況に対して、前田が義憤にかられるとしたら、矛先を間違えているという事だ。
今回の秋山パッシングに差別は無いと思っている。
秋山に対して、我々ファンが以前から感情移入できなかった理由、
あの事件を許せず見限った理由というようなものは、
国籍うんぬんとは全く関係の無いところにあるからだ。


HERO`SのリングにHEROと思われていない男を上げる必然性や理由が何処にあるのか?
私はもうHERO`Sに上昇は無いと信じている。


2007/07/03掲載
posted by shingol at 11:52| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プロレスというオタクジャンル

私が子供の頃AWAというリングは個性豊かな独立テリトリーとして興味深い団体であった。
不動の王者ニック・ボックウィンクル、御大バーン・ガニア、脇を固めるタッグチームのハイ・フライヤーズ、パット・パターソンとレイ・スチーブンスなど、当時の国際プロレスと同じく団体としての非常にまとまりとバランスのとれた魅力があった。
そのバランス感覚はAWAのボス、ガニアが、国際プロレスの吉原社長と同じくプロレス界
としては一般人よりの感覚を持っていた事によるものであろう。
自らが五輪選手であったバーン・ガニアのこだわりであったかどうか、ブラッド・レイガンス、ケン・パテラ、クリス・テイラー、古くはパロン・フォン・ラシクと非常にアスリート出身の多い団体でもあった。
又、ビル・ロビンソンやイランのレスリング選手アイアン・シークまで確保し、プロレスラーのバックボーンというものに非常にこだわりの強いものを感じた。

似た雰囲気が90年代の新日本プロレスでもあった。
長州力、マサ斉藤、馳浩、中西、石沢、永田、五輪選手や全日本王者を確保し、バックボーンとしての強固さを感じる団体であった。

アマチュアのエリート出身だけのプロレス界を望む訳ではないが、アマチュア選手の利点はプロレスに染まっていないという事だ。
アマチュア選手に限った事では無い。
アントニオ猪木、前田日明、時代と色気を感じさせるスターたちに共通している事は、プロレスを観ずにスカウトされてプロレスラーになったという事である。

私的にはプロレスファン出身、プロレスオタク出身のプロレスほど面白くないものは無いと思っている。
どれだけプロレス頭、プロレスセンスが秀でていた所で、所詮、プロレスと言う小さなオタク社会を子供の頃から観て来てプロレスラーになった選手たちが、世間に届くプロレスラーになるとは思えない。所詮プロレス村だけでのセンスでしかないからだ。
はっきり言えば、プロレスだけを観て来た人間に世間に届くセンスがあるわけが無いのだ。
さらに誤解を怖れずに言えば私はプロレスファン出身の選手たちのためにプロレスが衰退していると思っている。

私が子供の頃夢中になった漫画や劇画の作家たちは、小説家志望の事たちが多かった。
小説家志望の人たちが創り上げる作品と、漫画家を夢見て漫画家になった人たちの作品が違うのと同じである。

漫画は盛況、プロレスは衰退という違いこそあれ、
今の両ジャンルはマニアックなオタク臭ただよう世界であることに変わりは無い。

本来プロレスというものは世間や大衆に届く分かりやすくメッセージ性の高いジャンルであった。
しかし今のプロレス界は世間を巻き込む魅力を持たずオタクの世界に留まっているだけである。

2007/06/30掲載
posted by shingol at 11:50| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前田対ニールセンの想い出

私が小学生の時、プロレスと並んで夢中になったのが劇画「空手バカ一代」であった。
特に父から我が家のルーツは「倍達民族=ベタル・ミンジョク」だと口を酸っぱく言われていた事もあり、民族の英雄である大山倍達の一代記を憧れと畏怖の念で見つめていた。
韓国人の父がその色気に痺れたアントニオ猪木とウィリー・ウィリアムスが闘った。
もの凄い殺気の中、今、感じる事は双方がリアルでない世界で最強と言われたゆえの殺気であったという事だ。
私がレスリングに没頭していた時、UWFのイベント「Uコスモス」があった。
友人に、高田はカズラスキーの足に触れる事も出来ないよと宣言した。友人はまさかと言ったが、結果、カズラスキーは高田の引き立て役として仕事をこなし、私は友人の嘲笑を受けた。
UFCが始まり、ようやく友人が私の言った意味を理解してくれた。
極真空手もそうであった。アメリカのマーシャルアーツなど足下にも及ばない、いかなる格闘技も一撃で倒してみせる幻想が消えたのは、後にK1のリングで等身大の極真の姿を垣間見せてからだった。
猪木とウィリーの闘いとは、アントニオ猪木と梶原一騎という幻想の創造主の意地の闘いであった。
幻想だからこそ醸し出せた殺気なのである。
その闘いから数年後、前田日明がニールセンと闘った。
タックルすら出来ない前田と、ローキックを知らないニールセンが迫真の幻想ファイトを繰り広げた。
当時、格闘技界の大御所たちが「リアル」だと間違えるほどの緊迫したプロレスであった。
アントニオ猪木が創り上げた新日本プロレスの格闘技幻想の一つの金字塔の試合であったと思う。

2007/06/21掲載
posted by shingol at 11:40| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天龍チョップと激しいプロレス

私が小学生か中学生の始めだったか、国際プロレスと新日本プロレスの中堅同士の対抗戦が行われた。
木村健吾や永源遙に対して、腰の入ったチョップを物凄い回転数で連発するマイティ井上の姿が印象に残っている。

国際崩壊後、ラッシャー木村の頑丈な身体から放たれるチョップのラッシュに、猪木は全身に力を込めながらも、真正面からではなく半身になりチョップを受け流す事が多かった。



私が小学生の時、プールの授業前に海水パンツ姿になると同級生とお決まりのふざけてのプロレスごっこが始まった。
水平チョップの打ち合いの真似事をしただけで胸板からパチーンという音が響き、お互いの胸が赤く腫れ手の痕が胸に残るのが常であった。
誤解をおそれずに言えば、チョップとは実際の痛み以上に音響的にも視覚的にも激しさを印象付けやすい効率の良い見せ技なのだ。

だからこそ私は猪木が真正面から受けられなかった木村のチョップにリアルな痛みと衝撃を感じ、井上のチョップの連発にリアルな意地を感じたのだ。

ところが、どういうわけかプロレス村において、チョップこそがプロレスの肉体と受けの凄みの象徴と祀り上げられてしまった。

肉体の安全地帯である胸を突き出し、激しい音と迸る汗の中チョップ合戦を繰り広げ、紫色に腫れあがった胸板を誇示し、これがプロレスラーの肉体の凄み、受けの凄みだと大見得を切るプロレスに、私は色気も毒も殺気も、木村や井上のチョップに感じたリアルな痛みや意地も感じ得ないファンである。

大技の目まぐるしい応酬が展開されるプロレス以上に、無骨なプロレス、原始的なプロレスの名の下、繰り広げられる、思考を停止したプロレスが「激しいプロレス」である。

そういう安易な「激しいプロレス」の先駆者である天龍は元々は、木村に匹敵する痛みを感じさせるチョップの名手であった。
無骨な顔面攻撃の際、少し力の入れ加減を間違えハンセンを狂乱させた
ハプニングがあったが、日頃はハプニングの起きない顔面攻撃や胸板への音の出るチョップを「激しいプロレス」と称して評価を得てきたレスラーである。

その天龍が先日、芸人レスラーと闘った。
芸人レスラーは学生プロレスの経験もあるらしく、そこそこウェート・トレーニングをこなしている体つきである。
その程度のプロレス経験と体で、「胸板に内出血痕が残るほどの激しい天龍のチョップを受けることが出来て」、「激しいプロレス」を展開出来たのである。


ハッスルに上がるプロレスラーたちは、自らが行ってきた過去の試合とハッスルとは別物のアトラクションであるとファンの暖かい理解を得ていると思っているようだが、芸人レスラーの胸の内出血痕を見るにつけ、天龍は天龍革命以後多くの相手に打ち込んできた天龍チョップ及び「激しいプロレス」の歴史を自らの手で汚してしまったのだと思った。

2007/06/20掲載
posted by shingol at 11:35| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桜庭和志とロー・シングル

桜庭和志は総合格闘技黎明期テイク・ダウンの強さで勝利の山を築き上げたレスラーであった。
足の長い選手は一般的な両足タックルに入る際、その長さ故、足の折りたたみに時間がかかるものである。また歩幅も自ずと広くなるため、適当な歩数をキープしながら相手に当たり押し込む両足タックルが苦手な選手が実は多い。
一般的にレスリング選手の必須技術と思われているタックルであるが、実は手足の長短、体型などによって100人100通りの入り方があるのである。
桜庭和志はオーソドックスな両足タックルしか見る事の無かった総合格闘技のマットで初めてロー・シングルを繰り出しテイク・ダウンの山を築き上げた。
桜庭和志の大学時代、アメリカにジョン・スミスというレスリング界の生きる伝説が登場した。
脅威のロー・シングルを得意技に世界を何連覇もしたスミスの影響があったのかどうか、桜庭もロー・シングルを持って総合格闘技界を席巻し、スミスと同じく「生きる伝説」となった。
高いテイク・ダウンの成功率を誇った桜庭の宝刀ロー・シングルは更なる工夫と磨きをかける必要の無いまま、桜庭の身体はダメージと年齢を重ねた。
パターンを見破られスピードの低下こそあれ、キレが向上することのないロー・シングルを武器に
未だ闘い続ける桜庭であったが、私は秋山戦の時、非常にキレの戻った桜庭のロー・シングルを見た気がする。
あれだけのキレを取り戻すほどの意気込みを持って挑んだ試合において、それだけに残念な結果であったものの、結果的には、生きる伝説に対してかませ犬的扱いを強いようとしたK1サイドの思惑が失敗し、桜庭がまた主役に戻って来たのは嬉しくも有る。
まずファンありきの闘いを続けて来た桜庭でなくして、あの一戦の騒動は無かったとも言える。
ファンを愛し続けてくれた桜庭を、ファンが救ったのである。
桜庭に対する私の最後の願いは、雌雄を決するプレッシャーとは無関係な、誤解を怖れず言えば、桜庭の心身に負担の少ない闘いを通じて、愛されてきた男の花道を見たいという気持ちであるが、ファンのそういう願いすら無視して、桜庭はまた私たちをハラハラさせてしまうのだろう。
そんな桜庭を私は最後まで見届けたいと思っている。

2007/06/19掲載
posted by shingol at 11:33| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スティーヴ・ウィリアムスとハイ・クラッチ・タックル

私にとってスティーヴ・ウィリアムスは来日当初から最も艶を感じさせる外国人レスラーであった。
昭和の末期、新日本に来日したウィリアムスは猪木の好敵手として期待されたが、若くパワー満点であるもののプロレスの固いウィリアムスでは、当然、力の落ちた猪木の前にパワー全開とはならず自身のジレンマをドタバタしたムーヴで誤摩化しているかのようであった。
ロシア軍団が来た。ウィリアムスのまだ見ぬ一面が観られるとも思ったが、何故か、その時も終始ドタバタしたプロレスでお茶を濁した。
ウィリアムス念願のテリー・ゴディとのタッグで全日本に移籍した時、私は初めてウィリアムスの
「全力」を観た。
体格で上回る鶴田と田上相手に、新日本で見せたようなお茶を濁す動きを見せる余裕も無く何度も首をひねった。
ウィリアムスの目の色が変わった瞬間を私は覚えている。
自信満々に田上と四つに組んだ時、小手投げで投げられた。
明らかにプロレスの受け身でなくリアルにマットに両膝をついたウィリアムスが悔しさ一杯の表情を浮かべた。
以後、全日本プロレスでの試合を通してアスリートとしての充実感を持ってプロレスに取り組めているかのようなウィリアムスの姿を私は遠くから喜び眺めていた。
インディーに身を落とした後、突如、K1のリングで総合格闘技に出陣した。

新日本時代のテーマ曲「ボーンインザUSA」か全日本時代のテーマ曲であつたか、どちらのテーマで入場したかはよく覚えていないが、いつもウィリアムスの羽織っていたスポーツ選手らしいフード付きのガウンを見た時、私は全米のカレッジスポーツとプロレスの両方でアスリートとしてのトップを努めて来たウィリアムスのこれまでのキャリアを想い胸に来るものがあった。
リングイン後、NCAAで上位選手だったウィリアムスはアメリカ・レスリングのお家芸ハイ・クラッチ・タックルのシャドーを繰り返した。
自身の身体と家族を咽頭ガンから守るべくK1マットに登場したウィリアムスは、己の武器を大学時代まで遡り求めたのである。
ゴング後、ウィリアムスが自ら寝たのか、仕事をしたのかは私は分からない。
しかし、その試合後、私は何故、新日本来日時よりウィリアムスに艶を感じていたのかを改めて理解出来た。

2007/06/18掲載
posted by shingol at 11:32| スポーツナビ版アーカイブズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする